“未来形がいらない言語”の話者は「貯金する確率が31%高い」? 日本語も入る経済学の大胆な説と反論

読む前に予想してみよう!
経済学の研究で、未来を文法で言い分けなくてよい言語を話す人ほど貯金しやすい、という相関が報告された
2013年の論文で報告された。ただし後の再分析では、言語どうしの親戚関係を考えに入れると結果が弱まり、因果関係も確かめられていない。
- 対象
- 世界価値観調査などの回答者
- 規模
- 31%の数字は国内比較の約2万4,000人分
- 研究の種類
- 調査データの相関分析(観察研究)
- 確かさ
- ★★☆☆☆
未来を文法で言い分けなくていい言語の話者は、言い分ける言語の話者より、貯金する確率が31%高い――2013年の経済学の論文がそう報告した。日本語もその側。ただし後の再分析で結果は弱まり、因果も確かめられていない。
ひとことで言うと未来のことを「明日、雨が降る」と今の形で言える言語を話す人は、お金をためやすい?という説があるよ!
「明日、雨が降る」。
日本語ではこう言えますね。未来のことなのに、動詞は「降る」という今の形のままです。ところが英語では、It rains tomorrow. とは言えず、It will rain tomorrow. のように、will を使った「未来形」が必要です。
この違いが、お金のため方にまで関係している――。2013年、アメリカ・イェール大学の経済学者キース・チェン(M. Keith Chen)さんが、アメリカ経済学会の学術誌『American Economic Review』に、そんな論文を発表しました。未来を文法で言い分けなくていい言語を話す人は、言い分ける言語を話す人より、1年のうちに貯金をする確率が31%高かったというのです(この「31%」の正確な意味は、下の「研究のポイント」で説明します)。
01「未来形がいらない言語」ってなに?
チェンさんは、言語学者の分類を使って、世界の言語を2つに分けました。
- 未来を必ず言い分ける言語:英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、韓国語など。予想を言うとき、will のような未来のしるしを入れるのがふつう
- 言い分けなくていい言語:ドイツ語、オランダ語、フィンランド語、中国語、日本語など。未来のことも今の形で言える
たとえばドイツ語では、明日の雨を Morgen regnet es.(直訳すると「明日、雨が降る」)と今の形で言えます。論文には、インターネット上の天気予報の文で、未来のしるしがどれくらい使われているかを数えた表もあり、日本語は0%で「言い分けない」側に入っていました。同じアジアでも、韓国語は「言い分ける」側です。
ちなみにチェンさんは、中国語を話す人が今と未来の違いを理解できない、という意味ではないと断っています。違うのは、話すたびに「今か未来か」を区別しなければならないかどうかです。
02貯金だけでなく、たばこや肥満も
チェンさんの考えはこうです。話すたびに未来を今と切り分ける言語を使っていると、未来が「遠いもの」に感じられる。すると、今がまんして将来にそなえる行動(貯金など)がしにくくなるのでは――。
例えばスイスには、ドイツ語を話す人と、フランス語やイタリア語を話す人がいます。同じ国の、似た暮らしの人どうしでも差が出たことが、この論文の強みでした。

03どんでん返し:言語の「親戚関係」を考えると…
この説には、発表のあと言語学者などから批判が出ました。中でも大きいのが、言語どうしが親戚だということです。
ドイツ語、オランダ語、デンマーク語などは、同じゲルマン語の仲間です(チェンさんの分類では、ゲルマン語のほとんどは「言い分けない」側で、英語は仲間内の目立つ“例外”です)。親戚の言語は、文法だけでなく、住んでいる地域や文化もいっしょに受けついでいることがあります。すると、「言い分けない文法」と「貯金する習慣」が、どちらも同じ祖先や近所から一緒に伝わっただけで、片方がもう片方の原因ではないかもしれません。
2015年、オランダのマックス・プランク心理言語学研究所のショーン・ロバーツさんたちが、この点を調べ直しました。共著者にはチェンさん本人も入っています。言語の系統・地域・国の影響を一度に取り除くいちばん厳しい方法で分析すると、未来の言い分けと貯金のつながりは、統計的に意味があるとは言えなくなりました。ほかのいくつかの方法ではつながりが残りましたが、全体として、親戚関係を考えに入れると効果は小さくなりました。
さらに、実験の結果は割れています。
- 2018年の研究では、中国語・ドイツ語・デンマーク語・スペイン語・英語の話者に「すぐもらえる小さな得」と「後でもらえる大きな得」のどちらかを選んでもらいました(お金や健康の場面を想定した質問)。すると、未来をはっきり言い分ける言語の話者ほど「後で多く」を選ぶという、チェンさんの説とは逆の傾向が出ました
- 一方、2017年の研究では、エストニア語(未来を言い分けない)とロシア語(言い分ける)を両方話す人に、どちらの言語で質問するかをランダムに決めて調査しました。エストニア語で答えた人のほうが、将来のための政策を支持しやすかったと報告されています
04まとめ
「明日、雨が降る」と今の形で未来を言える言語の話者は、will のような未来の形が必要な言語の話者より、貯金する確率が31%高い――。2013年の論文は、ことばと経済をつなぐ大胆な説を出しました。
ただ、言語どうしの親戚関係を考えに入れると結果は弱まり、実験の結果も割れています。いまのところ、「日本語を話すから貯金できる」とは言えません。相関と因果を分けて考える練習として、覚えておきたい研究です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerWhen English speakers talk about tomorrow's weather, they have to add a word like "will." German speakers…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In Japanese, you can talk about the future with a present form, like "Tomorrow it rains." In English, you need "will." You say, "It will rain tomorrow."
In 2013, an economist named Keith Chen asked whether people save more when their language does not need a future form. He looked at data from many countries and reported that speakers of these languages were 31 percent more likely to save money in a year. Later studies found a weaker link.
79 words ・ CEFR A2
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日本語では「明日、雨が降る」のように、未来のことを現在の形で話せます。英語では will が必要で、It will rain tomorrow. と言います。2013年、キース・チェンという経済学者が、言語に未来の形が必要ないと人はもっとお金をためるのか、という問いを立てました。
彼は多くの国のデータを調べ、こうした言語を話す人は、1年のうちに貯金をする確率が31%高かったと報告しました。のちの研究では、そのつながりはもっと弱いことが分かりました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
未来の言い方が違う言語と、お金をためることの関係を調べた研究の話なので B。
Q2. What do English speakers need when they talk about tomorrow's rain?
In English, you need "will." とあるので A。
Q3. In the passage, what does "save money" mean?
save money は「お金をためる、貯金する」。後で使うためにとっておくことなので C。
When English speakers talk about tomorrow's weather, they have to add a word like "will." German speakers don't. They can say "Morgen regnet es," which is literally "Tomorrow it rains." Japanese works the same way.
In 2013, Keith Chen, an economist at Yale University, compared people who speak these two kinds of languages. He used a large world survey that asked families whether they had saved money in the past year. He reported that people whose languages do not need a future form were 31 percent more likely to have saved.
Chen's idea was simple. If your grammar keeps the future separate from the present, the future may feel farther away. That could make it harder to put money aside for it.
122 words ・ CEFR B1
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英語を話す人は、明日の天気について話すとき will のような語を加えなければならない。ドイツ語を話す人はそうではない。彼らは Morgen regnet es と言え、これは直訳すると「明日、雨が降る」だ。日本語も同じだ。
2013年、イェール大学の経済学者キース・チェンは、この2種類の言語を話す人々を比べた。彼は、家族がこの1年に貯金をしたかどうかをたずねた大規模な世界調査を使った。彼の報告では、未来の形が必要ない言語を話す人は、貯金をした確率が31%高かった。
チェンの考えは単純だ。文法が未来を現在から切り離していると、未来がより遠くに感じられるかもしれない。そうなると、未来のためにお金をとっておくのが難しくなるかもしれない。
4択リーディングクイズ
Q1. What did Keith Chen compare in his study?
compared people who speak these two kinds of languages とあり、未来の形が必要な言語と必要ない言語の話者を比べたので B。
Q2. What did the survey ask families?
asked families whether they had saved money in the past year とあるので C。
Q3. According to Chen's idea, why might English speakers save less?
the future may feel farther away. That could make it harder to put money aside とあるので B。
Keith Chen's 2013 paper made a bold claim. Speakers of languages that can describe the future in the present tense, like German, Finnish and Japanese, were 31 percent more likely to have saved money in a given year than speakers of languages like English, French or Korean. They were also less likely to smoke.
To rule out simple explanations, Chen compared people inside the same country, such as German and French speakers in Switzerland, who had similar incomes and education. The problem is that languages are not independent of each other. Related languages, like German and Dutch, inherit grammar from a common ancestor, and they often share regions and customs too.
So grammar and saving habits could simply be passed down together. In 2015, a team that included Chen himself reanalyzed the data with this in mind. The link was generally weaker, and in the strictest test it was no longer statistically significant. Experiments have pointed in different directions as well. In one study, the more strongly a language marked the future, the more often its speakers picked a larger reward later. That is the opposite of what Chen predicted.
190 words ・ CEFR B2
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キース・チェンの2013年の論文は大胆な主張をした。ドイツ語、フィンランド語、日本語のように未来を現在形で表せる言語の話者は、英語、フランス語、韓国語のような言語の話者に比べて、ある1年に貯金をした確率が31%高かった。たばこを吸う確率も低かった。
単純な説明を取り除くために、チェンは同じ国の中の人々、たとえばスイスのドイツ語話者とフランス語話者で、収入や学歴が似た人どうしを比べた。問題は、言語がおたがいに独立していないことだ。ドイツ語とオランダ語のような親戚の言語は、共通の祖先から文法を受けつぎ、地域や習慣も共有していることが多い。
だから、文法と貯金の習慣が、単に一緒に受けつがれただけかもしれない。2015年、チェン本人も加わったチームが、この点を考えてデータを分析し直した。つながりは全体として弱まり、いちばん厳しい検定ではもはや統計的に有意ではなかった。実験の結果も別々の方向を示している。ある研究では、言語が未来を強く区別するほど、その話者は後でもらえる大きな報酬を選ぶことが多かった。これはチェンの予測とは逆だ。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
前半で大胆な主張を紹介し、後半で再分析により結果が弱まり、実験の結果も割れたと述べているので B。
Q2. Why did Chen compare German and French speakers in Switzerland?
To rule out simple explanations, Chen compared people inside the same country ... who had similar incomes and education とあるので A。
Q3. What can be inferred from the problem of related languages?
grammar and saving habits could simply be passed down together とあるので、一緒に受けつがれただけで因果がなくても関係があるように見えうる、と推測できる。C。
重要単語
- future tenseB1名詞未来時制、未来形English uses "will" to form the future tense.
tense は「時制」。past tense(過去時制)、present tense(現在時制)とセットで覚える。 - saveA2動詞(お金を)ためる;救うShe saves a little money every month.
save up for ~「~のためにお金をためる」。名詞 savings は「貯金」。 - correlationC1名詞相関A correlation between two things does not prove that one causes the other.
co-(一緒に)+relation(関係)。causation(因果関係)との区別は入試長文の頻出ポイント。 - economistB2名詞経済学者The economist studied how families spend their money.
economy(経済)、economics(経済学)、economical(節約になる)と派生語をまとめて覚えたい。 - inheritB2動詞受けつぐ、相続するShe inherited her mother's love of music.
財産だけでなく、性格や特徴を「受けつぐ」ときにも使う。名詞は inheritance。 - rewardB1名詞ほうび、報酬The children got a small reward for helping.
動詞としても使い、reward A for B「B のことで A にほうびを与える」。 - bilingualB2形容詞2つの言語を話すMy cousin is bilingual in English and Spanish.
bi-(2つ)+lingual(言語の)。3つなら trilingual。
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英語は未来のことに will が必要。ドイツ語や日本語は「明日、雨が降る」と今の形で言える。こうした言語の話者は、英語などの話者より貯金する確率が31%高いという経済学の論文がある。ただ言語どうしの親戚関係を考えると、結果はぐっと弱まった。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Chen M.K. (2013) The Effect of Language on Economic Behavior: Evidence from Savings Rates, Health Behaviors, and Retirement Assets, American Economic Review 103(2)doi.org
- Chen M.K. (2012) The Effect of Language on Economic Behavior: Evidence from Savings Rates, Health Behaviors, and Retirement Assets, Cowles Foundation Discussion Paper No. 1820(Yale University、AER 掲載前の最終稿)cowles.yale.edu
- Roberts S.G., Winters J., Chen K. (2015) Future Tense and Economic Decisions: Controlling for Cultural Evolution, PLOS ONE 10(7)doi.org
- Thoma D., Tytus A.E. (2018) How Cross-Linguistic Differences in the Grammaticalization of Future Time Reference Influence Intertemporal Choices, Cognitive Science 42(3)doi.org
- Pérez E.O., Tavits M. (2017) Language Shapes People's Time Perspective and Support for Future-Oriented Policies, American Journal of Political Science 61(3)doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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