新しい言語が、子どもたちの間で生まれた。ニカラグアのろう学校で、世代ごとに文法が育った手話

読む前に予想してみよう!
手話は身ぶり手ぶりを大げさにしたもので、ことば(言語)とは別物だ
手話は独自の文法をもつ言語。脳の研究でも、音声の言語とよく似た左脳のネットワークが使われていることがわかっている。
- 対象
- ニカラグアのろうの手話使用者と、スペイン語を話す聴者
- 規模
- 手話使用者30人(3世代×10人)+聴者10人
- 研究の種類
- 観察研究(アニメの場面を説明してもらい比較)
- 確かさ
- ★★★☆☆
1970年代末、ニカラグアでろうの子どもたちが学校に集まると、新しい手話が生まれた。後から入った子ほど文法が整っていた。ただし出発点の「家庭の身ぶり」など謎も残る。
ひとことで言うと子どもたちが集まったら、世界にひとつの新しい言葉が生まれたんだって!
もくじ
新しい言語が生まれる瞬間を見た人はいるでしょうか。英語も日本語も、長い時間をかけて少しずつ変わってきたことばで、「生まれた日」を記録した人はいません。
ところが20世紀の終わり、中米の国ニカラグアで、それが起きました。ろう(耳が聞こえない)の子どもたちが学校に集まったら、その子たちの間から、まったく新しい手話が生まれたのです。
しかもこの手話は、後から学校に入ってきた子どもの世代ほど、文法が整っていった。文法を整えていったのは大人ではなく、幼い子どもたちだった――そう考える研究者がいます。
01授業はスペイン語。でも子どもたちの間で手話が生まれた
1970年代より前、ニカラグアのろうの人たちはおたがいに会う機会がほとんどなく、多くは家で過ごしていました。手話は生まれませんでした。
変化は、1970年代の終わりにろうの人のための特別な教育が始まってから。ブリストル大学のプレスリリース(2004年)によると、1981年までに200人を超えるろうの人たちが一緒に教育を受けるようになりました。授業はスペイン語。それでも子どもたちは、自分たちどうしで通じ合う身ぶりのしくみを作り始め、それが初期の手話になって、毎年新しく入る子どもたちに受けつがれていきました。これが Nicaraguan Sign Language(ニカラグア手話) です。2004年の時点で、使い手は4歳から45歳まで約800人いたとされています。

02「転がって、坂を下る」をどう表すか
「身ぶり」が「言語」へ変わる様子をとらえたのが、2004年の『Science』誌の研究です。
スペイン語を話す人たちは、「転がる様子(manner)」と「下へ向かう方向(path)」を1つの動きで同時に表す身ぶりだけを使っていました。
ところが手話の使い手は、同時に表すこともあれば、「転がる」と「下へ」を別々のサインに分けて、順番に並べることもありました。そして、この「分けて並べる」傾向は、いちばん新しい世代でもっとも強かったのです。分けたサインは、ひとまとまりの句として組み立てられていました。
じつはこれ、英語でもおなじみのしくみです。The cat rolled down the hill. では、rolled(転がった=様子)と down(下へ=方向)が別々の単語になっています。現実には同時に起きている「転がる」と「下る」を、言語は部品に分けて組み合わせ直す。研究チームは、子どもがもつこの「分けて組み立てる」力が、ことばの基本的な骨組みを作ると考えました。
03文法を変えたのは「10歳以下の子ども」
センガスさんとコッポラ(Coppola)さんの2001年の研究は、空間を使った文法のしくみ(空間変調)を調べ、20年足らずの間に、次々と入ってくる世代が文法を規則的にしていったこと、その変化が10歳以下の子どもたちから始まっていたことを報告しました。
ブリストル大学の解説では、新しい文法は思春期前の子どもに最初に現れ、年下の子には広がる一方、大人には広がらなかったといいます。その結果、「いちばん上手に使いこなすのは、いちばん若い人たち」という、ふつうとは逆の状態ができました。
04どんでん返し:子どもたちは「ゼロ」から作ったわけではない
「子どもが言語を作った」と聞くと、何もないところから生み出したように思えます。でも、そう単純ではありません。
ろう児の身ぶりを研究してきたゴールディン=メドウ(Goldin-Meadow)さんは、2010年の論評でこう指摘しています。最初に集まった子どもや10代の若者たちは、言語にふれたことはなかったものの、家で家族と通じ合うために自分で作った身ぶり(ホームサイン)を、おそらくすでに持っていた。ばらばらのホームサインが、学校で1つの共通のしくみにまとまっていったのが、ニカラグア手話のはじまりだというのです。
さらに、発信も受信もし合える仲間がいたことで、しくみがより規則的になった可能性もある。最初の形づくりには子どもだけでなく10代や大人も加わっていたとみられ、幼い学習者が変化を引っぱったのはその後の段階だ、とも整理しています。ただし、ニカラグアの子どもたちが使っていたホームサインそのものについては、まだあまりわかっていないそうです。
2004年の研究も各世代10人と小規模です。子どもの学習の力が大切なのは確かでも、ホームサイン、仲間の集団、何年にもわたる世代の受けつぎがそろって、はじめて言語が育ったと見るほうが正確でしょう。
05日本の手話は?
日本の手話も「日本語を手で表したもの」とは限りません。長南浩人さんの2001年の論文によると、日本で使われる手話には、日本語とは異なる独自の文の組み立てをもつ「日本手話」と、日本語の語順にそって手話の単語を並べる「中間型手話」、それに指文字で助詞などを加える「日本語対応手話」があります。
たとえば日本手話の「行く」「言う」などの動詞は、動作をする人から相手へ向かって手を動かすことで「だれがだれに」を表します(動詞の一致)。こうしたしくみは、ほかの2つでは見られなかったといいます。ろう学校高等部の生徒35人を調べたこの研究では、手話の力が高く日本語の読む力が低めの生徒は、日本手話でだけ高い得点をとりました。
法律の上でも、障害者基本法には「言語(手話を含む。)」と書かれています。2025年6月に公布された「手話に関する施策の推進に関する法律」は、手話を使う人にとって手話が「言語その他の重要な意思疎通のための手段」であるとし、9月23日を「手話の日」と定めました。
06まとめ
ニカラグアの子どもたちは、身ぶりを部品に分けて組み立て直し、次の世代へ渡すたびにしくみを整えていきました。言語は、人が集まり、受けついでいくなかで育つものなのかもしれません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerBefore the 1970s, most deaf people in Nicaragua stayed at home and rarely met each other.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In the late 1970s, deaf children in Nicaragua started going to school together. Their lessons were in Spanish, but the children began to talk with their hands. Over time, a new sign language was born.
Every year, new children came to the school and learned it from the older ones. The younger children made its grammar more regular. Today it is called Nicaraguan Sign Language. It is a real language with its own rules, like English or Japanese.
78 words ・ CEFR A2
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1970年代の終わり、ニカラグアのろうの子どもたちが一緒に学校に通い始めました。授業はスペイン語でしたが、子どもたちは手で話し始めました。やがて、新しい手話が生まれました。
毎年、新しい子どもたちが学校に来て、年上の子からそれを学びました。年下の子どもたちは、その文法をより規則的にしました。今ではそれはニカラグア手話と呼ばれています。英語や日本語のように、独自のルールをもつ本物の言語です。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
全体を通して、ろうの子どもたちの間で新しい手話(Nicaraguan Sign Language)が生まれた話をしているので B。
Q2. When did deaf children in Nicaragua start going to school together?
第1文に In the late 1970s, deaf children in Nicaragua started going to school together とあるので B。
Q3. In the passage, "regular" is closest in meaning to ...
made its grammar more regular は「文法をより規則的にした」という意味なので、「はっきりした規則に従う」の A。
Before the 1970s, most deaf people in Nicaragua stayed at home and rarely met each other. After special education for deaf children began, more than 200 students were studying together by 1981. Lessons were in Spanish, but the children created their own way of communicating with gestures, and it slowly grew into a new sign language.
In a 2004 study, researchers showed a cartoon to deaf signers from three generations. One scene showed a cat rolling down a steep street. Hearing Spanish speakers showed the rolling and the downward movement in a single gesture. The youngest signers were the most likely to split the action into two separate signs, much like the words "rolled" and "down" in English.
118 words ・ CEFR B1
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1970年代より前、ニカラグアのろうの人の多くは家にいて、おたがいに会うことはめったにありませんでした。ろうの子どものための特別な教育が始まると、1981年までに200人を超える生徒が一緒に学ぶようになりました。授業はスペイン語でしたが、子どもたちは身ぶりで通じ合う独自の方法を作り、それはゆっくりと新しい手話へと育っていきました。
2004年の研究で、研究者たちは3つの世代のろうの手話使用者にアニメを見せました。ある場面では、ネコが急な坂道を転がり落ちていました。スペイン語を話す聴者は、転がる様子と下へ向かう動きを1つの身ぶりで表しました。いちばん若い手話使用者たちは、その動作を2つの別々のサインに分ける傾向がもっとも強く、それは英語の「rolled」と「down」によく似ていました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
子どもたちの身ぶりが新しい手話に育ち、若い世代ほど動作を分けて表した、という流れなので B。
Q2. By 1981, how many students were studying together?
more than 200 students were studying together by 1981 とあるので C。
Q3. Why does the writer mention the English words "rolled" and "down"?
最後の文で、若い手話使用者が動作を2つのサインに分けたことを、英語の rolled と down にたとえているので C。
Linguists rarely get to watch a language being born, but Nicaragua gave them that chance. After schools for deaf children opened there in the late 1970s, students who had never learned any language began building a shared system of signs. In 2004, Ann Senghas and her colleagues compared thirty deaf signers, grouped by the year they first met the language, with ten hearing Spanish speakers.
Everyone described cartoon scenes, such as a cat rolling quickly down a steep street. The speakers' gestures always showed the rolling and the downward path at the same time. Signers often broke the event into two signs placed in order, and this habit was strongest in the newest group.
The team argued that children's learning abilities give language its basic structure. That said, each group had only ten people, and the first students probably brought home-made gestures, called homesigns, from their families. Having a community of peers may also have mattered. Brain research supports the view that sign languages are full languages, because they rely on left-hemisphere networks much like spoken ones. In Japan, a 2025 law set September 23 as a national day for sign language.
192 words ・ CEFR B2
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言語学者が言語の誕生を目にすることはめったにないが、ニカラグアはその機会を与えてくれた。1970年代の終わりにろうの子どものための学校ができると、それまでどんな言語も身につけたことのなかった生徒たちが、共通のサインのしくみを作り始めた。2004年、アン・センガスと同僚たちは、初めてその言語にふれた年でグループ分けした30人のろうの手話使用者と、スペイン語を話す10人の聴者を比べた。
全員が、ネコが急な坂道を勢いよく転がり落ちるといったアニメの場面を説明した。話し手の身ぶりは、転がる様子と下へ向かう道筋をいつも同時に表していた。手話使用者はしばしば出来事を2つのサインに分けて順に並べ、この傾向はいちばん新しいグループでもっとも強かった。
研究チームは、子どもの学習能力が言語に基本的な構造を与えると主張した。とはいえ、各グループは10人しかおらず、最初の生徒たちは家族との間で作った身ぶり、つまりホームサインをおそらく持ちこんでいた。仲間の共同体があったことも重要だったのかもしれない。脳の研究は、手話が音声言語とよく似た左脳のネットワークを使うことから、手話は完全な言語だという見方を支持している。日本では、2025年の法律が9月23日を手話のための全国的な日と定めた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
ニカラグア手話の誕生と、そこから子どもと言語について何が言えるか(とその限界)を論じているので B。
Q2. Which group most often split the cat's movement into two signs?
this habit was strongest in the newest group とあるので C。
Q3. Why does the writer suggest that young age may not be the whole explanation?
That said 以降で、各群10人と少ないこと、最初の生徒がホームサインを持ちこんだ可能性、仲間の共同体も重要だった可能性を挙げているので B。
重要単語
- deafA2形容詞耳が聞こえない、ろうのThe school brought deaf children from many towns together.
発音は「デフ」。the deaf で「ろうの人々」。 - sign languageA2名詞手話Each country has its own sign language.
「手話をする」は動詞 sign。Japanese Sign Language(JSL)は日本手話。 - gestureB1名詞身ぶり、ジェスチャーShe made a gesture to show the ball rolling.
make a gesture で「身ぶりをする」。 - generationB1名詞世代Each new generation of students changed the language a little.
from generation to generation で「世代から世代へ」。 - emergeB2動詞現れる、生まれ出るA new language emerged among the students.
名詞は emergence。ラテン語の e-(外へ)+ mergere(浸す・沈める)から。「沈んでいたものが外へ出てくる」イメージ。 - grammarA2名詞文法The younger children made the grammar more regular.
つづりは -ar で終わる(grammer は誤り)。 - communityB1名詞共同体、地域社会、仲間の集まりA community of signers helped the language grow.
the deaf community で「ろう者の共同体」。
動画でもっと知る
動画は各チャンネルの公式埋め込みで表示しています(YouTube)。
公式・一次情報をチェック
- Sylvester's adventures in sign language(ブリストル大学プレスリリース, 2004)bristol.ac.uk
- 手話に関する施策の推進に関する法律(e-Gov法令検索)laws.e-gov.go.jp
- 障害者基本法(e-Gov法令検索)laws.e-gov.go.jp
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1970年代末、中米ニカラグアでろうの子どもたちが学校に集まり始めた。授業はスペイン語。なのに子どもたちの間から新しい手話が生まれ、後から入った子の世代ほど文法が整っていった。その育ち方を、科学者が記録してきた。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Senghas, Kita & Özyürek (2004) Children Creating Core Properties of Language: Evidence from an Emerging Sign Language in Nicaragua, Sciencedoi.org
- Senghas & Coppola (2001) Children Creating Language: How Nicaraguan Sign Language Acquired a Spatial Grammar, Psychological Sciencedoi.org
- Goldin-Meadow (2010) Widening the Lens on Language Learning: Language Creation in Deaf Children and Adults in Nicaragua, Human Developmentdoi.org
- MacSweeney, Capek, Campbell & Woll (2008) The signing brain: the neurobiology of sign language, Trends in Cognitive Sciencesdoi.org
- 長南浩人(Chonan)(2001) Grammatical Differences Between Japanese Sign Language, Pidgin Sign Japanese, and Manually Coded Japanese: Effects on Comprehension[日本手話,中間型手話,日本語対応手話の構造の違いが聴覚障害者の手話の理解に与える影響], 教育心理学研究 49(4)doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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