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室町時代の「母」は「ファファ」だった? 1516年のなぞなぞと「昔はパパ」説の真相

室町時代の「母」は「ファファ」だった? 1516年のなぞなぞと「昔はパパ」説の真相

読む前に予想してみよう!

室町時代の日本語では、「は」は今と同じ [h] の音だった

研究カード(どんな研究?)
対象
室町時代のなぞなぞ集・キリシタン資料・古辞書など
規模
文献資料
研究の種類
文献学的研究(日本語音韻史)
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

室町時代のハ行は唇を使う「ファ」に近い音で、もっと昔は「パ」だったと考えられている。有名な1516年のなぞなぞは、実は証拠としては弱いという指摘もある。

ひとことで言うと昔の日本人は「はは」を「ファファ」や「ファワ」に近い音で言っていたらしい!

もくじ
  1. 1516年、皇太子ゆかりのなぞなぞ集
  2. ローマ字で書かれた「fa」
  3. 「パ」の化石は、今も口の中にある
  4. 英語でも同じことが起きていた
  5. どんでん返し:あのなぞなぞ、証拠にならない?
  6. まとめ

「母には二度会うけれど、父には一度も会わないもの、なーんだ?」

答えは「くちびる」。……え、どういうこと? 今の発音で「はは」と言っても、くちびるは一度もくっつきません。

実はこれ、室町時代のなぞなぞ。当時は「はは」を、くちびるを近づける「ファファ」に近い音で言っていた証拠としてよく紹介されます。もっと昔は「パパ」だった可能性まであるのです。

011516年、皇太子ゆかりのなぞなぞ集

このなぞなぞは、のちの後奈良天皇がまだ皇太子だった1516年(永正13年)の奥書(本の最後に書き添えた日付などの記録)をもつ、なぞなぞの冊子に入っています。のちに『後奈良院御撰何曽(ごならいんぎょせんなぞ)』として広まり、そこでは「母には二たびあひたれども父には一度もあはず」と書かれています。

これを日本語の音の歴史と結びつけたのは、言語学者の新村出(しんむら いずる)で、1928年の論文でした。

「は」が [ɸa](ろうそくを吹き消すときのように、くちびるのすき間から息を出す「ファ」)なら、「ファファ」で2回くちびるが近づき、「ちち」では1回も近づかない。だから答えは「くちびる」というわけです。

02ローマ字で書かれた「fa」

なぞなぞ以外にも証拠があります。17世紀初め、ポルトガル語で日本語を説明した『日葡辞書』では、ハ行が f で書かれていました。

つまり、日本語のハ行は「パ → ファ → ハ」と、くちびるの力がだんだん抜けていくように変わってきた、というのが定説です。

ちなみに、今でも「ふ」だけは、くちびるを近づけて出す音([ɸɯ])のまま。ヘボン式ローマ字で富士山を Fuji と f で書くのも、この「ふ」が英語の h より f に近く聞こえるからです(英語の f は下くちびると上の歯で出すので、まったく同じ音ではありません)。

03「パ」の化石は、今も口の中にある

では「昔はパ」の名残りはどこに? 実は、毎日使っています。

高山さんの論文によると、小さい「っ」や「ん」のあとでは、p が「ファ」に変わらずに残ったと考えられます。くちびるをしっかり閉じたまま次の音に移るので、ゆるみにくかったのです。

  • 本(ほん)→ 一本(いっぽん)
  • 杯(はい)→ 一杯(いっぱい)
  • 日本(にほん)→ にっぽん
  • あはれ → あっぱれ

「いっぽん」「にっぽん」のパ行は、ハ行がまだ「パ」だったころの音の化石かもしれない——明日だれかに話したくなるネタです。

ハ行の音は「パ→ファ→ハ」と変わってきた。「いっぽん」のパは古い層の化石?
ハ行の音は「パ→ファ→ハ」と変わってきた。「いっぽん」のパは古い層の化石?

04英語でも同じことが起きていた

くちびるの「p」がゆるんで「f」になる変化は、英語の祖先(ゲルマン語)でも起きました。グリムの法則と呼ばれる有名な音の変化です(Ringe, 2017 など)。

  • 英語 father ⇔ ラテン語 pater(だから paternal 父の、patron 後援者)
  • 英語 foot ⇔ ラテン語 pēs(だから pedal ペダル、pedestrian 歩行者)

英語の father と paternal、foot と pedal は、じつは同じ祖先をもつ親戚。日本語の「は」と「いっぽん」のパの関係とそっくりです。

05どんでん返し:あのなぞなぞ、証拠にならない?

ところが、日本語学者の吉見孝夫さんは、2013年の論文でこのなぞなぞに鋭いツッコミを入れました。

もとになった本(天理図書館の『なぞだて』)では「はゝ」「ちゝ」と、濁点なしのかなで書かれています。この本には濁点がまったく付いていないので、これは「ばば(婆)」と「ぢぢ(爺)」とも読めます。「ばば」なら、ハ行が今と同じ [h] でも、くちびるは2回くっつきます。

つまり「ハ行が唇の音だったと仮定して解き、それを証拠にする」のはぐるぐる回りの理屈だ、という指摘です(この点は1978年に鈴木博さんがすでに述べています)。

ただし吉見さんも、16世紀のハ行が「ファ」型だったこと自体は、ほかの資料から十分に推定できるとしています。疑われたのは「結論」ではなく、「なぞなぞという証拠の使い方」なのです。なお当時の「母」は、語中のハがワに変わる変化(ハ行転呼)のため、「ファワ」に近い発音だったとも考えられています。

さらに「昔はパ」の時期も、実は決着していません。京都大学の木田章義さん(2000年)は、奈良時代のハ行が p だったか「ファ」だったかを「未解決の問題」の一つにあげ、自身は平安時代の初めごろまで p だったとみてよいだろうとしつつ、教科書類ではまだ「ファ」説が続いている、と書いています。高山さん(2024年)は、語頭の p が「ファ」に変わったのは11世紀以降、中世までのどこかだと推定しています。

06まとめ

「はは」は昔「ファファ」(あるいは「ファワ」)、もっと昔はたぶん「パパ」。ただし、どのくらい昔まで「パ」だったかは、今も研究者の間で意見が分かれています。

そして有名ななぞなぞは、証拠としてはちょっと怪しい。それでも、『日葡辞書』の f や「いっぽん」のパのように、昔の音はいろいろな形で今のことばに残っています。次に father や pedal を見かけたら、くちびるの音の長い旅を思い出してみてください。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerA book of riddles dated 1516, linked to the future Emperor Go-Nara, asks what meets "mother" twice but… 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

A book of riddles dated 1516, linked to the future Emperor Go-Nara, asks what meets "mother" twice but never meets "father." The answer is "lips." In modern Japanese, your lips do not touch when you say "haha," so the riddle seems strange.

But scholars believe that the Japanese "h" was once made by pushing air between the lips, a sound close to "f." A Japanese-Portuguese dictionary from the early 1600s spells these words with an "f." Further back, the sound was probably "p," and traces of it may still be heard in words like "nippon" and "ippai." A similar change happened in the ancestor of English, which is why Latin "pater" and English "father" begin with different letters.

118 words ・ CEFR B1

和訳を見る

のちの後奈良天皇とゆかりのある、1516年の日付をもつなぞなぞの本は、「母」には2回会うのに「父」には一度も会わないものは何か、と問いかける。答えは「くちびる」だ。現代の日本語では「はは」と言ってもくちびるはくっつかないので、このなぞなぞは奇妙に思える。

しかし研究者たちは、日本語の「h」はかつて、くちびるの間から息を押し出して出す「f」に近い音だったと考えている。1600年代初めの日本語・ポルトガル語の辞書は、これらの単語を「f」でつづっている。さらにさかのぼると、その音はたぶん「p」で、その名残りは今でも「にっぽん」や「いっぱい」のような単語に聞き取れるかもしれない。似た変化は英語の祖先でも起きた。だからラテン語の「pater」と英語の「father」は違う文字で始まるのだ。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the main point of the passage?

Q2. How does the dictionary from the early 1600s spell the "h" words?

Q3. Why does the writer mention "nippon" and "ippai"?

重要単語

  • riddleB1
    名詞なぞなぞMy little brother loves telling riddles. solve a riddle「なぞを解く」。in riddles で「なぞめいた言い方で」。
  • pronunciationB1
    名詞発音The pronunciation of this word has changed over the centuries. 動詞は pronounce(プロナウンス)だが名詞は pronunciation(プロナンシエイション)。つづりの o が消えるので入試の綴り問題に出やすい。
  • evidenceB1
    名詞証拠、根拠Old dictionaries give us evidence about past sounds. 数えられない名詞なので an evidence や evidences は×。a piece of evidence と数える。
  • traceB2
    名詞・動詞名残り、痕跡;たどるTraces of the old sound survive in some words. trace back to ~で「~にさかのぼる」。トレース(なぞって写す)と同じ語。
  • ancestorB1
    名詞祖先Latin and English share a distant ancestor. 反対語は descendant(子孫)。ancestral「祖先の」。
  • reconstructB2
    動詞再建する;(失われた形を)推定して復元するLinguists reconstruct sounds that no one wrote down. re(再び)+construct(組み立てる)。言語学では記録のない昔の音や単語を推定すること。
  • paternalC1
    形容詞父の、父方のMy paternal grandmother lives in Kyoto. ラテン語 pater(父)から。maternal は「母の」。father と同じ祖先をもつ。
  • pedestrianB2
    名詞歩行者This street is only for pedestrians. ラテン語 pes / ped-(足)から。pedal(ペダル)も同じ仲間で、英語の foot と同じ祖先をもつ。

動画でもっと知る

4コマでわかる

室町時代の「母」は「ファファ」だった? 1516年のなぞなぞと「昔はパパ」説の真相の4コマ漫画
室町時代のなぞなぞ「母には二度会うが、父には一度も会わない。なーんだ?」答えは「くちびる」。当時の「は」は唇を使う「ファ」に近い音だったから。もっと昔は「パ」だった説も。ただし証拠としては弱いというツッコミも。

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出典・参考文献(4件)タップで表示
  1. 吉見孝夫 (2013)『後奈良院御撰何曽』「ははには……」の謎々はハ行頭子音の証拠たり得るか, 語学文学(北海道教育大学語学文学会)52doi.org
  2. 高山知明 (2024) 規則性・自然性から見たハ行音の変化―オノマトペア分裂説の再検証―, 音声研究 28(2)doi.org
  3. 木田章義 (2000) 国語音韻史上の未解決の問題, 音声研究 4(3)doi.org
  4. Ringe (2017) The development of Proto-Germanic, in From Proto-Indo-European to Proto-Germanic (2nd ed.), Oxford University Pressdoi.org

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