第10講 データで伸びる――語数・WPM・レベルの記録を読み解き、次の一手を決める
読書記録をつけている人は多いのに、その数字を「次に何をするか」に使えている人は意外と少数です。第10講では、記録を眺めるのではなく診断に使い、自分専用の次の一手を決める、多読のプロのデータ活用術を、研究の数字と計算の手順まで含めて伝授します。
記録は「眺める」ものではなく「診断する」もの
記録のつけ方の基本(何を書くか、1行の書き方)は多読の読書記録のつけ方で説明しました。この講義は、その記録が少しずつたまってきた人のための「読み解き編」です。
健康診断の数字は、見るだけでは体はよくなりません。「血圧が高めだから塩分を減らす」のように、行動につなげて初めて意味があります。多読の記録も同じです。数字から今の状態を読みとり、次の2週間で何を変えるかを1つ決める。これが、データで伸びる人の習慣です。
見るべき4つの数字
多読の状態は、次の4つの数字でほぼ説明できます。
| 数字 | わかること | 記録のしかた |
|---|---|---|
| ① 量(週あたりの語数) | エンジンが回っているか | 読んだ話の語数を足す |
| ② 速さ(WPM) | 英語のまま処理できているか | 同じレベルの話で、月1回測る |
| ③ 高さ(レベル別の割合) | 背伸びしすぎていないか | 読んだ話のレベルを数える |
| ④ 手ごたえ(楽・ちょうど・きつい) | 理解が追いついているか | 読後に一言で記録 |
多読ベストで「読み終わった!」を押していれば、読書記録(100万語メーター)で、毎日の記録・レベル別の冊数・平均WPMを確かめられます。紙の本や図書館のグレーデッド・リーダーは紙の本の語数を記録で足しておくと、全体の数字がそろいます。
① 量を読む:研究が示す「必要な量」
累計の語数は増える一方なので、伸びているかどうかがわかりにくい数字です。プロは週あたりの語数で見ます。量の目安として、研究から次のような数字が出ています。
- 日本の大学1年生のうち、1年間で読む速さが最も伸びた14名は、1年間で平均208,607語を読み、読む速さは平均で毎分約33語伸びていました。著者らは年間の最低量の目安として20万語を示しています(Beglar & Hunt, 2014)。週になおすと約4,000語です
- 日本の大学生97名を1年間追った研究では、多くの学習者にとって「2週間に1冊以上」読むことが、読む速さを伸ばすのに最も効果的でした(Beglar, Hunt, & Kite, 2012)
- 語彙研究の Nation(2015)は、最低でも2週間にグレーデッド・リーダー1冊を目安に挙げたうえで、目標の語彙レベルによって必要な量が増えることを試算しています。たとえば、2,000語レベルまでの語に12回ずつ出会うには年30万語、5,000語レベルでは年100万語(毎分150語なら1日約50分・週5日)です
自分の量の目標を計算する
量は、次のかけ算で決まります。
1週間の語数 = WPM × 1日に読む分数 × 読む日数
たとえば 100 WPM で1日15分、週6日読めば、100 × 15 × 6 = 9,000語。年に約47万語です。年30万語を目標にするなら、週約5,800語、1日約830語。100 WPM なら1日約8分で届きます。100万語 到達日 計算機を使えば、この逆算が一瞬でできます。
② 速さを読む:「定点観測3本法」
WPM(1分間に読める語数)の基本は読む速さ(WPM)の測り方と伸ばし方にあります。ここでは、データとして意味のある測り方を紹介します。名づけて「定点観測3本法」です。
- 定点レベルを決める:今いちばん楽に読めるレベルを1つ決め、毎回そのレベルで測る(レベルを上げればWPMは下がって当然なので、ちがうレベルの数字は比べない)
- 3本測る:そのレベルの初めて読む話を3本、読み物ページの⏱計測で測る
- まん中の値をとる:3つの数字のうち、まん中の値をその月の記録にする(1本だけだと、話の相性で数字がぶれるため)
- 理解とセット:読後のクイズで、だいたいわかっていたかを確かめる。わかっていなかった回は記録しない
- 月1回、同じ条件:時間帯もそろえる(「土曜の朝」など)
計算の実例
L3 の町のネズミと田舎のネズミは642語です。読むのに5分21秒かかったとすると、5分21秒は5.35分なので、642 ÷ 5.35 = 120 WPM。読み物ページの⏱計測ボタンを使えば、この計算は自動でしてくれます。
どのくらいの速さを目指す?
英語を母語とする大人の黙読の速さを190の研究(18,573名)からまとめた Brysbaert(2019)では、平均は説明文で毎分238語、物語で毎分260語でした。英語を第二言語として読む人の速さは、これより低くなることも報告されています。一方、日本の高校生33名が7週間多読をした研究では、平均で毎分84.18語から112.82語に伸びました(Iwahori, 2008)。日本の看護系大学の1学期間の比較では、多読クラスが平均20.73語/分伸びたのに対し、精読クラスは −0.62語/分でした(Huffman, 2014)。
多読ベストでは、次を目安にしています(研究の数字ではなく、運営者としての実践上の目安です)。
- 定点レベルで 100 WPM 未満:1つ下のレベルを中心に、量をかせぐ
- 100〜130 WPM で理解も十分:今のレベルが中心。1つ上は1割まで
- 130 WPM 以上で理解も十分:1つ上のレベルを2割ほど混ぜ始める
③ 高さを読む:レベルの割合は「ピラミッド」に
読んだ話をレベル別に数えてみましょう。理想は、今のレベルより下の話が土台として多く、上のレベルは少しだけという、ピラミッドの形です。
- よい形:1つ下のレベル 5割、今のレベル 4割、1つ上 1割
- 危ない形:上のレベルが半分以上(逆ピラミッド)
上の Beglar と Hunt(2014)でも、最も伸びた学習者が主に読んでいたのは、見出し語1,600語レベルまでのやさしい本でした。レベルの高さは、強さの証明ではありません。
伸び方の「形」を知っておく
もう一つ、データを読むうえで知っておきたいのが、上達の曲線の形です。練習による上達を個人ごとにくわしく調べた Heathcote, Brown, & Mewhort(2000)は、どんな曲線の式が上達をいちばんよく表すかを検討しました。式の種類についての議論はありますが、共通しているのは、最初は大きく伸び、練習を重ねるほど1回あたりの伸びは小さくなるという形です。
つまり、多読を始めたばかりの1か月で WPM が20伸びた人が、半年後にも毎月20ずつ伸びるとは限りません。伸びが小さくなるのは、失敗ではなく曲線の自然な形です。比べるときは「先月との差」だけでなく、「3か月前との差」も見ると、伸びを正しく評価できます。
数字の組み合わせでわかる6つの診断
4つの数字を組み合わせると、今の状態と次の一手がかなりはっきりします。直近2週間の記録を、前の2週間と比べてください。
| 量 | 速さ | 手ごたえ | 診断 | 次の一手 |
|---|---|---|---|---|
| 増えた | 上がった | 楽 | 順調 | 1つ上のレベルを1割混ぜてみる |
| 増えた | 変わらない | ちょうど | 足場固め中 | そのまま継続。2週間後にもう一度測る |
| 増えた | 下がった | きつい | 背伸びしすぎ | 1つ下のレベルを中心に戻す |
| 減った | 上がった | 楽 | 時間不足 | 短い話を1日1本、習慣にくっつける |
| 減った | 下がった | きつい | スランプの入口 | 第11講の処方箋へ |
| 変わらない | 上がった | 理解が落ちた | 速すぎ | 速さより理解を優先。聞き読みで速さを安定させる |
ケーススタディ:3人の記録を読み解く
診断表の使い方を、3人の例で練習してみましょう(説明のための架空の例です)。
Aさん(高校2年):量は増えたのに速さが下がった
週平均3,000語から5,000語に。定点観測(L2)のWPMは105から98へ。記録の手ごたえは「きつい」が半分。記録を見ると、今月読んだ話の6割が L3 でした。L3 がきついまま量を増やしたため、読み方が「解読」になり、L2 の速さまで落ちたと考えられます。次の一手:量はそのままで、L2 を中心に戻す。L3 は1〜2割に。
Bさん(社会人):速さは上がったが、量が減った
週平均4,000語から1,500語に。L2 のWPMは110から118へ。手ごたえはほとんど「楽」。量が減った原因は、仕事が忙しくなって夜の読書時間がなくなったことでした。次の一手:時間帯を変える。通勤電車で L2 の短い話を1日1本。読む力ではなく、生活の中の置き場所の問題です。
Cさん(大学生):3か月、数字が動かない
週平均4,500語で安定。L3 のWPMは120、121、119。手ごたえは「ちょうど」が多い。悪いところはありませんが、3か月同じシリーズを読み続けていました。次の一手:ジャンルを変える、聞き読みを足すなど、負荷の種類を1つ変える。
3人とも、数字そのものより「数字の組み合わせ」と「記録に書いた一言」から原因が見えています。
診断が速くなる「一言メモ」の書き方
数字の理由は、記録の一言に書いてあることがほとんどです。ただ「おもしろかった」だけでは診断に使えません。プロは、一言メモに次の3つのどれかを入れます。
- 読みやすさの理由:「知らない語が多い」「文が長い」「話を知っていたので楽」
- 読んだ状況:「電車で」「寝る前、眠かった」「聞き読み」
- 次への希望:「同じシリーズを続けたい」「この作者はもういい」
「L3・きつい・文が長い・寝る前」と書いてあれば、あとで「レベルの問題か、時間帯の問題か」を切り分けられます。
誤解をくつがえす:数字をめぐる4つの思いこみ
誤解1:WPMは高ければ高いほどよい
母語の大人でも、黙読の平均は毎分240〜260語ほどです(Brysbaert, 2019)。理解をともなわない速さは、ただの飛ばし読みです。Beglar ら(2012)の多読グループでは、読む速さが伸びても読解の成績は高いまま保たれていました。目指すのは「理解したままの速さ」です。
誤解2:レベルを早く上げた人ほど伸びる
最も速さが伸びた学習者は、主にやさしい本を大量に読んでいました(Beglar & Hunt, 2014)。量と速さを生むのは、高さではなく土台の広さです。
誤解3:毎月同じだけ伸びるはず
上達の曲線は、だんだんゆるやかになるのが自然な形です(Heathcote ら, 2000)。伸びが小さくなったからといって、やり方がまちがっているとは限りません。
誤解4:累計語数が多い人ほど英語ができる
累計語数は努力の記録としてすばらしいものですが、同じ100万語でも、どのレベルを、どのくらいの理解で読んだかで中身は違います。4つの数字をセットで見ることが大切です。
目標は「数字」と「期限」をセットに
35年分の目標設定の研究をまとめた Locke と Latham(2002)は、目標がどのように働き、どんな条件で効果が変わるのかを整理しています。多読にあてはめるなら、「たくさん読む」ではなく「2週間で8,000語」「来月までに定点レベルで110 WPM」のように、数字と期限を決め、記録でこまめに結果を確かめるのがコツです。目標を達成したら、多読の称号・バッジで成長を見える形にしておくのも、次の目標へのはげみになります。
月1回15分の「データ会議」
- 集める(3分):読書記録を開き、今月の語数・冊数・レベル別の冊数・平均WPMをメモする
- 比べる(3分):先月と3か月前の数字と並べ、上がった・下がった・変わらないに印をつける
- 診断する(4分):6つの診断表のどれにあたるかを決める
- 1つだけ決める(3分):来月変えることを1つだけ決める
- 残す(2分):決めたことを記録の一番上に書いておく
紙に残したい人や、先生に提出する人は、読書記録シート(印刷用)が便利です。
先生向け:クラスのデータの読み方
授業で多読をしている先生は、クラス全体のデータにも同じ考え方が使えます。
- 平均より分布を見る:クラスの平均語数が同じでも、数人が大量に読み、多くの生徒がほとんど読んでいないこともあります。語数の少ない順に並べ、下から3分の1の生徒に声をかけるのが効果的です
- レベルの割合を見る:上のレベルばかり借りている生徒は、背伸びしすぎの可能性があります。「楽に読める本を3冊読んだら、上のレベルを1冊」のようなルールが役立ちます
- WPMは個人内で比べる:生徒どうしの比較に使うと、速さを競って飛ばし読みが起きます。学期の初めと終わりで、同じレベルの文章を使って、本人の伸びだけを見せましょう
- 一言メモを読む:「きつい」「つまらない」が続く生徒は、本選びの手助けが必要なサインです
授業での記録の集め方は授業で多読を始める方法、紙の記録用紙は読書記録シート(印刷用)をごらんください。
プロの1週間メニュー
| 曜日 | 読む | データの作業 |
|---|---|---|
| 月 | 定点レベル中心に20分 | 読後に一言メモ(理由入り) |
| 火 | 1つ下のレベルで量をかせぐ | 一言メモ |
| 水 | 定点レベル | 一言メモ |
| 木 | 1つ下のレベル | 一言メモ |
| 金 | 1つ上を1本(聞き読み可) | 手ごたえを必ず記録 |
| 土 | 定点レベルを3本 | 月1回なら定点観測3本法でWPM計測 |
| 日 | 好きな話 | 週の語数とレベルの割合を出す(月末はデータ会議) |
よくある罠
- 数字を上げること自体が目的になる:語数をかせぐために、楽しくない本を流し読みしては本末転倒です
- レベルを上げた直後のWPM低下を気にする:当然の現象です。比べるのは同じレベルどうし
- 毎日WPMを測る:数字の上下に一喜一憂して疲れます。月1回で十分です
- 他人の数字と比べる:比べる相手は、1か月前と3か月前の自分だけです
- 一度に全部を変える:何が効いたのかわからなくなります。変えるのは1回に1つ
まとめのチェックリスト
- 量・速さ・高さ・手ごたえの4つの数字を見ている
- 累計ではなく、週あたりの語数で量を判断している
- WPMは定点観測3本法(同じレベル・3本・まん中の値)で測っている
- レベルの割合がピラミッド型になっている
- 伸びがゆるやかになるのは自然な形だと知っている
- 月1回のデータ会議で、次の一手を1つだけ決めている
数字は、うそをつかない相棒です。けれど、ときには数字が横ばいのまま動かない時期も来ます。次の第11講 スランプの正体と越え方で、その乗り越え方を学びましょう。
よくある質問
WPMはどのくらいあれば十分ですか?
多読ベストでは、100 WPM くらいでスラスラ読めるレベルを「自分のレベル」の目安にしています。参考までに、英語を母語とする大人の黙読の平均は毎分240〜260語ほどです。大切なのは他人と比べることではなく、同じレベルで測った自分の数字が少しずつ上がっていくことです。
1週間にどのくらい読めばよいですか?
研究にもとづく目安は、年20万語(週約4,000語)や「2週間にグレーデッド・リーダー1冊以上」です。WPM × 1日の分数 × 日数で、自分の週の語数を計算し、そこから少しずつ増やしていきましょう。
記録をつけるのが面倒です。最低限、何を見ればよいですか?
週あたりの語数と、月1回のWPMの2つだけでも十分に診断できます。多読ベストの「読み終わった!」を押していれば、語数とWPMは読書記録ページで自動的に確認できます。
参考文献
- Beglar, D., & Hunt, A. (2014). Pleasure reading and reading rate gains. Reading in a Foreign Language, 26(1), 29–48. doi.org/10.64152/10125/66684
- Beglar, D., Hunt, A., & Kite, Y. (2012). The effect of pleasure reading on Japanese university EFL learners’ reading rates. Language Learning, 62(3), 665–703. doi.org/10.1111/j.1467-9922.2011.00651.x
- Nation, P. (2015). Principles guiding vocabulary learning through extensive reading. Reading in a Foreign Language, 27(1), 136–145. doi.org/10.64152/10125/66705
- Brysbaert, M. (2019). How many words do we read per minute? A review and meta-analysis of reading rate. Journal of Memory and Language, 109, 104047. doi.org/10.1016/j.jml.2019.104047
- Iwahori, Y. (2008). Developing reading fluency: A study of extensive reading in EFL. Reading in a Foreign Language, 20(1), 70–91. doi.org/10.64152/10125/66626
- Huffman, J. (2014). Reading rate gains during a one-semester extensive reading course. Reading in a Foreign Language, 26(2), 17–33. doi.org/10.64152/10125/66879
- Heathcote, A., Brown, S., & Mewhort, D. J. K. (2000). The power law repealed: The case for an exponential law of practice. Psychonomic Bulletin & Review, 7(2), 185–207. doi.org/10.3758/BF03212979
- Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705–717. doi.org/10.1037/0003-066X.57.9.705
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