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作曲家相関図 
バッハにあこがれたのはだれ? ブラームスを世に出したのは? 78人の作曲家の「尊敬・師弟・友情・ライバル・家族」154本の関係を、ひとつの図にしました。顔を押すと、その人の関係が見られます。Who admired whom? Who taught whom? Tap a face to see the connections.
顔をタップ/ドラッグで動かす/ピンチ・ホイールでズーム
線の色・形=関係の種類(上のボタンで表示を切りかえ)顔のまわりの色=時代:バロック 古典派 ロマン派 近代顔の大きさ=つながりの多さ

ホー!線が矢印になっているのは「だれから、だれへ」がある関係。たとえば「先生と弟子」は先生から弟子へ、「尊敬」はあこがれた人から、あこがれられた人へ向いているよ。
いちばん顔が広い作曲家 Most connected
この図にのせた154本の関係の中での数です。
すべての関係の一覧 All connections
左の人から見た関係です(たとえば「バッハ → ヴィヴァルディ」は、バッハがヴィヴァルディを尊敬した、という意味です)。
クープラン 1668–1733
- 尊敬・あこがれ クープラン → コレッリ:コレッリを尊敬し、『コレッリ礼賛』という曲まで書きました。Couperin admired Corelli and even wrote a piece called 'The Apotheosis of Corelli'.
バッハ 1685–1750
- 尊敬・あこがれ バッハ → ヴィヴァルディ:ヴィヴァルディの協奏曲を鍵盤楽器用にたくさん編曲して、その書き方を学びました。Bach arranged many of Vivaldi's concertos for keyboard and learned from them.
- 尊敬・あこがれ バッハ → コレッリ:コレッリの作品を研究し、そのテーマを使ってオルガンのフーガを書きました。Bach studied Corelli's music and wrote an organ fugue on one of his themes.
- 尊敬・あこがれ バッハ → マルチェッロ:マルチェッロのオーボエ協奏曲をチェンバロ用に編曲しました。Bach arranged Marcello's Oboe Concerto for harpsichord.
- 尊敬・あこがれ バッハ → クープラン:クープランの曲集を高く評価しました。二人は手紙をやりとりしたとも言われます。Bach admired Couperin's keyboard books. They are said to have exchanged letters.
- 尊敬・あこがれ バッハ → ヘンデル:同じ1685年生まれ。バッハは2回会いに行こうとしましたが、会えずに終わりました。Born the same year, Bach tried twice to meet Handel, but they never met.
- 友だち バッハ → テレマン:仲のよい友だちで、テレマンはバッハの息子カール・フィリップ・エマヌエルの名付け親です。They were friends. Telemann was godfather to Bach's son Carl Philipp Emanuel.
- 尊敬・あこがれ バッハ → パッヘルベル:バッハの兄はパッヘルベルの弟子でした。バッハもパッヘルベルの曲から多くを学びました。Bach's elder brother studied with Pachelbel, and Bach learned from Pachelbel's music.
ヘンデル 1685–1759
- 友だち ヘンデル → テレマン:若いころからの友だち。大人になっても文通し、二人とも珍しい植物を育てるのが趣味でした。They were friends from youth and kept in touch. Both loved growing rare plants.
- ライバル ヘンデル → スカルラッティ:ローマで鍵盤の腕くらべをしたと言われます。チェンバロは互角、オルガンはヘンデルの勝ち。They are said to have had a keyboard contest in Rome. Handel won on the organ.
- 会ったことがある ヘンデル → コレッリ:ローマで出会いました。コレッリはヘンデルのオラトリオの演奏でヴァイオリンを弾きました。They met in Rome, where Corelli played violin in Handel's oratorios.
グルック 1714–1787
- 尊敬・あこがれ グルック → ヘンデル:ロンドンでヘンデルと共演し、大きな影響を受けました。ヘンデルの評価は辛口だったと言われます。Gluck performed with Handel in London and was influenced by him.
ハイドン 1732–1809
- 友だち ハイドン → モーツァルト:年の差をこえた親友。モーツァルトは6曲の弦楽四重奏曲をハイドンにささげました。Haydn and Mozart were close friends. Mozart dedicated six string quartets to Haydn.
- 先生と弟子 ハイドン → ベートーヴェン:1792年からウィーンでベートーヴェンに作曲を教えました。相性はいまひとつだったとも言われます。Haydn taught Beethoven in Vienna from 1792.
- 尊敬・あこがれ ハイドン → ヘンデル:ロンドンでヘンデルのオラトリオを聴いて感動し、オラトリオ『天地創造』を作りました。Hearing Handel's oratorios in London inspired Haydn to write 'The Creation'.
- 先生と弟子 ハイドン → フンメル:フンメルを教え、のちに自分の後継ぎとしてエステルハージ家の楽団をまかせました。Haydn taught Hummel and later chose him as his successor at the Esterházy court.
ゴセック 1734–1829
- 応援・手助け ゴセック → ハイドン:自分のコンサートでハイドンの交響曲をたくさん指揮し、パリで人気を広めました。Gossec conducted many of Haydn's symphonies in Paris and made them popular.
クレメンティ 1752–1832
モーツァルト 1756–1791
- 尊敬・あこがれ モーツァルト → ヘンデル:ヘンデルの音楽を深く学び、『メサイア』を新しい楽器編成に書き直しました。Mozart studied Handel's music and re-orchestrated his 'Messiah'.
- 尊敬・あこがれ モーツァルト → バッハ:1782年ごろバッハの楽譜にふれて夢中になり、自分の作品にもその技を取り入れました。Mozart discovered Bach's music around 1782 and used its ideas in his own works.
- ライバル モーツァルト → クレメンティ:1781年、皇帝の前でピアノの腕くらべをしました。In 1781 they had a piano contest in front of the Emperor.
- 尊敬・あこがれ モーツァルト → グルック:グルックのオペラ改革から影響を受け、オペラ『イドメネオ』に生かしました。Gluck's opera reforms influenced Mozart, especially his opera 'Idomeneo'.
- 会ったことがある モーツァルト → ゴセック:1778年にパリでゴセックを訪ね、父への手紙で「とてもよい友人」と書きました。Mozart visited Gossec in Paris in 1778 and called him 'a very good friend'.
- 家族・親せき モーツァルト → ウェーバー:モーツァルトの妻コンスタンツェは、ウェーバーのいとこでした。Mozart's wife Constanze was Weber's cousin.
- 先生と弟子 モーツァルト → フンメル:8歳のフンメルを自分の家に住まわせ、2年間ただでレッスンしました。Mozart taught the young Hummel for two years and let him live in his home.
ベートーヴェン 1770–1827
- ライバル ベートーヴェン → フンメル:仲のよいライバル。フンメルは病気のベートーヴェンを見舞い、追悼演奏会でも弾きました。They were friendly rivals. Hummel played at Beethoven's memorial concert.
- 尊敬・あこがれ ベートーヴェン → ヘンデル:ヘンデルを「史上最高の作曲家」と呼んで、とても尊敬していました。Beethoven called Handel 'the greatest composer who ever lived'.
- 尊敬・あこがれ ベートーヴェン → モーツァルト:1787年、モーツァルトに習いたくてウィーンへ。実際に会えたかは分かっていません。Beethoven went to Vienna in 1787 hoping to study with Mozart. It is unclear if they met.
パガニーニ 1782–1840
- 応援・手助け パガニーニ → ベルリオーズ:ベルリオーズを「ベートーヴェンの再来」と呼び、大金を贈って応援しました。Paganini called Berlioz a new Beethoven and gave him a large sum of money.
ロッシーニ 1792–1868
- 会ったことがある ロッシーニ → ベートーヴェン:1822年ウィーンで会いました。ベートーヴェンは「もっと『セビリアの理髪師』のような曲を」と言いました。They met in Vienna in 1822. Beethoven told Rossini to write more operas like 'The Barber'.
- 友だち ロッシーニ → パガニーニ:親しい友だち。1821年、パガニーニはロッシーニのオペラ初演で急に指揮を代わりました。They were close friends. Paganini once stepped in to conduct Rossini's opera.
- 会ったことがある ロッシーニ → ワーグナー:1860年パリでワーグナーがロッシーニを訪ね、なごやかに話しました。Wagner visited Rossini in Paris in 1860 for a friendly talk.
- 尊敬・あこがれ ロッシーニ → オッフェンバック:オッフェンバックを「シャンゼリゼのモーツァルト」と呼んでほめました。Rossini called Offenbach 'the Mozart of the Champs-Élysées'.
シューベルト 1797–1828
ドニゼッティ 1797–1848
- 応援・手助け ドニゼッティ → ロッシーニ:1842年、ロッシーニの『スターバト・マーテル』のイタリア初演を指揮し大成功させました。In 1842 Donizetti conducted the Italian premiere of Rossini's Stabat Mater.
- 応援・手助け ドニゼッティ → ヴェルディ:ヴェルディの『ナブッコ』に感心し、ウィーンでの上演シーズンに入れました。Donizetti was impressed by Verdi's 'Nabucco' and brought it to Vienna.
- 家族・親せき ドニゼッティ → スッペ:スッペの家とドニゼッティは遠い親戚だったと言われます。Suppé is said to have been distantly related to Donizetti.
ベルリオーズ 1803–1869
- 尊敬・あこがれ ベルリオーズ → グルック:若いころグルックのオペラに感動し、楽譜を図書館で書き写して勉強しました。Berlioz was thrilled by Gluck's operas and copied out his scores to study them.
- 尊敬・あこがれ ベルリオーズ → ウェーバー:ウェーバーのオペラを尊敬し、『舞踏への勧誘』をオーケストラ用に編曲しました。Berlioz admired Weber and orchestrated his 'Invitation to the Dance'.
- 応援・手助け ベルリオーズ → グリンカ:パリでグリンカのオペラの曲を指揮し、ほめる記事も書きました。In Paris Berlioz conducted Glinka's music and wrote an article praising him.
シュトラウス1世 1804–1849
- 家族・親せき シュトラウス1世 → シュトラウス2世:親子。父は息子が音楽家になることに反対し、息子はかくれてヴァイオリンを習いました。Father and son. The father did not want his son to be a musician.
メンデルスゾーン 1809–1847
- 尊敬・あこがれ メンデルスゾーン → バッハ:1829年、ほぼ100年ぶりに『マタイ受難曲』を上演し、バッハ人気を復活させました。In 1829 Mendelssohn revived Bach's 'St Matthew Passion'.
- 友だち メンデルスゾーン → シューマン:ライプツィヒの仲間。メンデルスゾーンはシューマンの交響曲第1番を初演しました。They were friends in Leipzig. Mendelssohn premiered Schumann's First Symphony.
- 応援・手助け メンデルスゾーン → シューベルト:シューマンが見つけたシューベルトの「グレート」交響曲を、1839年に初演しました。In 1839 Mendelssohn premiered Schubert's 'Great' Symphony.
- 友だち メンデルスゾーン → ベルリオーズ:1831年にローマで出会って友だちに。ただし音楽の好みはかなりちがいました。They met and became friends in Rome in 1831, though their musical tastes differed.
- 会ったことがある メンデルスゾーン → ショパン:パリやドイツで何度も会い、一緒に音楽を楽しみました。Mendelssohn and Chopin met several times in Paris and Germany.
シューマン 1810–1856
- 応援・手助け シューマン → シューベルト:シューベルトの死後、未発表の「グレート」交響曲の楽譜を見つけました。Schumann discovered the score of Schubert's 'Great' C major Symphony.
- 応援・手助け シューマン → ショパン:1831年の評論で「諸君、帽子をとりたまえ、天才だ!」とショパンを紹介しました。In 1831 Schumann praised Chopin: 'Hats off, gentlemen, a genius!'
- 尊敬・あこがれ シューマン → パガニーニ:1830年にパガニーニの演奏を聴いて感動し、その奇想曲をピアノ用に編曲しました。Schumann heard Paganini in 1830 and arranged his Caprices for piano.
- 応援・手助け シューマン → ベルリオーズ:ベルリオーズの『幻想交響曲』について長い評論を書き、ドイツに紹介しました。Schumann wrote a long, thoughtful review of Berlioz's 'Symphonie fantastique'.
- 応援・手助け シューマン → ブラームス:1853年、20歳のブラームスを「新しい道」という記事で天才として紹介しました。In 1853 Schumann praised the 20-year-old Brahms as a genius in an article.
ショパン 1810–1849
- 尊敬・あこがれ ショパン → バッハ:バッハを最も大切な作曲家の一人とし、『平均律』にならって24の前奏曲を作りました。Chopin loved Bach and modeled his 24 Preludes on Bach's 'Well-Tempered Clavier'.
- 尊敬・あこがれ ショパン → モーツァルト:モーツァルトを尊敬し、お葬式ではモーツァルトの『レクイエム』が歌われました。Chopin admired Mozart, and Mozart's Requiem was sung at his funeral.
- 尊敬・あこがれ ショパン → フンメル:フンメルのピアノ協奏曲を愛奏し、自分の協奏曲にもその影響が見られます。Chopin played Hummel's concertos, and they influenced his own.
- 尊敬・あこがれ ショパン → パガニーニ:1829年ワルシャワでパガニーニを聴き、『パガニーニの思い出』を作りました。Chopin heard Paganini in Warsaw and wrote 'Souvenir de Paganini'.
- 友だち ショパン → リスト:パリで親しくなりました。ショパンは練習曲集作品10をリストにささげました。Chopin and Liszt became friends in Paris. Chopin dedicated his Études Op. 10 to Liszt.
リスト 1811–1886
- 会ったことがある リスト → ベートーヴェン:1823年、11歳のリストの演奏会でベートーヴェンが額にキスしたと言われます。Beethoven is said to have kissed the 11-year-old Liszt on the forehead at a concert.
- 友だち リスト → シューマン:お互いに大作をささげ合いました。リストのロ短調ソナタはシューマンへ。They dedicated major works to each other, like the Fantasie and the B minor Sonata.
- 尊敬・あこがれ リスト → パガニーニ:1832年にパガニーニを聴き、「ピアノのパガニーニ」になろうと猛練習しました。After hearing Paganini in 1832, Liszt decided to become just as great on the piano.
- 友だち リスト → ベルリオーズ:1830年に出会って親友に。リストは『幻想交響曲』をピアノ用に編曲して広めました。They became close friends. Liszt arranged Berlioz's 'Symphonie fantastique' for piano.
- 応援・手助け リスト → シューベルト:シューベルトの歌曲をピアノ曲にたくさん編曲し、世の中に広めました。Liszt arranged many of Schubert's songs for piano and made them famous.
- 家族・親せき リスト → ワーグナー:リストの娘コジマがワーグナーと結婚し、リストはワーグナーの義理の父になりました。Liszt's daughter Cosima married Wagner, so Liszt became his father-in-law.
- 応援・手助け リスト → ワーグナー:1850年、ワーグナーのオペラ『ローエングリン』をワイマールで初演しました。In 1850 Liszt conducted the premiere of Wagner's 'Lohengrin' in Weimar.
- 応援・手助け リスト → スメタナ:スメタナの曲の献呈を受け、出版社探しを助けました。のちに作品もほめています。Liszt accepted a dedication from Smetana and helped him find a publisher.
- 応援・手助け リスト → ボロディン:ボロディンの交響曲をドイツで演奏させ、ロシアの外で知られるきっかけを作りました。Liszt arranged a performance of Borodin's symphony in Germany and made him known.
- 応援・手助け リスト → サン=サーンス:サン=サーンスにオペラ『サムソンとデリラ』の完成をすすめ、ワイマールで初演させました。Liszt encouraged Saint-Saëns to finish 'Samson and Delilah' and staged it in Weimar.
- 応援・手助け リスト → グリーグ:推薦状でグリーグの留学を助け、のちにグリーグのピアノ協奏曲を初見で弾きました。Liszt helped Grieg win a travel grant and later sight-read his Piano Concerto.
- 会ったことがある リスト → フォーレ:サン=サーンスに連れられてワイマールのリストを訪ねました。Saint-Saëns took Fauré to Weimar to meet Liszt.
- 会ったことがある リスト → ドビュッシー:1886年、ローマに留学中のドビュッシーがリストに会い、その演奏を聴きました。In 1886 the young Debussy met Liszt in Rome and heard him play.
- 会ったことがある リスト → モシュコフスキ:リストに招かれた会で、モシュコフスキはリストと2台ピアノで自分の協奏曲を弾きました。Moszkowski played his piano concerto on two pianos with Liszt.
ワーグナー 1813–1883
- 尊敬・あこがれ ワーグナー → ウェーバー:9歳でウェーバーの『魔弾の射手』に感動。のちにウェーバーの遺骨をドレスデンに迎えました。Wagner was inspired by Weber as a boy and later helped bring his remains to Dresden.
- 尊敬・あこがれ ワーグナー → ベートーヴェン:ベートーヴェンの第九に夢中になり、ピアノ用に編曲しました。Wagner was inspired by Beethoven and made a piano version of the Ninth Symphony.
- 尊敬・あこがれ ワーグナー → シュトラウス2世:ワーグナーもシュトラウスのワルツ『酒・女・歌』が好きだと認めました。Wagner admitted he liked Strauss's waltz 'Wine, Women and Song'.
ヴェルディ 1813–1901
グノー 1818–1893
- 会ったことがある グノー → メンデルスゾーン:1843年ライプツィヒで会い、メンデルスゾーンはオルガンでバッハを弾いてくれました。Gounod met Mendelssohn in Leipzig, who played Bach for him on the organ.
- 尊敬・あこがれ グノー → バッハ:バッハの『平均律』第1番の前奏曲にメロディーをのせて『アヴェ・マリア』を作りました。Gounod wrote his 'Ave Maria' over a Bach prelude.
- 先生と弟子 グノー → ビゼー:ビゼーはグノーの教えを受けて大きな影響を受けました。グノーはビゼーの葬儀で弔辞を読みました。Gounod taught Bizet and spoke at his funeral.
オッフェンバック 1819–1880
スッペ 1819–1895
- 尊敬・あこがれ スッペ → オッフェンバック:オッフェンバックの作品を熱心に研究し、それを手本にオペレッタを書きました。Suppé studied Offenbach's works and used them as models for his operettas.
スメタナ 1824–1884
- 会ったことがある スメタナ → ドヴォルザーク:ドヴォルザークは、スメタナが指揮するプラハの劇場オーケストラでヴィオラを弾いていました。Dvořák played viola in a Prague orchestra conducted by Smetana.
シュトラウス2世 1825–1899
- ライバル シュトラウス2世 → ワルトトイフェル:ワルツの人気を争ったライバル。1889年のベルリンでは友好的な競演になりました。They were friendly rivals in the world of the waltz.
ルビンシテイン 1829–1894
- 先生と弟子 ルビンシテイン → チャイコフスキー:ペテルブルク音楽院でチャイコフスキーに作曲とオーケストラの書き方を教えました。Anton Rubinstein taught Tchaikovsky composition at the St Petersburg Conservatory.
ボロディン 1833–1887
- 友だち ボロディン → ムソルグスキー:1856年、軍の病院で出会いました。のちに「ロシア五人組」の仲間になります。They met at a military hospital in 1856 and later joined "The Five".
ブラームス 1833–1897
- 会ったことがある ブラームス → リスト:1853年にワイマールでリストに会いました。リストの演奏中にブラームスが居眠りしたと言われます。Brahms met Liszt in Weimar in 1853. He is said to have dozed off while Liszt played.
- ライバル ブラームス → ワーグナー:ファンどうしが「ブラームス派」と「ワーグナー派」に分かれて激しく対立しました。Their fans split into two camps: 'Brahms' versus 'Wagner'.
- 会ったことがある ブラームス → ワーグナー:1863年に初めて会い、ブラームスは『ヘンデル変奏曲』を弾いて聴かせました。They first met in 1863, when Brahms played his Handel Variations for Wagner.
- 応援・手助け ブラームス → ドヴォルザーク:奨学金の審査でドヴォルザークを見つけ、出版社に推薦しました。『スラヴ舞曲』が生まれました。Brahms recommended Dvořák to his publisher, leading to the 'Slavonic Dances'.
- 友だち ブラームス → シュトラウス2世:親友どうし。ブラームスは扇に『美しく青きドナウ』を書き「残念ながら私の作ではない」と添えました。They were friends. Brahms wrote 'Blue Danube': 'Unfortunately not by Brahms'.
- 尊敬・あこがれ ブラームス → ベートーヴェン:ベートーヴェンを目標にし、交響曲第1番は「ベートーヴェンの第10番」と呼ばれました。Brahms's First Symphony was nicknamed 'Beethoven's Tenth'.
- 尊敬・あこがれ ブラームス → ヘンデル:ヘンデルの主題を使って『ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ』を作りました。Brahms wrote his Variations and Fugue on a Theme by Handel.
- 会ったことがある ブラームス → マーラー:1884年に出会いました。ブラームスはマーラーが指揮した『ドン・ジョヴァンニ』をほめました。Brahms met Mahler in 1884 and praised his conducting of 'Don Giovanni'.
ポンキエッリ 1834–1886
- 先生と弟子 ポンキエッリ → プッチーニ:ミラノ音楽院でプッチーニに作曲を教えました。Ponchielli taught Puccini composition at the Milan Conservatory.
- 先生と弟子 ポンキエッリ → マスカーニ:ミラノ音楽院でマスカーニを教えました。Ponchielli taught Mascagni at the Milan Conservatory.
サン=サーンス 1835–1921
- 先生と弟子 サン=サーンス → フォーレ:学校でフォーレにピアノを教え、その後一生の友だちになりました。Saint-Saëns taught Fauré, and they became lifelong friends.
- ライバル サン=サーンス → マスネ:1878年、学士院の会員の座をマスネと争って負け、そのあとも関係は冷たいままでした。Massenet beat Saint-Saëns in an election in 1878, and they stayed cool to each other.
- 友だち サン=サーンス → サラサーテ:サラサーテのために『序奏とロンド・カプリチオーソ』などを書きました。Saint-Saëns wrote 'Introduction and Rondo Capriccioso' for Sarasate.
ビゼー 1838–1875
- 友だち ビゼー → サン=サーンス:少年時代に出会い、ずっと友だちでした。Bizet and Saint-Saëns met as boys and stayed friends.
チャイコフスキー 1840–1893
- 会ったことがある チャイコフスキー → ブラームス:1888年ライプツィヒで会いました。チャイコフスキーはブラームスの音楽をあまり好まなかったと言われます。They met in Leipzig in 1888. Tchaikovsky is said not to have liked Brahms's music much.
- 会ったことがある チャイコフスキー → サン=サーンス:1893年、イギリスのケンブリッジ大学の式典の演奏会で一緒に出演しました。They both performed at a Cambridge University event in 1893.
- 友だち チャイコフスキー → ドヴォルザーク:おたがいの音楽を認め合う仲。ドヴォルザークは1890年にロシアで自作を指揮しました。They admired each other. Dvořák conducted his music in Russia in 1890.
- 友だち チャイコフスキー → グリーグ:1888年ライプツィヒで出会い、チャイコフスキーはグリーグの音楽の美しさをたたえました。They met in Leipzig in 1888, and Tchaikovsky praised Grieg's music.
- 応援・手助け チャイコフスキー → ラフマニノフ:19歳のラフマニノフのオペラ『アレコ』の初演を聴き、ほめて励ましました。Tchaikovsky praised the young Rachmaninoff's opera 'Aleko'.
- 友だち チャイコフスキー → リムスキー=コルサコフ:リムスキー=コルサコフは音楽院の先生になったとき、チャイコフスキーに相談しました。Rimsky-Korsakov turned to Tchaikovsky for advice when he became a teacher.
- 尊敬・あこがれ チャイコフスキー → モーツァルト:モーツァルトがいちばん好きな作曲家で、『モーツァルティアーナ』を作りました。Mozart was Tchaikovsky's favorite composer. He wrote 'Mozartiana' for him.
- 尊敬・あこがれ チャイコフスキー → グリンカ:グリンカの『カマリンスカヤ』を「ロシア交響楽のどんぐり」とたたえました。Tchaikovsky called Glinka's 'Kamarinskaya' the acorn of Russian symphonic music.
- 尊敬・あこがれ チャイコフスキー → ビゼー:ビゼーの『カルメン』が大好きで、自分のオペラにも影響を与えました。Tchaikovsky loved Bizet's 'Carmen'.
- 尊敬・あこがれ チャイコフスキー → ドリーブ:ドリーブのバレエ『シルヴィア』に感動し、バレエ作りのお手本にしました。Tchaikovsky was deeply impressed by Delibes' ballet 'Sylvia'.
シャブリエ 1841–1894
- 尊敬・あこがれ シャブリエ → ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』を見るために、仕事を休んでミュンヘンまで行きました。Chabrier secretly took time off work to see Wagner's 'Tristan und Isolde'.
ドヴォルザーク 1841–1904
- 応援・手助け ドヴォルザーク → レハール:プラハ音楽院の学生だったレハールに、作曲に力を入れるようすすめました。Dvořák advised the young Lehár to focus on composing.
- 先生と弟子 ドヴォルザーク → フチーク:プラハ音楽院でフチークに作曲を教えました。Dvořák taught Fučík composition at the Prague Conservatory.
- 尊敬・あこがれ ドヴォルザーク → フォスター:アメリカ滞在中、フォスターの『故郷の人々』を合唱とオーケストラ用に編曲しました。In America, Dvořák arranged Foster's 'Old Folks at Home'.
グリーグ 1843–1907
- 尊敬・あこがれ グリーグ → シューマン:グリーグのピアノ協奏曲は、シューマンの協奏曲から大きな影響を受けています。Grieg's Piano Concerto was strongly influenced by Schumann's.
サラサーテ 1844–1908
- 尊敬・あこがれ サラサーテ → ビゼー:ビゼーのオペラ『カルメン』のメロディーを使って『カルメン幻想曲』を作りました。Sarasate wrote his 'Carmen Fantasy' using themes from Bizet's opera.
リムスキー=コルサコフ 1844–1908
- 友だち リムスキー=コルサコフ → ムソルグスキー:「五人組」の仲間で、一時期は同じ部屋に住んでいました。As members of "The Five", they even shared rooms for a time.
- 応援・手助け リムスキー=コルサコフ → ムソルグスキー:ムソルグスキーの死後、『ボリス・ゴドゥノフ』などを手直しして広めました。After Mussorgsky died, Rimsky-Korsakov edited his works, such as 'Boris Godunov'.
- 応援・手助け リムスキー=コルサコフ → ボロディン:ボロディンが残した未完成のオペラ『イーゴリ公』を、グラズノフと完成させました。Rimsky-Korsakov and Glazunov completed Borodin's unfinished opera 'Prince Igor'.
- 応援・手助け リムスキー=コルサコフ → グリンカ:グリンカの楽譜を編集して出版し、そこから多くを学びました。Rimsky-Korsakov edited Glinka's scores for publication and learned much from them.
- 先生と弟子 リムスキー=コルサコフ → イッポリトフ=イワノフ:ペテルブルク音楽院でイッポリトフ=イワノフに作曲を教えました。Rimsky-Korsakov taught Ippolitov-Ivanov composition.
フォーレ 1845–1924
- 先生と弟子 フォーレ → ラヴェル:パリ音楽院でラヴェルに作曲を教え、才能を高く評価しました。Fauré taught Ravel composition at the Paris Conservatoire.
タレガ 1852–1909
- 応援・手助け タレガ → アルベニス:友人アルベニスのピアノ曲をたくさんギターに編曲し、ギターの名曲にしました。Tárrega arranged many of his friend Albéniz's piano pieces for guitar.
フンパーディンク 1854–1921
- 応援・手助け フンパーディンク → ワーグナー:1880〜81年、ワーグナーの『パルジファル』上演の準備を手伝いました。Humperdinck helped Wagner prepare 'Parsifal' at Bayreuth.
エルガー 1857–1934
- 尊敬・あこがれ エルガー → ドヴォルザーク:若いころドヴォルザークの交響曲をオーケストラで弾き、大きな影響を受けました。Young Elgar played in Dvořák's symphony and was greatly influenced by him.
レオンカヴァッロ 1857–1919
- ライバル レオンカヴァッロ → マスカーニ:マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の大成功を見て、『道化師』を作りました。Seeing Mascagni's success, Leoncavallo quickly wrote 'Pagliacci'.
プッチーニ 1858–1924
- 友だち プッチーニ → マスカーニ:ミラノの学生時代、同じ部屋で暮らしました。けんかもしましたが仲直りしました。As students in Milan they shared a room. They quarreled but made up.
- ライバル プッチーニ → レオンカヴァッロ:同じ物語で『ラ・ボエーム』を作って争いました。プッチーニの方が大成功しました。Both wrote an opera called 'La bohème'. Puccini's became far more famous.
- ライバル プッチーニ → マスネ:マスネと同じ物語で『マノン・レスコー』を作り、「自分はイタリア人として描く」と語りました。Puccini set the same story as Massenet's 'Manon' in his own Italian way.
マーラー 1860–1911
パデレフスキ 1860–1941
- 尊敬・あこがれ パデレフスキ → モシュコフスキ:「ショパンの次にピアノの書き方を分かっているのはモシュコフスキだ」とほめました。Paderewski said Moszkowski understood piano writing best after Chopin.
ドビュッシー 1862–1918
- 尊敬・あこがれ ドビュッシー → ワーグナー:若いころバイロイトでワーグナーを聴いて夢中に。のちにその影響から離れようとしました。Debussy loved Wagner at first, then worked hard to break away from his influence.
- ライバル ドビュッシー → ラヴェル:おたがい尊敬していましたが、ファンどうしの対立がもとで疎遠になりました。They respected each other, but rivalry between their fans drove them apart.
- 友だち ドビュッシー → サティ:1890年ごろ出会った親友。サティはドビュッシーの「いちばん誠実な友」と言われます。They met around 1890 and became close friends.
- 応援・手助け ドビュッシー → サティ:サティの『ジムノペディ』をオーケストラ用に編曲し、世に広めました。Debussy orchestrated Satie's 'Gymnopédies' and made them better known.
- 友だち ドビュッシー → デュカス:パリ音楽院の同級生で親友。デュカスはドビュッシーの死後、追悼曲を書きました。Debussy and Dukas were classmates and close friends.
- 尊敬・あこがれ ドビュッシー → ショパン:ショパンを尊敬し、自分の『練習曲集』をショパンの思い出にささげました。Debussy dedicated his Études to the memory of Chopin.
- 尊敬・あこがれ ドビュッシー → ラモー:ラモーのオペラを愛し、ピアノ曲『ラモーをたたえて』を書きました。Debussy loved Rameau's operas and wrote 'Hommage à Rameau'.
- 尊敬・あこがれ ドビュッシー → ムソルグスキー:ムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』から大きな影響を受けました。Mussorgsky's opera 'Boris Godunov' strongly influenced Debussy.
デュカス 1865–1935
- 応援・手助け デュカス → ファリャ:パリに来たファリャを応援し、オペラ『はかなき人生』の上演を後押ししました。Dukas supported Falla in Paris and his opera 'La vida breve'.
スクリャービン 1872–1915
- 尊敬・あこがれ スクリャービン → ショパン:ショパンが大好きで、若いころはショパンのようなマズルカや前奏曲をたくさん作りました。Scriabin loved Chopin and wrote many mazurkas and preludes in his style.
ラフマニノフ 1873–1943
- 尊敬・あこがれ ラフマニノフ → パガニーニ:パガニーニの奇想曲第24番をもとに『パガニーニの主題による狂詩曲』を作りました。Rachmaninoff based his 'Rhapsody on a Theme of Paganini' on Paganini's Caprice No. 24.
- 尊敬・あこがれ ラフマニノフ → ルビンシテイン:12歳でルビンシテインの演奏会を聴いて感動し、ピアニストとしての目標にしました。Rubinstein's concerts inspired the young Rachmaninoff as a pianist.
- 友だち ラフマニノフ → スクリャービン:モスクワ音楽院の同級生。スクリャービンの死後、その曲で演奏旅行をして家族を助けました。They were classmates. After Scriabin died, Rachmaninoff toured playing his music.
ホルスト 1874–1934
- 応援・手助け ホルスト → パーセル:1911年、楽譜が見つかったパーセルの『妖精の女王』を、約200年ぶりに上演しました。In 1911 Holst staged Purcell's 'The Fairy-Queen' for the first time in centuries.
ラヴェル 1875–1937
- 応援・手助け ラヴェル → サティ:1911年の演奏会でサティの作品を演奏し、その才能を世に紹介しました。In 1911 Ravel played Satie's music at a concert and helped make him known.
- 尊敬・あこがれ ラヴェル → クープラン:クープランの時代の音楽をしのんで『クープランの墓』を作りました。Ravel wrote 'Le Tombeau de Couperin' in honor of Couperin's music.
- 尊敬・あこがれ ラヴェル → シャブリエ:シャブリエを尊敬し、そのスタイルをまねたピアノ曲を書きました。Ravel admired Chabrier and wrote a piano piece in his style.
- 応援・手助け ラヴェル → ムソルグスキー:1922年、ムソルグスキーのピアノ曲『展覧会の絵』をオーケストラ用に編曲しました。In 1922 Ravel orchestrated Mussorgsky's 'Pictures at an Exhibition'.
関係は作曲家の伝記・手紙・Wikipedia などをもとにまとめました。「〜と言われます」と書いたものは、言い伝えや説をふくみます。