「アホ」と「バカ」の境目は1本の線じゃなかった。全国地図に現れたのは、京都を囲む何重もの“輪”

読む前に予想してみよう!
方言の分布は、どれも「京都に近いほど新しく、遠いほど古い」と言い切れる
柳田国男の方言周圏論はそう考えるが、金田一春彦は周辺部のほうが変化しやすい場合があると考えた。分布だけでは古さを決めきれないことも多い。
- 対象
- 全国の市町村(取材・アンケート)と方言地図集
- 規模
- 日本言語地図は全国2,400地点
- 研究の種類
- 方言地理学(分布調査と解釈)
- 確かさ
- ★★★☆☆
「大阪はアホ、東京はバカ」の境目を探した番組の全国調査は、京都を中心に何重もの円を描く地図に。ただ「外側ほど古い」という読み方には異論もある。
ひとことで言うと方言は、京都から池に石を投げたときの波みたいに広がった…かもしれない!
「大阪ではアホ、東京ではバカ」。では、その境目は日本地図のどこにあるのでしょうか?
この素朴な疑問に、本気で答えようとしたテレビ番組があります。全国の市町村に取材して作った地図に現れたのは、1本の境界線ではありませんでした。京都を中心に、何重もの「輪」が描かれていたのです。
しかもその形は、100年ほど前に民俗学者の柳田国男が「カタツムリ」の呼び名で示した分布とそっくり。ことばの世界の「マジか!?」をのぞいてみましょう。
01テレビ番組が「アホ・バカ」の全国地図を作った
始まりは、関西の人気番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)に寄せられた、視聴者からの「アホとバカの境界は?」という疑問でした。
番組のプロデューサーだった松本修さんは、全国の市町村への取材や古い辞書の調査を重ねて、アホ・バカ表現の方言地図を完成させます。この「全国アホ・バカ分布図の完成」の回は、1991年の日本民間放送連盟賞でテレビ娯楽部門の最優秀賞に選ばれるなど、いくつもの賞を受けました。調査の記録は1993年に本になり、1996年に新潮文庫に入っています。
地図には、地域ごとにいろいろな言い方が並びます。この本の書評を書いた鈴木紀子さんは、北陸で暮らしていたころ「ノクテー」(ちょっと抜けている人のこと)という言い方を耳にしたそうです。本を読んで、それが北陸以外でも使われていること、語源は「頭の中が温(ぬく)い」と考えられていることを想像もしなかった、と書いています。
02元祖は「カタツムリ」:柳田国男の方言周圏論
輪の形の分布を最初に理論にしたのが、柳田国男の『蝸牛考(かぎゅうこう)』です。1927年に雑誌『人類学雑誌』に連載され、1930年に本になりました。
柳田は、カタツムリの呼び名が京都を中心に「デデムシ→マイマイ→カタツムリ→ツブリ→ナメクジ」と同心円状に並ぶことに注目しました。そして、こう考えます。
- 都で新しい言い方が生まれ、池の波紋のように周りへ広がる
- その間に、都ではさらに新しい言い方が生まれ、また広がる
- これをくり返すと、外側の輪ほど古い言い方が残る
これが方言周圏論です。英語でいえば、words spread outward from the capital like ripples on a pond(ことばが都から池の波紋のように外へ広がる)というイメージです。

国の研究機関もこうした地図を作っています。国立国語研究所の『日本言語地図』は、1957〜1964年に全国2,400地点で、1903年以前に生まれた男性(各地点1名)を調査した方言地図集です(全6巻、1966〜1974年刊)。300枚の地図の中には「かたつむり」の図も3枚あります。ただし目次に「ばか」「あほ」の図はありません。アホ・バカの全国地図に挑んだのは、テレビ番組のほうでした。
03どんでん返し:外側のことばは、本当に「古い」?
まず、どの言葉でもきれいな輪になるわけではありません。国立国語研究所の木部暢子さん(当時)が2011年の解説で紹介している方言地図では、「霜焼け」は列島の北側に「ユキヤケ」類、南側に「シモヤケ」類が分かれて分布し、雪の降り方や冬の寒さが関係しているようです。
そして、方言周圏論には有力な反論もあります。同じ解説によると、国語学者の金田一春彦は1953年に「辺境地方のことばは果たして古いか」と問いかけ、周辺部のほうがむしろ変わりやすい場合があると考えました(孤立変遷論)。
たとえば「アイ」という母音の並びは、中央部の[ai]のような発音が古く、周辺部の[e]のような発音は新しい変化だとされます。周圏論とは向きが逆です。
木部さんは、周圏論が2つの前提に立っていることも指摘しています。ことばは地面をはうように伝わり、後から来た語が先の語を追い越さないこと。そして、離れた2つの土地で偶然同じ言い方が生まれることはまずないこと。たとえば地図で、同じ言い方Xが別の言い方Yをはさんで両側に分かれていた(X-Y-X)とします。周圏論ならXが古いと考え、孤立変遷論ならYが古いと考えます。手がかりになる資料にも限りがあり、決め手にならないことも多いのです。
しかも今は、テレビやネットで、ことばが「空から降ってくるように」広がる時代だと木部さんは書いています。
04英語の方言では?「輪」より「飛び石」
英語の世界でも、ことばの広がり方は研究されてきました。イギリスの言語学者トラッドギル(Trudgill)は1974年、イングランド東部のイースト・アングリアとノルウェーのデータを使い、新しい言い方が都市から都市へ「飛び石」のように伝わる、という見方を示しました。
1993年には、アメリカのオクラホマ州で電話調査をしたベイリー(Bailey)らが、3つの広がり方を報告しています。
- 都市から都市へ飛ぶもの(hierarchical diffusion)
- 逆に、いなかから都市へ広がるもの(contrahierarchical diffusion)
- 波紋のように隣へ広がる型と、飛び石型がまざったもの
研究者たちは、その違いはことばが持つ社会的な意味の違いから来ると考えました。きれいな同心円は、たくさんある広がり方のひとつにすぎないのです。
05まとめ
「アホとバカの境目はどこ?」の答えは、1本の線ではなく、京都を囲む何重もの輪でした。そこには、ことばが都から広がっていった歴史が刻まれているのかもしれません。
ただし、輪の外側がいつも古いとは限りません。次に地元の方言を聞いたら、「これは都から来た古い言い方? それとも、ここで生まれた新しい言い方?」と考えてみてください。それはもう、立派な方言地理学の入口です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerA viewer once sent a simple question to the Japanese TV show "Tantei!
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In Osaka, people often call a silly person "aho." In Tokyo, they say "baka." So where is the line between the two words? A TV show in Japan asked this question.
The team checked towns all over the country and made a map. The map did not show one line. It showed many rings around Kyoto. In 1930, Kunio Yanagita found the same kind of rings in words for "snail."
70 words ・ CEFR A2
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大阪では、人々はおばかな人をよく「アホ」と呼びます。東京では「バカ」と言います。では、二つの言葉の境目はどこにあるのでしょうか。日本のあるテレビ番組がこの疑問を取り上げました。
チームは全国の町を調べ、地図を作りました。地図には1本の線は出てきませんでした。京都のまわりにたくさんの輪が現れたのです。1930年、柳田国男は「カタツムリ」を表す言葉に同じような輪を見つけていました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
アホとバカの境目を探して地図を作った話が中心なので B。
Q2. What did the map show?
It showed many rings around Kyoto とあるので C。
Q3. In this passage, what does "rings" mean?
地図の上で京都を囲む形のことなので、「円・輪」の意味の B。
A viewer once sent a simple question to the Japanese TV show "Tantei! Night Scoop." People in Osaka say "aho" and people in Tokyo say "baka," so where does one word stop and the other begin?
The show's producer, Osamu Matsumoto, gathered information from cities, towns and villages and searched old dictionaries. His finished map did not show a single border. The words formed several circles around Kyoto instead. This pattern was not new to scholars.
In 1930, the folklorist Kunio Yanagita showed that words for "snail" were also arranged in circles around Kyoto. He argued that new words were born in the old capital and spread outward like ripples, so the outer circles kept older words. In 1991 the episode won a top TV prize.
126 words ・ CEFR B1
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ある視聴者が、日本のテレビ番組『探偵!ナイトスクープ』に素朴な疑問を送った。大阪の人は「アホ」と言い、東京の人は「バカ」と言う。
では、一方の言葉が終わり、もう一方が始まるのはどこなのか。番組のプロデューサーの松本修さんは、市町村から情報を集め、古い辞書を調べた。完成した地図には、1本の境界線は現れなかった。代わりに、言葉は京都のまわりにいくつもの円を作っていた。この形は研究者にとって初めてのものではなかった。
1930年、民俗学者の柳田国男は、「カタツムリ」を表す言葉も京都を囲む円の形に並んでいることを示していた。柳田は、新しい言葉は古い都で生まれ、波紋のように外へ広がるので、外側の円ほど古い言葉が残ると主張した。1991年、この回はテレビの賞で最優秀賞を受けた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
番組の地図が京都を囲む円になり、This pattern was not new to scholars と柳田の研究につながるので A。
Q2. According to Yanagita, where were new words born?
new words were born in the old capital とあるので B。
Q3. What can we infer from Yanagita's idea?
the outer circles kept older words とあるので、京都から遠い言葉ほど古い形かもしれない、という C。
When a Japanese TV show tried to find the border between "aho" and "baka," two common words for a fool, it ended up with a map of rings. According to the publisher of producer Osamu Matsumoto's later book, the map showed dialect words circling Kyoto several times. Scholars knew this shape well.
In 1930, Kunio Yanagita described words for "snail" lying in concentric bands around Kyoto and proposed that each new word started in the capital and moved outward, leaving older words at the edges. This idea is known in Japan as the theory of concentric dialect distribution. It has critics. In 1953, Haruhiko Kindaichi asked whether the words of remote regions are really old, and he pointed out that change can also start on the periphery.
For example, the vowel sequence "ai" is thought to be the older form in central Japan, while the "e" sound heard in outer regions is a later change. Studies of English also find more than one pattern. In a 1993 study of Oklahoma speech, Guy Bailey and colleagues found that some new forms jumped from city to city, some moved from the countryside into cities, and others mixed jumps with a wave-like spread.
200 words ・ CEFR B2
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日本のあるテレビ番組が、ばかな人を表すよく使われる2語「アホ」と「バカ」の境界を探そうとしたところ、できあがったのは輪の地図だった。プロデューサー松本修さんの後の著書の出版社によると、その地図は方言の言葉が京都を何重にも囲んでいることを示していた。研究者はこの形をよく知っていた。
1930年、柳田国男は「カタツムリ」を表す言葉が京都のまわりに同心円の帯状に並んでいると述べ、新しい言葉はそれぞれ都で生まれて外へ移り、端に古い言葉を残していくと提案した。この考えは日本で方言周圏論と呼ばれる。批判もある。1953年、金田一春彦は辺境の地方の言葉は本当に古いのかと問い、変化は周辺部から始まることもあると指摘した。
たとえば、母音の並び「アイ」は中央部の形のほうが古く、周辺部で聞かれる「エ」のような音は後の変化だと考えられている。英語の研究でも、広がり方は一つではないことが分かっている。オクラホマ州のことばを調べた1993年の研究で、ガイ・ベイリーらは、ある新しい形は都市から都市へ飛び、ある形はいなかから都市へ移り、さらに別の形は飛ぶ型と波のように広がる型がまざっていることを見いだした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
輪の形の分布(周圏論)と、それへの批判・英語の研究が扱われているので B。
Q2. What did Haruhiko Kindaichi point out?
he pointed out that change can also start on the periphery とあるので C。
Q3. Why does the writer mention the Oklahoma survey?
Studies of English also find more than one pattern として、都市から都市・いなかから都市・混合など、広がり方が一つではない例を挙げているので A。D は本文(from the countryside into cities)と逆。
重要単語
- dialectB1名詞方言My grandmother still speaks the local dialect.
a regional dialect(地域方言)、speak in dialect(方言で話す)。accent は主に発音のなまりだけを指す - borderB1名詞境界、境目Where is the border between the two words?
国境にも使う。boundary も「境界」でほぼ同じ意味 - concentricC1形容詞同心円のThe words formed concentric circles around Kyoto.
con-(共に)+ center(中心)。concentric circles で「同心円」 - spreadB1動詞広がる、広めるThe new word spread from the capital to nearby towns.
過去形・過去分詞も spread のまま。spread like ripples(波紋のように広がる) - peripheryC1名詞周辺部、へりOld words sometimes survive on the periphery.
形容詞は peripheral(周辺の)。peripheral vision(周辺視野) - folkloristC1名詞民俗学者The folklorist collected old stories from farmers.
folklore(民間伝承)+ -ist(〜する人)。folk(人々)が語り継いできたものを研究する人 - criticB2名詞批判する人、批評家The theory has critics as well as supporters.
criticize(批判する)、criticism(批判)と品詞ごとにセットで覚える
公式・一次情報をチェック
- 言葉の周圏分布考(集英社インターナショナル新書)shueisha.co.jp
- 『日本言語地図』地図画像(国立国語研究所)mmsrv.ninjal.ac.jp
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「大阪はアホ、東京はバカ。じゃあ境目はどこ?」を本気で調べたテレビ番組があった。できた地図は1本の境界線ではなく、京都を中心に何重もの輪。柳田国男が1930年に「カタツムリ」で唱えた方言周圏論と同じ形だった。
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出典・参考文献(8件)タップで表示
- 柳田国男『蝸牛考』(岩波文庫, 1980/初版 刀江書院, 1930)iwanami.co.jp
- 松本修『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路―』(新潮文庫, 1996/初版 太田出版, 1993)shinchosha.co.jp
- 木部暢子 Kibe (2011) The Future of Japanese from the Perspective of Dialectal Diversity, 学術の動向 16(5)(邦題「方言の多様性から見る日本語の将来―標準語ばかりでよいのか―」)doi.org
- 鈴木紀子 (2005) 「全国アホ・バカ分布考-はるかなる言葉の旅路-」(私のすすめるこの一冊), 日本音響学会誌 61(9)doi.org
- Bailey, Wikle, Tillery & Sand (1993) Some patterns of linguistic diffusion, Language Variation and Change 5(3)doi.org
- Trudgill (1974) Linguistic change and diffusion: description and explanation in sociolinguistic dialect geography, Language in Society 3(2)doi.org
- 国立国語研究所『日本言語地図』(1966-1974年)www2.ninjal.ac.jp
- 井上史雄「地方議会の方言―アホ・バカ分布再考―」(三省堂 ことばのコラム, 2015年7月11日)dictionary.sanseido-publ.co.jp
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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