この指導案の特色

中央教育審議会教育課程部会の審議まとめ(2026年10月5日)で示された、見方・考え方の対象を「自然や社会の事象・言説」に広げて批判的に考察する案、「科学的な探究」の過程を教育課程全体で位置付けて用語をそろえる方向、高等学校の各「○○基礎」に「科学ガイダンス」を位置付け、最初に学ぶ基礎科目の冒頭である程度まとめて扱う方向を先取りした試案である。次期学習指導要領はまだ告示前であり、本案は審議まとめの方向性をふまえた一つの例である。現行の化学基礎「化学と人間生活」の物質の分離・精製を扱い、「黒いペンのインクは黒い色素1種類でできている」という言説(自作)を、ペーパークロマトグラフィーの実験で確かめる。高校で最初に学ぶ基礎科目の単元の冒頭での実施を想定している。
| 次期の方向性 | この指導案での具体化 |
|---|---|
| 見方・考え方を「自然や社会の事象・言説を、自然科学的な視点から捉え、観察、実験の結果や科学的知見などに基づいて、客観的、論理的、批判的に考察すること」とする規定が考えられる。非科学的なデマ・フェイクニュース等がSNS等で急速に広がる現代をふまえ、メディアリテラシーの観点も意識する P183P185 | SNS風の短い言説(自作)を出発点にし、実験の結果に基づいてその言説が正しいか、どこまで言えるかを考察させる。結論は「誤り」で終わらせず、「どんな条件の実験から、何が言えて何が言えないか」という形で書かせる。 |
| 校種によって探究の過程の用語などが異なるという課題をふまえ、「科学的な探究」の過程を教育課程全体で位置付け、解説等で具体的に示す方向。資料編では、課題の設定、仮説の設定、検証計画の立案、観察・実験の実施、結果の処理、考察・結論、表現・伝達などに用語をそろえる案が示されている P182P183資料(理④-7)P10 | 本時の展開を、資料編の「科学的な探究の過程(例)」の用語どおりに区切り、板書とワークシートでも同じ言葉を使った。小学校で「問題」「予想」と呼んでいたものに当たることも確かめる。 |
| 「科学とは何か、科学的とは何か」、理科の全体像、研究倫理、検証の方法、理科の学習と研究・社会とのつながりを学ぶ「科学ガイダンス」を中・高で新設することが適当とされた。高校では各基礎科目に位置付け、初学の基礎科目の冒頭である程度まとめて学習する。知識の暗記を求める指導にはしない P184P187資料(理⑬-1)P22資料(理⑬-2)P23 | 第1時を科学ガイダンスにあて、客観性・再現可能性の考え方と、都合のよいデータだけを選ぶことの問題(研究倫理)を扱う。本時はそれを実際の実験で使う場面とし、班ごとの結果を比べて再現性を確かめ、うまくいかなかった結果も消さずに記録させる。 |
| 「総合的な発揮」は、いずれの分野でも「科学的に探究する」ことができるようになることを示し、学習場面や日常生活・社会で見られる事象から「特徴を見いだして表現する」ことを共通で示す方向。自然事象から再現可能な原理を見いだす思考を、日々の授業で実践させる P186 | 色素の分かれ方(分かれた色の数・順番・移動距離)という特徴を見いだし、「水への溶けやすさと紙へのくっつきやすさの違いで分かれる」という原理を、複数の班の結果を根拠に説明させる。 |
| 1人1台端末等のデジタル学習基盤を前提とし、記録・データの蓄積から観察・考察を深める、クラウド上で対話する、情報共有を通じて対面の協働を活性化する、生成AIを適切かつ効果的に利用する、ポートフォリオを形成的評価に活用するなどの効果的な活用事例を、改訂を待たず国が周知することが重要とされている P191 | 実験結果を端末で撮影し、クラスの共有シートに班ごとに貼り付けて、全班の結果を同時に比べられるようにする。共有シートは単元を通したポートフォリオとし、教師はそれを見て次時の指導を調整する。 |
1 単元名・単元の目標
単元名:物質を分ける・見分ける ~科学的な探究の進め方を身に付けよう~(全7時間(本時は第3時))
単元の目標:【目標】①物質の分離・精製の方法や、単体と化合物、物質の三態と熱運動について、観察、実験を通して理解するとともに、実験器具を安全に扱い、結果を記録・処理する技能を身に付ける。②身の回りの物質に関する事象や言説について、科学的な探究の過程(課題の設定、仮説の設定、検証計画の立案、観察・実験の実施、結果の処理、考察・結論、表現・伝達)を通して、特徴を見いだし、根拠に基づいて表現する。③化学が日常生活や社会を支えていることに関心をもち、結果を客観的に見直しながら主体的に探究しようとする。
2 単元の評価規準
| 知識・技能 | 思考・判断・表現 | 主体的に学習に取り組む態度 |
|---|---|---|
| ろ過、蒸留、抽出、再結晶、昇華法、クロマトグラフィーなどの分離・精製の方法や、単体と化合物、物質の三態と熱運動について理解している。実験器具を安全に扱い、条件をそろえて実験を行い、結果を適切に記録・処理している。 | 身の回りの物質に関する事象や言説について、仮説を立てて検証計画を考え、実験の結果から特徴を見いだして、根拠に基づいて考察し、結論とその限界を表現している。 | 身の回りの物質に関する事象や言説に関心をもち、ほかの班の結果と比べて自分たちの結果を客観的に見直しながら、主体的に探究しようとしている。 |
審議まとめでは、国が「内容のまとまりごとの評価規準例」を示して各学校の作成は不要とし、単元の目標をそのまま評価規準として用いる方向が示されている(本体P69)。理科では、課題や仮説の設定を含め、科学的な探究の過程における行動の表出を多角的に見取り、評価することが重要とされている(本体P193)。本試案の評価規準は現行の3観点で書き、探究の過程の各段階の記録(ワークシート・共有シート)は形成的評価に用い、記録に残す評価は第4時の実験レポートと第7時のパフォーマンス課題にしぼった(本体P70)。次期は「学びに向かう力」を総合所見欄での個人内評価と「思考・判断・表現」への「○」の付記で扱う方向である(本体P63、本体P64)が、本試案では現行制度に基づき「主体的に学習に取り組む態度」を置いた。単元計画の◎は記録に残す評価、○は指導に生かす評価を表す。
3 単元の指導と評価の計画
| 時 | 主な学習活動 | 評価 |
|---|---|---|
| 1 | 【科学ガイダンス】科学とは何か、科学的とは何かを、身近な言説(自作の誇大な広告文など)を例に考える。客観性・再現可能性・論理性の観点、科学的な知識は新しい証拠によって更新されうること、都合のよいデータだけを選ぶことの問題(研究倫理)を学ぶ。化学とほかの分野・社会とのつながりを概観する。 | ○態:科学的に考えることに関心をもっているか(振り返りシート) |
| 2 | ろ過・蒸留・抽出・再結晶・昇華法・クロマトグラフィーの原理を、物質の性質の違いと結び付けて理解する。蒸留は食塩水などを用いた演示実験で観察する。 | ○知:分離の方法と、利用する性質の違いを結び付けているか(ワークシート) |
| 3(本時) | 「黒いペンのインクは黒い色素1種類でできている」という言説を、ペーパークロマトグラフィーで確かめる(課題の設定→仮説の設定→検証計画の立案→観察・実験の実施→結果の処理→考察・結論)。 | ○思:条件を制御した計画を立て、結果を根拠に考察しているか(ワークシート・共有シート) |
| 4 | 本時の結果を基に、色素の移動距離と溶媒の移動距離の比(Rf値)で色素を比べる。展開液や紙の種類を変えるとどうなるかを班で計画して追実験し、実験レポートにまとめる。 | ◎知・思:条件を制御して実験を行い、結果から特徴を見いだして考察しているか(実験レポート) |
| 5 | 単体と化合物の違い、同素体を学び、炎色反応や沈殿反応で物質に含まれる成分元素を調べる。 | ○知:成分元素の検出方法を理解しているか(ワークシート) |
| 6 | 物質の三態の変化を粒子の熱運動と結び付けて理解する。状態変化のときの温度の変化を、温度計または温度センサーで測定したデータから考察する。 | ○知:三態の変化を熱運動と結び付けて説明しているか(ワークシート) |
| 7 | 【パフォーマンス課題】身の回りの物質に関する言説(教師が用意した自作の広告文など3つから1つを選ぶ)について、科学的に確かめるための仮説と検証計画を立て、班で発表し合って計画を見直す。単元を振り返る。 | ◎思:言説を科学的に確かめる仮説と検証計画を立てているか(計画書・発表)/◎態:結果や計画を客観的に見直しながら探究しようとしているか(計画書の見直しの跡・振り返り。現行制度に基づき評価) |
4 本時の展開(50分)
本時の目標:ペーパークロマトグラフィーの実験を通して、調べた水性ペンの黒インクについて、色素の分かれ方から成分の構成を考え、班ごとの結果を比べて、言説に対してどんな条件の実験から何が言えるかを根拠を示して表現することができる。
| 過程・時間 | 学習活動 | 指導上の留意点・支援 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 導入 5分 | SNS風の言説(自作)「黒いペンのインクは黒い色素1種類でできている。だから、どのメーカーの黒も中身は同じ」を読み、第1時の科学ガイダンスで学んだ「科学的に確かめる」ための観点(客観性・再現可能性)を振り返る。 主な発問:この言説は本当だろうか。何をすれば、誰もが納得する形で確かめられるだろうか。 | 前時に学んだ分離の方法から、色素を分けられそうな方法を思い出させる。 | |
| 展開 6分 | 【課題の設定・仮説の設定】班(4人)で課題を「水性ペンの黒インクは1種類の色素でできているか。メーカーによって違うか」と設定し、理由を添えて仮説を立てる。 主な発問:あなたの班の仮説は何か。なぜそう考えたか。 | 仮説には「〜だから〜だろう」と理由を添えさせる。小学校で「問題」「予想」と呼んでいたものに当たることを確かめる。 | |
| 展開 6分 | 【検証計画の立案】変える条件(ペンのメーカー:A社・B社・C社)と、そろえる条件(ろ紙の種類と大きさ、インクを付ける位置と量、展開液の種類と量、時間)を決め、手順をワークシートに書く。 主な発問:メーカーの違いを比べるために、そろえなければならない条件は何か。 | 原点の線は鉛筆で引くこと(ペンで引くと線のインクも動いてしまう)、展開液の液面が原点より下になるようにすることを、理由とともに押さえる。 | ○思:条件を制御した検証計画を立てているか(ワークシート) |
| 展開 15分 | 【観察・実験の実施】短冊状のろ紙の下から約1.5cmの原点に3社のペンで小さな点を付け、水を入れたビーカーに立てて約10分間展開する。展開中は色の分かれ方の予想を書き、変化を観察して記録する。展開後、鉛筆で溶媒の先端に印を付け、端末で撮影する。 主な発問:色はどんな順番で、どこまで上がっていくか。 | 展開液は水のみとし、火気は使わない。ろ紙の上部をクリップで割りばしに留めると立てやすい。色素が分かれにくいペンがあった場合も、結果をそのまま記録させる(うまくいかなかった結果も消さない)。 | |
| 展開 8分 | 【結果の処理】撮影した写真をクラスの共有シートに班ごとに貼り、分かれた色の数・順番・移動距離を記録する。同じメーカーのペンの結果を班どうしで比べる。 主な発問:同じメーカーのペンは、どの班でも同じ分かれ方をしたか。違いがあるとすれば、何が原因として考えられるか。 | 班によって結果が違う場合は、計画どおりに条件をそろえられていたかを振り返らせ、再現性を確かめることの意味につなげる。 | |
| 展開 7分 | 【考察・結論】仮説と結果を照らし合わせ、調べたペンごとに、複数の色に分かれた場合は「少なくとも複数の色素を含む」と言えること、一つのままだった場合は「この条件では分離を確かめられなかった」としか言えないこと、メーカーによって分かれ方に違いがあったかを、結果を根拠に説明する。色素が分かれる理由を、水への溶けやすさと紙へのくっつきやすさの違いから考え、言説に対する結論を書く。 主な発問:今回の実験から、言説のどの部分が誤りと言えるか。逆に、この実験だけでは言えないことは何か。 | 「水に溶けにくい成分は動きにくいので、この実験だけでは全ての成分は分からない」「調べたのは3社の水性ペンだけ」など、結論の範囲(限界)にも触れさせる。 | ○思:結果を根拠に考察し、結論とその限界を表現しているか(ワークシート) |
| まとめ 3分 | 振り返りシートに、本時で使った探究の過程の段階と、次時に確かめたいこと(展開液を変えたらどうなるか等)を書く。 主な発問:次の時間に、条件を一つ変えて確かめるとしたら、何を変えたいか。 | 書かれた疑問を第4時の追実験の計画に生かすことを伝える。 |
5 板書計画・準備物
- めあて:言説を科学的な探究の過程で確かめよう
- 言説(自作):「黒いペンのインクは黒い色素1種類。どのメーカーの黒も中身は同じ」
- 科学的な探究の過程:課題の設定→仮説の設定→検証計画の立案→観察・実験の実施→結果の処理→考察・結論→表現・伝達
- 変える条件:ペンのメーカー(A・B・C社)/そろえる条件:ろ紙・原点の位置・インクの量・展開液・時間
- 結果:共有シートの写真(分かれた色の数・順番・移動距離)
- なぜ分かれる? 水への溶けやすさ・紙へのくっつきやすさの違い
- 結論:この実験から言えること/この実験だけでは言えないこと
- SNS風の言説カード(自作)
- 黒の水性ペン3社分(班に1セット)
- ろ紙(短冊状。コーヒーフィルターを切ったものでもよい)、鉛筆、定規
- ビーカー(200mL)、水、クリップ、割りばし(ろ紙をつるす用)
- 1人1台端末(撮影用)とクラスの共有シート
- ワークシート(探究の過程の各段階の記入欄)・振り返りシート
6 授業後のふり返り
共有シートとワークシートから、そろえる条件を挙げられていない班や、結果と考察を区別できていない生徒を把握し、第4時の追実験の計画で重点的に指導する。班によって結果が違った場合は、その原因(インクの量、展開時間、液面の高さなど)を第4時の冒頭で全体の課題として取り上げ、再現性を確かめる意味を実感させる。結論に「限界」まで書けた生徒の記述を匿名で紹介し、第7時のパフォーマンス課題(言説を確かめる計画づくり)の手本とする。色素が分かれにくかったペンは、第4時に展開液を変えて調べる題材にする。
※ この指導案は、次期学習指導要領の告示前に、審議まとめ(2026年10月5日)の方向性をふまえて原田英語.comが作成した試案です。評価規準は現行の3観点で書いています。