「エスキモーの言葉には雪の単語が100」は盛りすぎ。でも616言語の比較で“雪の語彙1位”だった

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暖かい地域で話される言語ほど、「雪」と「氷」を同じ1つの言葉で表す傾向がある
世界の言語を比べた2016年の研究で、雪と氷を同じ語で呼ぶ言語は暖かい地域に集中していた。寒い地域では区別する必要が大きいからと考えられている。
- 対象
- 世界の言語(辞書・語彙データベース・SNS投稿)
- 規模
- 50〜616言語
- 研究の種類
- 言語比較の観察研究
- 確かさ
- ★★★☆☆
「雪の単語が100」は語り継がれるうちに盛られた数字。でも616言語の辞書比較ではイヌイットの言語が雪の語彙1位。暖かい地域ほど雪と氷を1語で済ませる傾向も。
ひとことで言うと暖かい地域の言語ほど、「雪」と「氷」を同じ1語で済ませがちなんだって!
「エスキモーの言葉には、雪を表す単語が100もある」。
一度は聞いたことがあるかもしれません。じつはこの話、言語学の世界では「話が盛られて広まった俗説」の代表例として有名です。
ところが最近、616言語の辞書をコンピューターで比べた研究が出て、話はもう一度ひっくり返りました。数は盛りすぎ。でも、雪の語彙が豊かなのは本当だったのです。
01始まりは「数語」の例だった
話の出どころは、北米の人類学の「父」と呼ばれるボアズ(Franz Boas)です。1911年の本で、英語なら snow 1語で済むところを、ある言語では地面に積もった雪(aput)と降ってくる雪(qana)のように別々の単語で言い分ける、と紹介しました(qana はボアズの表記で、のちにクルプニクさんらは qaneq が正しい形だと指摘しています)。
ボアズが言いたかったのは、「どう言葉を分けるかは、その人たちの関心によって変わる」ということ。挙げた例は4語だけで、「100語」などとは言っていません。
その後、言語と思考の関係を論じたウォーフ(Benjamin Lee Whorf)がこの例を引用し、さらに教科書や一般向けの本で語り継がれるうちに、数がどんどん大きくなっていきました。「100語」「200語」といった数字まで出回ったのです。
02どんでん返し:でも雪の語彙は本当に豊かだった
「全部ウソ」と笑う側にも、行きすぎがあったのです。
人類学者のクルプニク(Krupnik)さんらは2010年、ボアズの日記や現地ノート、イヌイットの人々との最新の調査をもとに、「でっちあげ」論争のほうがボアズの用語の使い方を誤解していると反論しました。英語の雪の語彙は、いくつかのイヌイットの言語・方言に「明らかに劣る」とまで書いています。しかも、イヌイットの言語でとくに豊かなのは、雪よりむしろ海の氷の種類を表す語彙だといいます。
さらに2025年、大規模な検証が出ました。
スコットランド語には、doon-lay(どかっと降る大雪)、feughter(さっと少しだけ降る雪)、fuddum(ときおり吹き流される雪)のような単語があるそうです。雪とつき合う暮らしがあれば、英語の親せきの言語でも雪の言葉が育つのかもしれません。
03暖かい地域ほど「雪」も「氷」も1語で済ませがち
逆から確かめた研究もあります。カリフォルニア大学バークレー校のレジア(Regier)さんらは2016年、「暖かい地域の言語は、雪と氷を同じ1語で済ませるのでは?」と考えました。
図書館の文法書・辞書で調べた50言語と、オンラインの語彙データの166言語を分析すると、雪と氷を同じ語で呼ぶ言語は暖かい地域に集中していました。たとえばアメリカ南西部のトホノ・オーダム語では、gew という1語が「雪」と「氷」の両方の訳になっています。
モデルで計算すると、データ上で英語の地域の平均気温とされた8.7℃なら雪と氷を1語で済ませる確率は3〜9%。メキシコのナワトル語の地域くらい(21.8℃)だと26〜31%に上がりました。
さらに18言語のツイッター(現X)投稿を調べると、暖かい地域の言語ほど「雪」「氷」に言及すること自体が少ないこともわかりました。話題にする機会が少なければ、細かく言い分ける必要もない。言葉は、話す必要のある所ほど細かくなるというわけです。

04日本語と英語の「雪」はどうなってる?
日本語にも、ぼたん雪・粉雪・みぞれ・ふぶきなど雪の言葉がたくさんあります。気象庁の予報用語では、雲から落ちる氷の粒のうち直径5mm未満を「あられ」、5mm以上を「ひょう」と決めています。
英語なら、snowflake(雪片)、flurry(ちらつく雪)、blizzard(猛ふぶき)、slush(解けかけの雪)など。どの言語でも、生活に必要なところには言葉がちゃんと用意されているのです。
05まとめ
「雪の単語が100」は、数字だけを見れば盛りすぎです。でも、「イヌイットの言語は雪の語彙が豊か」という中身は、616言語の辞書データでむしろ裏づけられました。
俗説を「全部ウソ」と切り捨てるのも、また別の早とちり。今年の冬、雪が降ったら flurry か blizzard か、ちょっと言い分けてみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn 1911, the anthropologist Franz Boas noted that one Inuit language used different words for snow on the…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
You may have heard that the Inuit have 100 words for snow. This number is too big. The story started with a scientist named Franz Boas in 1911. He gave only a few examples, like one word for snow on the ground and another for falling snow.
Later, the number grew bigger and bigger in books. But in 2025, a study checked dictionaries from 616 languages. An Inuit language came first for snow words. So the story is half true.
80 words ・ CEFR A2
和訳を見る
イヌイットには雪を表す単語が100あると聞いたことがあるかもしれません。この数は大きすぎます。この話は、1911年にフランツ・ボアズという科学者から始まりました。彼は、地面に積もった雪を表す単語と、降ってくる雪を表す別の単語のように、ほんの数例を挙げただけでした。
その後、本の中で数はどんどん大きくなりました。しかし2025年、ある研究が616の言語の辞書を調べました。雪の単語では、イヌイットの言語が1位になりました。だから、この話は半分本当なのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「雪の単語が100」という話がどう生まれ、どこまで本当かが書かれているので B。
Q2. When did Franz Boas write about snow words?
The story started with a scientist named Franz Boas in 1911 とあるので A。
Q3. What does "half true" mean here?
half true は「半分本当」。数は大きすぎるが雪の語彙が豊かなのは本当、という意味なので B。
In 1911, the anthropologist Franz Boas noted that one Inuit language used different words for snow on the ground and falling snow. He wanted to show that languages divide the world according to what matters to their speakers. As the example was retold in textbooks and popular books, the number of snow words kept growing, and claims of a hundred or more spread widely.
Later scholars called this a hoax. But a 2025 study of 1,574 dictionaries covering 616 languages found that Eastern Canadian Inuktitut ranked first for snow vocabulary. Scots, a close relative of English, came fifth. Another study showed that languages in warm places are more likely to use one word for both snow and ice.
118 words ・ CEFR B1
和訳を見る
1911年、人類学者フランツ・ボアズは、あるイヌイットの言語が、地面に積もった雪と降ってくる雪に別々の単語を使っていることに注目した。彼は、言語はその話し手にとって大切なことに応じて世界を区切っている、と示したかったのだ。この例が教科書や一般向けの本で語り直されるうちに、雪の単語の数は増え続け、100以上という主張が広く出回った。
のちの研究者たちは、これを「でっちあげ」と呼んだ。しかし、616言語を含む1,574冊の辞書を調べた2025年の研究で、東カナダのイヌクティトゥット語が雪の語彙で1位になった。英語の近い親せきであるスコットランド語は5位だった。別の研究では、暖かい地域の言語ほど、雪と氷の両方を1つの単語で表しやすいことが示された。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Boas want to show with his snow example?
He wanted to show that languages divide the world according to what matters to their speakers とあるので B。
Q2. Which language came fifth for snow vocabulary in the 2025 study?
Scots, a close relative of English, came fifth とあるので C。
Q3. What can we infer about the claim of "a hundred" snow words?
As the example was retold ... the number of snow words kept growing とあるので、話が伝わるうちにふくらんだと推測できる。正解は B。
In Tohono O'odham, a language of southern Arizona, the word "gew" can mean either snow or ice. In 2016, Terry Regier and his colleagues asked whether this kind of sharing is tied to climate. Drawing on reference works for 50 languages and online word lists for 166 languages, they found that languages with a single word for both were concentrated in warm regions.
Their model put the chance of such a shared word at 3 to 9 percent at about 9 degrees Celsius, the average temperature linked to English, and at 26 to 31 percent at about 22 degrees, the figure for Nahuatl in Mexico. Twitter posts in 18 languages showed that people in warmer places mention snow and ice less often, which fits the view that vocabulary follows what speakers need to talk about.
The pattern runs in one direction only. Plenty of languages in hot climates keep separate words, so climate shifts the odds without fixing the result. The work gives new support to the old snow story in a more careful form. The famous "100 words" grew through retelling, but a 2025 survey of 616 languages placed Eastern Canadian Inuktitut first for snow vocabulary.
197 words ・ CEFR B2
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アリゾナ州南部の言語トホノ・オーダム語では、「gew」という単語が雪と氷のどちらも意味しうる。2016年、テリー・レジアらは、こうした単語の共有が気候と結びついているかどうかを問うた。50言語の参考図書(文法書・辞書)と、166言語のオンラインの単語リストを使って、両方を1語で表す言語は暖かい地域に集中していることを見つけた。
彼らのモデルでは、そうした共通の単語をもつ確率は、英語に対応づけられた平均気温の約9℃では3〜9%、メキシコのナワトル語の値である約22℃では26〜31%とされた。18言語のツイッター投稿からは、暖かい地域の人ほど雪や氷に言及する回数が少ないことがわかり、語彙は話し手が話す必要のあることに従うという考えに合っている。
このパターンは一方向にしか働かない。暑い気候の言語の多くも別々の単語を保っており、気候は確率を変えるが結果を決めるわけではない。この研究は、昔からの雪の話に、より慎重な形で新たな裏づけを与えている。有名な「100語」は語り直されるうちにふくらんだものだが、2025年の616言語の調査では、東カナダのイヌクティトゥット語が雪の語彙で1位になった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Regier and his colleagues find about languages with one word for snow and ice?
languages with a single word for both were concentrated in warm regions とあるので B。
Q2. What does "The pattern runs in one direction only" mean in the passage?
直後に Plenty of languages in hot climates keep separate words とあり、暖かい地域でも区別する言語は多い(統合は暖かい地域に偏るだけ)ので B。
Q3. Which best describes the writer's conclusion?
The famous "100 words" grew through retelling, but ... Inuktitut first for snow vocabulary より C。
重要単語
- exaggerateB2動詞誇張する、大げさに言うThe number of snow words was exaggerated as the story spread.
名詞は exaggeration。I'm not exaggerating!(盛ってないって!)は会話でも便利。gg のつづりに注意。 - vocabularyB1名詞語彙Inuktitut has a rich vocabulary for sea ice.
a rich / large vocabulary「豊かな語彙」。数えるときは words を使い、vocabularies とはあまり言わない。 - blizzardB2名詞猛ふぶきThe blizzard closed every road in town.
強い風と大雪がセットの嵐。比喩で a blizzard of emails(メールの嵐)とも言う。 - slushC1名詞解けかけてどろどろの雪My shoes got wet in the slush.
かき氷のような飲み物 slushie も同じ語から。形容詞は slushy。 - flurryC1名詞にわか雪、ちらつく雪A few snow flurries fell this morning.
天気予報の頻出語。a flurry of activity(あわただしい動き)のように「ひとしきりの騒ぎ」の意味もある。 - distinguishB2動詞区別するSome languages do not distinguish between snow and ice.
distinguish A from B / between A and B の形で覚える。distinguished は「著名な」。早稲田大の英語の長文(10学部分)のうち8学部で使われていた。 - climateB1名詞気候People in a warm climate rarely talk about ice.
weather はその日の天気、climate は長い期間の平均的な気候。climate change(気候変動)。
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出典・参考文献(6件)タップで表示
- Pullum (1989) Topic...Comment: The great Eskimo vocabulary hoax, Natural Language and Linguistic Theorydoi.org
- Martin (1986) "Eskimo Words for Snow": A Case Study in the Genesis and Decay of an Anthropological Example, American Anthropologistdoi.org
- Cichocki & Kilarski (2010) On "Eskimo Words for Snow": The life cycle of a linguistic misconception, Historiographia Linguisticadoi.org
- Krupnik & Müller-Wille (2010) Franz Boas and Inuktitut Terminology for Ice and Snow: From the Emergence of the Field to the "Great Eskimo Vocabulary Hoax", SIKU: Knowing Our Ice (Springer)doi.org
- Regier, Carstensen & Kemp (2016) Languages Support Efficient Communication about the Environment: Words for Snow Revisited, PLOS ONEdoi.org
- Khishigsuren, Regier, Vylomova & Kemp (2025) A computational analysis of lexical elaboration across languages, PNASdoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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