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「言語とは、陸軍と海軍を持った方言である」。言語か方言かは、ことばの中身だけでは決まらない

「言語とは、陸軍と海軍を持った方言である」。言語か方言かは、ことばの中身だけでは決まらない

読む前に予想してみよう!

2つのことばが互いに通じるなら、言語学では必ず「同じ言語の方言」とされる

研究カード(どんな研究?)
対象
北欧の高校生など約1,800人(2005年)・中国語15方言の聞き手225人(2009年)
規模
聞き取り・読解の理解度テスト
研究の種類
調査・実験と文献研究
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

スウェーデンの若者は、隣の国のデンマーク語より英語のほうがよく分かった。北京の人は、同じ中国語の「方言」とされる広東語の文を聞いて、かぎになる単語をほとんど訳せなかった。言語か方言かは、通じるかどうかだけでは決まらない。

ひとことで言うと「言語」か「方言」かは、ことばの中身だけでは決められない!

もくじ
  1. 名言は、講演のあとの質問から生まれた
  2. 通じるのに「別の言語」:北欧の3つの言語
  3. 通じないのに「方言」:中国語
  4. 言語学者はどう線を引こうとしてきたか
  5. 日本では?「日琉語族」という考え方
  6. もっと知りたい人へ
  7. まとめ
  8. よくある質問

スウェーデン語とデンマーク語は、別々の言語です。でも北欧の調査では、スウェーデンの高校生はデンマーク語の聞き取りや読み取りで10点満点の3.80点、英語では7.08点でした。隣の国の「言語」より、海の向こうの英語のほうがよく分かったのです。

一方、中国の広東語は、中国語の「方言」と呼ばれます。でもオランダの大学の研究チームの実験では、北京の人が広東語の文を聞いて、かぎになる単語を正しく訳せたのはわずか3%でした。

通じるのに「別の言語」、通じないのに「同じ言語の方言」。では、言語と方言の違いは何なのでしょう。言語学の世界には、こんな名言があります。「言語とは、陸軍と海軍を持った方言である」。

01名言は、講演のあとの質問から生まれた

この言葉で知られるのは、イディッシュ語(東欧のユダヤ人が話してきた言語)の研究者マックス・ヴァインライヒ(1894〜1969年)です。ただし、彼が自分で考えたわけではありません。

言語学史の研究者ラフ・ファン・ローイの2020年の本によると、いきさつはこうです。第二次世界大戦中、ヴァインライヒはニューヨークで、イディッシュ語とその社会的な地位について講演しました。終わったあと、聞きに来ていたブロンクスの若い教師が前に出てきて、「方言と言語の違いは何ですか」とたずねます。答えようとすると、その教師はさえぎって「それは知っています。でも、もっといい定義を教えましょう」と言い、この一言を口にしたのです。

ヴァインライヒはこれにとても感心し、1945年のYIVO(イディッシュ学術研究所)の年次大会のためにイディッシュ語で書いた論文で取り上げました。この教師がだれだったのかは、今もはっきりしていません。

この名言は、ある話し方が「言語」と呼ばれるか「方言」と呼ばれるかは、ことばの中身より、話す人たちの歴史や社会的な立場、政治の力で決まりやすいことを、皮肉まじりに言い当てています。

02通じるのに「別の言語」:北欧の3つの言語

まず、北欧の例を見ましょう。デンマーク語・スウェーデン語・ノルウェー語は、とても近い言語です。デンマーク人とスウェーデン人とノルウェー人は、ふつうそれぞれ自分の言語で話し、相手の言語を聞いて理解して会話します。

ノルウェーの若者は、隣の2つの言語をどちらもよく理解しました。なお、調べた生徒の多くは高校の2〜3年生で、英語はふつう学校で7〜9年学んでいました。英語の高い点には、この学習の積み重ねも表れています。デンマークとスウェーデンの若者は、お互いの言語では10点満点の4点に届きませんでした。それでも、3つは「1つの言語の方言」ではなく、それぞれ国の言語です。

動画のテストを除いて比べると、デンマークの若者のスウェーデン語は4.55点、スウェーデンの若者のデンマーク語は3.72点でした。「通じる度合い」は、AからBとBからAで同じとは限らないのです。

海をはさんだ隣の国どうしでも、「通じる度合い」は向きによって違う
海をはさんだ隣の国どうしでも、「通じる度合い」は向きによって違う

03通じないのに「方言」:中国語

次は、逆の例です。中国では、北京語も上海語も広東語も、ふつう中国語の「方言」と呼ばれます。

オランダ・ライデン大学のタン・チャオジュとファン・ヘーフェンは、中国の15の方言で、どれくらい通じ合うかを実験しました(2009年)。各方言の話し手の録音を、15の方言のそれぞれ15人の聞き手、合わせて225人に聞かせたのです。聞き手は、地元をあまり離れたことのない40〜65歳の人たちを中心に集められました。

文のテストでは、聞き手は文の中のかぎになる単語を、自分の方言に訳しました。結果は次のとおりです。

  • 広州(広東語)の文を、北京の聞き手が正しく訳せたのは3%
  • 福州(閩語の一つ)の文を、北京の聞き手が正しく訳せたのは0%
  • 逆に、北京の文を、広州の聞き手は90%正しく訳せた

北京のことばが広く通じたのは、北京のことばが標準中国語(普通話)にとても近く、全国の人が学校教育やメディアで標準中国語にふれているからだろう、と2人は考えています。ここでも「通じる度合い」は向きによって大きく違いました。

国際規格の ISO 639-3(世界の言語に3文字の記号をつける規格)は、「中国語」を、官話、粤語(広東語など)、呉語、閩南語、客家語など、たくさんの個別の言語をまとめた「マクロ言語」として扱っています。まとめる理由の一つは、共通の書きことばがあることです。

04言語学者はどう線を引こうとしてきたか

言語学でよく使われる目安は、相互理解度(お互いにどれくらい通じるか)です。通じなければ別の言語、通じれば同じ言語の方言、と考えます。タンとファン・ヘーフェンも、違いが小さければ言語学者は「同じ言語の方言」と考えがちだ、と書いています。

でも、この目安には弱点があります。

  • 白か黒かではない:通じる度合いは0%から100%まで連続していて、どこで線を引くかの決まりはない
  • 向きで変わる:北欧でも中国でも、AからBとBからAで数字が違った
  • 慣れで変わる:標準語を学校で習っていれば、通じやすくなる

ISO 639-3 は、規格の説明の中で、だれもが認める「言語」の定義はなく、専門家の間でも意見が分かれうるとはっきり書いています。そのうえで、通じ合うかどうかを基本にしつつ、共通の書きことばや、話し手が自分たちをどう思っているか(帰属意識)も判断に入れます。通じ合っていても、はっきり別の帰属意識があり、とくに国境で分かれている場合は、別の言語と考える理由になるとも書いています。名言の「陸軍と海軍」が表す国の力や国境は、規格の判断材料にもある程度入っているのです。

05日本では?「日琉語族」という考え方

日本にも、同じ問題があります。

沖縄や奄美などのことばは、日本ではふつう「方言」と呼ばれます。でも、琉球のことばを研究する言語学者トマ・ペラールさんによると、琉球列島や八丈島のことばは、本土のどの方言とも通じません。琉球列島の北のはしの喜界島と、そのすぐ北のトカラ列島や九州の方言でも、話が通じないほど違います。琉球列島の中にも、互いにことばが通じない地域があります。

ペラールさんが紹介する1972年の研究では、琉球のことば同士は基本的な単語の80〜85%を共有していますが、日本語とは70%ほどしか共有していません。この差は、ロシア語・ポーランド語・ブルガリア語などをふくむスラブ語の仲間の中の違いに近く、ドイツ語とオランダ語、スペイン語とポルトガル語の差より大きいといいます。

そこでペラールさんは、日本語を1つの言語ではなく、いくつもの言語からなる「日琉語族(にちりゅうごぞく。同じ祖先から分かれた言語のまとまり)」と見るほうが妥当だとしています。ペラールさん自身は、琉球に奄美語・沖縄語・宮古語・八重山語・与那国語の5つの言語を認め、八丈語も別の言語と考えています。ユネスコも2009年に、琉球のことばや八丈語などを日本の危機言語として挙げました(くわしくは /kotoba/language-loss-1500/)。ISO 639-3 でも、八重山語・与那国語・宮古語・沖縄語(中央沖縄語)などに、日本語とは別の記号がついています。

ただし、どこまでを1つの言語と数えるかは、研究者によって違います。ペラールさんは5つとしていますが、ユネスコは6つの琉球のことばを挙げました。八重山の中でも通じない地域があるので、おそらく「八重山諸語」と複数で考えるべきだ、ともペラールさんは書いています。数え方そのものに、ここでも線引きの難しさが表れています。

06もっと知りたい人へ

  • 相互理解度(mutual intelligibility)、言語と方言(language vs. dialect)、マクロ言語(macrolanguage)、日琉語族(Japonic languages)
  • Raf Van Rooy (2020) Language or Dialect? The History of a Conceptual Pair. Oxford University Press.
  • Chaoju Tang & Vincent J. van Heuven (2009) "Mutual intelligibility of Chinese dialects experimentally tested." Lingua 119(5).
  • Lars-Olof Delsing & Katarina Lundin Åkesson (2005) Håller språket ihop Norden? TemaNord 2005:573.
  • トマ・ペラール (2013)「日本列島の言語の多様性:琉球諸語を中心に」田窪行則編『琉球列島の言語と文化』くろしお出版

07まとめ

通じても別の言語。通じなくても同じ言語の方言。言語と方言の境目は、ことばの中身だけでは決まらず、国の歴史や話す人の意識も深く関わっています。

だからこそ、「沖縄のことばは方言か、言語か」という問いにも、ことばの中身だけを見て答えることはできません。次に「方言」という言葉を使うとき、その線をだれが、何を基準に引いたのかを少し考えてみてください。

よくある質問

言語と方言の違いは何ですか?

だれもが認める決まった定義はありません。言語学では、お互いにどれくらい通じるか(相互理解度)がよく使われる目安です。ただ実際には、話す人たちの歴史や帰属意識、国境などでも「言語」か「方言」かが決まりやすくなります。

「言語とは陸軍と海軍を持った方言である」とは誰の言葉ですか?

イディッシュ語の研究者マックス・ヴァインライヒの言葉として知られています。ただし本人の考えではなく、ニューヨークでの講演のあと、聞きに来ていたブロンクスの若い教師が口にした一言でした。教師がだれかは分かっていません。

「陸軍と海軍を持った方言」とはどういう意味ですか?

ある話し方が「言語」と呼ばれるか「方言」と呼ばれるかは、ことばの中身より、話す人たちの歴史や社会的な立場、政治の力で決まりやすい、ということを皮肉まじりに言い当てた言葉です。

通じ合えば同じ言語なのですか?

そうとは限りません。デンマーク語・スウェーデン語・ノルウェー語はとても近く、ふつうそれぞれ自分の言語で話しても会話ができますが、3つは別々の国の言語です。国際規格 ISO 639-3 も、通じ合っていても、とくに国境で分かれている場合は別の言語と考える理由になるとしています。

広東語は中国語の方言なのですか?

中国ではふつう「方言」と呼ばれますが、通じ合う度合いはとても低いです。2009年の実験では、北京の人が広東語の文を聞いて、かぎになる単語を正しく訳せたのは3%でした。国際規格 ISO 639-3 は「中国語」を、粤語などをまとめたマクロ言語として扱っています。

沖縄のことばは方言ですか、言語ですか?

日本ではふつう「方言」と呼ばれますが、言語学者のトマ・ペラールさんは、琉球のことばは本土のどの方言とも通じないとして、日本語を「日琉語族」と見るほうが妥当だとしています。ユネスコも琉球のことばを危機言語に挙げています。

相互理解度で言語と方言を分けられないのはなぜですか?

通じる度合いは0%から100%まで連続していて、どこで線を引くかの決まりがないからです。さらに、AからBとBからAで数字が違い、標準語を学校で習っているかどうかなどの慣れでも変わります。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerA famous saying in linguistics goes, "A language is a dialect with an army and navy." It is linked to Max… 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

A famous saying in linguistics goes, "A language is a dialect with an army and navy." It is linked to Max Weinreich, a scholar of Yiddish, but he did not make it up. During World War II, he gave a talk in New York.

Afterward, a young teacher from the Bronx asked him about the difference between a dialect and a language. Before Weinreich could finish answering, the teacher offered a better definition. It was the line about the army and navy.

Weinreich liked it so much that he wrote about it in a paper in 1945. The joke makes a serious point. Whether people call a way of speaking a language or a dialect often depends on history and power as much as on its words and sounds.

129 words ・ CEFR B1

和訳を見る

言語学には「言語とは、陸軍と海軍を持った方言である」という有名な言葉がある。これはイディッシュ語の研究者マックス・ヴァインライヒと結びつけられているが、彼が考え出したものではない。第二次世界大戦中、彼はニューヨークで講演をした。

そのあと、ブロンクスから来た若い教師が、方言と言語の違いについてたずねた。ヴァインライヒが答え終わる前に、その教師はもっといい定義を示した。それが陸軍と海軍の一言だった。

ヴァインライヒはそれをとても気に入り、1945年の論文で取り上げた。この冗談は大事なことを言っている。ある話し方が言語と呼ばれるか方言と呼ばれるかは、単語や音と同じくらい、歴史や力によって決まることが多いのだ。

4択リーディングクイズ

Q1. Who first said the line about the army and navy, according to the passage?

Q2. When did Weinreich write about the saying in a paper?

Q3. What does the writer mean by "The joke makes a serious point"?

重要単語

  • dialectB2
    名詞方言My grandmother speaks a dialect from the north. ギリシャ語の dia-(あいだで)+ legein(話す)にさかのぼる。dialogue(対話)と同じ仲間。
  • mutualB2
    形容詞相互の、お互いのTheir friendship is based on mutual respect. mutual understanding「相互理解」、mutual friend「共通の友人」は頻出のコロケーション。
  • intelligibleC1
    形容詞理解できるHis speech was barely intelligible over the noise. intelligent(頭のよい)と混同しやすい。名詞は intelligibility(理解しやすさ)。
  • varietyB1
    名詞(言語の)変種、種類British English is one variety of English. 言語学では「言語か方言か決めずに呼ぶ」ときの中立的な語として使う。a variety of ~ は「さまざまな~」。
  • borderB1
    名詞国境、境目They crossed the border into Norway. 動詞で border on ~「~に接する」。boundary は「境界線」でより抽象的にも使う。
  • identityB2
    名詞自分らしさ、帰属意識Language is an important part of identity. ID card の ID はこの語の略。identify(特定する)も同じ語源。
  • exposureB2
    名詞(ことばなどに)ふれること、接触Daily exposure to English helps you understand it faster. 動詞は expose(さらす)。exposure to ~ の形で使う。
「言語とは、陸軍と海軍を持った方言である」。言語と方言の境目は通じるかどうかで決まる、とは言い切れない。北京の人が広東語の文を聞いて、かぎになる単語を正しく訳せたのはわずか3%。それでも中国では「方言」と呼ばれる。

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出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. Van Rooy R. (2020) Introduction, in Language or Dialect? The History of a Conceptual Pair, Oxford University Pressdoi.org
  2. Tang C., van Heuven V.J. (2009) Mutual intelligibility of Chinese dialects experimentally tested, Lingua 119(5)doi.org
  3. Delsing L.-O., Lundin Åkesson K. (2005) Håller språket ihop Norden? En forskningsrapport om ungdomars förståelse av danska, svenska och norska, TemaNord 2005:573, Nordiska ministerrådetnorden.diva-portal.org
  4. ペラール・トマ (2013) 日本列島の言語の多様性:琉球諸語を中心に, 田窪行則編『琉球列島の言語と文化』くろしお出版hal.science
  5. ISO 639-3 Registration Authority (SIL International) Scope of denotation for language identifiersiso639-3.sil.org
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