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「f」と「v」は農業が生んだ音? 狩猟採集民の言語にあるこの仲間の音は、農耕などの社会の言語の約4分の1しかなかった

「f」と「v」は農業が生んだ音? 狩猟採集民の言語にあるこの仲間の音は、農耕などの社会の言語の約4分の1しかなかった

読む前に予想してみよう!

この説によると、狩猟採集をしていた人々は f の音をまったく出せなかった

研究カード(どんな研究?)
対象
世界の言語と、話し手の暮らし方
規模
単語リスト2,729件の比較(2021年の研究)ほか
研究の種類
発音の力学モデル+言語の統計比較
確かさ
★★☆☆☆
3秒でわかる

下くちびるを上の歯に当てる f・v の音は、農業でやわらかい食事が広まり、かみ合わせが変わってから増えたという説がある。反論もあり、決着はついていない。

ひとことで言うと「f」の音は、ごはんがやわらかくなってから増えたのかも!

もくじ
  1. f と v は「くちびると歯」の音
  2. 1985年、ホケットの予想
  3. 2019年、4つの分野から検証した
  4. 英語を話す10人の口もとを調べた研究も
  5. どんでん返し:「同じデータで、ちがう答え」が出た
  6. まとめ

fish、coffee、five、very、love。

英語の授業で「f と v は、下くちびるを上の歯に軽く当てて出しましょう」と習った人は多いはずです。慣れるまで、少し練習が必要だったかもしれません。

ところが2019年、科学誌『Science』に、こんな説を支持する論文が載りました。この f・v の仲間の音は、人類の歴史の中では「新しい音」で、農業が広まってから増えたのかもしれない。カギは、やわらかい食事で変わった「かみ合わせ」です。

01f と v は「くちびると歯」の音

言語学では、下くちびるを上の歯に当てて出す音を「唇歯音(しんしおん)」、英語で labiodental(labio=くちびる、dental=歯)と呼びます。英語の f と v が代表です。

これに対して、m や p、b のように上下のくちびるどうしで出す音は「両唇音」です。研究チームによると、唇歯音はいま世界の言語のほぼ半分にあります。決してめずらしい音ではありません。

では、なぜ「新しい音」かもしれないのでしょうか。

021985年、ホケットの予想

この話の出発点は、アメリカの言語学者チャールズ・ホケットです。1985年、学術誌『American Anthropologist』に「F」という短い題の講演記録を発表しました。

2019年の『Science』の編集部の紹介や、のちの研究者の説明によると、ホケットの考えはこうです。狩猟採集をする人々は、歯やあごを道具のように使う。そのため上下の前歯の先どうしがかみ合う形になり、下くちびると上の歯で出す f や v は出しにくい。だから、f や v は人類の言葉にあとから加わった音ではないか。

当時は、まだ推測の段階でした。それから30年以上たって、この説を本格的に検証したのが、スイスのチューリッヒ大学のブラシ(Blasi)さんたちの国際チームです。

032019年、4つの分野から検証した

チームは、古人類学(昔の人の骨や歯の研究)・発音の力学・民族誌(各地の暮らしの記録)・歴史言語学の4つを組み合わせました。

つまり、かぶさるかみ合わせだと f・v が「楽に出せる」うえに「ついうっかり出てしまう」。その小さな差が何千年も積み重なって、世界の言語に広がったのでは、という考えです。

左は上の前歯が下の前歯にかぶさるかみ合わせ、右は前歯の先どうしがかみ合う形。前者のほうが f・v を出しやすいと計算された(Blasi ら 2019 の考え方をもとにしたイメージ)
左は上の前歯が下の前歯にかぶさるかみ合わせ、右は前歯の先どうしがかみ合う形。前者のほうが f・v を出しやすいと計算された(Blasi ら 2019 の考え方をもとにしたイメージ)

04英語を話す10人の口もとを調べた研究も

2021年には、アメリカのマイアミ大学のエヴェレットさんたちが、別の方法でこの説を確かめました。

まず、世界の言語の単語リスト7,221件を調べると、単語に出てくる子音のうち唇歯音は平均で約2%でした。中心となる2,729件の分析では、狩猟採集民の言語で唇歯音が使われる割合は、ほかの社会の言語の約3分の1。単語の最初の音に限ると約4分の1でした。

差は、同じ英語を話す人どうしでも出ました。チームは、かみ合わせがはっきり違う、英語を母語とする有名人の男性10人のインタビュー映像を選び、発音を細かく書き取りました。

  • 上の前歯がかぶさる5人:書き取った子音5,629個のうち365個(約6.5%)が唇歯音
  • かぶさりがない5人(前歯の先どうしがかみ合うか、受け口ぎみ):4,645個のうち88個(約1.9%)が唇歯音

いちばんかぶさりが大きい人は、b の音を多くの場合 v のように発音していました。代名詞の we も、w の代わりに v に近い音で言うことがよくありました。反対に、かぶさりがない人たちは、for の f を、上下のくちびるのすき間から息を出す音で言うことが多かったそうです。

ただし、10人とも、f・v も、くちびるどうしで出す音も、ちゃんと出せていました。かみ合わせは「出せるかどうか」ではなく、「どちらに寄りやすいか」に効いていたのです。

05どんでん返し:「同じデータで、ちがう答え」が出た

この説には、はっきりした反論があります。

2020年、研究者のタラソフ(Tarasov)さんたち2人は、ブラシさんたちのデータを分析し直した論文を、査読(専門家によるチェック)の前の段階で公開しました。結論は、ホケットの説はほとんど支持されないというものでした。狩猟採集民の言語で唇歯音が少なく見えるのは、アフリカから遠い地域の言語ほど音の種類が少ないという、もっと大きな傾向の副産物ではないか、という指摘です。

ブラシさんたちは1週間もたたずに応答の論文を公開し、反論側のモデルの設定に問題があり、その主張は成り立たないと答えています。どちらも査読前の論文のままで、決着はついていません。

さらに、エヴェレットさん自身も2021年の総説で、「先史時代の言語には唇歯音がなかった」という仮説を、確かな傾向とは分けて「より不確かな仮説」として扱っています。

そもそも、何千年も前の人の発音は録音が残っていません。かみ合わせは骨や歯から推し量れても、実際に何と言っていたかは直接は確かめられないのです。

06まとめ

f と v は、上の前歯が下の前歯にかぶさるかみ合わせだと出しやすい。そのかみ合わせが大人まで残るようになったのは、やわらかい食事のおかげかもしれない。この説が正しければ、毎日の食べ物が、言葉の音を少しずつ変えてきたことになります。

ただし、統計の分析をめぐっては反論もあり、まだ決着はついていません。fish や coffee と言うときに、下くちびるを上の歯にそっと当ててみてください。その小さな動きが、人類の食事の歴史とつながっているかもしれないのです。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn 1985, the American linguist Charles Hockett had an idea about teeth. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

In 1985, the American linguist Charles Hockett had an idea about teeth. Hunter-gatherers used their teeth almost like tools, so in adults the top and bottom front teeth met edge to edge. That makes it harder to put the lower lip against the upper teeth, which is what you do for "f" and "v." In 2019, Damian Blasi and his colleagues tested the idea.

Their computer model showed that these sounds take about 30 percent less muscle effort when the upper teeth sit over the lower ones. Soft food from farming lets people keep this bite as adults. The team also found that hunter-gatherer languages have only about a quarter as many of these sounds as languages of food-producing societies.

120 words ・ CEFR B1

和訳を見る

1985年、アメリカの言語学者チャールズ・ホケットは、歯についてある考えを持った。狩猟採集民は歯をほとんど道具のように使っていたので、大人では上下の前歯の先どうしがかみ合っていた。そうなると、下くちびるを上の歯に当てるのが難しくなる。それは「f」や「v」を言うときにする動きだ。2019年、ダミアン・ブラシと共同研究者たちがこの考えを確かめた。

彼らのコンピューターモデルによると、上の歯が下の歯にかぶさっていると、これらの音を出すのに使う筋肉の負担が約30%少なくなる。農業がもたらすやわらかい食べ物のおかげで、人は大人になってもこのかみ合わせを保てる。チームはまた、狩猟採集民の言語にはこの種の音が、食べ物をつくる社会の言語の約4分の1しかないことも見つけた。

4択リーディングクイズ

Q1. What did Hockett think in 1985?

Q2. According to the computer model, what is true when the upper teeth sit over the lower ones?

Q3. What does the passage suggest about farming?

重要単語

  • pronounceA2
    動詞発音するHow do you pronounce this word? 名詞は pronunciation(つづりの o が消える点に注意)。入試の発音問題でも定番。
  • lipA2
    名詞くちびるTouch your lower lip to your top teeth and say "f." upper lip(上くちびる)/lower lip(下くちびる)。両方なら lips。
  • biteB1
    名詞・動詞かみ合わせ;かむ、ひとかじりThe dentist checked my bite. 動詞の活用は bite - bit - bitten。overbite は「上の前歯が下にかぶさるかみ合わせ」。
  • hunter-gathererB2
    名詞狩猟採集民Hunter-gatherers get food by hunting animals and collecting plants. hunt(狩る)+ gather(集める)。人類史の長文で頻出。
  • agricultureB1
    名詞農業Agriculture changed what people ate every day. 形容詞は agricultural。agri-(畑)+ culture(耕すこと)。
  • hypothesisB2
    名詞仮説Scientists tested the hypothesis with data from many languages. 複数形は hypotheses(ハイポセシーズ)。test a hypothesis「仮説を確かめる」。
  • effortB1
    名詞努力、(体の)負担It takes less effort to ride a bike downhill. make an effort「努力する」。muscle effort は「筋肉の負担」。

4コマでわかる

「f」と「v」は農業が生んだ音? 狩猟採集民の言語にあるこの仲間の音は、農耕などの社会の言語の約4分の1しかなかったの4コマ漫画
英語の f や v は、農業が生んだ音かもしれない。2019年のScience論文では、狩猟採集民の言語にあるこの種の音の数は、農耕などの社会の言語の約4分の1。やわらかい食事で、上の前歯がかぶさるかみ合わせが残ったから、という説。

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出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. Blasi, D. E., Moran, S., Moisik, S. R., Widmer, P., Dediu, D., & Bickel, B. (2019) Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration, Science 363(6432)doi.org
  2. Hockett, C. F. (1985) Distinguished Lecture: F, American Anthropologist 87(2)doi.org
  3. Everett, C., & Chen, S. (2021) Speech adapts to differences in dentition within and across populations, Scientific Reports 11doi.org
  4. Tarasov, S., & Uyeda, J. (2020) Causal modeling refutes Hockett's hypothesis that bite configuration affects human sound evolution, bioRxiv(査読前論文)doi.org
  5. Everett, C. (2021) The sounds of prehistoric speech, Philosophical Transactions of the Royal Society B 376(1824)doi.org

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