「とてもおいしい」は100年前の新しい日本語。漱石の小説9作では「とても」は全部“否定”とセット

読む前に予想してみよう!
明治時代の小説では、「とても」は「とても楽しい」のように、よい意味を強める言葉としてよく使われていた
九州大学の大学院生だった播磨桂子さんが漱石の9作をふくむ明治〜大正の小説16作を調べると、「とても」はすべて「とてもかなわない」のような否定とセットだった。「とても楽しい」型が広まるのは大正の後半から。
- 対象
- 明治〜昭和の小説・随筆・日記・日本語教科書に出てくる「とても」
- 規模
- 小説16作・日記626例・教科書21種など
- 研究の種類
- 日本語史の用例調査(文献研究)+辞書の語誌
- 確かさ
- ★★★★☆
「とても」は明治〜大正のはじめまで、ほぼ「とてもできない」のように否定とセットの言葉。「とても安い」のような使い方が広まったのは大正の後半で、芥川龍之介も「数年前から東京の言葉になった」と書き残した。
ひとことで言うと「とてもおいしい」は、100年くらい前に広まった新しい言い方なんだって!
もくじ
「このケーキ、とてもおいしい!」
ごくふつうの日本語ですよね。ところが、明治の人がこれを聞いたら、少し首をかしげたかもしれません。
明治から大正のはじめまで、「とても」は「とてもできない」「とてもかなわない」のように、否定の言葉とセットで使うのがふつうだったからです。九州大学の大学院生だった播磨桂子さんが、夏目漱石の小説9作をふくむ明治〜大正の小説16作を調べたところ、出てくる「とても」はすべて否定とセットでした。
01「とても」の本来の意味は?
小学館の『日本国語大辞典』によると、「とても」は「とてもかくても」を短くした言葉です。「とてもかくても」は「ああであっても、こうであっても」、つまり「どうしても」「どちらにしても」という意味でした。
古い例は『平家物語』(13世紀前半)にあります。「どうせ逃れられないのだから」という意味で、今の「とても〜ない」とは少し違い、あきらめの気持ちを表していました。中世には「どうせ〜なら」のように、否定のない文にも使われていました。
それが江戸時代の終わりから明治にかけて、「〜ない」と組むことがほとんどになります。辞書には、田山花袋の小説『田舎教師』(1909年)の「とても東京に居ても勉強などは出来ない」という例が載っています。
02芥川龍之介が書き残した「新しいとても」
この変化に気づいて書き残したのが、芥川龍之介です。大正時代の随筆『澄江堂雑記』に、こう書いています。
「『とても安い』とか『とても寒い』とか云ふ『とても』の東京の言葉になり出したのは数年以前の事である。」(芥川龍之介『澄江堂雑記』。播磨1993の引用による)
芥川はこのあと、これまでの「とても」は「とてもかなわない」のように必ず否定がついていた、と続けています。芥川自身の小説でも、播磨さんが調べた4作の「とても」はすべて否定とセットでした。
新しい「とても」の早い例は、小説の若い女性のせりふや童謡に見られます。1922年の小説には「ほんとにとても暑いわ」というせりふがあり、1925年の童謡には「とても大きなお風呂です」という歌詞があります。

03鷗外の娘「考えてみると『とても』も否定の意味」
播磨さんによると、新しい「とても」は、そのあと目立って広まりました。
国立国語研究所の共同研究で、相模女子大学の梅林博人さんは、「とても」などの使い方について書かれた昔の文章を年表にまとめています。そこには、森鷗外の次女で随筆家の小堀杏奴(こぼり・あんぬ、1909年生まれ)さんが1953年に書いた文章が紹介されています。
小堀さんはこの文章で、近ごろよく聞く「全然よく出来るの」という言い方に首をかしげています。そして、自分が女学校にいたころは「とても」という言葉がはやり、「とても綺麗」などと今も平気で使っているが、考えてみると「とても」も否定の意味だ、と書きそえています。梅林さんは、この「女学校時代」を大正の終わりから昭和のはじめと見ています。
一方、国立国語研究所の所長も務めた国語学者の岩淵悦太郎さん(1905年生まれ)は、1959年にこう書いています。小学校・中学校・高等学校(いずれも当時の学校制度)を大正時代に過ごしたが、肯定の「とても」を耳新しいと感じた記憶はない、と。
二人の生まれは4年しか違いません。それでも、一人は「はやり言葉だった」と覚えていて、もう一人は「昔からふつうだった」と感じていたのです。
喜劇俳優の古川ロッパ(1903年生まれ)が1934〜1960年に書いた日記を梅林さんが調べると、「とても」は626例ありました。そのうち肯定の形と組む例が354例(56.55%)で、半分を超えていました。ただし、「とても〜ない」のように否定と組む例も264例(42.17%)あり、古い使い方もまだ4割以上残っていたのです。
一方、日本語を学ぶ外国人向けの教科書は、新しい「とても」を取り入れるのが遅めでした。長崎大学の日暮康晴さんが、1890〜1950年代に初版が出た初級教科書21種を調べると、「とても」が出てくるのはたった2種。早いほうは1937年の本で、もう1種は1954年初版の教科書の1973年の改訂版でした。「非常に」の意味では「たいへん」が中心だったのです。今は逆で、別の研究者が調べた1994〜2013年発行の初級教科書では、11種すべてに「とても」が出てきます。
04英語では「ひどく」が「とても」
英語では、「ひどい」という意味の形容詞から作った副詞が、「とても」の意味で使われます。オックスフォードの学習辞典で確かめてみましょう。
- terribly(terrible=ひどい):特にイギリス英語で「とても」。I'm terribly sorry about the noise.(うるさくして本当にすみません)
- awfully(awful=ひどい):「とても、ひどく」。The test was awfully hard.(テストはすごく難しかった)
terribly は否定文でも使えます。ただし I'm not terribly hungry. は「あまりおなかはすいていない」という弱い否定です。「とても食べられない(どうしても無理)」とは、強さがまったく違うので注意しましょう。
日本語の「とても〜ない」に近い英語は can't possibly です。I can't possibly finish this by tomorrow.(明日までにはとても終わらない)
05どんでん返し:「本来は否定専用」も、じつは途中の姿
では「とても」は「もともと否定専用」だったのかというと、そうとも言い切れません。中世には「どうせ〜なら」のように、否定のない文でも使われていたからです。『日本国語大辞典』も、「とても」は本来、否定にも肯定にも使われたが、明治以後に否定と組む使い方が多くなった、と説明しています。
つまり、「とても」がほぼ否定とばかり組んでいたのは、江戸時代の終わりから大正のはじめごろまで。長い歴史の中では、途中の一時期の姿だったことになります。
なぜ肯定を強める意味が生まれたのかも、はっきりとは分かっていません。言語学者の新村出(しんむら・いずる)は、「とても面白くて堪へられない」のような言い方から、後ろの「堪へられない」が落ちたのではないかと考えました。『日本国語大辞典』は、明治にもあった「とても駄目だ」「とてもむずかしい」のような、形は肯定でも意味は否定的な言い方が増えたことが道を開いた、という見方も示しています。
06まとめ
「とてもおいしい」は、大正時代に広まった新しい言い方でした。芥川が「数年前から東京の言葉になった」と書きとめ、鷗外の娘が「考えてみると否定の意味」と書いたその言葉は、1990年代以降の初級の日本語教科書では、調べられた11種すべてに出てきます。
「全然大丈夫」が気になる人も多いですが、「とても」も100年前には同じように新しい言い方でした。今「乱れ」と言われる言葉が、100年後には「ふつう」になっているかもしれません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn the 1920s, the writer Ryunosuke Akutagawa noticed something new in Tokyo.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Today, Japanese people often use the word "totemo" to mean "very." When food is really good, they say "totemo oishii."
But in the early 1900s, people used the word in a different way. It almost always came with a negative, as in "totemo dekinai," or "I can't possibly do it." One researcher checked nine novels by Natsume Soseki. Every "totemo" in those books came with a negative.
67 words ・ CEFR A2
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今日、日本人は「とても」という言葉を「非常に」の意味でよく使います。食べ物がすごくおいしいときは「とてもおいしい」と言います。
でも1900年代のはじめ、人々はこの言葉を別の使い方をしていました。ほとんどいつも「とてもできない(どうしてもできない)」のように、否定といっしょに使われていたのです。ある研究者が夏目漱石の小説を9作調べました。それらの本に出てくる「とても」は、すべて否定といっしょでした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
今は「非常に」の意味で使う「とても」が、1900年代はじめには否定とセットで使われていた、という話なので A。
Q2. How many novels by Natsume Soseki did the researcher check?
One researcher checked nine novels by Natsume Soseki とあるので C。
Q3. In the passage, what does "I can't possibly do it" mean?
can't possibly は「どうしても〜できない」。「とてもできない」の訳として出てくるので B。
In the 1920s, the writer Ryunosuke Akutagawa noticed something new in Tokyo. People had started saying "totemo yasui" (very cheap) and "totemo samui" (very cold). Before then, he wrote, "totemo" was always followed by a negative, as in "totemo kanawanai" (I can't possibly win).
A 1993 study backs him up. The researcher looked at 16 novels from the Meiji and Taisho periods, including nine by Natsume Soseki. Every "totemo" in them came with a negative. The new use spread quickly.
A language scholar who went to school in the Taisho period said it never sounded strange to him. Textbooks for foreign learners took longer. Only 2 of 21 beginner textbooks first published between the 1890s and the 1950s used the word, and the earlier one came out in 1937.
129 words ・ CEFR B1
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1920年代、作家の芥川龍之介は東京で新しいことに気づいた。人々が「とても安い」「とても寒い」と言いはじめていたのだ。芥川によると、それまでの「とても」には、必ず「とてもかなわない」のように否定が続いていた。
1993年の研究がそれを裏づけている。その研究者は明治・大正時代の小説16作を調べた。そのうち9作は夏目漱石の作品だった。その中の「とても」は、すべて否定とセットだった。新しい使い方はすぐに広まった。
大正時代に学校に通ったある国語学者は、それが変だと感じたことは一度もなかったと書いている。外国人学習者向けの教科書は、取り入れるのに時間がかかった。1890年代から1950年代に初版が出た初級教科書21種のうち、この言葉を使っていたのは2種だけで、早いほうは1937年に出たものだった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Akutagawa notice in the 1920s?
People had started saying "totemo yasui" (very cheap) and "totemo samui" (very cold) とあるので B。
Q2. How many of the 21 beginner textbooks used "totemo"?
Only 2 of 21 beginner textbooks first published between the 1890s and the 1950s used the word とあるので B。
Q3. What can we infer about the language scholar who went to school in the Taisho period?
it never sounded strange to him とあるので、子どものころから新しい「とても」をふつうに聞いて育ったと推測できる。C。
The Japanese word "totemo" began as a short form of "totemo kakutemo," which meant "whatever happens" or "either way." In medieval texts it could appear in positive or negative sentences. By the end of the Edo period, though, it was almost always paired with a negative, and that stayed true through the Meiji era. A 1993 study of 16 novels from the Meiji and Taisho periods, nine of them by Natsume Soseki, did not find a single "totemo" without one.
Around 1920, people in Tokyo began using it as a plain intensifier, as in "totemo samui" (very cold), and Akutagawa wrote about it as a new habit. In the diary that the comedian Roppa Furukawa kept from 1934 to 1960, 354 of the 626 examples go with a positive form, but many of those describe something bad, as in "totemo dame" (hopeless).
Scholars have offered different reasons for the shift. One thought that a phrase like "totemo omoshirokute taerarenai" (so funny I can't bear it) simply lost its ending. English has a similar case. "Terribly" comes from "terrible," but "I'm terribly sorry" just means "very sorry." With "not," it gets weaker: "I'm not terribly hungry" means "not very hungry."
199 words ・ CEFR B2
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日本語の「とても」は、「どうなろうとも」「どちらにしても」を意味する「とてもかくても」の短い形として始まった。中世の文章では、肯定の文にも否定の文にも出てくることがあった。しかし江戸時代の終わりまでには、ほとんどいつも否定と組むようになり、それは明治時代を通して変わらなかった。明治・大正時代の小説16作(うち9作は夏目漱石)を調べた1993年の研究では、否定のない「とても」は1つも見つからなかった。
1920年ごろ、東京の人々は「とても寒い」のように、単に意味を強める言葉として使いはじめ、芥川はそれを新しい習慣として書きとめた。喜劇俳優の古川ロッパが1934年から1960年までつけた日記では、626例のうち354例が肯定の形と組んでいる。ただし、その多くは「とても駄目」のように、よくないことを表している。
この変化の理由については、学者たちがさまざまな説を出している。ある学者は、「とても面白くて堪へられない」のような言い方の終わりの部分が落ちただけだと考えた。英語にも似た例がある。「terribly」は「terrible(ひどい)」から来ているが、「I'm terribly sorry」は単に「本当にすみません」という意味だ。not がつくと弱くなり、「I'm not terribly hungry」は「あまりおなかはすいていない」という意味になる。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
「どちらにしても」→ほぼ否定専用→単なる強調語、という変化を追った文章なので B。
Q2. What did the 1993 study find in the 16 novels?
did not find a single "totemo" without one(否定のない「とても」は1つもなかった)とあるので C。
Q3. Why does the writer mention "I'm terribly sorry"?
terrible(ひどい)から来た terribly が単に「とても」の意味になる例として、「とても」と重ねているので A。
重要単語
- terriblyB1副詞とても、ひどくI'm terribly sorry about the noise.
terrible(ひどい)+-ly。特にイギリス英語で「とても」。not terribly は「あまり〜ない」。 - awfullyB2副詞とても、ひどくThe test was awfully hard.
awful(ひどい)+-ly。very と同じように「とても」の意味で使う。 - can't possiblyB1熟語とても〜できない、どうしても〜できないI can't possibly finish this by tomorrow.
否定の「とても〜ない」にぴったりの言い方。possibly で not を強める。 - negativeB1名詞否定(の言葉)"Never" is a negative.
形容詞では「否定の、マイナスの」。反対は positive(肯定の)。 - intensifierC1名詞強調語(意味を強める言葉)"Very" and "really" are common intensifiers.
intensify(強める)+-er。文法の説明でよく出る語。 - catch onB2句動詞(流行などが)広まるThe new word caught on quickly among students.
catch-caught-caught。「理解する」の意味もある(catch on to a joke)。
公式・一次情報をチェック
- 迚(とても)(精選版 日本国語大辞典/コトバンク)kotobank.jp
- terribly(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
- awfully(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
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「とてもおいしい」の“とても”、明治〜大正のはじめまでは「とてもできない」のように否定とセットの言葉だった。研究者が漱石の小説9作を調べると、全部否定とセット。「とても安い」を“数年前から東京の言葉になった”と書いたのは芥川龍之介。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- 播磨桂子 (1993)「とても」「全然」などにみられる副詞の用法変遷の一類型, 語文研究 75(九州大学国語国文学会)doi.org
- 梅林博人 (2014)『古川ロッパ昭和日記』の「とても」「断然」「てんで」「絶対」―否定呼応と言われた副詞の使用実態―, 国立国語研究所共同研究報告 13-03doi.org
- 日暮康晴 (2025) 1890~1950年代の初級日本語教科書における副詞の使用状況と通時的変化:「とても」類の副詞に注目して, 国際日本研究 17(筑波大学)doi.org
- 精選版 日本国語大辞典「迚(とても)」・デジタル大辞泉「迚も」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- terribly / awfully(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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