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日本語のマジか!?ホント

「とてもおいしい」は100年前の新しい日本語。漱石の小説9作では「とても」は全部“否定”とセット

「とてもおいしい」は100年前の新しい日本語。漱石の小説9作では「とても」は全部“否定”とセット

読む前に予想してみよう!

明治時代の小説では、「とても」は「とても楽しい」のように、よい意味を強める言葉としてよく使われていた

研究カード(どんな研究?)
対象
明治〜昭和の小説・随筆・日記・日本語教科書に出てくる「とても」
規模
小説16作・日記626例・教科書21種など
研究の種類
日本語史の用例調査(文献研究)+辞書の語誌
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

「とても」は明治〜大正のはじめまで、ほぼ「とてもできない」のように否定とセットの言葉。「とても安い」のような使い方が広まったのは大正の後半で、芥川龍之介も「数年前から東京の言葉になった」と書き残した。

ひとことで言うと「とてもおいしい」は、100年くらい前に広まった新しい言い方なんだって!

もくじ
  1. 「とても」の本来の意味は?
  2. 芥川龍之介が書き残した「新しいとても」
  3. 鷗外の娘「考えてみると『とても』も否定の意味」
  4. 英語では「ひどく」が「とても」
  5. どんでん返し:「本来は否定専用」も、じつは途中の姿
  6. まとめ

「このケーキ、とてもおいしい!」

ごくふつうの日本語ですよね。ところが、明治の人がこれを聞いたら、少し首をかしげたかもしれません。

明治から大正のはじめまで、「とても」は「とてもできない」「とてもかなわない」のように、否定の言葉とセットで使うのがふつうだったからです。九州大学の大学院生だった播磨桂子さんが、夏目漱石の小説9作をふくむ明治〜大正の小説16作を調べたところ、出てくる「とても」はすべて否定とセットでした。

01「とても」の本来の意味は?

小学館の『日本国語大辞典』によると、「とても」は「とてもかくても」を短くした言葉です。「とてもかくても」は「ああであっても、こうであっても」、つまり「どうしても」「どちらにしても」という意味でした。

古い例は『平家物語』(13世紀前半)にあります。「どうせ逃れられないのだから」という意味で、今の「とても〜ない」とは少し違い、あきらめの気持ちを表していました。中世には「どうせ〜なら」のように、否定のない文にも使われていました。

それが江戸時代の終わりから明治にかけて、「〜ない」と組むことがほとんどになります。辞書には、田山花袋の小説『田舎教師』(1909年)の「とても東京に居ても勉強などは出来ない」という例が載っています。

02芥川龍之介が書き残した「新しいとても」

この変化に気づいて書き残したのが、芥川龍之介です。大正時代の随筆『澄江堂雑記』に、こう書いています。

「『とても安い』とか『とても寒い』とか云ふ『とても』の東京の言葉になり出したのは数年以前の事である。」(芥川龍之介『澄江堂雑記』。播磨1993の引用による)

芥川はこのあと、これまでの「とても」は「とてもかなわない」のように必ず否定がついていた、と続けています。芥川自身の小説でも、播磨さんが調べた4作の「とても」はすべて否定とセットでした。

新しい「とても」の早い例は、小説の若い女性のせりふや童謡に見られます。1922年の小説には「ほんとにとても暑いわ」というせりふがあり、1925年の童謡には「とても大きなお風呂です」という歌詞があります。

「とても安い」のような言い方を、芥川龍之介は「東京の新しい言葉」として書き残した
「とても安い」のような言い方を、芥川龍之介は「東京の新しい言葉」として書き残した

03鷗外の娘「考えてみると『とても』も否定の意味」

播磨さんによると、新しい「とても」は、そのあと目立って広まりました。

国立国語研究所の共同研究で、相模女子大学の梅林博人さんは、「とても」などの使い方について書かれた昔の文章を年表にまとめています。そこには、森鷗外の次女で随筆家の小堀杏奴(こぼり・あんぬ、1909年生まれ)さんが1953年に書いた文章が紹介されています。

小堀さんはこの文章で、近ごろよく聞く「全然よく出来るの」という言い方に首をかしげています。そして、自分が女学校にいたころは「とても」という言葉がはやり、「とても綺麗」などと今も平気で使っているが、考えてみると「とても」も否定の意味だ、と書きそえています。梅林さんは、この「女学校時代」を大正の終わりから昭和のはじめと見ています。

一方、国立国語研究所の所長も務めた国語学者の岩淵悦太郎さん(1905年生まれ)は、1959年にこう書いています。小学校・中学校・高等学校(いずれも当時の学校制度)を大正時代に過ごしたが、肯定の「とても」を耳新しいと感じた記憶はない、と。

二人の生まれは4年しか違いません。それでも、一人は「はやり言葉だった」と覚えていて、もう一人は「昔からふつうだった」と感じていたのです。

喜劇俳優の古川ロッパ(1903年生まれ)が1934〜1960年に書いた日記を梅林さんが調べると、「とても」は626例ありました。そのうち肯定の形と組む例が354例(56.55%)で、半分を超えていました。ただし、「とても〜ない」のように否定と組む例も264例(42.17%)あり、古い使い方もまだ4割以上残っていたのです。

一方、日本語を学ぶ外国人向けの教科書は、新しい「とても」を取り入れるのが遅めでした。長崎大学の日暮康晴さんが、1890〜1950年代に初版が出た初級教科書21種を調べると、「とても」が出てくるのはたった2種。早いほうは1937年の本で、もう1種は1954年初版の教科書の1973年の改訂版でした。「非常に」の意味では「たいへん」が中心だったのです。今は逆で、別の研究者が調べた1994〜2013年発行の初級教科書では、11種すべてに「とても」が出てきます。

04英語では「ひどく」が「とても」

英語では、「ひどい」という意味の形容詞から作った副詞が、「とても」の意味で使われます。オックスフォードの学習辞典で確かめてみましょう。

  • terribly(terrible=ひどい):特にイギリス英語で「とても」。I'm terribly sorry about the noise.(うるさくして本当にすみません)
  • awfully(awful=ひどい):「とても、ひどく」。The test was awfully hard.(テストはすごく難しかった)

terribly は否定文でも使えます。ただし I'm not terribly hungry. は「あまりおなかはすいていない」という弱い否定です。「とても食べられない(どうしても無理)」とは、強さがまったく違うので注意しましょう。

日本語の「とても〜ない」に近い英語は can't possibly です。I can't possibly finish this by tomorrow.(明日までにはとても終わらない)

05どんでん返し:「本来は否定専用」も、じつは途中の姿

では「とても」は「もともと否定専用」だったのかというと、そうとも言い切れません。中世には「どうせ〜なら」のように、否定のない文でも使われていたからです。『日本国語大辞典』も、「とても」は本来、否定にも肯定にも使われたが、明治以後に否定と組む使い方が多くなった、と説明しています。

つまり、「とても」がほぼ否定とばかり組んでいたのは、江戸時代の終わりから大正のはじめごろまで。長い歴史の中では、途中の一時期の姿だったことになります。

なぜ肯定を強める意味が生まれたのかも、はっきりとは分かっていません。言語学者の新村出(しんむら・いずる)は、「とても面白くて堪へられない」のような言い方から、後ろの「堪へられない」が落ちたのではないかと考えました。『日本国語大辞典』は、明治にもあった「とても駄目だ」「とてもむずかしい」のような、形は肯定でも意味は否定的な言い方が増えたことが道を開いた、という見方も示しています。

06まとめ

「とてもおいしい」は、大正時代に広まった新しい言い方でした。芥川が「数年前から東京の言葉になった」と書きとめ、鷗外の娘が「考えてみると否定の意味」と書いたその言葉は、1990年代以降の初級の日本語教科書では、調べられた11種すべてに出てきます。

「全然大丈夫」が気になる人も多いですが、「とても」も100年前には同じように新しい言い方でした。今「乱れ」と言われる言葉が、100年後には「ふつう」になっているかもしれません。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn the 1920s, the writer Ryunosuke Akutagawa noticed something new in Tokyo. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

In the 1920s, the writer Ryunosuke Akutagawa noticed something new in Tokyo. People had started saying "totemo yasui" (very cheap) and "totemo samui" (very cold). Before then, he wrote, "totemo" was always followed by a negative, as in "totemo kanawanai" (I can't possibly win).

A 1993 study backs him up. The researcher looked at 16 novels from the Meiji and Taisho periods, including nine by Natsume Soseki. Every "totemo" in them came with a negative. The new use spread quickly.

A language scholar who went to school in the Taisho period said it never sounded strange to him. Textbooks for foreign learners took longer. Only 2 of 21 beginner textbooks first published between the 1890s and the 1950s used the word, and the earlier one came out in 1937.

129 words ・ CEFR B1

和訳を見る

1920年代、作家の芥川龍之介は東京で新しいことに気づいた。人々が「とても安い」「とても寒い」と言いはじめていたのだ。芥川によると、それまでの「とても」には、必ず「とてもかなわない」のように否定が続いていた。

1993年の研究がそれを裏づけている。その研究者は明治・大正時代の小説16作を調べた。そのうち9作は夏目漱石の作品だった。その中の「とても」は、すべて否定とセットだった。新しい使い方はすぐに広まった。

大正時代に学校に通ったある国語学者は、それが変だと感じたことは一度もなかったと書いている。外国人学習者向けの教科書は、取り入れるのに時間がかかった。1890年代から1950年代に初版が出た初級教科書21種のうち、この言葉を使っていたのは2種だけで、早いほうは1937年に出たものだった。

4択リーディングクイズ

Q1. What did Akutagawa notice in the 1920s?

Q2. How many of the 21 beginner textbooks used "totemo"?

Q3. What can we infer about the language scholar who went to school in the Taisho period?

重要単語

  • terriblyB1
    副詞とても、ひどくI'm terribly sorry about the noise. terrible(ひどい)+-ly。特にイギリス英語で「とても」。not terribly は「あまり〜ない」。
  • awfullyB2
    副詞とても、ひどくThe test was awfully hard. awful(ひどい)+-ly。very と同じように「とても」の意味で使う。
  • can't possiblyB1
    熟語とても〜できない、どうしても〜できないI can't possibly finish this by tomorrow. 否定の「とても〜ない」にぴったりの言い方。possibly で not を強める。
  • negativeB1
    名詞否定(の言葉)"Never" is a negative. 形容詞では「否定の、マイナスの」。反対は positive(肯定の)。
  • intensifierC1
    名詞強調語(意味を強める言葉)"Very" and "really" are common intensifiers. intensify(強める)+-er。文法の説明でよく出る語。
  • catch onB2
    句動詞(流行などが)広まるThe new word caught on quickly among students. catch-caught-caught。「理解する」の意味もある(catch on to a joke)。

4コマでわかる

「とてもおいしい」は100年前の新しい日本語。漱石の小説9作では「とても」は全部“否定”とセットの4コマ漫画
「とてもおいしい」の“とても”、明治〜大正のはじめまでは「とてもできない」のように否定とセットの言葉だった。研究者が漱石の小説9作を調べると、全部否定とセット。「とても安い」を“数年前から東京の言葉になった”と書いたのは芥川龍之介。

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出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. 播磨桂子 (1993)「とても」「全然」などにみられる副詞の用法変遷の一類型, 語文研究 75(九州大学国語国文学会)doi.org
  2. 梅林博人 (2014)『古川ロッパ昭和日記』の「とても」「断然」「てんで」「絶対」―否定呼応と言われた副詞の使用実態―, 国立国語研究所共同研究報告 13-03doi.org
  3. 日暮康晴 (2025) 1890~1950年代の初級日本語教科書における副詞の使用状況と通時的変化:「とても」類の副詞に注目して, 国際日本研究 17(筑波大学)doi.org
  4. 精選版 日本国語大辞典「迚(とても)」・デジタル大辞泉「迚も」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
  5. terribly / awfully(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com

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