「文の中に文を入れられない言語」は本当? アマゾンのピダハン語をめぐる2005年からの論争

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ピダハン語に「文の中の文」がないことは、2016年に話し言葉の記録を調べた研究で証明された
1,149文に、はっきりした入れ子は見つからなかった。でも著者たちは、データが少なく、結論は「とても仮のもの」だとしている。
- 対象
- ピダハン語の文法記述と話し言葉の記録
- 規模
- 物語17話・1,149文・6,830語(2016年のコーパス)
- 研究の種類
- 記述言語学の論争とコーパス分析
- 確かさ
- ★★☆☆☆
「文の中に文を入れる力は人間の言語の核」という仮説がある。2005年、アマゾンのピダハン語にはその入れ子がないと主張された。仮説への反例かどうかの論争は、2016年の研究でも決着していない。
ひとことで言うと「〜と言ったと言った」のように、文の中に文を入れる言い方がない言語があるかもしれない!
もくじ
「『あしたは雨だ』ってお父さんが言ってた、ってお母さんが言ってたよ」
ふつうの日本語です。でもよく見ると、文の中に文が入り、その文の中にまた文が入っています。英語でも Mary thinks that John said that it will rain.(ジョンが雨が降ると言った、とメアリーは思っている)のように、that を使えばいくらでも重ねられます。
この「文の中に文を入れる力」こそ人間の言語の核だ、という有名な仮説があります。ところが2005年、アマゾンのある言語にはそれがないという論文が出ました。言語学者どうしの論争は、20年以上たった今も決着したとは言えません。
01「入れ子」は人間の言語の核?
2002年、動物の認知を研究するマーク・ハウザー、米国の言語学者ノーム・チョムスキー、生物学の立場から言語の進化を研究するテカムセ・フィッチの3人が、科学誌『Science』に論文を出しました。3人は、言語の力を「広い意味」と「狭い意味」に分けて考えます。
- 広い意味の言語能力:音を出したり聞いたりする仕組み、考えや意図を扱う仕組み、そして再帰の計算の仕組みを含む
- 狭い意味の言語能力:再帰だけ。そしてこれが、言語の中で人間だけが持つ部分だという仮説
再帰(さいき。英語で recursion)とは、ここでは「ある単位の中に、同じ種類の単位を入れられること」です。文の中に文を入れられれば、どんなに長い文にも、さらに「〜と母が言った」を足せます。だから「いちばん長い文」は存在しない。これが再帰の考え方です。
「この仮説が正しければ、入れ子のない言語は、ないはずだ」。のちにエヴェレットは仮説をこう受け取り、ピダハン語がその反例だと主張します。ただし、この読み方が正しいかどうか自体が、あとで争われることになります。
02エヴェレットの主張:ピダハン語には入れ子がない
2005年、米国の言語学者ダニエル・エヴェレットは、人類学の専門誌『Current Anthropology』に、この仮説と対立する内容の論文を出しました。舞台はブラジルのアマゾン、マイシ川(Maici River)のほとりで話されるピダハン語(Pirahã)です。話し手は数百人。親戚にあたるムラ語族の言語の中で、今も話されている最後の言語とみられています。
エヴェレットは1977年からピダハンの村に通い、1980年代にこの言語の文法をくわしく書いた研究者です。2005年の論文で彼は、ピダハン語には入れ子(埋め込み)がないと書きました。理由は文化にある、というのが彼の説です。ピダハンの人々は「自分たちが直接経験したこと」だけを話題にする、という文化の決まりがあり、それが文法の形まで決めている、と考えたのです。エヴェレットはこの結論が、チョムスキーの普遍文法(すべての言語に共通する文法の土台)の考えにも見直しを迫るものだ、と書きました。
例として出されたのが、持ち主の重ね方です。英語なら Ko'oi's son's daughter(コオイの息子の娘)と、「〜の」をいくつでも重ねられます。
ピダハン語では「コオイの息子の娘」とは言えず、2つの文に分けて言う。これがエヴェレットの描いたピダハン語です。
2005年の論文は、ほかにも、数を表す言葉がないこと、色の名前がないこと、世界の始まりを語る神話がないことなどを挙げ、すべて同じ文化の決まりで説明しようとしました(数の話は「「1」という言葉すらない言語がある」でくわしく紹介しています)。
03反論:「入れ子はある。ドイツ語にも同じ制限がある」
2009年、言語学の学会誌『Language』に、アンドリュー・ネヴィンズ、デイヴィッド・ペセツキー、シレーネ・ロドリゲスの3人が長い反論を出しました。3人が材料にしたのは、エヴェレット自身が1980年代に書いた文法の記述です。
反論の柱は3つあります。
1つめは、入れ子に見える文が、エヴェレットの昔の記述にすでにあることです。
- hi obáaxáí kahaí kai-sai(ヒ・オバーアイ・カハイ・カイサイ)=彼は矢の作り方をよく知っている
この文では「矢を作る」の部分に -sai(サイ)という語尾がつき、動詞から時制などの区別が消えています。エヴェレットは1986年の記述で -sai を「名詞化の語尾」(動詞を名詞のように使う形にする語尾)としていました。反論した3人は、これは英語の knows how to make arrows と同じく、文の中に埋め込まれた節(主語と述語を持つ、文のようなまとまり)だとみます。動詞の形が名詞に近くなる埋め込み方は、トルコ語やケチュア語、ラテン語などにもよくある形です。
2つめは、名詞の前に持ち主を重ねられないのは、ピダハン語だけではないことです。英語は John's car's motor(ジョンの車のエンジン)と言えますが、ドイツ語では Hansens Autos Motor(ハンスの車のエンジン)のように、名詞の前に「〜の」を重ねる形が使えません。3人が10人のドイツ語話者に聞くと、7人は Peters Vaters Auto(ペーターのお父さんの車)も認めませんでした。残る3人は認めるか、判断に迷いました。エヴェレットは、こうした重ね方を使うドイツ語話者もいると反論しており、3人も人による違いがあることは認めています。ドイツ語にも、文の中に文を入れる入れ子はふつうにあります。そしてドイツ語を話す人たちに「みんな顔見知りだから」という文化があるわけではありません。
3つめは、チョムスキーたちの言う「再帰」の意味です。3人によると、仮説の「再帰」は、2つの要素を組み合わせ、できたものをまた組み合わせる操作(併合、Merge)のこと。この意味では、3語以上の文が言えればもう再帰があることになり、ピダハン語は当然それを満たします。

04再反論、そして1,149文を数えた結果
同じ号でエヴェレットは再反論しました。批判は当たらず、2005年の記述は正しい。ピダハン語は「再帰こそ人間の言語の本質だ」という予測への反例だ、という立場です。-sai についても、エヴェレットは2007年の段階で、のちの分析により「すでに話に出た情報を示す印」だと分かったと主張していました。反論した3人は、その主張を支える証拠は人名の例1つのほかに示されていないと書いています(どちらも反論論文の注による)。
では、実際の話し言葉ではどうなのか。2016年、米MITのリチャード・フトレルらは、エヴェレットとスティーブ・シェルドンが何十年もかけて集めた物語を調べました。エヴェレット本人も共著者に入っています。
ただし、これで決着とはなりません。「見つからない」は「ない」と同じではないからです。この研究の著者たち自身が、慎重な書き方をしています。
まず、量の問題です。英語の電話の会話を集めたデータでは、「〜の〜の」の重ねは1,000文に1.6回しか出てきません。1,149文のピダハン語に見つからなくても、ふしぎではないのです。入れ子の文は、入れ子を確かに持つ言語でも、自然な話し言葉ではまれだと著者たちは書いています。
次に、データの性質です。このデータは物語の書き起こしで、音声が残っているのは2話だけ。話し手に「この文は言えるか」と直接たずねた結果ではありません。著者たちは、ピダハン語の話し手に会うのが難しいことも挙げ、結論は「とても仮のもの」だとしています。
そして、言葉の定義の問題です。「再帰」を「文の中に同じ種類の文が入ること」とみるか、「組み合わせをくり返す操作」とみるかで、ピダハン語が反例になるかどうかが変わります。フトレルらは、これまでの論争の多くは用語をめぐるものだったと書いています。
05まとめ
「人間の言語なら、文の中に文を入れられるはず」。この予想に、アマゾンの数百人が話す言語が疑問を投げかけました。
決着がつかないのは、データが少ないことに加え、「再帰とは何か」という定義そのものが争われているからです。次に「〜って言ってたって言ってた」と話すとき、自分が毎日やっている入れ子の重さを思い出してみてください。
06もっと知りたい人へ
- 再帰(recursion)・狭い意味の言語能力(FLN):Hauser, M. D., Chomsky, N. & Fitch, W. T. (2002) The Faculty of Language: What Is It, Who Has It, and How Did It Evolve? Science 298.
- 埋め込み(embedding)と文化の制約:Everett, D. L. (2005) Cultural Constraints on Grammar and Cognition in Pirahã. Current Anthropology 46(4).
- 併合(Merge)・所有者の再帰(possessor recursion):Nevins, A., Pesetsky, D. & Rodrigues, C. (2009) Pirahã exceptionality: A reassessment. Language 85(2).
- 反論への応答:Everett, D. L. (2009) Pirahã culture and grammar: A response to some criticisms. Language 85(2).
- コーパス(corpus)・正規言語(regular language):Futrell, R. et al. (2016) A Corpus Investigation of Syntactic Embedding in Pirahã. PLOS ONE 11(3).
よくある質問
言語学の「再帰(recursion)」とは何ですか?
ある単位の中に、同じ種類の単位を入れられることです。「『雨だ』と父が言ったと母が言った」のように文の中に文を入れられれば、どんなに長い文にもさらに足せます。だから「いちばん長い文」は存在しない、という考え方です。
ピダハン語には再帰がないのですか?
決着していません。2005年に言語学者エヴェレットが「ピダハン語には入れ子がない」と主張しましたが、2009年にネヴィンズらが反論しました。2016年に1,149文を調べた研究でも、はっきりした入れ子は見つかりませんでしたが、著者たちは「とても仮の結論」としています。
チョムスキーの再帰の仮説とは何ですか?
2002年にハウザー、チョムスキー、フィッチの3人が『Science』で出した仮説です。言語の力のうち、人間だけが持つ「狭い意味の言語能力」は再帰だけだ、と考えました。ただし、この「再帰」の意味をどう読むかも論争になっています。
エヴェレットはなぜピダハン語に入れ子がないと考えたのですか?
文化のせいだと考えました。ピダハンの人々には「自分たちが直接経験したことだけを話題にする」という決まりがあり、それが文法の形まで決めている、という説です。たとえば「コオイの息子の娘」とは言えず、2つの文に分けて言うと報告しました。
エヴェレットへの反論はどんな内容ですか?
主に3つです。入れ子に見える文がエヴェレット自身の昔の記述にあること、名詞の前に持ち主を重ねられない制限はドイツ語にもあること、そしてチョムスキーたちの「再帰」は組み合わせをくり返す操作で、3語以上の文が言えればもう満たす、ということです。
2016年のコーパス研究で何が分かりましたか?
物語17話・1,149文に、入れ子だとはっきり言える例は見つかりませんでした。ただ、英語の電話の会話でも「〜の〜の」の重ねは1,000文に1.6回しか出ません。「見つからない」は「ない」と同じではない、と著者たちも書いています。
ピダハン語の論争はなぜ決着しないのですか?
データが少ないことと、「再帰とは何か」という定義そのものが争われているからです。「文の中に同じ種類の文が入ること」とみるか、「組み合わせをくり返す操作」とみるかで、ピダハン語が反例になるかどうかが変わります。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn 2002, Marc Hauser, Noam Chomsky and Tecumseh Fitch suggested that recursion, the ability to put a unit…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
"Mom said that Dad said it will rain." This sentence has a sentence inside a sentence inside a sentence. Many linguists think every language can do this.
In 2005, Daniel Everett said that one language cannot. It is Pirahã, a small language in the Amazon in Brazil. Other linguists did not agree. In 2016, a team studied 1,149 Pirahã sentences. They found no clear example, but they said this does not end the debate.
74 words ・ CEFR A2
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「お父さんが雨が降るって言ったって、お母さんが言ってた」。この文には、文の中の文の中に、さらに文が入っています。多くの言語学者は、どの言語でもこれができると考えています。
2005年、ダニエル・エヴェレットは、ある言語にはそれができないと言いました。ブラジルのアマゾンの小さな言語、ピダハン語です。ほかの言語学者は賛成しませんでした。2016年、ある研究チームがピダハン語の1,149の文を調べました。はっきりした例は見つかりませんでしたが、チームはこれで論争が終わるわけではないと言いました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
文の中に文を入れられない言語があるかどうか、という論争の話なので B。
Q2. How many Pirahã sentences did the team study in 2016?
a team studied 1,149 Pirahã sentences とあるので C。
Q3. In the passage, what does "did not agree" mean?
agree は「賛成する、同じ意見だ」。did not agree は「意見が違った」なので A。
In 2002, Marc Hauser, Noam Chomsky and Tecumseh Fitch suggested that recursion, the ability to put a unit of language inside another unit of the same kind, is the one part of language that only humans have. Three years later, the linguist Daniel Everett argued that Pirahã, spoken by a few hundred people in the Brazilian Amazon, has no such embedding. He said a Pirahã speaker cannot say something like "Ko'oi's son's daughter" and would use two separate sentences instead.
Everett believed the reason was cultural, because the Pirahã mainly talk about things they have experienced directly. In 2009, three other linguists replied that many German speakers also reject Peters Vaters Auto, the German for "Peter's father's car," even though their culture is very different from the Pirahã's.
128 words ・ CEFR B1
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2002年、マーク・ハウザー、ノーム・チョムスキー、テカムセ・フィッチの3人は、再帰、つまり言語のある単位を同じ種類の別の単位の中に入れる力こそ、言語の中で人間だけが持つ部分だと提案した。その3年後、言語学者のダニエル・エヴェレットは、ブラジルのアマゾンで数百人が話すピダハン語には、そのような埋め込みがないと主張した。ピダハン語の話し手は「コオイの息子の娘」のようには言えず、代わりに2つの別々の文を使うというのだ。エヴェレットは、その理由は文化にあると考えた。
ピダハンの人々は主に自分が直接経験したことを話すからだ。2009年、ほかの3人の言語学者は、ピダハンとはまったく違う文化を持つドイツ語の話し手の多くも、「ペーターのお父さんの車」にあたるドイツ語 Peters Vaters Auto を認めない、と反論した。
4択リーディングクイズ
Q1. What did the three researchers suggest in 2002?
recursion ... is the one part of language that only humans have と提案したとあるので B。
Q2. According to Everett, how would a Pirahã speaker express "Ko'oi's son's daughter"?
would use two separate sentences instead とあるので C。
Q3. Why did the three linguists mention German?
many German speakers also reject Peters Vaters Auto, the German for "Peter's father's car," even though their culture is very different とあり、文化の違う言語の話し手にも同じ傾向があることを示すためなので B。
In 2005, Daniel Everett reported that Pirahã, an Amazonian language with a few hundred speakers, does not embed one clause inside another, and the report drew heavy criticism. The claim mattered because Hauser, Chomsky and Fitch had proposed in 2002 that recursion is the only uniquely human component of the language faculty. Nevins, Pesetsky and Rodrigues answered in 2009, using Everett's own earlier grammar. They pointed to sentences such as one meaning "He really knows how to make arrows," where the verb for "make" carries the suffix -sai and loses its tense marking, a common sign of an embedded clause.
Everett replied that -sai simply marks information already mentioned. In 2016, Richard Futrell and colleagues, with Everett as a co-author, searched 1,149 sentences from 17 stories collected over several decades. They found no unambiguous embedding, and the data could be described by a grammar with no nesting at all. Even so, the authors pointed out that nested possessives turn up only about 1.6 times per 1,000 sentences even in English phone conversations, and that they had no way to ask speakers directly which sentences are possible.
186 words ・ CEFR B2
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2005年、ダニエル・エヴェレットは、話し手が数百人のアマゾンの言語ピダハン語は節を別の節の中に埋め込まない、と報告し、この報告は激しい批判を浴びた。この主張が重要だったのは、ハウザー、チョムスキー、フィッチが2002年に、再帰こそ言語能力の中で人間だけが持つ唯一の要素だと提案していたからだ。ネヴィンズ、ペセツキー、ロドリゲスは2009年、エヴェレット自身の以前の文法書を使って反論した。彼らが指摘したのは、「彼は矢の作り方をよく知っている」という意味の文のような例だ。そこでは「作る」にあたる動詞が -sai という語尾をとり、時制の印を失っている。
これは埋め込まれた節によくある特徴だ。エヴェレットは、-sai はすでに話に出た情報を示すだけだと応じた。2016年、リチャード・フトレルらは、エヴェレットも共著者に加えて、何十年もかけて集められた17の物語から1,149文を調べた。はっきりした埋め込みは見つからず、データは入れ子をまったく持たない文法で説明できた。それでも著者たちは、入れ子になった所有の表現は英語の電話の会話でさえ1,000文に約1.6回しか現れないこと、そして、どの文が言えるかを話し手に直接たずねる方法がなかったことを指摘した。
4択リーディングクイズ
Q1. Why was Everett's 2005 claim important?
The claim mattered because Hauser, Chomsky and Fitch had proposed ... recursion is the only uniquely human component とあるので B。
Q2. What did Nevins, Pesetsky and Rodrigues use as evidence?
using Everett's own earlier grammar とあるので B。
Q3. Why does the writer mention the figure of 1.6 per 1,000 sentences?
英語でも入れ子の所有表現はまれなので、1,149文で見つからなくても「ない」証拠としては弱い、という意味で挙げているので C。
重要単語
- recursionC1名詞再帰(同じ型のものを中に入れ子にすること)Recursion lets us build very long sentences.
数学・コンピューターでもよく使う。形容詞は recursive。 - embedC1動詞(中に)埋め込むYou can embed one sentence inside another with "that."
embed a video(動画を埋め込む)のようにネットでもよく使う。名詞は embedding。 - claimB1名詞主張Other scientists questioned his claim.
日本語の「クレーム(苦情)」は complaint。claim は「(証拠はまだないが)〜だと主張する」の意味。 - evidenceB1名詞証拠They found no clear evidence of embedding.
数えられない名詞。a piece of evidence で「1つの証拠」。 - corpusC1名詞(研究用に集めた)言葉のデータThe corpus contains 17 stories.
複数形は corpora。辞書づくりや AI の研究でも使う言葉。 - debateB1名詞論争、議論The debate has gone on for years.
動詞としても使う(debate the issue)。英語の授業の「ディベート」と同じ語。 - unambiguousC1形容詞あいまいさのない、はっきりしたThe answer was clear and unambiguous.
un-(否定)+ambiguous(あいまいな)。ambiguous は入試頻出。
公式・一次情報をチェック
- A Corpus Investigation of Syntactic Embedding in Pirahã(PLOS ONE・全文公開)journals.plos.org
- ピダハン語のコーパス(MIT の公開データ・GitHub)github.com
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「父が『雨だ』と言ったと母が言った」のような入れ子の文。これがない言語がアマゾンにあると2005年に主張され、大論争に。2016年に1,149文を調べた研究でも、はっきりした入れ子は見つからなかった。ただし著者たちは「とても仮の結論」としている。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Hauser M.D., Chomsky N., Fitch W.T. (2002) The Faculty of Language: What Is It, Who Has It, and How Did It Evolve?, Science 298doi.org
- Everett D.L. (2005) Cultural Constraints on Grammar and Cognition in Pirahã, Current Anthropology 46(4)doi.org
- Nevins A., Pesetsky D., Rodrigues C. (2009) Pirahã exceptionality: A reassessment, Language 85(2)doi.org
- Everett D.L. (2009) Pirahã culture and grammar: A response to some criticisms, Language 85(2)doi.org
- Futrell R., Stearns L., Everett D.L., Piantadosi S.T., Gibson E. (2016) A Corpus Investigation of Syntactic Embedding in Pirahã, PLOS ONE 11(3)doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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