
ディヴェルティメント
モーツァルト・1772
16歳ごろのモーツァルトが書いた、弦がはじけるような元気いっぱいの曲。
ディヴェルティメント ニ長調 K.136のページへ
Classical · 1756–1791
「神童」The Child Prodigy
35年の人生で600曲以上。音楽の神さまに愛された天才。Over 600 works in just 35 years. A genius loved by the gods of music.

モーツァルト・1772
16歳ごろのモーツァルトが書いた、弦がはじけるような元気いっぱいの曲。
ディヴェルティメント ニ長調 K.136のページへ
モーツァルト・1773
17歳のモーツァルトが書いた、嵐のようにはげしい交響曲。
交響曲第25番 ト短調のページへ
モーツァルト・1773
「アレルヤ」の一語だけで、声がコロコロ転がる喜びの歌!
モテット「踊れ、喜べ、幸いな魂よ」より アレルヤのページへ
モーツァルト・1774
18歳のモーツァルトが大人の作曲家へ。ささやくように始まる名作。
交響曲第29番 イ長調のページへ
モーツァルト・1774
ふだんは脇役の低音楽器が、ピョンピョンはねて大活躍!
ファゴット協奏曲 変ロ長調のページへ
モーツァルト・1775
19歳のモーツァルトが書いた、ヴァイオリンがのびやかに歌う名作。
ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調のページへ
モーツァルト・1775
上品なメヌエットに、とつぜん「トルコの軍楽隊」が乱入!
ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調「トルコ風」のページへ
モーツァルト・1777
フルート協奏曲に化けていた!?長い間行方不明だった名曲。
オーボエ協奏曲 ハ長調のページへ
モーツァルト・1778
きらめくハープと、やわらかなフルート。パリ生まれの優雅な二重奏。
フルートとハープのための協奏曲 ハ長調のページへ
モーツァルト・1778
明るいモーツァルトがパリで書いた、はげしく悲しい短調ソナタ。
ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310のページへ
モーツァルト・1779
ヴァイオリンとヴィオラ、2人の主役がかけ合う夢の共演!
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調のページへ
モーツァルト・1781
2台のピアノが、おしゃべりするように追いかけっこ!
2台のピアノのためのソナタ ニ長調のページへ
モーツァルト・c. 1781–1782
おなじみ「きらきら星」が、12通りに大変身!
「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲 ハ長調のページへ
モーツァルト・c. 1782
暗い霧の中から、ぱっと光がさす!即興のような未完の名曲。
幻想曲 ニ短調のページへ
モーツァルト・1782
大いそぎで書いて、すっかり忘れて、読み返して自分でびっくり!
交響曲第35番 ニ長調「ハフナー」のページへ
モーツァルト・c. 1783
ピアノでトルコの軍楽隊を再現!太鼓とシンバルが聞こえてくる。
ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 より「トルコ行進曲」のページへ
モーツァルト・c. 1783
春の日ざしのように軽やか。巨匠ホロヴィッツも愛したソナタ。
ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調のページへ
モーツァルト・1783
ピアノ1台なのに、まるで協奏曲!最後にソロの見せ場まで登場。
ピアノ・ソナタ第13番 変ロ長調 K.333のページへ
モーツァルト・c. 1783
「トルコ行進曲」の前にある、やさしい主題と6つの変身。
ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331 第1楽章のページへ
モーツァルト・1783
尊敬するハイドンにささげた6曲の中で、ただひとつの短調。
弦楽四重奏曲第15番 ニ短調のページへ
モーツァルト・1784
ベートーヴェンの「悲愴」のお手本?モーツァルト渾身のハ短調。
ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 K.457のページへ
モーツァルト・c. 1781–1784
13人の奏者が奏でる天上の響き。映画『アマデウス』にも登場する名曲。
セレナード第10番 変ロ長調「グラン・パルティータ」のページへ
モーツァルト・1785
夢見るような第2楽章。映画の題名が曲のあだ名になった!
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調のページへ
モーツァルト・1785
嵐のような短調の協奏曲。ベートーヴェンも高く評価した!
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調のページへ
モーツァルト・1785
「楽譜のミス?」とまで言われた、ふしぎな響きの始まり。
弦楽四重奏曲第19番 ハ長調「不協和音」のページへ
モーツァルト・1786
幕が上がる前から大さわぎ!「おかしな一日」の始まり。
歌劇『フィガロの結婚』序曲のページへ
モーツァルト・1786
狩りの角笛が大はしゃぎ!友情とジョークがつまった協奏曲。
ホルン協奏曲第4番 変ホ長調のページへ
モーツァルト・1786
「フィガロ」に夢中の街プラハで初演された、晴れやかな交響曲。
交響曲第38番 ニ長調「プラハ」のページへ
モーツァルト・1786
明るいイ長調の中に、ため息のような第2楽章。心にしみる協奏曲。
ピアノ協奏曲第23番 イ長調のページへ
モーツァルト・1786
1つのメロディーが、くるくる姿を変えて何度ももどってくる!
ロンド ニ長調 K.485のページへ
モーツァルト・1786
「もう遊びはおしまいだ!」恋多き少年をからかう、ラッパひびく行進曲。
歌劇「フィガロの結婚」より「もう飛ぶまいぞこの蝶々」のページへ
モーツァルト・1787
出だしの数秒で、だれもが「知ってる!」と言う曲。
セレナード第13番 ト長調「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のページへ
モーツァルト・1787
ショパンもベートーヴェンも夢中になった、甘〜いさそいの二重唱。
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より「お手をどうぞ」のページへ
モーツァルト・1788
ささやくように始まる悲しみ。モーツァルトの「短調」の傑作。
交響曲第40番 ト短調のページへ
モーツァルト・1788
本人いわく「初心者のための小さなソナタ」。でも奥が深い!
ピアノ・ソナタ第16番(旧第15番)ハ長調のページへ
モーツァルト・1788
最後の3大交響曲の1番手。クラリネットが歌う、のびやかな名曲。
交響曲第39番 変ホ長調のページへ
モーツァルト・1789
親友のために書いた、クラリネットと弦のとろけるような名曲。
クラリネット五重奏曲 イ長調のページへ
モーツァルト・1791
ジャーン、ジャーン、ジャーン!3つの和音がひらく魔法の扉。
歌劇『魔笛』序曲のページへ
モーツァルト・1791
怒れる女王が放つ、驚くほどの高音!オペラ屈指の難曲。
歌劇『魔笛』より 夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」のページへ
モーツァルト・1791
亡くなる約2か月前に完成した、澄みきった最後の協奏曲。
クラリネット協奏曲 イ長調のページへ
モーツァルト・1791
モーツァルトが残したのは8小節だけ。涙にぬれた未完の音楽。
レクイエム ニ短調 より「ラクリモサ(涙の日)」のページへ
モーツァルト・1791
たった46小節の奇跡。天国のように静かな祈りの歌。
アヴェ・ヴェルム・コルプス ニ長調のページへ
モーツァルト・1791
ピロピロ〜♪笛をふきながら登場する、陽気な鳥刺し男の歌!
歌劇「魔笛」より「おいらは鳥刺し」のページへ
ホー!モーツァルトは5歳で作曲を始め、6歳でヨーロッパ演奏旅行に出たんだ。
モーツァルトは1756年、ザルツブルクで生まれました。父レオポルトは宮廷の音楽家で、ヴァイオリンの教本も書いた名教師でした。姉ナンネルが習うのを見ていたヴォルフガングは、3歳ごろから鍵盤にふれ、5歳で小さな曲を作ります。6歳になると、父は子どもたちを連れて、ウィーン、パリ、ロンドンなどヨーロッパ中を演奏旅行してまわりました。Mozart was born in Salzburg in 1756. His father, Leopold, was a court musician and a respected teacher who wrote a famous book on violin playing. Little Wolfgang watched his older sister, Nannerl, take lessons. He began playing the keyboard at about three and wrote little pieces at five. From the age of six, his father took the children on concert tours all over Europe, to cities such as Vienna, Paris, and London.
10代になると、モーツァルトは父とイタリアを旅し、オペラを書き、現地で上演されるまでになりました。けれどもふるさとザルツブルクの大司教のもとでの仕事は、給料も自由も少なく、不満がつのります。1777年からはよい就職先を求めて母とパリなどへ旅しますが、仕事は見つからず、1778年にはパリで母が亡くなるという悲しみも味わいました。As a teenager, Mozart traveled through Italy with his father and even wrote operas that were performed there. But back home in Salzburg, his job under the archbishop paid little and gave him little freedom, and he grew unhappy. In 1777 he set off with his mother to Paris and other cities to look for a better job. He found none, and in 1778 his mother died in Paris.
1781年、大司教とけんか別れしたモーツァルトは、ウィーンでフリーの音楽家として生きる道を選びます。翌年、コンスタンツェと結婚。ピアノ協奏曲を自分で弾いて人気を集め、「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」などのオペラを生み出しました。しかし晩年は収入が不安定になり、友人プフベルクにお金を借りたいとたのむ手紙をたびたび書いています。In 1781, after a bitter quarrel with the archbishop, Mozart chose to live in Vienna as a freelance musician. The next year he married Constanze Weber. He became popular by playing his own piano concertos, and he created operas such as The Marriage of Figaro and Don Giovanni. But his income became less steady in his last years, and he often wrote to his friend Michael Puchberg asking for loans.
1791年、オペラ「魔笛」が大ヒットしますが、同じ年の12月、モーツァルトは「レクイエム」を書きかけのまま35歳で亡くなりました。死因ははっきりしていません。お墓の正確な場所も、今ではわかっていません。作品は、後にケッヘルという人が「K.」の番号で整理し、その数は600をこえます。彼の音楽は今も世界中で、毎日のように演奏されています。In 1791, his opera The Magic Flute was a big hit. But in December of that year, Mozart died at the age of 35, leaving his Requiem unfinished. The cause of his death is still not clear, and the exact place of his grave is unknown. Later, Ludwig von Köchel listed his works with K numbers, and there are more than 600 of them. His music is still played all over the world, almost every day.
Mozart was born in Salzburg in 1756. He wrote music at age five! He traveled around Europe as a child. He wrote many operas and piano concertos. He died young, at 35. But he wrote more than 600 works.モーツァルトは1756年にザルツブルクで生まれました。5歳で曲を作りました!子どものころ、ヨーロッパ中を旅しました。オペラやピアノ協奏曲をたくさん書きました。35歳の若さで亡くなりました。それでも600曲以上の作品を書きました。
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1770年、14歳のモーツァルトはローマで、バチカンの礼拝堂だけで歌われていたアレグリの「ミゼレーレ」を聴きました。楽譜を外に出すことは禁じられていましたが、彼は帰ってから記憶だけで楽譜に書き起こしたと、父レオポルトが手紙に書いています。
In 1770, fourteen-year-old Mozart heard Allegri's Miserere in Rome. It was sung only in the Pope's chapel, and copying the music was not allowed. According to his father's letter, Mozart went home and wrote the whole piece down from memory.
1784年、モーツァルトはペット屋でムクドリを買いました。その鳥は、彼のピアノ協奏曲第17番のメロディーを少しまちがえて歌ったそうで、家計簿に楽譜つきでメモしています。3年後に鳥が死ぬと、お葬式をして詩までささげました。
In 1784, Mozart bought a starling at a pet shop. The bird could sing a tune from his Piano Concerto No. 17, with one small mistake, and he wrote it down with musical notes in his expense book. When the bird died three years later, he held a funeral and wrote a poem for it.
モーツァルトの「きらきら星変奏曲」は有名ですが、元のメロディーはフランスの古い歌「ああ、お母さん、聞いてちょうだい」です。モーツァルトはこの歌をもとに、12の変奏曲を作りました。作者不明のメロディーを、天才がおしゃれに変身させたのです。
Mozart's "Twinkle Twinkle" Variations are famous, but the melody comes from an old French song, "Ah, vous dirai-je, maman." Mozart wrote twelve variations on it. He took a simple tune by an unknown author and made it dazzling.
モーツァルトの死後、「ライバルの作曲家サリエリが毒を盛った」といううわさが広まり、のちに劇や映画「アマデウス」の題材にもなりました。でもこれは根拠のない話です。実際のサリエリは尊敬される音楽家で、ベートーヴェンやシューベルトの先生でもありました。
After Mozart's death, a rumor spread that his rival Antonio Salieri had poisoned him. It later inspired a play and the film Amadeus. But there is no evidence for it. The real Salieri was a respected musician who also taught Beethoven and Schubert.
1791年、モーツァルトは名前を明かさない人物から「レクイエム(死者のためのミサ曲)」の作曲を頼まれました。正体は、亡くなった妻のために、自分の作品として発表しようとしたヴァルゼック伯爵という貴族だったことが、のちにわかっています。
In 1791, Mozart was asked to write a Requiem by someone who would not give his name. It was later found that he was Count Walsegg, a nobleman who wanted to present the piece as his own work in memory of his late wife.
モーツァルトはビリヤードが大好きで、ウィーンの家に自分のビリヤード台を置いていました。遊びながら新しいメロディーを考えていた、という話もあります。ダンスや冗談、言葉遊びも大好きで、手紙にはふざけた言葉がたくさん出てきます。
Mozart loved billiards and kept his own billiard table at his home in Vienna. Some say he thought up new melodies while playing. He also loved dancing, jokes, and wordplay, and his letters are full of silly words.
FAMOUS WORDS
“Music, even in the most terrible situations, must never offend the ear, but must please the listener, or in other words must never cease to be music.”音楽は、どんなに恐ろしい場面でも、耳をきずつけてはいけません。聴く人を楽しませなければならない。つまり、音楽であることをやめてはいけないのです。
— Wolfgang Amadeus Mozart(1781年9月26日、父レオポルトへの手紙)Wikimedia Commons でパブリックドメイン(または CC0)と確認した画像です。クリックで拡大。








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