「ブローカ野」の出発点は「タン」としか言えない男の脳だった。約150年後のMRIで傷はもっと奥まで広がっていた

読む前に予想してみよう!
「ブローカ野」発見のきっかけになった患者は、何を聞かれても「タン」としか答えられなかった
1861年にブローカが診た患者ルボルニュは、何を聞かれても「タン、タン」と答え、病院では「タン」と呼ばれていた(怒ったときだけ、決まったののしり言葉を1つ口にした)。言われたことは理解できていた。
- 対象
- ブローカが1861年に診た患者2人の保存脳
- 規模
- 2人(+比較用に健康な成人129人の脳画像)
- 研究の種類
- 歴史的症例の脳を高解像度MRIなどで再検査
- 確かさ
- ★★☆☆☆
1861年、ブローカは「タン」としか言えない患者の脳を調べ、話す力を脳の決まった場所と結びつけた。2007年にその脳をMRIで調べると、傷は表面よりずっと奥まで及んでいた。
ひとことで言うと「ブローカ野」発見のきっかけの患者さん、脳のもっと奥まで傷があったんだって!
「タン、タン」
何を聞かれても、その男性はこう答えるだけでした。でも、相手の言うことはちゃんと分かっていて、左手の身ぶりで自分の考えを伝えようとしました。
1861年、パリの病院でこの患者を診たのが、フランスの医師ポール・ブローカです。患者が亡くなったあと、ブローカは脳の左の前の方に傷を見つけました。これが、のちに「ブローカ野(ブローカ中枢)」と呼ばれる「話すための脳の場所」の出発点です。
ところが約150年後の2007年、保存されていたこの脳を高解像度のMRIで調べ直すと、傷は、表面のブローカ野よりずっと奥まで広がっていたことが分かりました。
01病院で「タン」と呼ばれた男
ブローカが1861年に発表した報告(英訳がカナダのヨーク大学のサイトで公開されています)から、この患者のことを見てみましょう。
ブローカは、寝たきりのタンにも考える力が残っていたことを書き残しています。まひがどんな順番で広がったかを聞くと、タンは左手の人さし指で、舌、右腕、右足を順に指さしました。「最初に話せなくなり、次に右腕、それから右足」という意味で、順番は事実のとおりでした。
英語では、このように脳の病気やけがで言葉が使えなくなることを aphasia(失語症)と言います。オックスフォードの学習辞典によると、19世紀半ばにギリシャ語から入った語で、もとは「a-(〜でない)+phanai(話す)」、つまり「話せない」という意味です。ブローカ自身は、同じ状態を aphémie(アフェミー)と名づけていました。
02「話す力は脳の前の方に」――ブローカの報告
タンが亡くなったあと、ブローカは脳を調べました。傷がいちばん大きかったのは、左の前頭葉(おでこの奥にある部分)の、第三前頭回と呼ばれるしわの後ろの方でした。ブローカは、病気はおそらくここから始まったと考えました。
当時、「話す力は脳の前の方にある」という考えは、ほかの医師も唱えていました。ブローカが最初に言い出したわけではありません。それでも、脳の決まった場所と心の働きを結びつける研究の出発点として、今も語りつがれています。数か月後、ブローカは2人目の患者ルロンも報告しました。ルロンも「はい」「いいえ」「いつも」くらいしか言えず、やはり脳の前の方に傷がありました。
その後ブローカは、話す力を失った患者の多くで傷が左側にあることから、1865年に、言葉には左の脳が特別な役割を持つと論じた論文を出します。現在、左の下前頭回(前頭葉の下の方にあるしわ)の後ろの部分は「ブローカ野」、英語で Broca's area と呼ばれています。

03ブローカは「奥」を切らなかった
この話のカギは、ブローカが脳の奥まで切って調べなかったことです。
ブローカの報告によると、脳は解剖のあとアルコールにつけられ、デュピュイトラン博物館に納められました。ブローカは、標本を博物館に残すことが大事だと考え、壊さないように脳の奥の部分は調べなかった、と書いています。そのため、ブローカが確かめたのは主に脳の表面でした。
それから約150年。カリフォルニア大学デービス校やパリの研究者たちのチームは、保存されてきたタンとルロンの脳を、高解像度のMRIで撮影しました。2007年に学術誌『Brain』に発表された結果は、こうです。
じつは1980年以降に発表されたCTやMRIの画像でも、傷が奥の白質(神経の束が通る部分)まで及んでいることは指摘されていました(2015年の論文による)。2007年の研究は、それをよりくわしい画像で確かめた形です。
2015年には、キングス・カレッジ・ロンドンなどのチームが、このMRIのデータを使ってタンの傷をさらに分析しました。健康な大人129人の脳の「配線」(神経の束)の地図に、タンの傷を重ねたのです。すると、傷は言葉を話すことに関わる神経の束のいくつにも及んでいたことが分かりました。言葉の理解に関わるウェルニッケ野(側頭葉)とブローカ野をつなぐ「弓状束」もその1つです。右半身のまひも、体を動かす神経の通り道が傷ついていたことで説明できる、と研究者たちは書いています。
この論文には、タンの素顔も紹介されています。2013年、ポーランドの研究者ドマンスキさんがフランスの公文書を調べ、それまで謎だった素性を明らかにしました。本名はルイ・ヴィクトール・ルボルニュ(1809〜1861年)。生まれ年から数えると、亡くなったときは51歳か52歳で、ブローカの報告にある「50歳」より少し上だったことになります。フランスのモレ=シュル=ロワンで生まれ、3歳で母を亡くし、11歳で家族とパリに移りました。父は教師で、きょうだいもみな読み書きができたため、本人も教育を受けていた可能性が高いそうです。
04どんでん返し:長く残る話しにくさは、ブローカ野の傷では説明できなかった
では、「話す力の中心はブローカ野」というよく聞く説明は間違いなのでしょうか。
2021年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなどのチームが、左の前頭葉に脳卒中を起こした134人を調べた研究を『Brain』に発表しました。脳卒中から3か月以上たっても話すのが難しいままかどうかを左右していたのは、ブローカ野の傷ではなく、近くの白質の傷だったのです。場所は、島(とう)と呼ばれる脳の部分のすぐ上で、弓状束の前の方の近くでした。
ただし、この研究が調べたのは「3か月以上たってからの話す力」だけです。脳卒中の直後にブローカ野の傷がどんな影響を与えるかは、調べていないと論文に書かれています。ブローカ野が言葉に関係ない、という意味ではありません。
タンの脳も、話せなくなってから亡くなるまで21年たっていました。そのあいだに傷が少しずつ広がっていったことは、ブローカ自身も報告に書いています。話せなくなった最初のころの傷がどこまでだったのかは、もう分かりません。150年以上びんの中にあった脳は形も変わっていて、傷の範囲を正確に決めるのは難しいと、2015年の論文自身が認めています。日本の『法則の辞典』(朝倉書店)も、ブローカ中枢の項目で、もう少し広い範囲の損傷が原因だとする説も最近では有力だと書いています。
05まとめ
「タン、タン」としか言えなかったルボルニュの脳は、「話す力は脳の決まった場所にある」という考えの出発点になりました。そして約150年後、ブローカがあえて切らずに残したその脳は、話す力は1か所だけでなく、脳の奥の「配線」も含めたネットワークで支えられているという考えを後押ししています。
英語の本や記事で Broca's area を見かけたら、「タン」と呼ばれた1人の男性のことを思い出してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerPaul Broca was a French surgeon.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In 1861, a French doctor named Paul Broca met a patient in a hospital in Paris. The man understood what people said, but he answered every question with one sound, "tan."
So people in the hospital called him Tan. After Tan died, Broca looked at his brain. He found damage on the left side, near the front. Broca believed this part helps us speak. Today we call it Broca's area.
70 words ・ CEFR A2
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1861年、ポール・ブローカというフランスの医師が、パリの病院である患者に出会いました。その男性は人の言うことは分かりましたが、何を聞かれても「タン」という1つの音で答えました。
それで病院の人たちは彼をタンと呼びました。タンが亡くなったあと、ブローカは彼の脳を調べました。左側の、前の方に傷が見つかりました。ブローカは、この部分が話すのを助けていると考えました。今日、私たちはそこをブローカ野と呼んでいます。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「タン」としか言えない患者の脳から、ブローカが話す力に関わる場所を見つけた話なので A。
Q2. Why did people call the man Tan?
he answered every question with one sound, "tan." So people ... called him Tan とあるので C。
Q3. In the passage, what does "damage" mean?
damage は「損傷、傷」。何かがうまく働かなくなるような害のことなので B。
Paul Broca was a French surgeon. In April 1861, a patient with a badly infected leg was brought to his ward. The man had lived in the hospital for 21 years and could say little more than "tan," so everyone called him Tan. He understood questions and answered with hand gestures.
Tan died six days later. Broca found the worst damage in the left frontal lobe, and he concluded that this area was probably needed for speech.
He put the brain in alcohol and did not cut into the deeper parts, because he wanted to keep it for a museum. In 2007, scientists scanned the brain with MRI. The damage went much deeper than Broca had seen.
117 words ・ CEFR B1
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ポール・ブローカはフランスの外科医だった。1861年4月、足にひどい感染を起こした患者が、彼の病棟に運ばれてきた。その男性は21年間その病院で暮らしていて、「タン」くらいしか言えなかったので、みんなから「タン」と呼ばれていた。彼は質問を理解し、手の身ぶりで答えた。
タンは6日後に亡くなった。ブローカは左の前頭葉にいちばんひどい傷を見つけ、この部分がおそらく話すために必要なのだと結論づけた。
彼は脳をアルコールにつけ、博物館に残したかったので、奥の部分は切らなかった。2007年、科学者たちがその脳をMRIで調べた。傷はブローカが見たよりずっと深くまで達していた。
4択リーディングクイズ
Q1. Why was Tan brought to Broca's ward?
a patient with a badly infected leg was brought to his ward とあるので B。
Q2. Why didn't Broca cut into the deeper parts of the brain?
because he wanted to keep it for a museum とあるので C。
Q3. What can be inferred from the last two sentences?
The damage went much deeper than Broca had seen から、ブローカは傷の一部しか見ていなかったと推測できる。A。
For 21 years, a man named Louis Victor Leborgne lived in a Paris hospital. Whatever people asked him, he answered with the same syllable: "tan." He could follow what people said, and he used gestures to get his ideas across.
When he died in April 1861, the surgeon Paul Broca examined his brain and found the largest area of damage in the left frontal lobe. Broca's report became a starting point for linking parts of the brain to mental abilities, and the region now carries his name.
Broca did not cut into the deeper parts because he wanted to keep the specimen whole for a museum. That decision paid off. In 2007, a research team scanned the preserved brain with high-resolution MRI and found that the damage reached far below the surface. A 2015 analysis showed that it had damaged several bundles of nerve fibers used for speech.
A 2021 study of 134 stroke patients went further. It found that long-term speech problems were linked to damage in the white matter near Broca's area. Damage to Broca's area itself made no difference. The study did not look at the first three months after a stroke, though.
196 words ・ CEFR B2
和訳を見る
21年間、ルイ・ヴィクトール・ルボルニュという男性はパリの病院で暮らした。何を聞かれても、彼は同じ「タン」という音節で答えた。人の話は理解でき、身ぶりを使って考えを伝えた。
1861年4月に彼が亡くなると、外科医ポール・ブローカがその脳を調べ、左の前頭葉にいちばん大きな傷を見つけた。ブローカの報告は、脳の部分と心の働きを結びつける出発点となり、その領域は今では彼の名で呼ばれている。
ブローカは、標本を傷つけずに博物館に残したかったので、脳の奥の部分は切らなかった。この判断が後になって生きた。2007年、ある研究チームが保存されていた脳を高解像度MRIで調べ、傷が表面よりはるかに深くまで達していることを見つけた。2015年の分析では、傷が話すために使われる神経線維の束をいくつも傷つけていたことが示された。
2021年に脳卒中の患者134人を調べた研究は、さらに踏みこんだ。長く続く話す力の障害は、ブローカ野の近くの白質の傷と結びついていた。ブローカ野そのものの傷は影響していなかった。ただし、この研究は脳卒中後の最初の3か月は調べていない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
ブローカの患者が出発点になったが、MRIなどで傷が奥まで広がっていたと分かった、という流れなので A。
Q2. According to the 2021 study, what was linked to long-term speech problems?
long-term speech problems were linked to damage in the white matter near Broca's area とあるので B。
Q3. Why does the writer say Broca's decision "paid off"?
脳を切らずに残したので、2007年にMRIで奥まで調べられた。後の研究に役立ったという意味なので B。
重要単語
- aphasiaC1名詞失語症After the stroke, he had aphasia and could not find his words.
ギリシャ語の a-(〜でない)+「話す」から。19世紀半ばに英語に入った医学用語。 - strokeB2名詞脳卒中My grandfather had a stroke last year.
have a stroke「脳卒中を起こす」。ほかに「(ボールを打つ)一打」「(水泳の)ひとかき」の意味もある。 - damageB1名詞損傷、被害The scan showed damage on the left side of the brain.
数えられない名詞なので a damage や damages とは言わない(damages は「損害賠償」)。 - preserveB2動詞保存する、守るBroca preserved the brain in alcohol.
ラテン語の prae-(前もって)+servare(守る)から。名詞は preservation。 - gestureB1名詞身ぶり、ジェスチャーHe answered every question with a gesture.
発音は「ジェスチャー」。make a gesture「身ぶりをする」。 - specimenC1名詞標本The specimen has been kept in a museum for many years.
研究や展示のために保存されたもの。医学では「検体」の意味でも使う。 - scanB2動詞(機械で体の中を)調べる、撮影するDoctors scanned his brain to look for damage.
名詞でも使う:have a brain scan「脳の検査を受ける」。
動画でもっと知る
動画は各チャンネルの公式埋め込みで表示しています(YouTube)。
公式・一次情報をチェック
- Broca (1861) Remarks on the Seat of the Faculty of Articulated Language(英訳全文、Classics in the History of Psychology・ヨーク大学)psychclassics.yorku.ca
- aphasia(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
- ブローカ中枢(ブリタニカ国際大百科事典・法則の辞典、コトバンク掲載)kotobank.jp
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「話す脳」ブローカ野の出発点は、「タン」としか言えない患者の脳だった(1861年)。保存されたその脳を2007年にMRIで調べると、傷は表面よりずっと奥まで。ブローカは標本を壊さないよう、奥を切らずに残していた。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Dronkers, N. F., Plaisant, O., Iba-Zizen, M. T., & Cabanis, E. A. (2007) Paul Broca's historic cases: high resolution MR imaging of the brains of Leborgne and Lelong, Brain 130(5)doi.org
- Thiebaut de Schotten, M., et al. (2015) From Phineas Gage and Monsieur Leborgne to H.M.: Revisiting Disconnection Syndromes, Cerebral Cortex 25(12)doi.org
- Domanski, C. W. (2013) Mysterious "Monsieur Leborgne": The mystery of the famous patient in the history of neuropsychology is explained, Journal of the History of the Neurosciences 22(1)doi.org
- Gajardo-Vidal, A., Lorca-Puls, D. L., et al. (2021) Damage to Broca's area does not contribute to long-term speech production outcome after stroke, Brain 144(3)doi.org
- Tremblay, P., & Brambati, S. M. (2024) A historical perspective on the neurobiology of speech and language: from the 19th century to the present, Frontiers in Psychology 15doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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