第11講 スランプ(停滞期)の正体と越え方――プラトー・飽き・レベル迷子への処方箋
「読んでいるのに伸びない」「前ほど楽しくない」「どのレベルを読めばいいかわからない」――多読を続けた人ほど、一度はスランプに出会います。第11講では、スランプを3つの型に分けて正体を見きわめ、型ごとの処方箋で抜け出す方法を、上達のしくみと研究、実際の英文を使って伝授します。
スランプの正体①:上達の曲線は、だんだん寝てくる
スランプを感じたとき、まず思い出してほしいことがあります。それは、上達は一直線には進まないということです。
練習による上達を個人ごとにくわしく調べた Heathcote, Brown, & Mewhort(2000)は、上達をいちばんよく表す曲線の式を検討しました。どの式がよいかについては議論がありますが、共通しているのは、始めたころは大きく伸び、練習を重ねるほど、同じ量の練習で得られる伸びは小さくなるという形です。
多読にあてはめると、こうなります。始めて最初の数か月は、WPM がぐんぐん上がり、読めるレベルもどんどん上がる。ところが、ある程度読めるようになると、同じだけ読んでも、目に見える伸びは小さくなる。これは、あなたの努力が足りないのでも、才能の限界でもありません。曲線が自然な形で寝てきただけです。この横ばいに見える時期を、プラトー(高原)と呼びます。
スランプの正体②:伸びは「見えない場所」で起きている
数字が横ばいでも、変化は起きています。日本の大学生61名を対象にした Yamashita(2013)では、多読を経験したあと、英語で読むことの「心地よさ」と「知的な価値」の感じ方が高まり、「不安」が下がっていました。日本の中学生2人を2年半追った Nishino(2007)でも、読む力がついていくにつれて動機づけが変わり、読み方の個人差は大きいものでした。
スランプの多くは、「伸びていない」のではなく、伸びが数字に出ない場所で起きているのです。多読のやる気そのものが波を打つことは、基本編の多読が続かないときの処方箋でも説明しました。この講義では、長く続けている人のスランプを3つの型に分け、型ごとに処方箋を出します。
まず診断:あなたのスランプはどの型?
| 質問 | はい → |
|---|---|
| 読む量は保てているのに、同じレベルで測ったWPMや手ごたえが2か月近く変わらない | プラトー型 |
| 本を開くまでが重い。読む量そのものが減ってきた | 飽き型 |
| 今のレベルは退屈、1つ上は苦しい。どれを読んでもしっくりこない | レベル迷子型 |
2つ以上にあてはまる人は、量が減っているなら飽き型から、量が保てているならプラトー型から手をつけましょう。数字での見分け方は第10講 データで伸びるの診断表も参考にしてください。
処方箋1:プラトー型には「負荷の種類」を変える
多読の基本は、やさしい本を楽にたくさん読むことです。この基本はスランプ中も変えません。ただ、同じ種類の「楽」を何か月もくり返していると、伸びがゆるやかになる時期が来ます。
熟達の研究で知られる Ericsson, Krampe, & Tesch-Römer(1993)は、専門家の高い技能は、上達を目的に工夫された努力の多い練習(意図的な練習)を長い期間重ねた結果だと論じました。多読の土台はあくまで楽な読書ですが、プラトーのときには、全体の1〜2割だけ、種類の違う負荷を足すのが効果的です。負荷は次の4種類から、1回に1種類だけ選びます。
- 速さの負荷:速読トレーナーで、今のWPMより毎分20語ほど速い表示に、2〜3語ずつの表示で5分だけついていく。そのあと普通の多読に戻る
- 耳の負荷:読み物ページの音声を1.2倍にして聞き読みする。慣れたら🎧「聞くだけ」で、文字なしでわかるか試す。初級の学習者が音声つきで多読をして、読む速さと理解の向上が報告された研究もあります(Chang & Millett, 2015。くわしくは聞き読みの効果とやり方)
- 量の負荷:1週間だけ、ふだんの1.5倍の語数を読む。レベルは1つ下で
- ジャンルの負荷:物語ばかりならノンフィクションや名スピーチへ。使われる語も文の形も変わります
2週間続けたら、第10講の定点観測3本法でWPMを測り直します。
処方箋2:飽き型には「楽しさ」と「しくみ」の両方を
飽き型のスランプは、「楽しければ自然に読むはず」という思いこみに落とし穴があります。
日本の英語学習者の多読を調べた Kirchhoff(2013)では、学習者はグレーデッド・リーダーを読みながら、時間を忘れて没頭する「フロー」に近い体験をよくしていました。ところが、フローに近い体験が多い人ほど長い時間読んでいる、という関係は見られなかったのです。楽しさは大切ですが、楽しさだけでは読む量は保証されないということです。
日本語を学ぶ9人の多読を5〜7か月追った de Burgh-Hirabe と Feryok(2013)も、多読への動機はいろいろな要因が組み合わさって変化することを示し、いろいろな種類の読み物があることと、多読を義務にすることの大切さに触れています。ひとりで読む人にとっての「義務」とは、自分で決める小さなしくみのことです。
- ジャンル・シャッフル:次の5本は、ふだん読まないジャンルから選ぶ。迷ったら今日の1冊ガチャにまかせる
- 10分だけルール:読書タイマーを10分にセットし、鳴ったらやめてよいことにする。始めるハードルを下げるためのルールです
- 前に好きだった話を読み返す:楽しかった記憶を呼び戻す(再読の技は第6講)
- 小さな義務:「毎朝1本」「週末に家族に1話紹介する」など、自分との約束を1つだけ作る
処方箋3:レベル迷子型には「階段」ではなく「坂道」を
今のレベルは退屈、1つ上は苦しい――このすき間に落ちるのが、レベル迷子型です。原因の多くは、レベルを「階段」のように一段ずつ上がるものだと考えていることにあります。
解決策は混ぜ読みです。レベルの境目を、階段から坂道に変えます。
- 基本の配合:1つ下 7:今のレベル 2:1つ上 1
- 1つ上のレベルは、知っている話や聞き読みで読む
- 2週間ごとに配合を少しずつ変え、1つ上の割合を増やしていく
実例:同じ話の2つのレベルで坂道を作る
多読ベストには、同じ話をちがうレベルで読めるものがあります。たとえばオズの魔法使いの書き出しを比べてみましょう。L3 の再話はこう始まります。
Dorothy lived in the middle of the great grey prairies of Kansas with her Uncle Henry, her Aunt Em, and her little black dog, Toto.
原文(L6)の第1章はこうです。
Dorothy lived in the midst of the great Kansas prairies, with Uncle Henry, who was a farmer, and Aunt Em, who was the farmer's wife.
middle が midst に、人物紹介に「, who was ...」が加わっています。すぐあとには Their house was small, for the lumber to build it had to be carried by wagon many miles. という、for を「〜なので」の意味で使う古い書き方も出てきます。L3 の再話で話の筋を知っていれば、L6 の原文でも「何が起きているか」はわかります。わからないのは言い回しだけ。筋の知識が、レベルの差を埋める坂道になるのです。
グレーデッド・リーダーの最上級から書き直されていない原書へ進んだ学習者4名を追った Uden, Schmitt, & Schmitt(2014)では、知っている語の割合は98%以上から約95%に下がることが多かったものの、学習者は原書を楽しむ段階へ進むことができ、両者の差は思われていたほど大きくない可能性が示されました。気になる本は、1ページを英文レベル判定Proに貼って、語彙カバー率を確かめてから挑戦しましょう。レベル選びの考え方は第1講 レベルを下げる技と第5講でも扱っています。
数字に出ない「伸びている証拠」を探す
スランプの最中は、どうしても「伸びていない」ことばかりに目が向きます。次のうち1つでもあてはまれば、あなたの英語は確実に動いています。
- 3か月前に「きつい」と書いた話を読み返すと、楽に読める
- 前は読み飛ばしていた語の意味が、いつの間にかわかるようになっている
- 音声なしでも、頭の中で英語の音が聞こえるように読める
- 日本語に訳さずに、場面が絵のように浮かぶことがふえた
- 英語の本を開くときの緊張が、前より小さい
特に1つ目の「読み返し」は強力です。記録をさかのぼって、昔きつかった話を1本読んでみてください。
ケーススタディ:3つの型の抜け方
プラトー型の例(社会人):L3 を毎日30分、半年続けてきたが、WPMが3か月ほぼ同じ。週3回だけ、読み物の音声を1.2倍で聞き読みすることにした。最初の1週間はついていくのがやっとだったが、2週間後に普通の速さで黙読すると、前より楽に感じた。
飽き型の例(高校生):部活が忙しくなり、読むのがおっくうに。ずっと物語ばかりだったのを神話と伝説となぞなぞ・ジョークに変え、「寝る前に10分だけ」と決めた。10分で終わる日もあったが、続きが気になって20分読む日もふえた。
レベル迷子型の例(大学生):L3 は退屈、L4 はきつい。混ぜ読み(L3 を7、L4 を2、L5 を1)に切りかえ、L4 は聞き読みで読むことにした。1か月後、L4 を聞き読みなしで読んでも、前ほどきつくなくなっていた。
(いずれも説明のための例です。)3人に共通するのは、一度に変えたのは1つだけで、2週間は続けたことです。
誤解をくつがえす:スランプをめぐる4つの思いこみ
誤解1:伸びが止まったのは、才能の限界だ
上達の曲線は、だんだんゆるやかになるのが自然な形です(Heathcote ら, 2000)。そして、読書への気持ちのような数字に出にくい部分でも変化が起きています(Yamashita, 2013)。
誤解2:楽しければ、読む量は自然に増える
フローに近い体験が多くても、それだけ長く読むとは限りませんでした(Kirchhoff, 2013)。楽しさに加えて、小さなしくみが必要です。
誤解3:レベルを上げれば、スランプから抜けられる
多くの場合、逆です。1年間で読む速さが最も伸びた学習者たちが主に読んでいたのは、見出し語1,600語レベルまでのやさしい本でした(Beglar & Hunt, 2014)。苦しいときほど、一度下げて量を取り戻します。
誤解4:原書との壁は高すぎて越えられない
グレーデッド・リーダーの最上級から原書への差は、思われていたほど大きくない可能性があります(Uden ら, 2014)。坂道を作れば、壁は越えられます。
今日からやる練習:2週間リセットプログラム
1〜3日目:底上げ:いちばん楽に読めるレベルより1つ下を、1日2〜3本。WPMは測りません。「読める」感覚を取り戻すことだけが目的です。
4〜7日目:型別の処方:プラトー型は負荷を1種類だけ足す(全体の1〜2割)。飽き型はジャンル・シャッフルと10分だけルール。レベル迷子型は混ぜ読み(7:2:1)を開始。
8〜10日目:維持:4〜7日目のやり方を続けます。記録は語数だけでOK。
11〜13日目:小さな挑戦:1つ上のレベルの話を1本、聞き読みで読みます。きつければ、すぐ戻ってかまいません。
14日目:測定と会議:定点レベルでWPMを測り、読書記録で2週間の語数を確かめて、次の2週間に変えることを1つ決めます。
プロの1週間メニュー(スランプ予防版)
スランプを抜けたあとは、次のような「負荷の種類を少しずつ混ぜる」1週間で、プラトーを長引かせない工夫をします。
| 曜日 | メイン(8〜9割) | 小さな負荷(1〜2割) |
|---|---|---|
| 月 | 1つ下のレベルで量 | なし(楽に読む日) |
| 火 | 今のレベル | 速読トレーナー5分 |
| 水 | 今のレベル | 1.2倍で聞き読み1本 |
| 木 | 1つ下のレベル | ふだん読まないジャンルを1本 |
| 金 | 今のレベル | 1つ上を1本(聞き読み) |
| 土 | 好きな話をたっぷり | なし |
| 日 | 再読1本 | 「伸びている証拠」を1つ探してメモ |
先生・保護者へ:スランプの人にかける言葉
避けたいのは「もっとむずかしい本に挑戦しなさい」「毎日○語読みなさい」のような、量や高さだけを求める言葉です。苦しいときにハードルを上げると、多読そのものから離れてしまいます。かわりに、次のような声かけがおすすめです。
- 「最近読んだ中で、いちばんおもしろかった話はどれ?」(楽しさを思い出させる)
- 「前に読んだ話を、もう一回読んでみたら?」(伸びを実感させる)
- 「今週は1日1本だけでいいよ」(ハードルを下げる)
- 「どの型のスランプだと思う?」(自分で診断する力を育てる)
授業での進め方は授業で多読を始める方法もごらんください。
スランプを「予報」する3つのサイン
スランプは、ある日とつぜん来るように見えて、実は前ぶれがあります。次のサインに気づいたら、本格的なスランプになる前に、1週間メニューの「小さな負荷」をふやしたり、レベルを1つ下げたりしましょう。
- 記録の一言が短くなる:「ふつう」「まあまあ」ばかりになったら、心が動いていないサイン
- 同じシリーズ・同じジャンルが1か月以上続いている:楽な反面、負荷の種類が1つに固まっています
- 読む時間帯がばらばらになる:習慣のくずれは、量の低下の一歩手前です
読書記録の毎日の記録を週に1回ながめるだけで、これらのサインは見つけられます。
よくある罠
- 新しい教材を買いこむ:教材を変えても、読み方が同じなら状況は変わりません。まずは手もとの本で処方箋を
- 完全にやめてしまう:ゼロにすると、再開のハードルが一気に上がります。1日1本、10分でも続ける
- レベルを上げた直後の数字の低下をスランプと思いこむ:レベルが上がればWPMは下がって当然です
- 人と比べる:伸び方の個人差は大きいもの。比べる相手は、2か月前の自分です
まとめのチェックリスト
- 上達の曲線はだんだんゆるやかになるのが自然だと知っている
- 自分のスランプが、プラトー型・飽き型・レベル迷子型のどれかを診断した
- プラトー型には、種類の違う負荷を1〜2割だけ足している
- 飽き型には、楽しさに加えて小さなしくみを作った
- レベル迷子型には、混ぜ読みと「同じ話の別レベル」で坂道を作っている
- 2週間後に測り直し、次の一手を1つ決める
スランプを抜けたとき、英語はひと回り大きな力になっています。最終講の第12講 多読をアウトプットにつなぐでは、ためこんだ英語を「使える力」に変える方法を扱います。
よくある質問
スランプのときは、多読を休んだほうがよいですか?
完全に休むより、量を減らして続けるほうがおすすめです。いちばんやさしいレベルを1日1本、10分だけでも続けると、再開のハードルが上がらず、スランプから抜けやすくなります。
どのくらい伸びが止まったらスランプと考えればよいですか?
同じレベルで測ったWPMや手ごたえが、2か月近く変わらないのが一つの目安です。ただし、上達の伸びがだんだん小さくなるのは自然なことで、レベルを上げた直後の数字の低下もスランプではありません。
レベルを下げると、また伸びなくなりませんか?
やさしいレベルを大量に読むことは、読む速さを伸ばすいちばん確かな方法の一つです。下げたレベルを中心にしつつ、1つ上を1割ほど混ぜる「混ぜ読み」なら、伸びを止めずに立て直せます。
参考文献
- Heathcote, A., Brown, S., & Mewhort, D. J. K. (2000). The power law repealed: The case for an exponential law of practice. Psychonomic Bulletin & Review, 7(2), 185–207. doi.org/10.3758/BF03212979
- Yamashita, J. (2013). Effects of extensive reading on reading attitudes in a foreign language. Reading in a Foreign Language, 25(2), 248–263. doi.org/10.64152/10125/66872
- Nishino, T. (2007). Beginning to read extensively: A case study with Mako and Fumi. Reading in a Foreign Language, 19(2). doi.org/10.64152/10125/66807
- Ericsson, K. A., Krampe, R. T., & Tesch-Römer, C. (1993). The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review, 100(3), 363–406. doi.org/10.1037/0033-295X.100.3.363
- Chang, A. C.-S., & Millett, S. (2015). Improving reading rates and comprehension through audio-assisted extensive reading for beginner learners. System, 52, 91–102. doi.org/10.1016/j.system.2015.05.003
- Kirchhoff, C. (2013). L2 extensive reading and flow: Clarifying the relationship. Reading in a Foreign Language, 25(2), 192–212. doi.org/10.64152/10125/66867
- de Burgh-Hirabe, R., & Feryok, A. (2013). A model of motivation for extensive reading in Japanese as a foreign language. Reading in a Foreign Language, 25(1), 72–93. doi.org/10.64152/10125/66678
- Uden, J., Schmitt, D., & Schmitt, N. (2014). Jumping from the highest graded readers to ungraded novels: Four case studies. Reading in a Foreign Language, 26(1), 1–28. doi.org/10.64152/10125/66691
- Beglar, D., & Hunt, A. (2014). Pleasure reading and reading rate gains. Reading in a Foreign Language, 26(1), 29–48. doi.org/10.64152/10125/66684
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