🎓 多読の超絶講義

第7講 「わからない」の上級処理――ABCトリアージ・推測3段階・読後3語回収

知らない単語に出会ったとき、初心者は「止まる」、中級者は「推測する」。では、多読のプロは? 答えは「仕分けて、仮置きして、あとで回収する」です。第7講では、わからない単語を読書のじゃまにせず、語彙を増やすチャンスに変える上級の処理術を、頭の中のしくみから実際の英文での実況まで、まるごと伝授します。

この講義のねらい:「わからない」の処理は才能ではなく技術

辞書を引かない、推測する、飛ばす――ここまでは多読の基本です。基本の手順はわからない単語はどうする?で説明しているので、まだの人は先に読んでおいてください。

この講義で扱うのは、その一歩先です。同じ「推測する」でも、上手な人と苦労している人では、判断の速さとあとの始末がまるで違います。上手な人は、知らない語に出会ってから0.5秒で「これは放っておく」「これは仮の意味を貼っておく」「これはあとで調べる」と仕分け、本を閉じたあとに数語だけを回収します。だから話の流れが切れず、しかも語彙が少しずつ増えていくのです。

前提として、知らない語が多すぎる本ではどんな技も効きません。物語を辞書なしで十分に理解するには、本文の語の約98%(50語に1語しか知らない語がない状態)を知っている必要があると計算されています(Hu & Nation, 2000)。1ページに何度も立ち止まるなら、技を磨く前に第1講 レベルを下げる技へ戻りましょう。

まず「しくみ」を知る:読んでいる頭の中で何が起きているか

知らない語の処理がなぜ大切なのかは、読んでいるときの頭の使い方を考えるとわかります。

文章を理解するとき、私たちの頭は「いま読んでいる文」と「ここまでの話の流れ」を同時に持ちながら進んでいます。この頭の作業台(心理学ではワーキングメモリと呼びます)は、それほど大きくありません。知らない語のたびに「これは何だろう」と考えこむと、作業台が知らない語でふさがり、話の流れのほうがこぼれ落ちてしまいます。「単語は全部調べたのに、話がわからない」という不思議な現象の正体はこれです。

ですから、上級者の処理の目的は、知らない語に作業台をなるべく使わせないことです。そのための技が、この講義の4つの技です。

第一の技:ABCトリアージ(0.5秒で3つの箱に仕分ける)

知らない単語に出会ったら、意味を考える前に、まず次の3つの箱のどれに入れるかだけを決めます。救急医療で、けがの重さによって治療の順番を決めることを「トリアージ」と言いますが、それと同じ考え方です。

  • A箱「見逃す」:意味がわからなくても、文の流れがわかる語。人名・地名、料理や植物や道具の名前、「様子」をくわしく言う形容詞、音をあらわす語など
  • B箱「仮置きする」:話を追うのに少し必要な語。完全な意味はいらないので、「仮のラベル」だけ貼って先へ進む
  • C箱「あとで回収する」:何度も出てくる語、タイトルや結末にかかわる語、どうしても気になる語。しるしだけつけて、読み終わってから扱う

ポイントは、意味を考えるのはB箱の語だけということです。A箱の語に時間を使うのは、旅行中に道ばたの看板を全部読もうとするようなもの。C箱の語も、その場では深追いしません。

実況中継:プロは多読ベストの英文をこう処理する

では、実際の英文で見てみましょう。多読ベストの L3 の話牛小屋にかくれたシカから、夕方の場面の3文です(この話では多くの語に語注がついていますが、ここでは練習のため、語注を見ないつもりで処理します)。

In the evening, the herdsman came in to feed the cattle.
He threw some hay into the racks and left again without looking around.
Not one of them noticed the stag under the straw.

プロの頭の中は、だいたい次のように動いています。

  • herdsman:「夕方に入ってきて、えさをやる人」。人の仲間なのはまちがいない。B箱、ラベルは「世話係の人」。0.5秒で次へ
  • cattle:「えさをもらうもの」。ここは牛小屋なので「牛たち」だろう。B箱、ラベルは「家畜」
  • hay:「racks に投げ入れた何か」。えさなのは確実。種類はどうでもよいのでA箱
  • racks:hay を入れる場所。入れ物の名前はA箱。見逃す
  • stag:タイトルにも入っている主役の語。しかも話の最初から出てくるので、ここまでに「シカの仲間」とわかっているはず
  • straw:stag が「その下に」いる何か。B箱、ラベルは「シカが下にもぐれる、もの」

そして、この3文でいちばん大事なのは Not one of them noticed the stag だと判断します。知らない語が5つ6つあっても、「だれもシカに気づかなかった」という芯は、やさしい語だけでつかめました。

第二の技:推測の3段階(ラベル→しぼり→確定)

B箱の語の意味は、1回で決めようとしないのがコツです。推測は、出会うたびに少しずつ精度を上げていく「3段階」で考えます。上の話の straw を例に、実際に話の中で出会う順番で見てみましょう。

段階1:ラベル(1回目の出会い)

He pushed himself deep into a pile of straw in the corner.

最初は、「何の仲間か」(人・もの・動作・様子・気持ち)と「プラスかマイナスか」だけを決めます。「小屋のすみに山になっていて、シカが深くもぐりこめる、もの」。ラベルはこれで十分です。

段階2:しぼり(2回目の出会い)

Not one of them noticed the stag under the straw.

「シカをすっぽりかくせるくらいの量がある、やわらかいもの」と、ラベルが少し細かくなります。

段階3:確定(3回目の出会い)

And there is not enough straw for them to lie on.

牛小屋の主人のことばです。「牛(them)がその上に寝るもの」。ここで「牛小屋の床にしく、わら」とほぼ確定します。辞書を一度も引かずに、3回の出会いで意味にたどり着きました。3回目でもあいまいなら、その語はC箱に移して読後に回収します。

この「出会うたびに育てる」考え方には根拠があります。くり返し出会うことと単語の学習の関係を調べた26研究(1,918名)をまとめたメタ分析では、出会う回数と学習の間に中程度の関係(r = .34)がありました(Uchihara, Webb, & Yanagisawa, 2019)。

さらに大事なのが、文脈の手がかりの質です。日本の大学生を対象にした Webb(2008)では、意味の知識については出会う回数よりも手がかりの多い文脈で出会うことのほうが大きく効き、つづり(形)の知識については出会う回数のほうが大きく効く可能性が示されました。同じ話の山場には、こんな文があります。

It looked like the branches of a small tree. But they were not branches. They were the tips of the stag's antlers.

antlers を知らなくても、「小さな木の枝のように見えるが、枝ではない、シカの何かの先」。この3文は、言いかえと否定(But they were not)で答えをほとんど教えてくれています。プロは、手がかりの多い文に出会ったときにラベルを一気に更新します。手がかりの少ない文では決めつけない。これが3段階の考え方の芯です。

第三の技:見逃す力と「次の文テスト」

「見逃す」は、さぼりではありません。プロの技です。A箱に入れてよいかを判断するには、次の「次の文テスト」を使います。

  1. その語を「なんとか」に置きかえて読む
  2. 次の文がわかるなら、見逃してOK
  3. 次の文で話がつながらなくなったら、B箱へ移す

たとえば L3 のフクロウと鳥たちには Men made nets from the flax, and more birds were caught. という文があります。flax(亜麻)を「なんとか」に置きかえても、「なんとかで網を作り、もっと鳥がつかまった」。次の文に進むのに何の問題もありません。材料や植物の名前は、A箱の代表選手です。

見逃しは、単語だけでなく文にも使えます。上級者は、1文まるごとわからなくても、段落の最初と最後の文から要点をとって先に進みます。英語の物語では、むずかしい文は情景描写であることが多く、話の筋はやさしい文で運ばれることがよくあります。

ただし、見逃しには上限があります。目安は、1ページにC箱の語が3つ以上出てきたら、その本はまだ早い。これは技術の問題ではなくレベルの問題です。英文レベル判定Proに本の1ページを貼って、語彙カバー率を確かめてみましょう。

第四の技:読後3分の「回収プロトコル」

C箱の語は、読み終わってから回収します。ここが、ただ飛ばして終わる人と、多読で語彙が増えていく人の分かれ目です。

回収プロトコル(3分)

  1. 読んでいる間は、しるしをつけるだけ(紙の本なら鉛筆で小さな点、スマホならメモに頭の2〜3文字)
  2. 読み終わったら、しるしの中から最大3語を選ぶ(優先順位:2回以上出た語 → 話のカギになった語 → 推測に自信がない語)
  3. 先に自分の推測を一言で書く(例:antlers = シカの角?)
  4. 語注・辞書で確かめ、合っていたら○、ずれていたら正しい意味を書く
  5. 覚えたい語だけ、元の文ごとマイ単語帳に入れる

なぜ「推測を書いてから調べる」のか。Laufer と Hulstijn(2001)は、新しい語が記憶に残るかどうかは、その語にどれだけ深くかかわったかによるとして、それを必要性(その語を知りたいと思う)、探索(意味を探す)、評価(意味を文脈と照らし合わせる)の3つで説明しました。「気になる」と思うのが必要性、調べるのが探索、自分の推測と比べるのが評価です。回収プロトコルは、この3つを3分間でそろえるための手順なのです。

誤解をくつがえす:「推測」と「単語」をめぐる4つの思いこみ

誤解1:推測しながら読めば、単語はどんどん覚えられる

残念ながら、そう簡単ではありません。日本の大学生がグレーデッド・リーダー1冊を読んだあとの単語の定着を調べた Waring と Takaki(2003)では、3か月後に意味を思い出せたのは平均で25語中1語程度で、8回未満しか出会わなかった語は1語も意味が残っていませんでした。推測は「話を読むため」の技であって、それだけで単語が身につくわけではありません。だからこそ、回収プロトコルが必要なのです。

誤解2:たくさん出会えば、意味は自然にわかってくる

回数は大切ですが、それだけではありません。上の Webb(2008)が示したように、意味の理解には手がかりの質が大きく効きます。また、Hulstijn, Hollander, & Greidanus(1996)は、外から意味の情報が与えられないと、読み手は知らない語を無視したり、まちがって推測したりしやすく、そのせいで何度出会っても学習が進みにくいと述べています。

誤解3:語注や辞書を使うと多読ではなくなる

同じ Hulstijn ら(1996)では、余白の訳語(語注)を見られる条件や辞書を引ける条件のほうで、くり返し出会うことの効果がより大きく出ました。読書の流れを止めない形なら、語注は味方です。多読ベストの点線の語注は、まさにそのための道具です。

誤解4:見逃した語は、ただのムダになる

これも違います。フランス語学習者を1か月追った Pigada と Schmitt(2006)では、調べた133語のうち65%について、つづり・意味・文法のどこかの知識が伸びていて、特につづりの知識は少ない出会いでも大きく伸びていました。意味を確かめずに見逃した語でも、「見たことのある語」として頭の中に種がまかれているのです。

レベル別:知らない語の処理はこう変わる

同じ技でも、レベルによって使い方の重心が変わります。

  • L0〜L1:知らない語はほとんど出ないはずです。出てきても、絵や音声が大きな手がかりになります。ここではA箱の「見逃す」感覚を体で覚えるのが目標です
  • L2〜L3:B箱の語が少しずつ出てきます。推測の3段階がいちばん力を発揮するレベルです。語注で答え合わせをしながら、「ラベル貼り」を習慣にしましょう
  • L4〜L5:描写の語(様子・気持ち・音)が一気にふえます。それらの多くはA箱です。話の筋を運ぶ動詞と名詞だけをB箱にする、という割り切りが大切になります
  • L6(原文):古い言い回しや、作者独特の語も出てきます。1ページにC箱が3つ以上なら、同じ話の再話(L3〜L4)を先に読んで、筋を知ってから原文に戻るのが近道です

今日からやる練習

練習1:仕分け読み(1話)

いつもより1つやさしいレベルの話を1本読み、知らない語に出会うたびに、心の中で「A」「B」「C」と言うだけにします。意味は考えません。読み終わったら、A・B・Cがそれぞれ何個だったかをメモします。

練習2:ラベル貼り(3日間)

B箱の語に出会ったら、「何の仲間か」と「+か−か」だけを決めて先へ進みます。1語にかける時間は5秒まで。

練習3:回収3語(毎日)

読後に最大3語だけ、回収プロトコルで回収します。3語を超えて調べたくなったら、本がむずかしいというサインです。

練習4:予習リストで先回り(週1回)

少し長めの英文に挑戦するときは、この英文の単語リストで、よく出てくる知らない語を先に2〜3個だけ確認しておきます。くり返し出てくる語を先に押さえると、C箱がぐっと減ります。

プロの1週間メニュー

曜日読む(目安)この講義の技
月今のレベルより1つ下を20分仕分け読み。A・B・Cの数をメモ
火今のレベルを20分ラベル貼り(1語5秒まで)
水今のレベルを20分読後に回収3語+単語帳
木1つ下のレベルを20分見逃し強化:A箱の語では絶対に止まらない日
金今のレベルを20分回収3語+前日までの単語帳を復習
土1つ上を1本(聞き読み)単語リストで予習してから読む
日好きな話を1本1週間のCの数をふり返り、レベルを判断

週末にCの数をふり返り、「1話あたりのCが多い日」があったら、そのレベルは少し早いと考えてください。

よくある罠

  • 回収しすぎる:1話で10語も調べると、多読が単語の勉強に変わってしまい、次の本を読む気力がなくなります
  • 推測に時間をかけすぎる:1語に30秒も考えると、話の流れを忘れます。迷ったらA箱かC箱へ
  • 答え合わせをしない:ずれた推測のまま何度も読むと、ずれた意味が定着することがあります
  • わからない語の数を数えて落ち込む:大事なのは数ではなく、話を楽しめたかどうかです

まとめのチェックリスト

  • 知らない語に出会ったら、まず0.5秒で A・B・C に仕分けている
  • B箱の語は「何の仲間か」「+か−か」だけで先へ進んでいる
  • 推測は1回で決めず、手がかりの多い文に出会ったときに更新している
  • 「次の文テスト」で見逃してよいかを判断している
  • 1ページにC箱が3つ以上なら、レベルを下げている
  • 読後に最大3語を「推測→確認→単語帳」で回収している

知らない単語は、敵ではなく「あとで会える知り合い」です。次の第8講 物語の型を知れば速く読めるでは、単語ではなく話全体の流れをつかむ技を扱います。

よくある質問

推測がまちがっていたら、まちがった意味を覚えてしまいませんか?

その心配があるので、読後に最大3語だけ「自分の推測を書いてから確かめる」回収プロトコルをおすすめしています。全部を確かめる必要はなく、何度も出てくる語や話のカギになる語だけで十分です。

1ページに知らない単語がいくつまでなら多読してよいですか?

研究では、知っている語が約98%(50語に1語程度しか知らない語がない)だと楽に読めるとされています。目安として、あとで調べたい語が1ページに3つ以上出てくるなら、1つやさしいレベルに下げましょう。

語注を先に見るのはずるくないですか?

ずるくありません。語注はレベルを超える語のうち、話に必要なものを集めた道しるべです。研究でも、語注や辞書で意味を確かめられる条件のほうが、くり返し出会うことの効果が大きく出ています。

参考文献

  1. Hu, M. H.-c., & Nation, P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension. Reading in a Foreign Language, 13(1), 403–430. doi.org/10.64152/10125/66973
  2. Uchihara, T., Webb, S., & Yanagisawa, A. (2019). The effects of repetition on incidental vocabulary learning: A meta-analysis of correlational studies. Language Learning, 69(3), 559–599. doi.org/10.1111/lang.12343
  3. Webb, S. (2008). The effects of context on incidental vocabulary learning. Reading in a Foreign Language, 20(2), 232–245. doi.org/10.64152/10125/66826
  4. Laufer, B., & Hulstijn, J. (2001). Incidental vocabulary acquisition in a second language: The construct of task-induced involvement. Applied Linguistics, 22(1), 1–26. doi.org/10.1093/applin/22.1.1
  5. Waring, R., & Takaki, M. (2003). At what rate do learners learn and retain new vocabulary from reading a graded reader? Reading in a Foreign Language, 15(2), 130–163. doi.org/10.64152/10125/66776
  6. Hulstijn, J. H., Hollander, M., & Greidanus, T. (1996). Incidental vocabulary learning by advanced foreign language students: The influence of marginal glosses, dictionary use, and reoccurrence of unknown words. The Modern Language Journal, 80(3), 327–339. doi.org/10.1111/j.1540-4781.1996.tb01614.x
  7. Pigada, M., & Schmitt, N. (2006). Vocabulary acquisition from extensive reading: A case study. Reading in a Foreign Language, 18(1), 1–28. doi.org/10.64152/10125/66611

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