Mujina(むじな(小泉八雲『怪談』))の挿絵

Mujina

むじな(小泉八雲『怪談』)

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あらすじ東京・赤坂の紀伊国坂は、街灯も人力車もなかった昔、日が暮れるとだれも一人では上りたがらない寂しい坂でした。ある夜おそく、その坂を急いでいた年老いた商人は、堀ばたで一人泣いている若い娘を見つけて声をかけます。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)『怪談』(1904年)原文。底本: Project Gutenberg eBook #1210

キーワード(12語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • moat堀
  • lofty高くそびえる
  • jinrikishas人力車
  • belated遅くなった
  • pedestrians歩行者
  • Mujinaむじな(アナグマ。人を化かすとされた)
  • consolation慰め
  • implore懇願する
  • itinerant渡り歩く、行商の
  • soba-seller夜鳴きそば屋
  • peddler行商人
  • simultaneously同時に
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On the Akasaka Road, in Tōkyō, there is a slope called Kii-no-kuni-zaka,—which means the Slope of the Province of Kii. I do not know why it is called the Slope of the Province of Kii. On one side of this slope you see an ancient moat, deep and very wide, with high green banks rising up to some place of gardens;—and on the other side of the road extend the long and lofty walls of an imperial palace. Before the era of street-lamps and jinrikishas, this neighborhood was very lonesome after dark; and belated pedestrians would go miles out of their way rather than mount the Kii-no-kuni-zaka, alone, after sunset.

東京の赤坂へ向かう道に、紀伊国坂(きのくにざか)という坂がある。「紀伊の国の坂」という意味だ。なぜそう呼ばれるのか、私は知らない。坂の片側には、深くてたいそう幅の広い古い堀があり、その向こうに緑の高い土手がそびえて、上は庭園のようになっている。道の反対側には、宮殿の高い塀が長々と続いている。街灯も人力車もなかった昔、このあたりは日が暮れるとひどく寂しかった。帰りが遅くなった人は、日が沈んでから一人で紀伊国坂を上るくらいなら、何里も遠回りをしたものだった。

All because of a Mujina that used to walk there.

それもこれも、そこにむじなが出たからである。

The last man who saw the Mujina was an old merchant of the Kyōbashi quarter, who died about thirty years ago. This is the story, as he told it:—

そのむじなを最後に見たのは、京橋に住んでいた年寄りの商人で、三十年ほど前に亡くなった。これは、その人が語ったとおりの話である。

One night, at a late hour, he was hurrying up the Kii-no-kuni-zaka, when he perceived a woman crouching by the moat, all alone, and weeping bitterly. Fearing that she intended to drown herself, he stopped to offer her any assistance or consolation in his power. She appeared to be a slight and graceful person, handsomely dressed; and her hair was arranged like that of a young girl of good family. "O-jochū," he exclaimed, approaching her,—"O-jochū, do not cry like that!... Tell me what the trouble is; and if there be any way to help you, I shall be glad to help you." (He really meant what he said; for he was a very kind man.) But she continued to weep,—hiding her face from him with one of her long sleeves. "O-jochū," he said again, as gently as he could,—"please, please listen to me!... This is no place for a young lady at night! Do not cry, I implore you!—only tell me how I may be of some help to you!" Slowly she rose up, but turned her back to him, and continued to moan and sob behind her sleeve. He laid his hand lightly upon her shoulder, and pleaded:—"O-jochū!—O-jochū!—O-jochū!... Listen to me, just for one little moment!... O-jochū!—O-jochū!"... Then that O-jochū turned around, and dropped her sleeve, and stroked her face with her hand;—and the man saw that she had no eyes or nose or mouth,—and he screamed and ran away.

ある晩、夜もふけたころ、男は紀伊国坂を急いで上っていた。すると、堀ばたに女が一人きりでうずくまり、さめざめと泣いているのが目に入った。身投げをするつもりではないか。そう心配になった男は、足を止めた。自分にできることなら、手を貸すなり、慰めるなりしてやろうと思ったのだ。女はほっそりとした品のよい姿で、身なりも立派だった。髪は、よい家の若い娘のように結ってあった。「お女中」男は近寄りながら声をかけた。「お女中、そんなに泣きなさるな……。何があったのか、話してごらんなさい。わしにできることがあるなら、喜んで力になりますよ」(男は本心からそう言った。たいそう親切な人だったのである)。だが女は長い袖で顔を隠したまま、泣きやまなかった。「お女中」男はできるだけやさしく、もう一度言った。「どうか、どうか、わしの話を聞いておくれ……。ここは、若い娘さんが夜にいるような所じゃない。頼むから泣かないでおくれ。どうしたら力になれるか、それだけ教えておくれ」。女はゆっくりと立ち上がった。だが男に背を向けたまま、袖のかげでうめき、すすり泣くばかりだった。男は女の肩にそっと手をかけて、頼みこんだ。「お女中、お女中、お女中……。ほんのちょっとでいいから、聞いておくれ……。お女中、お女中」……。すると、そのお女中がくるりと振り向いた。袖を下ろし、手で自分の顔をつるりとなでた。見ると、その顔には目も鼻も口もなかった。男は悲鳴をあげて逃げ出した。

Up Kii-no-kuni-zaka he ran and ran; and all was black and empty before him. On and on he ran, never daring to look back; and at last he saw a lantern, so far away that it looked like the gleam of a firefly; and he made for it. It proved to be only the lantern of an itinerant soba-seller, who had set down his stand by the road-side; but any light and any human companionship was good after that experience; and he flung himself down at the feet of the soba-seller, crying out, "Ah!—aa!!—aa!!!"...

男は紀伊国坂を走りに走った。行く手はどこまでも真っ暗で、人っ子ひとりいなかった。後ろを振り返る勇気もなく、ただひたすら走った。やがてようやく、提灯の明かりが一つ見えた。ずっと遠くにあって、蛍の光ほどにしか見えなかったが、男はそれを目指して走った。近づいてみると、道ばたに屋台を下ろした、夜なきそば屋の提灯にすぎなかった。けれどもあんな目にあったあとでは、どんな明かりでも、どんな人でも、そばにいてくれればありがたかった。男はそば屋の足もとに身を投げ出し、「ああ! ああっ!! あああっ!!!」と叫んだ……。

"Koré! koré!" roughly exclaimed the soba-man. "Here! what is the matter with you? Anybody hurt you?"

「これ! これ!」そば屋は荒っぽく声をかけた。「おい、どうしたんだ。誰かにやられたのか」

"No—nobody hurt me," panted the other,—"only... Ah!—aa!"

「いや、誰にもやられちゃいない」男はあえぎながら言った。「ただ……ああ! ああっ!」

"—Only scared you?" queried the peddler, unsympathetically. "Robbers?"

「おどかされただけかい」そば屋は気のない調子でたずねた。「追いはぎか」

"Not robbers,—not robbers," gasped the terrified man... "I saw... I saw a woman—by the moat;—and she showed me... Ah! I cannot tell you what she showed me!"...

「追いはぎじゃない、追いはぎじゃない」男はおびえきって、息も絶え絶えに言った……。「見たんだ……女を見たんだ、堀ばたで。その女が、見せたんだ……ああ! 何を見せられたか、とても言えない!」……

"Hé! Was it anything like THIS that she showed you?" cried the soba-man, stroking his own face—which therewith became like unto an Egg... And, simultaneously, the light went out.

「へえ! その女が見せたってのは、こんなものだったかい」そば屋はそう叫んで、自分の顔をつるりとなでた。するとその顔は、卵のようにのっぺりとなった……。そのとたん、明かりがふっと消えた。

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東京の赤坂へ向かう道に、紀伊国坂(きのくにざか)という坂がある。「紀伊の国の坂」という意味だ。なぜそう呼ばれるのか、私は知らない。坂の片側には、深くてたいそう幅の広い古い堀があり、その向こうに緑の高い土手がそびえて、上は庭園のようになっている。道の反対側には、宮殿の高い塀が長々と続いている。街灯も人力車もなかった昔、このあたりは日が暮れるとひどく寂しかった。帰りが遅くなった人は、日が沈んでから一人で紀伊国坂を上るくらいなら、何里も遠回りをしたものだった。

それもこれも、そこにむじなが出たからである。

そのむじなを最後に見たのは、京橋に住んでいた年寄りの商人で、三十年ほど前に亡くなった。これは、その人が語ったとおりの話である。

ある晩、夜もふけたころ、男は紀伊国坂を急いで上っていた。すると、堀ばたに女が一人きりでうずくまり、さめざめと泣いているのが目に入った。身投げをするつもりではないか。そう心配になった男は、足を止めた。自分にできることなら、手を貸すなり、慰めるなりしてやろうと思ったのだ。女はほっそりとした品のよい姿で、身なりも立派だった。髪は、よい家の若い娘のように結ってあった。「お女中」男は近寄りながら声をかけた。「お女中、そんなに泣きなさるな……。何があったのか、話してごらんなさい。わしにできることがあるなら、喜んで力になりますよ」(男は本心からそう言った。たいそう親切な人だったのである)。だが女は長い袖で顔を隠したまま、泣きやまなかった。「お女中」男はできるだけやさしく、もう一度言った。「どうか、どうか、わしの話を聞いておくれ……。ここは、若い娘さんが夜にいるような所じゃない。頼むから泣かないでおくれ。どうしたら力になれるか、それだけ教えておくれ」。女はゆっくりと立ち上がった。だが男に背を向けたまま、袖のかげでうめき、すすり泣くばかりだった。男は女の肩にそっと手をかけて、頼みこんだ。「お女中、お女中、お女中……。ほんのちょっとでいいから、聞いておくれ……。お女中、お女中」……。すると、そのお女中がくるりと振り向いた。袖を下ろし、手で自分の顔をつるりとなでた。見ると、その顔には目も鼻も口もなかった。男は悲鳴をあげて逃げ出した。

男は紀伊国坂を走りに走った。行く手はどこまでも真っ暗で、人っ子ひとりいなかった。後ろを振り返る勇気もなく、ただひたすら走った。やがてようやく、提灯の明かりが一つ見えた。ずっと遠くにあって、蛍の光ほどにしか見えなかったが、男はそれを目指して走った。近づいてみると、道ばたに屋台を下ろした、夜なきそば屋の提灯にすぎなかった。けれどもあんな目にあったあとでは、どんな明かりでも、どんな人でも、そばにいてくれればありがたかった。男はそば屋の足もとに身を投げ出し、「ああ! ああっ!! あああっ!!!」と叫んだ……。

「これ! これ!」そば屋は荒っぽく声をかけた。「おい、どうしたんだ。誰かにやられたのか」

「いや、誰にもやられちゃいない」男はあえぎながら言った。「ただ……ああ! ああっ!」

「おどかされただけかい」そば屋は気のない調子でたずねた。「追いはぎか」

「追いはぎじゃない、追いはぎじゃない」男はおびえきって、息も絶え絶えに言った……。「見たんだ……女を見たんだ、堀ばたで。その女が、見せたんだ……ああ! 何を見せられたか、とても言えない!」……

「へえ! その女が見せたってのは、こんなものだったかい」そば屋はそう叫んで、自分の顔をつるりとなでた。するとその顔は、卵のようにのっぺりとなった……。そのとたん、明かりがふっと消えた。

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読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Why did people avoid the Kii-no-kuni-zaka after dark?

Q2. What did the old merchant think the crying woman might do?

Q3. Where did the merchant run to after he screamed?

この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

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