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「におい」を色と同じくらい一言で言える人たちがいる。マレー半島のジャハイ語の実験

「におい」を色と同じくらい一言で言える人たちがいる。マレー半島のジャハイ語の実験

読む前に予想してみよう!

においを言葉で言うのは難しい、というのは世界中どの言語の話者でも同じだ

研究カード(どんな研究?)
対象
マレーシアのジャハイ語話者と米国の英語話者(成人男性)
規模
各10人(2014年)、20言語・313人(2018年)
研究の種類
においと色の名づけ実験(自由回答)
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

「においは言葉にしにくい」は世界共通ではなかった。マレー半島のジャハイ語の話者は、においを色と同じくらい短く一言で名づけ、人によって答えがばらつくことも少なかった。

ひとことで言うと「〇〇みたいなにおい」じゃなく、においそのものの名前がある言葉があるんだって!

もくじ
  1. 「においは言葉にできない」は常識だった
  2. ジャハイ語には「においの言葉」が十数個ある
  3. 実験:英語話者のにおいの説明は、色の5倍近い長さ
  4. 20言語で比べたら「視覚がいちばん」は当たり前ではなかった
  5. どんでん返し:決め手は「言葉」より「暮らし方」?
  6. まとめ

目を閉じて、シナモンのにおいをかいだとします。「これは何のにおい?」と聞かれたら、何と答えますか?

「シナモン」と分かればいいのですが、分からなければ「甘い…お菓子みたいな…」と、たとえで答えるしかありません。英語には、「赤」や「青」のような、においそのものの名前がほとんどないからです。日本語でも「〇〇みたいなにおい」と言うことが多いのではないでしょうか。

ところが、マレー半島の熱帯雨林に暮らす人たちの言葉、ジャハイ語には、においを表す言葉がたくさんあります。2014年の実験では、ジャハイ語の話者はにおいを、色と同じくらい短い一言で、しかも人によって答えがよくそろう形で名づけました。

01「においは言葉にできない」は常識だった

色なら、red(赤)や blue(青)のように、ある範囲の色をまとめて指す言葉があります。トマトでもポストでも「赤」です。

ところが、においにはそれがありません。英語で言えるのは、stinky(くさい)や fragrant(いい香りの)のような「好き・きらい」に近い言葉か、It smells like a banana.(バナナみたいなにおい)のような、においのもと(発生源)を使った言い方がほとんどです。

2014年の論文によると、コーヒーやピーナッツバターのような身近なにおいでも、ふつうの人が正しく名前を言えるのは約半分だという研究がいくつもあります。100年以上前の1916年には、ドイツの生理学者ハンス・ヘニングが、ジャスミンとミルクに共通する「白」は取り出せるのに、においでは同じように共通点を取り出せない、という趣旨のことを書いていました。

02ジャハイ語には「においの言葉」が十数個ある

ジャハイの人たちは、マレーシアとタイの国境に近い山地の熱帯雨林で、狩りや採集をして暮らしてきました。その言葉には、においを表す動詞が十数個あります(論文の表現は over a dozen)。どれも「〇〇のにおい」ではなく、それだけで意味が通じる基本の言葉です。

論文から、いくつか紹介します。

  • ltpɨt:花や熟した果物の香り。香水、せっけん、ドリアンの強い香り、ジャコウネコの仲間のビントロングのにおいにも使う
  • cŋɛs:鼻をつくようなにおい。ガソリン、煙、コウモリのふんにも使う
  • cŋəs:食べられそうな、おいしそうなにおい。料理やお菓子
  • pʔus:かび臭い。古い家、キノコ、古くなった食べ物
  • plʔɛŋ:トラを引き寄せる、血のようなにおい

ltpɨt は「ドリアン」と「せっけん」と「香水」をまとめて指せます。においのもとが違っても、においの“性質”が同じなら同じ言葉。これは、トマトもポストも「赤」と言うのと同じしくみです。

においは暮らしにも直結しています。論文によると、料理したものが pʔus(かび臭い)なら食べません。食べ物は cŋəs であるべきだからです。plʔɛŋ のにおいのする獲物は、トラを呼ぶので危ないと考えられています。

ジャハイ語の ltpɨt は、ドリアン・花・せっけん・香水の香りをまとめて指す。「赤」がトマトもポストも指すのと同じしくみ
ジャハイ語の ltpɨt は、ドリアン・花・せっけん・香水の香りをまとめて指す。「赤」がトマトもポストも指すのと同じしくみ

03実験:英語話者のにおいの説明は、色の5倍近い長さ

英語話者の答えは、たとえばこんな感じでした。シナモンをかいだある参加者は、まず「甘い」と言い、前にかんだガムの味を思い出そうとして言葉に詰まり、最後はガムの商品名を答えました。ほかの人の答えも spicy(スパイシー)、sweet(甘い)、candy(キャンディー)、smoky(煙っぽい)、wine(ワイン)とばらばらです。

しかも、使ったにおいはアメリカでなじみのあるものばかり。ジャハイの人たちにはなじみの薄いにおいだったのに、それでもジャハイ語の話者のほうが、短くそろった答えを出せたのです。

0420言語で比べたら「視覚がいちばん」は当たり前ではなかった

マジッドたちは2018年、もっと大きな調査を発表しました。手話3つを含む20の言語の話者313人に、色・形・音・手ざわり・味・においを言葉で表してもらったのです。集まった説明は4万4,091個にのぼりました。

昔から西洋では、「視覚がいちばん上で、においは下」という感覚の順位が信じられてきました。20言語の中でこの順位にいちばん近かったのは、英語でした。

ただし英語も、その順位にぴったり当てはまったわけではありません。ほかの言語では、順位はもっとばらばらでした。どの感覚がどれだけ言いやすいかの並び順は、20言語で13通りありました。古くから言われてきた「視覚 > 聴覚 > 触覚 > 味覚 > 嗅覚」の順に当てはまる言語は、1つもありませんでした。たとえばマレー語では、においがいちばん言いにくかったのに、オーストラリアの狩猟採集民の言語、ウンピラ語ではにおいがいちばん言いやすかったのです。

05どんでん返し:決め手は「言葉」より「暮らし方」?

では、ジャハイ語の話者がにおいに強いのは、熱帯雨林に住んでいるからでしょうか。それとも、言語の系統(グループ)によるのでしょうか。

2018年、マジッドとクルスペは、マレー半島の熱帯雨林に住み、よく似た言語を話す2つのグループを比べました。狩猟採集をするセマク・ブリの人たちと、焼畑で農業をするスムライの人たちです。結果、スムライの人たちは欧米の人と同じように、においを名づけるのに苦労しました。一方、セマク・ブリの人たちは、においを色と同じくらいたやすく名づけました。研究者は、決め手は住む場所や言語の系統ではなく、狩猟採集という暮らし方だと考えています。

それなら、においを毎日言葉にしている専門家はどうでしょう。オランダで行われた2016年の研究では、オランダ語を話すワインの専門家・コーヒーの専門家・一般の人に、ワインやコーヒーや身近なにおいを言葉で表してもらいました。ワインの専門家どうしでは、ワインの説明が、ほかの人どうしよりややそろっていました。ところが、コーヒーの専門家どうしでは、コーヒーの説明がほかの人どうしよりそろっていたわけではありません。また、どちらの専門家も、身近なにおいや味を当てる力は一般の人と変わりませんでした。専門家の強みは、自分の分野に限られた、小さなものだったのです。

06まとめ

「においは言葉にできない」は、英語や日本語を話す私たちにとっての常識でした。でもジャハイ語の話者は、においを色と同じように一言で言い分けます。

言葉にしにくいのは、人間の鼻のせいとは限りません。どんな暮らしをして、どんな言葉を持っているかで、においの「言いやすさ」は変わるのです。今日、何かのにおいをかいだら、「〇〇みたい」を使わずに言えるか、試してみてください。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerAsk an English speaker to name a smell, and you will often get a long answer. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

Ask an English speaker to name a smell, and you will often get a long answer. In a 2014 study, researchers asked ten Jahai speakers and ten American English speakers to name twelve smells, such as lemon, smoke and onion, and eighty colors. The Jahai are hunter-gatherers who live in rainforests near the border between Malaysia and Thailand.

Their language has more than a dozen basic words for smells. One of them covers flowers, perfume, soap and the smell of durian. The Jahai speakers named smells as easily as colors, and they agreed with each other just as often. The English speakers' descriptions of smells were nearly five times longer than their descriptions of colors, and they often named a source, like "banana."

123 words ・ CEFR B1

和訳を見る

英語話者ににおいの名前を聞くと、長い答えが返ってくることが多い。2014年の研究で、研究者はジャハイ語の話者10人とアメリカの英語話者10人に、レモン、煙、タマネギなど12種類のにおいと、80の色の名前を言ってもらった。ジャハイの人々は、マレーシアとタイの国境近くの熱帯雨林に住む狩猟採集民だ。

彼らの言語には、においを表す基本の言葉が十数個ある。そのうちの1つは、花、香水、せっけん、ドリアンのにおいをまとめて指す。ジャハイ語の話者は、色と同じくらい簡単ににおいを名づけ、答えも色のときと同じくらいそろった。英語話者のにおいの説明は、色の説明の5倍近い長さで、「バナナ」のように、においのもとを挙げることが多かった。

4択リーディングクイズ

Q1. What did the researchers ask people to do?

Q2. Which is true about one Jahai smell word?

Q3. What can we guess about the English speakers?

重要単語

  • smellA2
    名詞・動詞におい;においがするThis soap smells like lemons. smell like ~「〜のようなにおいがする」。smell good / bad のように形容詞も続けられる。
  • odorB2
    名詞(特に強い)においThere was a strange odor in the kitchen. 論文や説明文で使うかたい語。イギリス式つづりは odour。body odor は「体臭」。
  • describeA2
    動詞説明する、言葉で表すCan you describe the taste of this tea? 名詞は description。describe A as B「A を B だと言い表す」。
  • mustyC1
    形容詞かび臭いThe old book had a musty smell. においそのものを表す数少ない英語の形容詞。似た語に moldy(かびの生えた)。
  • fragrantB2
    形容詞香りのよいThe garden was full of fragrant flowers. 名詞は fragrance(香り、香水)。悪いにおいには使わない。
  • hunter-gathererC1
    名詞狩猟採集民Hunter-gatherers get their food by hunting and collecting wild plants. hunt(狩る)+gather(集める)。農業をする人は farmer。入試の人類学・言語の長文で出る。
  • consistentB2
    形容詞一貫した、ばらつきのないHer test scores have been consistent all year. 名詞は consistency。be consistent with ~ は「〜と一致する」。

動画でもっと知る

4コマでわかる

「におい」を色と同じくらい一言で言える人たちがいる。マレー半島のジャハイ語の実験の4コマ漫画
シナモンをかいで、名前をパッと言えますか? ある英語話者は「甘い…あのガムみたいな…」と言葉に詰まった。英語話者のにおいの説明は、色の説明の5倍近い長さに。ところがマレー半島のジャハイ語の話者は、においも色と同じように一言で答えた。

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出典・参考文献(4件)タップで表示
  1. Majid A., Burenhult N. (2014) Odors are expressible in language, as long as you speak the right language, Cognition 130(2)doi.org
  2. Majid A. et al. (2018) Differential coding of perception in the world's languages, PNAS 115(45)doi.org
  3. Majid A., Kruspe N. (2018) Hunter-Gatherer Olfaction Is Special, Current Biology 28(3)doi.org
  4. Croijmans I., Majid A. (2016) Not All Flavor Expertise Is Equal: The Language of Wine and Coffee Experts, PLOS ONE 11(6)doi.org

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