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日本語のマジか!?ウソ

「神(かみ)」と「上(かみ)」は奈良時代には別の音だった。万葉仮名の「み」が書き分けられていた

「神(かみ)」と「上(かみ)」は奈良時代には別の音だった。万葉仮名の「み」が書き分けられていた

読む前に予想してみよう!

「神(かみ)」は「上(かみ)」から生まれた言葉だと、奈良時代の文字からも確かめられている

研究カード(どんな研究?)
対象
古事記・日本書紀・万葉集の万葉仮名
規模
奈良時代の文献の万葉仮名の使い分け
研究の種類
文献研究(日本語音韻史)
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

奈良時代に日本語を漢字の音で書くとき、「み」「き」「こ」などは2つのグループの字に書き分けられていた。「神」と「上」の「み」も別のグループで、「神様は上にいるから『かみ』」という語源説はほぼ否定された。

ひとことで言うと奈良時代の「神(かみ)」と「上(かみ)」は、ちがう音の言葉だった!

もくじ
  1. 万葉仮名:漢字の「音」だけを借りる書き方
  2. 宣長が気づいた「この言葉には、この字だけ」
  3. 弟子の石塚龍麿が、すべての言葉で確かめた
  4. 大正時代、橋本進吉の「再発見」
  5. 「神は上から」説は、なぜ否定されたのか
  6. くっつくと形が変わる乙類の言葉
  7. 母音は8つあった? 決着していない論争
  8. もっと知りたい人へ
  9. まとめ
  10. よくある質問

「神(かみ)」と「上(かみ)」。読みはどちらも「かみ」です。「神様は上のほうにいるから『かみ』と言うんだよ」と聞いたことはありませんか?

この説明は、少なくとも16世紀からありました。江戸時代の有名な学者たちも、これを受け入れていました。

ところが、奈良時代の日本語を書いた漢字を調べると、「神」の「み」と「上」の「み」は、別々のグループの字で、きちんと書き分けられています。当時の日本語には、今の「み」にあたる音が2種類あったのです。「き」「こ」「と」なども同じでした。言語学では、これを上代特殊仮名遣い(じょうだいとくしゅかなづかい)と呼びます。「上代」は奈良時代とそれより前の時代のこと。おもにその時代の文献に見られる、特別な仮名の使い分けという意味です。

01万葉仮名:漢字の「音」だけを借りる書き方

ひらがなもカタカナもなかった奈良時代、日本語の言葉をそのまま書き表したいときは、漢字の音を借りました。このように音を表すためだけに使った漢字を万葉仮名(まんようがな)と呼びます。『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年)の歌や名前、『万葉集』(8世紀後半)の歌などに、たくさん出てきます。

万葉仮名では、1つの音を書くのに何種類もの漢字が使えました。たとえば『古事記』では、「か」を「加」「可」「迦」「訶」のどれで書いてもかまいません。字の意味は関係なく、音だけが大事でした。

ところが、どれでもよいはずの字に、ふしぎな決まりが隠れていました。

02宣長が気づいた「この言葉には、この字だけ」

最初に手がかりをつかんだのは、江戸時代の国学者、本居宣長(もとおり のりなが)です。宣長は『古事記伝』の中で、『古事記』の字の使い方について次のように書いています。

  • 「こ」は「許」も「古」もよく使う。でも「子(こ)」には「古」だけ。「彦(ひこ)」「男(をとこ)」も同じ
  • 「め」は「米」も「賣」もよく使う。でも「女(め)」には「賣」だけ。「姫(ひめ)」「乙女(をとめ)」も同じ
  • 「き」は「伎」「岐」「紀」をよく使う。でも「木(き)」には「紀」だけ
  • 「み」は「美」も「微」もよく使う。でも「神(かみ)」と「実(み)」には「微」だけで、「美」は使わない
  • 「ひ」は「比」も「肥」もよく使う。でも「火(ひ)」には「肥」だけ

宣長は、こうした決まりは古い日本語を理解するのに大いに役立つ、と書き残しました。

03弟子の石塚龍麿が、すべての言葉で確かめた

宣長の弟子の石塚龍麿(いしづか たつまろ、1764〜1823年)は、この研究を大きく広げました。『古事記』だけでなく、『日本書紀』や『万葉集』など奈良時代の文献を広く調べ、『仮名遣奥山路(かなづかいおくのやまみち)』という本にまとめたのです。序文の日付は1798年です。

龍麿が見つけたのは、宣長の言う決まりが一部の言葉だけの話ではない、ということでした。

ほかの例も挙げましょう。「君(きみ)」の「き」と「月(つき)」の「き」は、別のグループの字で書かれ、混ざることはありませんでした。「袖(そで)」の「そ」と「その」の「そ」も別グループです。

ただ、龍麿は、この区別が音の違いなのか、ただの書き方の決まりなのか、はっきりとは書いていません。そして、この本は手書きの写本でしか伝わらず、その価値は長く見過ごされました。

同じ「み」でも、字のグループは2つ。どちらを使うかは言葉ごとに決まっていた
同じ「み」でも、字のグループは2つ。どちらを使うかは言葉ごとに決まっていた

04大正時代、橋本進吉の「再発見」

この区別の本当の意味を明らかにしたのが、言語学者の橋本進吉(1882〜1945年)です。

橋本はもともと、奈良時代の文の組み立てを研究していました。その途中で、『万葉集』の東国の歌で「け」に使われる「家」という字が気になり、調べ始めます。すると、東国の歌を除けば、「け」の字は2つのグループに分かれ、決して混ざらないことに気づきました。「き」「ひ」「み」なども同じだろうと調べを進めていたとき、龍麿の本がすでに同じ結果を出していたことを知ったのです。

橋本は1917年(大正6年)の論文でこの本を世に紹介し、2つのグループは当時の発音の違いを表していると考えました。のちに2つのグループを甲類(こうるい)・乙類(おつるい)と名づけたのも橋本です。この呼び名は、ただ区別するための記号です。どちらが上ということはありません。

その後の研究で、橋本自身が龍麿の表を直しています。龍麿の「ぬ」は「の」の間違いで、「ち」の区別はなかった、という修正です。今では、次の音に甲類・乙類の区別があったとされています。

  • キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロ
  • これらのにごった音(ギ・ゲ・ゴ・ゾ・ド・ビなど)
  • モ(『古事記』だけ)

「エ」にも2種類ありましたが、こちらは「ア行のエ」と「ヤ行のエ(イェ)」の違いで、ほかとは別に考えられています。

05「神は上から」説は、なぜ否定されたのか

では、「神」と「上」はどうだったのでしょう。

米国の言語学者ティモシー・バンスの1983年の論文によると、「上(かみ)」の「み」は甲類、「神(かみ)」の「み」は乙類です。奈良時代の2つの言葉は、発音が違っていたことになります。

「神は上から」という語源説について、バンスは、1933年の山本信哉の研究が16世紀の吉田兼倶(よしだ かねとも)の著作を最も古い出典として挙げていると紹介しています。その後、新井白石や賀茂真淵らも受け入れ、明治以降は欧米の日本研究にも広まりました。1969年版のブリタニカ百科事典は、kami の意味に「上」を入れていましたが、1979年版では消えています。

奈良時代の「神」と「上」は別の音で、同じ語源とはまず考えられない。バンスはこう結論づけています。ただし、もっと昔には同じ言葉だった可能性も、理屈の上ではゼロではありません。それでも、その可能性はきわめて低いとバンスは見ています。では「神」の本当の語源は何か。バンスはこれを未解決としており、定説はありません。

英語にも似た例があります。meal(食事)と meal(ひき割りの粉)は、意味がつながっていそうに見えます。でも古英語では形も発音も違う、別の言葉でした。

06くっつくと形が変わる乙類の言葉

乙類の言葉には、ほかの言葉とくっつくと形が変わるものがあります。日本語学者の日野資成さんの論文は、言語学者セラフィムが挙げた例として、次の組を紹介しています。

  • 神(かみ)→ 神風(かむかぜ)
  • 月(つき)→ 月夜(つくよ)
  • 木(き)→ 木末(こぬれ。こずえのこと)
  • 火(ひ)→ 火中(ほなか)
  • 雨(あめ)→ 雨籠り(あまごもり)
  • 酒(さけ)→ 杯(さかづき)

ここに並ぶ「神・月・木・火・雨・酒」の最後の音は、どれも乙類です。

国語学者の大野晋は、奈良時代の8つの母音のうち、乙類のイ・エと甲類のエ・オの4つは、もとは2つの母音がくっついてできたと考えました。たとえば「かむ」に「い」がついて「かみ(乙類)」に、「たか(高)」と「いち(市)」がくっついて「たけち(高市)」になった、という説明です。ただし、日野さんは、すべてをこれで説明できるわけではないと指摘しています。

07母音は8つあった? 決着していない論争

では、甲類と乙類は、具体的にどう違う音だったのでしょうか。ここは今も研究者の意見が分かれています。

いちばん有名なのは8母音説です。今の「あいうえお」に、乙類の「い・え・お」の3つを加えて、母音が8つあったと考えます。大野晋は1974年に、/i e a o u ɨ ë ö/ という8つの母音を想定しました。バンスも1983年の論文で、奈良時代の日本語には8つの母音があったというのが一般的な見方だと書いています。

一方で、反対意見も根強くあります。九州大学の『語文研究』に載った笠間裕一郎さんの論文(2015年)は、主な説を次のように整理しています。

  • 6母音説(服部四郎、1958年):イ列・エ列の甲乙は、母音ではなく、子音のあとに軽い「ィ」(/j/)が入るかどうかの違い。オ列だけ母音が違う
  • 5母音説(松本克己、1976年):オ列の甲乙も、同じ母音の言い方の違いにすぎない。母音は今と同じ5つ
  • 7母音説(森博達、1981年):中国の漢字音の研究をもとにした説

大野の8母音の組み立てには、「口の開きが大きい母音のほうが、開きが小さい母音より多いという、ふつうではない形になる」「このような母音の組み合わせを持つ言語は見当たらない」という批判があります。逆に5母音説には、甲乙だけで意味が変わる言葉の組がある、という反論が出ています。なお笠間さん自身は、大野とは別の形の8母音を提案しています。

笠間さんは、それぞれの字の当時の中国語での読みから音を推定する研究では、森博達さんの1991年の研究でおおむね妥当な見方が示されたとしています。しかし、それを日本語の音の仕組みとしてどう解釈するかは、まだ決着していないとまとめています。

この区別は、奈良時代の終わりにはすでに乱れ始めていました(龍麿もそう書いています)。そして平安時代のうちに消え、母音は今と同じ5つになったと考えられています。

08もっと知りたい人へ

  • 上代特殊仮名遣い(Jōdai Tokushu Kanazukai)、甲類・乙類(kō-rui / otsu-rui)、万葉仮名(man'yōgana)、上代日本語(Old Japanese)
  • 橋本進吉 (1917)「国語仮名遣研究史上の一発見:石塚龍麿の仮名遣奥山路について」『帝国文学』23巻11号(英訳:Pioneering Linguistic Works in Japan, 国立国語研究所, 2019)
  • Timothy J. Vance (1983) "The etymology of kami." Japanese Journal of Religious Studies 10(4).
  • 笠間裕一郎 (2015)「上代特殊假名遣母音(的特徴)對立説の檢討」『語文研究』119
  • Bjarke Frellesvig (2010) A History of the Japanese Language. Cambridge University Press.

09まとめ

同じ「かみ」でも、1300年前の人には違う音に聞こえていました。そのことを教えてくれたのは、録音でも証言でもなく、「この言葉にはこの字しか使わない」という、書き手たちの細かな使い分けでした。

江戸の宣長と龍麿が気づき、大正の橋本進吉が意味を読み解いた発見です。それでも、甲類と乙類が具体的にどんな音だったかは、今も研究者の間で議論が続いています。

よくある質問

上代特殊仮名遣いとは何ですか?

奈良時代とそれより前の文献に見られる、万葉仮名の特別な使い分けです。今の「き」「み」「こ」などにあたる字が2つのグループに分かれ、どちらを使うかは言葉ごとに決まっていて、別のグループの字とは決して入れかわりませんでした。

甲類と乙類とは何ですか?

書き分けられていた2つのグループの名前です。橋本進吉が名づけました。ただ区別するための記号で、どちらが上ということはありません。橋本は、2つのグループは当時の発音の違いを表していると考えました。

上代特殊仮名遣いを発見したのは誰ですか?

本居宣長が『古事記』で手がかりに気づき、弟子の石塚龍麿が奈良時代の文献全体で確かめて『仮名遣奥山路』(1798年序)にまとめました。大正時代の1917年に、橋本進吉がこの本を世に紹介し、意味を明らかにしました。

どの音に甲類と乙類の区別がありましたか?

キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロと、そのにごった音です。モは『古事記』だけで区別されていました。「エ」の2種類は「ア行のエ」と「ヤ行のエ(イェ)」の違いで、別に考えられています。

「神」の語源は「上」ではないのですか?

まず考えられません。奈良時代には「上(かみ)」の「み」は甲類、「神(かみ)」の「み」は乙類で、発音が違う別の言葉だったと考えられます。ただし「神」の本当の語源は未解決で、定説はありません(バンス、1983年)。

奈良時代の日本語には母音が8つあったのですか?

いちばん有名なのは8母音説ですが、決着していません。6母音説(服部四郎)、5母音説(松本克己)、7母音説(森博達)などもあり、甲類と乙類がどんな音だったかは今も研究者の意見が分かれています。

上代特殊仮名遣いはいつなくなったのですか?

奈良時代の終わりにはすでに乱れ始めていて(石塚龍麿もそう書いています)、平安時代のうちに消えて、母音は今と同じ5つになったと考えられています。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn the 1700s, the scholar Motoori Norinaga noticed something odd in the Kojiki, a book written in 712. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

In the 1700s, the scholar Motoori Norinaga noticed something odd in the Kojiki, a book written in 712. Many different characters could be used for the same sound, but some words always used the same one. For example, both 古 and 許 were often used for ko, but the ko in the word for "child" was always written with 古, never with 許.

His student Ishizuka Tatsumaro checked many old books and found the same pattern for sounds like ki, mi, ko and to. Few people saw the value of his work. Much later, the linguist Hashimoto Shinkichi found the same pattern on his own, and then learned that Ishizuka had found it first. In a 1917 article, Hashimoto argued that the two groups stood for two different sounds.

129 words ・ CEFR B1

和訳を見る

1700年代、学者の本居宣長は、712年に書かれた『古事記』の中に奇妙なことを見つけた。同じ音に多くの違う漢字が使えたのに、いくつかの言葉はいつも同じ字を使っていたのだ。たとえば、「こ」には「古」も「許」もよく使われたが、「子」の「こ」はいつも「古」で書かれ、「許」では決して書かれなかった。

弟子の石塚龍麿は多くの古い本を調べ、「き」「み」「こ」「と」などの音にも同じ決まりを見つけた。その研究の価値に気づく人はほとんどいなかった。ずっとあとになって、言語学者の橋本進吉は自分で同じ決まりを見つけ、そのあとで龍麿がすでに見つけていたことを知った。橋本は1917年の論文で、2つのグループは2つの違う音を表していると主張した。

4択リーディングクイズ

Q1. What did Motoori Norinaga notice in the Kojiki?

Q2. What did Ishizuka Tatsumaro do?

Q3. What can we guess about Ishizuka's work before 1917?

重要単語

  • syllableB2
    名詞音節The word "banana" has three syllables. 日本語のかな1字(拍)とは数え方が少し違う。stressed syllable は「強く読む音節」。
  • characterB1
    名詞文字(とくに漢字)Chinese characters are also used in Japanese. 「登場人物」「性格」の意味もある。漢字は Chinese characters、かなは kana と言うことが多い。
  • distinguishB2
    動詞区別するCan you distinguish the twins? distinguish A from B「AとBを区別する」の形で入試頻出。形容詞 distinguished は「著名な」。
  • originB1
    名詞起源、語源Nobody knows the origin of this word. 形容詞は original。「語源」は etymology とも言う。
  • vowelB1
    名詞母音Japanese has five vowels today. 「子音」は consonant。英語の母音字は a, e, i, o, u だが、発音上の母音はもっと多い。
  • ancientB1
    形容詞古代のThe museum has many ancient coins. old より「はるか昔の」の感じが強い。ancient history は「古代史」。
  • scholarB2
    名詞学者The old book was studied by many scholars. scholarship は「奨学金」「学問」。school と同じ語源。
「神様は上にいるから『かみ』」という語源説、少なくとも16世紀からあった。でも奈良時代の万葉仮名を調べると、「神」の「み」と「上」の「み」は別グループの漢字で書き分けられていて、混ざらない。当時は別の音だったらしい。

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出典・参考文献(4件)タップで表示
  1. Hashimoto S. (2019) A discovery in the history of research on Japanese kana orthography: Ishizuka Tatsumaro's Kanazukai oku no yamamichi(橋本進吉「国語仮名遣研究史上の一発見」の英訳、T.J. Vance 訳)doi.org
  2. Vance T.J. (1983) The etymology of kami, Japanese Journal of Religious Studies 10(4)doi.org
  3. 笠間裕一郎 (2015) 上代特殊假名遣母音(的特徴)對立説の檢討:併せて上代語の母音體系について論ず, 語文研究 119doi.org
  4. 日野資成 (2003) 日本祖語の母音体系:上代東国方言資料による再構, 日文研叢書 31doi.org
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