🎓 多読の超絶講義

第9講 多読で文法が身につく読み方――気づき・頻度・インプット処理と精読との往復

「多読で文法は身につきますか?」は、教室でいちばんよく聞かれる質問のひとつです。答えは「読み方しだい」。第9講では、読書の楽しさをこわさずに、英文の形を感覚として身につける、多読のプロの「気づき」の技を、第二言語習得研究のしくみから具体的な手順まで伝授します。

多読だけで文法は身につく? 正直な答え

まず、研究からわかっていることを正直にお伝えします。

日本の高校生を対象にした Aka(2019)は、1年間、通常の文法の授業を受けたグループ(205名)と、多読の授業を受けたグループ(200名)を比べました。テストは文法・語彙と読解の2つの部分からなり、英語力の中位・下位のグループでは、上位のグループに比べて得点が大きく伸びていました。著者は、中学校で学んだ知識が多読によって活性化され、使える状態になったのではないかと考えています(この研究には方法への批判と、それへの著者の回答も同じ学術誌に出ており、議論があることも付け加えておきます)。

一方で、多読さえしていれば細かい規則まで自然に身につく、と言い切れる証拠はありません。精読と多読の基本的な組み合わせ方は精読と多読の違いで説明しました。この講義では、その組み合わせを、頭の中で何が起きているかというレベルから組み立て直します。カギになるのは、気づき・頻度・インプット処理の3つです。

しくみ1:気づき(noticing)――気づいた分だけが材料になる

応用言語学者の Schmidt(1990)は、学習者が入ってくる英語(インプット)のうち、意識して「気づいた」部分が、学習の材料(インテイク)になると主張しました。さらに、大人の学習者が、意味の理解にはなくても困らない文法の形(三人称単数の -s のような形)を身につけるには、注意を向けることが必要かもしれない、とも述べています。

多読ベストの L3 の町のネズミと田舎のネズミに、こんな文があります。

The Country Mouse had just picked up a fig when the door opened again.

意味を追うだけなら、「いなかのネズミがイチジクを手にとったら、またドアが開いた」で十分です。話は先へ進めます。でも、ここで一瞬「had just picked up と opened。ドアが開いたときには、もう手にとっていたんだ」と気づけた人だけが、過去完了の形を一つ、自分の中に積み上げられるのです。

しくみ2:頻度――出会った回数が「感覚」をつくる

Ellis(2002)は、言語の処理は、その形に出会った頻度に細かく合わせて調整されていると論じました。そして、言語の形は、まず丸ごとのかたまり(決まり文句)として覚えられ、次に一部を入れかえられるパターンになり、やがて一般的な規則へと育っていく、という道筋を示しています。

多読ベストの英文で、この道筋をたどってみましょう。

  1. 丸ごと:L0 のウサギとカメで、カメが "Let's have a race," と言う。最初は「レッツハヴァレース」というひとかたまり
  2. パターン:別の話で "Let's get him!"、"Let's run away!" にも出会い、「Let's +動詞=〜しよう」という枠ができる
  3. 規則:やがて「Let's のあとは動詞の原形」という規則を、説明されなくても使えるようになる

多読ベストの L0〜L1 の話だけでも、Let's は20回以上出てきます。文法書で1行で終わる知識が、物語の中では何十回も、しかも意味のある場面で現れる。これが、多読が文法を「知っている」から「わかる」に変えるしくみです。

しくみ3:インプット処理――人は「意味」から先に処理する

VanPatten と Cadierno(1993)は、文法の説明のあとに書いたり話したりする練習をする従来型の指導と、説明のあとに英文を理解する練習の中で、その形に注意を向けさせる指導(処理指導)を比べました。その結果、処理指導のグループは「理解」と「産出(使う)」の両方のテストで伸びたのに対し、従来型のグループが伸びたのは「産出」だけでした。

この研究の背景にあるのは、学習者は英文を読むとき、まず意味を、それも内容語(名詞や動詞)から処理しようとする、という考え方です。たとえば yesterday と書いてあれば、動詞の -ed に注意しなくても「過去の話だ」とわかってしまう。だから文法の形は素通りされやすいのです。逆に言えば、意味を理解するためにその形が必要になる場面で出会うと、形に注意が向きます。物語の回想場面の過去完了は、まさにそういう場面です。

多読ベストに出てくる「物語の文法」

物語の英語には、特によく出てくる形があります。次の例文は、すべて多読ベストの読み物から取りました。

形物語での役割多読ベストの例文
過去完了 had + 過去分詞話の時点より前の出来事、背景The old lion, king of the animals, had become very sick.(L3 ライオンとオオカミとキツネ)
過去完了(期待と結果)「〜したかったのに」He had wanted gold, but now he did not even have iron.(L3 金の斧)
too ... to程度と結果He lay in his cave day after day, too weak to go hunting.(L3 ライオンとオオカミとキツネ)
関係代名詞(, who)人物にひとこと説明を足すOne old ox, who was lying nearby, shook his large head.(L3 牛小屋にかくれたシカ)
I wish + 過去完了過去についての後悔I wish we had asked for only one thousand.(L4 赤い酋長の身代金)

物語は過去形で語られるので、「過去のさらに過去」を示す had + 過去分詞は、回想や背景の説明で集中して出てきます。機械的に数えてみると、多読ベストの L1 の話全体(約3万語)ではほんの数回なのに、L3 の話全体(約12万語)では数百回出てきます。レベルが1つ上がると、出会う文法の顔ぶれががらりと変わるのです。

技1:「1話1気づき」――読みを止めずに文法を拾う

ここで大切なのは、多読の最中に文法の分析を始めないことです。1文ごとに立ち止まって構造を考えると、それは精読になってしまい、読む量も楽しさも減ります。

プロのやり方は「1話1気づき」です。

  1. 読んでいる間は、意味を追うことに集中する
  2. 「おっ、この形」と思った文があっても止まらず、心の中でしるしをつけるだけ
  3. 読み終わったら、気づいた文を1つだけ選んで、元の文のまま書き写す
  4. その横に、日本語で一言メモ(例:「had become = 話が始まる時点までに、もうそうなっていた」)

所要時間は1分。文を丸ごと書き写すのがポイントです。規則だけを抜き出すのではなく、文脈ごと残しておくと、あとで見返したときに場面と一緒に思い出せます。

技2:「リバース気づき」――先に書いてから読む

ここで、多読のプロが使う、少し意外な技を紹介します。先に自分で書いてみて、そのあとで読むという順番です。

Izumi(2002)は、英語を第二言語として学ぶ大人を対象に、関係代名詞の学習を調べました。英文を書き直す(アウトプットする)活動とインプットを組み合わせたグループは、同じ英文を理解のためだけに読んだグループより、学習の伸びが大きくなりました。一方、英文の中の関係代名詞を太字などで目立たせただけのグループは、形に気づくことはあっても、測れるほどの学習の伸びは見られませんでした。

この結果から生まれたのが「リバース気づき」です。

  1. 今日読む話のテーマで、日本語を1つ英語にしてみる(例:「病気で狩りに行けなかった」)
  2. うまく書けなかった部分に印をつける(「〜すぎて…できない」が書けない)
  3. 多読をする。すると、too weak to go hunting のような文が目に飛びこんでくる
  4. 読後、自分の英文を直す

書こうとして詰まった経験があると、読むときの「気づき」の感度が一気に上がります。アウトプットとの組み合わせ方は第12講でもくわしく扱います。

技3:精読と往復する3つのルート

気づいた形は、精読や音読と行き来させることで、しっかり身につきます。

ルートA:授業 → 多読(文法ハンティング)

学校や参考書で習ったばかりの文法を、多読の中で「探す」ルートです。今週、現在完了を習ったなら、多読で have + 過去分詞 が出てきたら「見つけた!」と喜ぶ。探すだけで、分析はしません。上の VanPatten と Cadierno(1993)の考え方で言えば、意味を理解する中で形に注意を向ける練習になります。

ルートB:多読 → 精読(気になる形の確認)

多読で何度も出てくるのに、意味があいまいな形を、文法書や授業で確かめるルートです。答えを探す目的がはっきりしているので、文法書の説明がよく頭に入ります。

ルートC:多読 → 音読(形を体に入れる)

気づいた文を声に出して何度も読むルートです。1文ずつリーダーや英文読み上げにその文を入れて、聞いてはまねする。さらにシャドーイングまで進めば、形が口と耳に定着します。回数は音読カウンターで記録しましょう。

韓国の中高生を対象にした Song と Sardegna(2014)では、多読に前置詞への気づきをうながす工夫を加えたグループ(12名)が、1学期の間に、まちがった前置詞に気づいて直す力と、正しい前置詞を使う力を伸ばしました。工夫を加えなかったグループ(12名)の伸びは、まちがいに気づく力のわずかな向上だけでした。インタビューからは、意味のある文脈で何度も出会うことや、取り入れた形をアウトプットで使う機会が役立ったことがうかがえました。

語彙研究の Nation(2007)は、語学の学習を「意味に集中したインプット」「意味に集中したアウトプット」「言語そのものに注目する学習」「流暢さを伸ばす練習」の4本柱で考え、これらをバランスよく行うことを勧めています。多読は1本目の柱、文法の学習は3本目の柱です。この講義の技は、柱と柱をつなぐ橋だと考えてください。

誤解をくつがえす:多読と文法をめぐる4つの思いこみ

誤解1:多読では文法は身につかない

Aka(2019)のように、文法の授業の代わりに多読をしたグループで、文法・語彙を含むテストが伸びた報告があります。ただし、伸び方は英語力によって違い、研究への議論もあります。「多読だけで十分」でも「多読では無理」でもなく、往復させれば強いというのが正確なところです。

誤解2:文法は、説明を聞いて問題を解けば身につく

VanPatten と Cadierno(1993)では、説明と書く練習の従来型の指導は「使う」テストでは伸びたものの、「理解する」テストでは伸びませんでした。読んで瞬時にわかる力を育てるには、意味のある英文の中で形を処理する経験が欠かせません。

誤解3:大事な文法にマーカーを引けば、気づいて身につく

Izumi(2002)では、形を目立たせただけでは、測れるほどの学習の伸びは見られませんでした。目に入ることと、身につくことは別です。自分で使おうとした経験(リバース気づき)が、気づきを学習に変えます。

誤解4:多読中も文法を意識して読むべき

多読の主役は意味です。分析しながら読むと、読む量も速さも楽しさも落ちます。気づきは「しるしだけ」、分析は読後か別の時間に。

レベル別:気づきやすい形

自分のレベルで、どんな形に気づきやすいかの目安です。多読ベストのレベルごとに、使われている文法の範囲が決まっています。

  • L0〜L1:現在形と過去形の切りかえ、can、Let's、and・but・so。「物語は過去形で語られる」という感覚を作る時期
  • L2:過去進行形、will と going to、when や because の節、不定詞。場面の背景や理由の言い方がふえる
  • L3:現在完了、受け身、関係代名詞、比較。過去完了による回想もぐっとふえる
  • L4〜L5:仮定法、文の後ろにつく -ing、複雑な時の表し方。登場人物の心の中を描く文がふえる

気づきノートの見返し方

気づきノートは、書いて終わりではありません。2週間に1回、次の手順で見返します。

  1. ノートの文をざっと読み、今は止まらずにわかる文に○をつける(感覚になった形)
  2. まだ説明できない文に△をつけ、そのうち1つだけを文法書で確かめる(ルートB)
  3. ○がついた文から1つ選び、入れかえ1文を作る(使える形にする)

○の数がふえていくのが、文法が「知っている」から「わかる」に変わった記録です。

今日からやる練習

練習1:1話1気づきノート(毎日)

読後に気づいた文を1つだけ書き写し、一言メモをつけます。1週間で7文。1か月たつと、自分が気になる形の傾向が見えてきます。

練習2:文法ハンティング(週1回)

その週に習った(または復習した)文法を1つ決めて、多読の中で探します。見つけた数を数えるだけでOKです。

練習3:入れかえ1文(週2回)

気づきノートの文の一部を入れかえて、自分の文を作ります。He lay in his cave day after day, too weak to go hunting. → I stayed in bed all day, too tired to do my homework. のように。語数は語数カウンターで確かめられます。

練習4:リバース気づき(週1回)

読む前に日本語の1文を英語にしてみて、詰まったところを多読で探します。

プロの1週間メニュー

曜日多読(20〜30分)+気づきの技(5〜10分)
月今のレベル1話1気づき
火今のレベル文法ハンティング(今週の文法を1つ決めて探す)
水1つ下のレベル気づきノートの文を音読5回
木今のレベルリバース気づき(書いてから読む)
金今のレベル入れかえ1文
土好きなレベル気になる形を1つ、文法書で確認(ルートB)
日お休み、または再読1週間の気づきノートを見返す

よくある罠

  • 多読中に文法の分析を始める:楽しさと量が減り、多読の効果そのものが落ちます
  • 気づきノートを増やしすぎる:1話に10文も書き写すと続きません。1話1文が長続きのコツです
  • むずかしい本で文法を拾おうとする:意味がとれない文からは、形にも気づけません。文法に気づく余裕は、やさしい本でこそ生まれます
  • 規則だけをメモする:文脈ごと残さないと、使える知識になりにくくなります

まとめのチェックリスト

  • 多読中は意味に集中し、文法の分析で止まらない
  • 読後に「1話1気づき」で、文を丸ごと1つ書き写している
  • ときどき「先に書いてから読む」リバース気づきを使っている
  • 授業→多読、多読→精読、多読→音読の往復ルートを使っている
  • 気づいた文を入れかえたり音読したりして、使える形にしている

多読は、文法を「知っている」から「わかる」「使える」へと育てる場所です。次の第10講 データで伸びるでは、記録の数字から次の一手を決める技を扱います。

よくある質問

多読だけで英文法の勉強をしなくても大丈夫ですか?

多読でよく出る形は感覚として身につきやすい一方、細かい規則まで自然に身につくとは言い切れません。文法の学習と組み合わせ、多読で気づいた形を文法書で確かめる「往復」をおすすめします。

中学文法に不安がありますが、多読をしてもよいですか?

はい。いちばんやさしいレベルから始めれば問題ありません。中学文法の復習と並行すると、習った形に多読で出会う「文法ハンティング」ができ、効果が上がります。

気づきノートには、どんな文を選べばよいですか?

「何度も見るのに説明できない形」「習ったばかりの形」「かっこいいと思った言い回し」がおすすめです。迷ったら、その話でいちばん好きな1文を選んでください。

参考文献

  1. Aka, N. (2019). Reading performance of Japanese high school learners following a one-year extensive reading program. Reading in a Foreign Language, 31(1), 1–18. doi.org/10.64152/10125/66747
  2. Schmidt, R. W. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11(2), 129–158. doi.org/10.1093/applin/11.2.129
  3. Ellis, N. C. (2002). Frequency effects in language processing. Studies in Second Language Acquisition, 24(2), 143–188. doi.org/10.1017/S0272263102002024
  4. VanPatten, B., & Cadierno, T. (1993). Explicit instruction and input processing. Studies in Second Language Acquisition, 15(2), 225–243. doi.org/10.1017/S0272263100011979
  5. Izumi, S. (2002). Output, input enhancement, and the noticing hypothesis. Studies in Second Language Acquisition, 24(4), 541–577. doi.org/10.1017/S0272263102004023
  6. Song, J., & Sardegna, V. G. (2014). EFL learners’ incidental acquisition of English prepositions through enhanced extensive reading instruction. RELC Journal, 45(1), 67–84. doi.org/10.1177/0033688214522623
  7. Nation, P. (2007). The four strands. Innovation in Language Learning and Teaching, 1(1), 2–13. doi.org/10.2167/illt039.0

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