「全然大丈夫」は誤用じゃない? 芥川『羅生門』にもある“全然+肯定”、ダメ出しは戦後生まれ

読む前に予想してみよう!
「全然」は、もともと否定の言葉とセットで使うのが正しい日本語だった
明治〜昭和初期には「全然その趣旨に賛成」(1938年の新聞)のように肯定でも普通に使われていた。「否定とセット」という意識が確認できるのは戦後の昭和20年代後半から。
- 対象
- 明治〜平成の新聞・雑誌・専門誌・小説に出てくる「全然」の用例
- 規模
- 新聞データベースなど多数の資料
- 研究の種類
- 日本語史の用例調査(文献研究)
- 確かさ
- ★★★★☆
「全然は否定とセット」は戦後に広まった決まり。明治〜昭和初期は肯定の文にも普通に使われ、芥川『羅生門』にも否定なしの「全然」がある。
ひとことで言うと100年前の大人も「全然+ふつうの言葉」を使っていたんだって!
もくじ
「全然大丈夫です!」と言ったあとで、「あれ、全然って否定とセットじゃなかったっけ…」とヒヤッとしたこと、ありませんか?
ところが、高校の国語教科書でおなじみの芥川龍之介『羅生門』(1915年=大正4年)に、こんな一文があります。
「下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。」(芥川龍之介『羅生門』。青空文庫の新字新仮名版による)
「全然」のあとに否定がありません。文豪のうっかりミス……ではないのです。国立国語研究所の新野直哉(にいの・なおや)さんらの研究によると、「全然は否定とセット」という決まりは、戦後になってから広まったものでした。
01明治〜昭和初期は「全然+肯定」がふつうだった
新野さんによると、明治から大正、昭和のはじめにかけて、「全然」は〈完全に、100%〉という意味で、否定にも肯定にも使われていました。
たとえば1908年(明治41年)の児童教育の専門誌には「全然健康ニシテ」、1938年(昭和13年)の『東京日日新聞』には「全然その趣旨に賛成」という例があります。芥川と同じ時代の作家の作品にも、こうした「全然」は珍しくないそうです。
大正の終わりごろから否定といっしょに使う例が増え、戦後になって「それが正しい使い方だ」と言われるようになりました。
02「昔はなかった」と書いた学者の論文に…
昭和40年代(1965〜1974年)、著名な国語学者の岩淵悦太郎と大石初太郎は、「全然+肯定」は以前はなかった、と書きました。ところが新野さんが昭和10年代(1935〜1944年)の専門誌を調べると、そこに載った大石さん本人の論文に「全然+肯定」が出てきたのです。ほかの研究者の論文にも見つかりました。
新野さんはここから、人の記憶はあてにならず、実際の用例で裏を取る必要があると述べています。言葉の「昔はこうだった」は、プロの記憶でも怪しいのです。
石坂洋次郎の小説『青い山脈』(1947年)には「全然同意ですな」というセリフがあり、地の文で「変な軍隊用語」と書かれています。新野さんの分析では、「全然同意」自体は当時「変」な表現ではなかったようです。何が「変」だったのかは、解釈が二つ残り、決着していません。

03英語なら totally? それとも at all?
at all は、英語の「否定・疑問専用」の強調語です。ケンブリッジ辞典の文法解説も、at all は疑問文と否定文で使い、肯定文では使わないとしています。
- I'm not tired at all.(全然疲れていない)
- ×I'm at all fine.(言えない)
一方、totally は肯定でも否定でも使えます。
- I totally agree.(全面的に賛成)
- I'm totally fine.(全然大丈夫)
- I'm not totally sure.(完全には自信がない)
明治の「全然」は totally に近く、戦後の規範は「全然」を at all のように扱った、と言えそうです。
ちなみに英語にも「否定専用」の単語を肯定で使う人たちがいます。標準英語では I don't live there anymore. のように否定で使う anymore を、アメリカ中西部などでは Everything is so expensive anymore.(最近は何でも高い)のように肯定で使うのです(イェール大学の英語文法多様性プロジェクト)。
04どんでん返し:昔の「全然」と今の「全然大丈夫」は同じ?
では「昔も使っていたから今の使い方も正しい」で決まりかというと、そう単純ではありません。
国立国語研究所の山田貞雄さんは、今の「全然おいしい」は〈すべて〉の意味ではなく「とても」に近い強調だったり、「全然大丈夫」のように相手の心配を打ち消すニュアンスだったりして、昔の〈完全に〉とは別物だと説明しています。一方、新野さんは、戦後の「全然+肯定」も特別な場合を除いて〈非常に〉の意味ではなく、戦前と同じ〈完全に、疑問の余地なく〉の意味だと考えています。研究者の間でも見方が分かれているのです。
世の中の意識も揺れています。文化庁の2003年度の調査(2004年1〜2月、16歳以上の2,206人)では、「とても明るい」を「全然明るい」と言うことが「ある」と答えた人は20.7%、「ない」と答えた人は78.6%でした。新野さんによると、平成の新聞でも、読売新聞は「全然+肯定」を認めない記事だけの時期から、認める方向の記事が混ざる時期へと移っていました。
05まとめ
「全然+肯定」は、明治・大正の文豪や新聞もふつうに使っていた日本語でした。「否定とセット」というルールのほうが、戦後に生まれた比較的新しい決まりです。
とはいえ、言葉の「正しさ」は、歴史だけでなく今それを聞く人がどう感じるかでも決まります。会話では気にしすぎず、改まった文章では言い換える。英語の at all と totally のように、場面で使い分けるのがいちばん賢い付き合い方かもしれません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn Japanese classrooms, students are often told that the adverb "zenzen" has to be followed by a negative,…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Many Japanese students learn one rule at school. The word "zenzen" must come with a negative, like "not at all" in English. But this rule is quite new. About 100 years ago, writers used "zenzen" with positive words, too.
Akutagawa used it this way in a famous story from 1915. A newspaper in 1938 wrote "zenzen ... sansei," which means "totally agree with the idea." People started to call this wrong only after World War II.
76 words ・ CEFR A2
和訳を見る
多くの日本の生徒は、学校で一つの決まりを習います。「全然」という言葉は、英語の「not at all」のように否定といっしょに使わなければならない、というものです。しかし、この決まりはかなり新しいものです。約100年前、作家たちは「全然」を肯定の言葉とも使っていました。
芥川は1915年の有名な物語でこの使い方をしました。1938年のある新聞は「全然その趣旨に賛成」と書きました。これは「その考えに完全に賛成」という意味です。人々がこれを間違いだと言い始めたのは、第二次世界大戦の後になってからでした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「全然」の決まり(rule)がいつ生まれたかを説明しているので B。
Q2. When did a newspaper write "zenzen ... sansei"?
A newspaper in 1938 wrote "zenzen ... sansei" とあるので C。
Q3. In this passage, "totally" means ___.
totally agree は「完全に賛成」。totally=completely なので D。
In Japanese classrooms, students are often told that the adverb "zenzen" has to be followed by a negative, just as "at all" is used in negative sentences in English. The linguist Naoya Niino checked old newspapers, magazines and academic journals to see whether that had always been true. He found that from the Meiji era to the early Showa era, "zenzen" usually meant "completely," and writers used it freely in positive sentences.
A 1938 newspaper article, for example, said "zenzen sono shushi ni sansei," or "I totally agree with the idea." Even Akutagawa used it without a negative in his 1915 story "Rashomon." The belief that this use is wrong can only be traced back to the early 1950s, and it spread quickly after that.
125 words ・ CEFR B1
和訳を見る
日本の教室では、英語の「at all」が否定文で使われるのと同じように、副詞「全然」のあとには否定が来なければならない、と生徒はよく教えられる。言語学者の新野直哉さんは、それがずっと正しかったのかを確かめるため、古い新聞・雑誌・学術誌を調べた。すると、明治から昭和初期にかけて「全然」はふつう「完全に」という意味で、書き手たちは肯定の文でも自由に使っていたことがわかった。
たとえば1938年の新聞記事には「全然その趣旨に賛成」とある。芥川でさえ、1915年の物語『羅生門』で否定なしにこの語を使っている。この使い方が間違いだという考えは、1950年代前半までしかさかのぼれず、その後急速に広まった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Niino want to find out?
to see whether that had always been true(否定とセットがずっと正しかったか)を調べたので B。
Q2. According to the passage, what did "zenzen" usually mean in the early Showa era?
"zenzen" usually meant "completely" とあるので D。
Q3. What can we infer about the rule taught in classrooms?
規則の起源は1950年代前半までしかさかのぼれないとあるので、思われているより新しい、の B。
When a Japanese speaker says "zenzen daijobu" ("totally fine"), someone nearby may object that "zenzen" belongs only in negative sentences. The linguist Naoya Niino decided to test that claim against the historical record. Working through newspapers, magazines and specialist journals from the Meiji era onward, he found that "zenzen" meant "completely" and combined freely with positive words until well into the Showa era.
Journals on Japanese language and education published between 1935 and 1944 contained a fair number of such examples, and none of them called the usage a mistake. One discovery is almost comic. Between 1965 and 1974, two respected scholars wrote that the positive use had not existed in earlier times, yet one of them had used it himself in an article written before 1945. According to Niino, the rule that "zenzen" needs a negative first shows up in the early 1950s.
Researchers do disagree about today's usage. Another linguist argues that "zenzen oishii" is a plain intensifier and "zenzen daijobu" brushes aside a listener's worry, so both differ from the old sense of "completely." In English terms, the prewar word behaved like "totally," and the postwar rule treated it like "at all."
195 words ・ CEFR B2
和訳を見る
日本語の話し手が「全然大丈夫」と言うと、そばにいる誰かが「全然は否定文でしか使わない」と異を唱えるかもしれない。言語学者の新野直哉さんは、その主張を歴史上の記録と照らし合わせて検証することにした。明治以降の新聞・雑誌・専門誌を丹念に調べた結果、「全然」は「完全に」を意味し、昭和に入ってしばらくたつまで肯定の言葉と自由に結びついていたことがわかった。
1935年から1944年に出た日本語や教育の専門誌にもそうした例が少なからずあり、どれもその使い方を間違いとは呼んでいなかった。ほとんど喜劇のような発見もある。1965年から1974年の間に、著名な学者二人が「肯定の使い方は昔はなかった」と書いたが、そのうちの一人は1945年より前に書いた論文で自らその使い方をしていたのだ。新野さんによれば、「全然には否定が必要」という決まりが初めて現れるのは1950年代前半である。
ただし、今の使い方については研究者の意見が分かれる。別の言語学者は、「全然おいしい」は単なる強調語であり、「全然大丈夫」は聞き手の心配を打ち消す言い方なので、どちらも昔の「完全に」の意味とは異なると論じている。英語で言えば、戦前のこの語は「totally」のようにふるまい、戦後の決まりはそれを「at all」のように扱ったことになる。
4択リーディングクイズ
Q1. According to the passage, what did journals from 1935 to 1944 show?
contained a fair number of such examples, and none of them called the usage a mistake とあるので C。
Q2. Why does the author call one discovery "almost comic"?
昔はなかったと書いた学者自身が戦前の論文でその使い方をしていた、とあるので B。
Q3. What is the point of the last sentence?
戦前は totally(肯定でも否定でも可)、戦後の決まりは at all(否定専用)として扱ったという対比なので A。
重要単語
- at allA2副詞句(否定・疑問で)少しも、まったくI'm not tired at all.
否定文・疑問文で強調に使う。肯定文 ×I'm at all fine. は言えない。「全然〜ない」にぴったり。 - totallyB1副詞完全に、すっかりI totally agree with you.
肯定でも否定でも使える。会話の Totally! は「ほんとそれ!」のあいづち。 - affirmativeC1形容詞肯定の"I like it" is an affirmative sentence.
反対語は negative(否定の)。文法用語として英語の参考書によく出る。 - normB2名詞規範、標準Language norms can change within a few decades.
normal(ふつうの)と同じ語源。social norms「社会規範」は入試長文の頻出語。 - misuseB2名詞・動詞誤用(する)Some teachers call it a misuse of the word.
mis-(誤って)+use。名詞は「ミスユース」、動詞は「ミスユーズ」と発音が変わる。 - intensifierC1名詞強意語(意味を強める語)"Very" and "really" are common intensifiers.
intensify(強める)+-er。日本語の「とても」「超」「全然(強調)」もこの仲間。 - anymoreA2副詞(否定で)もう〜ないI don't play the piano anymore.
標準英語では否定で使う語。アメリカ中西部などでは肯定で「最近は」の意味に使う方言もある。
公式・一次情報をチェック
- 「全然おいしい」(国立国語研究所 ことば研究館)kotoba.ninjal.ac.jp
- At all(Cambridge Dictionary・English Grammar Today)dictionary.cambridge.org
- Positive anymore(Yale Grammatical Diversity Project)ygdp.yale.edu
4コマでわかる

このネタ、誰かに教えたくなった?
「全然大丈夫」は日本語の乱れ…と思いきや、芥川の『羅生門』にも否定なしの「全然」が出てくる。研究によると「全然は否定とセット」という意識が確認できるのは戦後から。むしろ英語の at all のほうが、肯定文では使えない語だ。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(5件)タップで表示
- 新野直哉 (2005)「全然,納得いってます」, 国立国語研究所 ことば研究館(国語研の窓)kotoba.ninjal.ac.jp
- 新野直哉 (2013) “全然”に関する国語学者浅野信の言語規範意識―昭和10年代を中心に―, 表現研究 97, 表現学会hyogen-gakkai-official.org
- 小椋秀樹 (2023) 書評:新野直哉著『近現代日本語の「誤用」と言語規範意識の研究』, 日本語の研究 19(3)doi.org
- 橋本行洋 (2012) 書評:新野直哉著『現代日本語における進行中の変化の研究』, 日本語の研究 8(4)doi.org
- 文化庁 (2004) 平成15年度「国語に関する世論調査」の結果についてbunka.go.jp
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
本館
マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究
論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も





