「お父さん」は明治の教科書が作った言葉ではない。江戸時代の本にもう出ていた

読む前に予想してみよう!
「お父さん」という言葉は、明治の国定教科書のために新しく作られた
『江戸語大辞典』に、江戸時代の作品で使われた例つきで載っている。国立国語研究所の論文は、文部省は各地の言い方から選んで教科書に採用しただけ、としている。
- 対象
- 江戸ことばの辞典と明治期の各地の方言集
- 規模
- 江戸語・上方語の辞典2冊+明治期を中心とする各地の方言集・方言辞典
- 研究の種類
- 文献調査(辞典と方言集の用例調べ)
- 確かさ
- ★★★☆☆
「お父さん」は1904年からの国定教科書で全国に広まった。でも「教科書が作った」は言い過ぎ。江戸時代の作品にもう出てくる言葉で、教科書は各地の言い方から選んだだけだと、国立国語研究所の論文は書いている。
ひとことで言うと「お父さん」は教科書の発明じゃない。江戸時代の本にもう出ていた!
もくじ
「お父さん」「お母さん」は、明治時代に文部省が国定教科書のために作った言葉――。テレビや本で、こんな話を聞いたことはありませんか。
この話、半分は本当です。辞書には、1904年から使われた国定教科書に載ったことで、それまでの「おとっさん」に代わって広まった、と書かれています。
ところが、国立国語研究所の研究報告(1987年)は、「教科書が作った」という部分を「正しくない」とはっきり書いています。「お父さん」は、江戸時代の作品にもう出てくる言葉だったのです。
01「お父さん」の語源は? 広まったのは1904年の教科書から
まず、辞書で確かめられる部分から見ていきます。
小学館の『デジタル大辞泉』によると、「お父さん」は、「お母さん」とともに明治37年(1904年)から使われた文部省の『尋常小学読本』(国定教科書)に採用されてから、「おとっさん」に代わって広まりました。
国定教科書とは、国(文部省)が作った教科書のことです。『日本国語大辞典』によると、小学校の教科書を国定にする制度が1903年に決まり、翌1904年から使われました。全国の小学生が同じ国語の教科書を読むようになったのです。
では、それまで父親は何と呼ばれていたのか。大辞泉の「おとっさん」の項目には、「おととさま」が変化した語で、江戸時代の終わりごろから、明治の末に「おとうさん」が一般に広まるまで、中流以上の家庭で使われた、とあります。
ここまでは、よく聞く話のとおりです。
02「文部省が作った」と言われてきた
問題は、その先です。
国立国語研究所の研究者だった渡辺友左(わたなべ・ともすけ)さんの論文「標準語オトウサン・オカアサンの出自」は、冒頭で「オトウサンとオカアサンは江戸の言葉にはなく、明治に入って文部省が国定教科書を作るときに新しく作った語だ」という話が、世間でよく言われていると紹介しています。
論文によると、1984年の父の日にちなんだNHKのテレビ番組でも、「お父さん」は教科書を作るときに作った言葉だ、という説明が流れ、その内容が新聞でも紹介されました。江戸と東京の言葉を解説した本にも、「おとうさん」は江戸の言葉にはなかった、と書かれていたそうです。
03江戸の言葉の辞典に、使われた例つきで載っていた
ところが渡辺さんが前田勇の『江戸語大辞典』を開くと、「おとうさん」も「おかあさん」も、ちゃんと見出し語として載っていました。しかも、江戸時代の作品から取った用例(実際に使われた例)つきです。
『江戸語大辞典』の説明は、「おとうさん」は父を敬って呼ぶ言葉(敬称)で、「中流以上の用語」。天保6年(1835年)以後に書かれた作品などの例が挙げられています。「とうさん」「かあさん」も載っていました。
渡辺さんは、ある言葉が「あった」ことを示すのは比較的かんたんだが、「なかった」ことを示すのはとても難しい、と書いています。1つでも用例が見つかれば、「なかった」とは言えなくなるからです。
04教科書は「選んだ」だけ
こうした材料から、渡辺さんは次のように結論づけています。
文部省がしたのは、当時全国に広く分布していたはずの「とう」をもとにした言い方の中から、「おとうさん」という形を「標準語として取り立て,国語教科書に採用したというだけのことである」(渡辺 1987)。
つまり、広めたのは教科書。でも、作ったのは教科書ではない。「広めた」と「作った」を分けて考えれば、辞書の説明とも論文とも食い違いません。

05上方の辞典には「おとうさん」がなかった
江戸と上方では、違いもありました。
論文によると、江戸の言葉の辞典には「おとうさん」がありましたが、京都・大阪などの江戸時代の言葉を集めた『近世上方語辞典』には、父を指す「とさん」はあっても、「とうさん」「おとうさん」はありませんでした。
渡辺さんは理由として、上方では「とうさん」がお嬢さんを指す言葉だったので、ぶつかるのを避けたのではないか、と推測しています。ただし、これは渡辺さん自身も「であろうか」と書いている仮説です。
06英語では、呼びかけの Father は古風
英語ではどうでしょう。オックスフォードの学習辞典で確かめると、father は「父親」を表すふつうの語ですが、父に向かって Father と呼びかける使い方には「古風(old-fashioned)」という注意書きがついています。例文は Father, I cannot lie to you.(お父さま、私はうそをつけません)。
今の英語で父親に呼びかけるなら Dad です。辞書には「くだけた言い方」とあり、Is it OK if I borrow the car, Dad?(お父さん、車を借りてもいい?)という例文があります。小さい子どもは Daddy も使います。
日本語で「おとっさん」が「お父さん」に入れかわったように、呼び方は時代とともに変わります。
07どんでん返し:江戸の人がみな「お父さん」と呼んでいたわけではない
ただし、江戸時代に「お父さん」があったことと、よく使われていたことは、別の話です。
『江戸語大辞典』も、「おとうさん」を「中流以上の用語」としています。大辞泉によれば、明治の末まで中流以上の家庭で使われていたのは「おとっさん」でした。
論文は、反対の立場の研究も紹介しています。小島俊夫(1974)は、明治の東京で「おとうさん」を使っていたのは、新しく出てきた役人や知識人の家庭で、ふつうの人々は江戸以来の「おとっさん」を使っていたらしい、と見ています。
渡辺さん自身も、『江戸語大辞典』の用例をくわしく確かめるのは専門の国語学者の仕事だ、と書いています。方言集からの議論も、「江戸にもあったのではないか」と考える手がかり(傍証)という位置づけです。
08まとめ
「お父さん」は、明治の国定教科書のおかげで全国に広まった言葉です。ここまでは辞書のとおり。
でも「教科書が作った」は言い過ぎでした。江戸の言葉の辞典にも、明治の福岡の方言集にも、教科書より前の「おとうさん」が残っています。家で「お父さん」と呼ぶとき、その言葉は少なくとも江戸時代までさかのぼれるのです。
よくある質問
「お父さん」は明治の教科書が作った言葉ですか?
いいえ。国立国語研究所の渡辺友左さんの論文(1987年)は、この話を「正しくない」としています。前田勇の『江戸語大辞典』に、江戸時代の作品の用例つきで「おとうさん」が載っているからです。
「お父さん」はいつから広まったのですか?
明治37年(1904年)から使われた文部省の国定教科書『尋常小学読本』に採用されてからです。『デジタル大辞泉』によると、「お母さん」とともに教科書に載ったことで、それまでの「おとっさん」に代わって広まりました。
江戸時代にも「お父さん」と言っていたのですか?
使われた例はあります。『江戸語大辞典』は「おとうさん」を、父を敬って呼ぶ言葉で「中流以上の用語」とし、天保6年(1835年)以後に書かれた作品などの例を挙げています。ただし、言葉があったことと、よく使われていたことは別の話です。
「おとっさん」とはどんな言葉ですか?
『デジタル大辞泉』によると、「おととさま」が変化した語です。江戸時代の終わりごろから、明治の末に「おとうさん」が一般に広まるまで、中流以上の家庭で使われました。
なぜ「お父さん」は教科書が作ったと言われてきたのですか?
テレビや本でそう説明されてきたからです。渡辺さんの論文によると、1984年の父の日にちなんだNHKのテレビ番組で、教科書を作るときに作った言葉だという説明が流れ、新聞でも紹介されました。江戸と東京の言葉を解説した本にも、「おとうさん」は江戸の言葉にはなかった、と書かれていたそうです。
教科書より前に「お父さん」が使われた記録はありますか?
あります。渡辺さんの論文によると、1899年(明治32年)に福岡県で出た方言集に、父を指す言葉として「おとうさん」が載っています。国定教科書より5年前です。1817年の高知の方言の本にも、父を「とう」と言い、「とうさん」とも言う、とあります。
文部省は「お父さん」をどうやって選んだのですか?
各地の言い方から選んだ、と論文は結論づけています。渡辺さんは、全国に広く分布していたはずの「とう」をもとにした言い方の中から、「おとうさん」を「標準語として取り立て,国語教科書に採用したというだけのことである」と書いています。
「お父さん」は英語で何と言いますか?
父に呼びかけるなら Dad です。オックスフォードの学習辞典では「くだけた言い方」とされ、小さい子どもは Daddy も使います。Father と呼びかけるのは「古風」とされています。家族の話なら my dad、作文なら my father が無難です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerFor years, a popular story said that the Japanese word "otōsan" (father) was invented by the Ministry of…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Japanese children call their father "otōsan." Some people say the government made up this word for school textbooks in 1904. The textbooks did help the word spread across Japan.
But a study from 1987 found the word in a dictionary of Edo Japanese, with examples from Edo-period books. It was also on a list of local words from Fukuoka in 1899. So the word is older than the textbooks.
69 words ・ CEFR A2
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日本の子どもたちは父親を「お父さん」と呼びます。政府が1904年に学校の教科書のためにこの言葉を作った、と言う人もいます。たしかに教科書は、この言葉が日本中に広まるのを助けました。
でも1987年の研究で、江戸時代の日本語の辞典に、江戸時代の本の用例つきでこの言葉が載っているのが見つかりました。1899年の福岡の方言の一覧にも載っていました。つまり、この言葉は教科書より古いのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「お父さん」という言葉が教科書より前からあった、という由来の話なので B。
Q2. In which year was the word found on a list of local words from Fukuoka?
It was also on a list of local words from Fukuoka in 1899 とあるので A。1904年は教科書、1987年は研究の年。
Q3. In the passage, what does "made up" mean?
made up this word は「この言葉を作った(作り出した)」という意味なので C。
For years, a popular story said that the Japanese word "otōsan" (father) was invented by the Ministry of Education. The ministry was writing new national textbooks, and the first ones were used in schools in 1904. Dictionaries agree that these textbooks made the word common.
Before that, many families said "otossan." Tomosuke Watanabe of the National Institute for Japanese Language and Linguistics checked old dictionaries and lists of local words and reported his results in 1987. He found "otōsan" in a dictionary of Edo Japanese, with examples from Edo-period books.
A list of Fukuoka words from 1899 had it too. He decided that the ministry did not create the word. It only picked one form from many local ones and put it in the textbooks.
125 words ・ CEFR B1
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長年、「お父さん」という日本語は文部省が発明した、という話が広く信じられてきた。文部省は新しい国定教科書を作っていて、最初のものが1904年に学校で使われた。辞書も、これらの教科書がこの言葉を一般的にしたことは認めている。
それ以前は、多くの家庭が「おとっさん」と言っていた。国立国語研究所の渡辺友左は、古い辞典や方言の一覧を調べ、1987年にその結果を発表した。彼は江戸時代の日本語の辞典に、江戸時代の本の用例つきで「お父さん」が載っているのを見つけた。
1899年の福岡の言葉の一覧にもあった。彼は、文部省がこの言葉を作ったのではないと判断した。文部省は各地のたくさんの言い方から1つの形を選び、教科書に載せただけだった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Watanabe check in his study?
checked old dictionaries and lists of local words とあるので A。
Q2. According to the passage, what did the 1904 textbooks do?
Dictionaries agree that these textbooks made the word common とあるので B。
Q3. What does the writer suggest about the popular story?
教科書が広めたことは辞書も認めるが、文部省が作ったのではないと述べているので C。
In 1984, a TV program for Father's Day repeated a familiar claim: the word "otōsan" was created when Japan's Ministry of Education wrote its national textbooks, first used in 1904. Tomosuke Watanabe, of the National Institute for Japanese Language and Linguistics, doubted this. He noted that showing a word existed is fairly easy, but proving it never existed is very hard.
In a 1987 paper, he showed that a dictionary of Edo Japanese lists "otōsan" with examples from Edo-period works, and that a list of Fukuoka dialect words from 1899 includes it as well. Forms built on "tō," such as "otō" and "tōsan," turned up in local word lists from Chiba to Oita. In his view, the ministry simply chose one of these forms as the standard and printed it in the textbooks.
His paper shows that the word existed, but not how many people used it. The Edo dictionary labels it a word of the middle and upper classes, and another scholar argued in 1974 that ordinary people in Meiji-era Tokyo still said "otossan." The textbooks spread an old word to every classroom in the country.
187 words ・ CEFR B2
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1984年、父の日のテレビ番組が、おなじみの主張をくり返した。「お父さん」という言葉は、日本の文部省が1904年に使われ始めた国定教科書を書いたときに作られた、というものだ。国立国語研究所の渡辺友左は、これを疑った。
彼は、ある言葉が存在したことを示すのは比較的かんたんだが、一度も存在しなかったことを証明するのはとても難しい、と指摘した。1987年の論文で、彼は、江戸時代の日本語の辞典が江戸時代の作品の用例つきで「お父さん」を載せていること、そして1899年の福岡の方言の一覧にもそれが含まれていることを示した。「とう」をもとにした「おとう」や「とうさん」などの形は、千葉から大分まで各地の方言の一覧に現れた。彼の考えでは、文部省はこうした形の1つを標準として選び、教科書に印刷しただけだった。
彼の論文は、この言葉が存在したことは示しているが、どれだけの人が使っていたかは示していない。江戸の辞典はこれを中流以上の人々の言葉としており、別の研究者は1974年に、明治時代の東京のふつうの人々はまだ「おとっさん」と言っていたと論じた。教科書は、昔からある言葉を全国のすべての教室に広めたのである。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
江戸時代の辞典や1899年の方言の一覧に「お父さん」があり、教科書はそれを広めた、という内容なので B。
Q2. What limitation of Watanabe's paper does the passage mention?
His paper shows that the word existed, but not how many people used it とあるので C。
Q3. Why does Watanabe say proving a word never existed is very hard?
「なかった」と言うには、どの資料にも例がないことを示す必要があり、用例が1つ見つかれば崩れる。本文の江戸の辞典の用例がそれにあたるので A。
重要単語
- dadA1名詞お父さん、パパ(くだけた言い方)Is it OK if I use your laptop, Dad?
父親への呼びかけはふつう Dad。小さい子は Daddy も使う。Father と呼びかけるのは古風。 - textbookA2名詞教科書The new textbook was used in every school in the country.
text(本文)+book。a textbook example は「お手本のような例」。 - inventB1動詞発明する、(言葉などを)作り出すThe ministry did not invent the word.
名詞は invention。口語では make up(作り上げる)も同じ意味で使える。 - standardB1形容詞標準の、ふつうの"Otōsan" became the standard word for "father."
standard Japanese で「標準語」。名詞では「基準、水準」。 - dialectB2名詞方言My grandmother uses a different word for "father" in her dialect.
dia-(通して)+-lect(話す)。speak in a dialect「方言で話す」。 - ministryB2名詞(政府の)省The Ministry of Education wrote the first national textbooks.
大臣は minister。the Ministry of Education は旧「文部省」の英訳としても使われる。 - existingB2形容詞既存の、すでにあるThe ministry chose from existing words instead of making a new one.
exist(存在する)から。existing rules「現行のルール」のように使う。
公式・一次情報をチェック
- dad(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
- daddy(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
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「お父さん」は明治の国定教科書が作った言葉、とよく言われる。でも国立国語研究所の論文は、この話を「正しくない」としている。江戸時代の作品にもう出てくる言葉で、教科書は各地の言い方から1つを選んだだけ。広めたのは教科書、作ったのは教科書ではない。
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出典・参考文献(4件)タップで表示
- 渡辺友左 (1987) 標準語オトウサン・オカアサンの出自, 研究報告集8(国立国語研究所報告90)doi.org
- デジタル大辞泉「お父さん」「おとっさん」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「国定教科書」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- father(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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