第3講 頭の中の声をあやつる:内なる音読とスピードの関係
黙って読んでいるのに、頭の中で声が聞こえる。これは「内なる音読」と呼ばれる、ごく自然なことです。第3講では、この声を消すのではなく「あやつる」ことで、読む速さと理解を同時に上げる技を伝授します。
黙読しているのに「声」が聞こえる
本を黙読しているとき、頭の中で文章を読み上げる声が聞こえませんか。これは内なる音読(サブボーカリゼーション)と呼ばれ、日本語でも英語でも、多くの人に起きる自然な現象です。
速読の本や広告では、よく「頭の中の声を消せば、何倍も速く読める」と言われます。では、多読をする私たちは、この声を消すべきなのでしょうか。
結論から言います。消す必要はありません。むしろ、声の「質」と「速さ」を上げることが大切です。この講義では、その理由を研究から説明し、頭の声をあやつる具体的な技を伝授します。
頭の中で起きていること:頭の声は「話し手の声」まで再現している
頭の中の声は、ただの「くせ」ではありません。読むという行為の一部として、かなりくわしい音の情報を運んでいることがわかってきています。
実験1:速く話す人の文章は、黙読でも速く読まれる
ある実験では、参加者はまず、録音された会話で2人の話し手の声を聞きました。1人は速く話す人、もう1人はゆっくり話す人です。そのあと参加者は、「この文章は〇〇さんが書いたものです」と言われて、文章を読みました。すると、ゆっくり話す人が書いたと思って読んだときは、速く話す人が書いたと思って読んだときより、音読でも黙読でも読む時間が長くなりました。その差は、やさしい文章よりむずかしい文章で大きく、ふだんから頭の中で音を思い浮かべる力が強い人ほど影響を受けていました(Alexander & Nygaard, 2008)。
つまり、黙読しているときでさえ、私たちは「だれかの声」を頭の中で鳴らしていて、その声の速さが読む速さに影響しているのです。
実験2:登場人物の声は、聞きなれるほど頭の中で鳴る
別の研究では、参加者は2人の登場人物の会話を聞いたあと、その2人のせりふが書かれた台本を読みました。読んでいる途中に音を聞かせて反応の速さを調べたところ、聞いたことのある台本では、登場人物の声が頭の中で鳴っている証拠が見つかりました。一方、初めて読む台本にまでその声が広がったのは、登場人物の声をたっぷり聞いたあとだけでした(Kurby, Magliano & Rapp, 2009)。
この2つの研究から、多読にとって大事なことが3つ見えてきます。
- 頭の声は、消すものではなく「どんな声で鳴らすか」が大事
- 速い声を頭に入れれば、黙読も速くなる可能性がある(とくに、少しむずかしい文章で)
- 登場人物の声は、同じ人物にたくさん出会うほど頭の中に定着する(シリーズ読みが効く理由の一つ)
誤解:「頭の声を消せば速くなる」
読む仕組みについての研究をまとめた論文(Rayner et al., 2016)は、速読について次のように整理しています。
- 読む速さと理解の正確さは、トレードオフの関係にある
- 理解を保ったまま読む速さを2倍や3倍(たとえば1分250語から500〜750語)にできる見込みは低い
- 理解を保ったまま速く読むには、読む練習を重ね、語彙などの言葉の力を伸ばすことがいちばんの道である
数字でも考えてみましょう。英語を母語とする大人が声に出して読む速さは平均で1分183語ほど、黙読の速さは物語で平均260語ほどと報告されています(Brysbaert, 2019)。一方、日本の高校2年生33人の多読を調べた研究では、多読を始める前の読む速さは平均で1分約84語でした(Iwahori, 2008)。
ネイティブが声に出して読む速さよりも、ずっとゆっくりです。ということは、今の私たちにとってのブレーキは「頭の声」ではありません。ブレーキになっているのは、単語を見てから意味が浮かぶまでの時間や、日本語への訳し直しです。頭の声を無理に消そうとするより、声そのものをなめらかにし、速くするほうが、ずっと近道なのです。
頭の声の3段階
頭の中の声には、段階があります。自分が今どこにいるか、確かめてみてください。
- 段階1:日本語やカタカナの声 英文を見ると、頭の中で日本語訳や、カタカナ読み(「ザ・ガール・フー・ロスト…」)が流れる
- 段階2:英語の音で1語ずつの声 英語らしい発音だが、「The. girl. who. lost.」と1語ずつ区切れて聞こえる
- 段階3:英語のリズムで、かたまりごとの声 意味のかたまり(→第2講)ごとに、強弱のついた自然な英語の声が流れる。わかりきった所は小さく速く、大事な所ははっきり聞こえる
多読で目指すのは段階3です。この段階になると、頭の声はブレーキではなく、意味をつかむための「リズム」になります。
自己診断:あなたの頭の声は今どこ?
次の英文は、連載「交換留学生」第1話の書き出しです。ふだんどおりに黙読して、頭の中でどんな声が鳴ったかを観察してください。
Mio lived in Umino, a small town by the sea. She was sixteen, and she was a quiet girl.
読み終えたら、次の5つの質問に「はい・いいえ」で答えます。
- ① 頭の中で、日本語の訳(「ミオは住んでいた」)が流れなかった
- ② Mio や Umino を、カタカナではなく英語の音で読んだ
- ③ a small town by the sea を、ひと続きの音(ひとかたまり)で読んだ
- ④ in、a、the などの短い語は、弱く速く流れた
- ⑤ quiet girl のところで、少し声が落ち着いた感じがした
「はい」が0〜1個なら段階1、2〜3個なら段階2、4〜5個なら段階3が目安です。1週間後に同じ英文でもう一度診断すると、変化がよくわかります。
カタカナの声から抜け出す3つの処方箋
段階1の人が段階3に近づくための、すぐできる工夫です。
- 処方箋1:名前と数字から英語の音にする 登場人物の名前、地名、数字は、まず英語の音で頭の中で鳴らすと決めます。音声つきの話なら、ナレーターの読み方をそのまままねします。全部を一度に変えなくても、「名前だけは英語の音」から始めれば十分です
- 処方箋2:小さな語は小さく読む to、of、a、the、and のような小さな語は、英語では弱く短く発音されることが多い語です。頭の中でも、これらを小さく速く流し、名詞や動詞をはっきり読むようにすると、英語のリズムに近づきます
- 処方箋3:1日1段落だけ「お手本の声」を借りる 次に紹介するエコー黙読を、1日1段落だけでも続けます。お手本の声を毎日少しずつ頭に入れることが、いちばん確実な近道です
実演:交換留学生エマとミオの声を演じ分ける
多読ベストの連載「交換留学生」第1話(L1)の一場面です。駅で、カナダからの留学生エマが、内気な高校生ミオに初めて会います。
"Hi! I'm Emma! Are you Mio?" she said. Then she hugged Mio. Mio did not move. Her face was very red.
"H-hello," Mio said. That was all.
プロの頭の中では、こんな声が鳴っています。
- エマ:"Hi! I'm Emma!" は明るく、速く、声が大きい。"Are you Mio?" は語尾が上がる
- ミオ:"H-hello," は小さく、つかえる。H- のところで一瞬止まる
- 語り手:Mio did not move. Her face was very red. は落ち着いた声で、少しゆっくり
- That was all.:短い文は、間をあけてゆっくり。「それだけ」の気まずさが伝わる
夕食で、エマが納豆を初めて食べる場面もあります。
"It's... very... interesting!" she said.
この「...」は間です。頭の声が「イッツ・ベリー・インタレスティング」と平らに流れると、エマが言葉を選びながら、なんとかほめようとしているおかしさが伝わりません。頭の声が段階3になると、ユーモアや気持ちまで読めるようになるのです。
この連載は全8話で、多読ベストの英文を数えてみると、ミオの名前は100回以上、エマの名前も90回以上出てきます。同じ人物の声を何十回も頭の中で鳴らすうちに、声はどんどんはっきりしていきます。実験2の「声は聞きなれるほど広がる」を、そのまま体験できる教材です。
技1:エコー黙読(頭の声をネイティブの声に入れかえる)
いちばん効果的なのは、本物の英語の声を、頭の中に入れてしまうことです。
- ① 多読ベストの読み物で、1段落だけ音声を聞きながら目で追う(聞き読み)
- ② 音声を止め、すぐに同じ段落を黙読する。このとき、さっき聞いたナレーターの声が頭の中で再生されるように読む
- ③ 次の段落も同じように、聞き読み→エコー黙読をくり返す
- ④ 1回5〜10分、最低3日続ける
これを「エコー黙読」と呼んでいます。数日続けると、音声のない話を黙読するときにも、頭の中で英語らしい声が流れるようになってきます。
この方法は、研究ともよく合っています。日本の大学生を対象にした研究では、音声のお手本を聞きながら同じ文章をくり返し読む方法が、多読と同じくらい黙読の速さを伸ばし、くり返しと聞くことが理解も助けていたことが報告されています(Taguchi, Takayasu-Maass & Gorsuch, 2004)。
技2:キャラクター・ボイス(登場人物に声を配役する)
物語を読むとき、登場人物ごとに声を決めておきます。
- ① 読み始める前に、主な登場人物を2〜3人決める
- ② それぞれに「声」を配役する。年齢、高さ、速さ、話し方のくせ(明るい、ぼそぼそ、いばっている)
- ③ 会話文では、その声で頭の中で演じる
- ④ 音声つきの話なら、先に聞き読みしてナレーターの演じ分けをまねる
たとえば連載「古書店の秘密」なら、本文の描写から、こんな配役表が作れます。
| 人物 | 本文からわかること | 頭の中の声 |
|---|---|---|
| Ren | 京都の大学生、20歳。英文学を学んでいる | ふつうの速さの、落ち着いた若い声 |
| Mr. Tachibana | 古書店の店主、78歳。口数が少なく、笑わない | 低く、短く、ゆっくり。せりふの前に少し間 |
| Mika | レンの友人 | レンより明るく、少し速い声 |
配役表は、メモ用紙に書いても、頭の中で決めるだけでもかまいません。大事なのは、読む前に声を決めておくことです。声が決まっていると、会話文で「今だれが話しているか」を迷わなくなり、お財布のお金を内容に使えます。
おすすめは、同じ人物が何話も出てくるシリーズものです。オリジナル連載ストーリーのミオやエマ、名探偵ホームズとワトソンのように、声が定着した人物が出てくると、会話の場面がぐっと速く、楽に読めるようになります(シリーズ読みの技は第5講で)。
技3:スピードシフト(頭の声の速さを上げる)
頭の声が段階3になってきたら、次は声の速さを上げます。実験1で見たように、頭の中の声の速さは、黙読の速さにつながっていると考えられるからです。
- ① 多読ベストの音声の速さを、いつもの1倍から1.1倍にして聞き読みする
- ② 慣れたら1.25倍に上げる
- ③ 速い音声で聞き読みした直後に、同じレベルの別の話を黙読する
- ④ WPM(読む速さ)計測で、ふだんの黙読と比べる
速い音声は、必ずスラスラ度5のやさしい話で使ってください。むずかしい話を速い音声で聞くと、文字を追うだけで精一杯になり、内容が頭に入りません。
技4:ギアチェンジ(楽な所は速く、大事な所はていねいに)
上手な読み手は、いつも同じ速さで読んでいるわけではありません。
- わかりきった所(あいさつ、くり返しの場面):頭の声は小さく速く、ほぼ「見るだけ」で進む
- 大事な所(話の転換点、なぞの答え、登場人物の決断):声がはっきりし、少しゆっくりになる
- むずかしい所:声に出す一歩手前くらい、ていねいに読む
実験1でも、話し手の声の影響はむずかしい文章で大きくなりました。むずかしい所で頭の声がはっきりするのは、読み手が音の力を借りて理解しようとしている自然な姿です。「いつも速く」ではなく、「楽な所は速く、大事な所はていねいに」を目指しましょう。
技5:音読は「頭の声のチューニング」
音読も、頭の声を育てるのに役立ちます。正しい発音、強弱、区切りを口で再現すると、頭の中の声もそれに近づくからです。
ただし注意点があります。声に出して読む速さには、口を動かす速さという限界があります。ネイティブでさえ、音読は黙読より遅いのです(Brysbaert, 2019)。音読は黙読の代わりではなく、頭の声を整える「チューニング」だと考えましょう。
- 1日5〜10分、聞き読みで内容がわかった話の、好きな段落だけ
- 回数は音読カウンターで記録
- 1文ずつまねる練習にはシャドーイング・リピーティングが便利(→多読と音読・シャドーイングの組み合わせ方)
黙読・音読・聞き読みの使い分け
| 読み方 | いちばんの目的 | 素材のレベル | 1日の割合の目安 |
|---|---|---|---|
| 黙読 | 量を読む・速さを上げる | スラスラ度4〜5 | 6〜7割 |
| 聞き読み | 頭の声を英語の音にする・速くする | 黙読より1段やさしい | 2〜3割 |
| 音読 | 発音とリズムを口で確かめる | 聞き読みで内容がわかった話 | 1割 |
主役はあくまで黙読です。聞き読みと音読は、黙読の質を上げるための名脇役です。脇役の時間が主役より長くなると、読む量が減ってしまうので気をつけましょう。
プロの1週間メニュー(1日20分)
| 曜日 | 頭の声トレーニング(5〜10分) | 黙読の多読(10〜15分) |
|---|---|---|
| 月 | 自分の頭の声の段階をチェック(L1 の話を黙読して、段階1〜3のどれかをメモ) | スラスラ度5の話を2〜3話 |
| 火 | エコー黙読:「交換留学生」第1話 | 同じレベルの別の話 |
| 水 | エコー黙読:第2話。キャラクター・ボイスを配役する | 会話の多い話を2話 |
| 木 | スピードシフト:やさしい話を1.1倍で聞き読み | 直後に WPM 計測つきで1話黙読 |
| 金 | 音読チューニング:好きな段落を3回、音声をまねて | 黙読2〜3話 |
| 土 | スピードシフト:1.25倍に挑戦(きつければ1.1倍のまま) | 黙読で、ギアチェンジを意識 |
| 日 | お休み、または好きな話を聞き読みで | 月曜と同じ方法で、頭の声の段階をチェック |
よくある落とし穴
- 頭の声を無理に消そうとする:声を押さえこむことに気を取られると、かえって内容が頭に入らなくなりがちです。声は消すより、育てましょう
- カタカナの声のまま読みつづける:段階1のまま何十万語も読むと、そのくせが固まってしまいます。早めにエコー黙読で英語の声に入れかえましょう
- 音読ばかりで量が減る:音読は1日の1割程度に。主役は黙読です
- むずかしい話で速度を上げる:スピードシフトは、スラスラ度5の話だけで行いましょう
第3講のチェックリスト
- □ 頭の中の声は「消すもの」ではなく「育てるもの」だとわかった
- □ 自分の頭の声が、3段階のどこにあるかを知っている
- □ エコー黙読を3日以上続けた
- □ 物語の登場人物に、声を配役して読んでいる
- □ スピードシフトのあと、WPM の変化を確かめた
- □ 黙読・聞き読み・音読の割合を、黙読中心にしている
次の第4講「多聴多読の黄金ルーティン」では、聞き読み・黙読・聞くだけを組み合わせた、毎日の回し方を設計します。
よくある質問
頭の中の声が聞こえない人もいますか?
聞こえ方には個人差があり、はっきり声として聞こえる人もいれば、ほとんど意識しない人もいます。どちらが正しいということはありません。聞こえない人は、エコー黙読で英語のリズムを意識するだけで十分です。
速読教室の「1分1000語」は本当に可能ですか?
読む仕組みの研究をまとめた論文では、理解を保ったまま読む速さを2倍、3倍にできる見込みは低いとされています。拾い読みなら速く進めますが、内容をしっかり理解するには、たくさん読んで言葉の力を伸ばすことが近道です。
音読と黙読、どちらの語数を記録すればいいですか?
読書記録には、黙読と聞き読みで読んだ語数を入れましょう。同じ話の音読は「練習」として、音読カウンターなどで回数を別に記録しておくと、読む量と練習量の両方が見えて便利です。
参考文献
- Alexander, J. D., & Nygaard, L. C. (2008). Reading voices and hearing text: Talker-specific auditory imagery in reading. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 34(2), 446–459. doi.org/10.1037/0096-1523.34.2.446
- Kurby, C. A., Magliano, J. P., & Rapp, D. N. (2009). Those voices in your head: Activation of auditory images during reading. Cognition, 112(3), 457–461. doi.org/10.1016/j.cognition.2009.05.007
- Rayner, K., Schotter, E. R., Masson, M. E. J., Potter, M. C., & Treiman, R. (2016). So much to read, so little time: How do we read, and can speed reading help? Psychological Science in the Public Interest, 17(1), 4–34. doi.org/10.1177/1529100615623267
- Brysbaert, M. (2019). How many words do we read per minute? A review and meta-analysis of reading rate. Journal of Memory and Language, 109, 104047. doi.org/10.1016/j.jml.2019.104047
- Iwahori, Y. (2008). Developing reading fluency: A study of extensive reading in EFL. Reading in a Foreign Language, 20(1), 70–91. doi.org/10.64152/10125/66626
- Taguchi, E., Takayasu-Maass, M., & Gorsuch, G. J. (2004). Developing reading fluency in EFL: How assisted repeated reading and extensive reading affect fluency development. Reading in a Foreign Language, 16(2), 70–96. doi.org/10.64152/10125/66783
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