「1」という言葉すらない言語がある。アマゾンのピダハン語と「数」の実験

読む前に予想してみよう!
ピダハン語の話し手は、数の言葉がないので「同じ数だけ並べる」ことがまったくできない
2008年の実験では、見本の横に1つずつ並べる課題で14人中13人がミスゼロ。ずれたのは見本を隠したときなど、数を覚えておく必要がある課題だった。
- 対象
- ピダハン語を話す大人
- 規模
- 14人(2008年)・7人(2004年)
- 研究の種類
- 村で行った数の課題(フィールド実験)
- 確かさ
- ★★★☆☆
アマゾンのピダハン語には「1」にあたる決まった言葉すらないと報告された。それでも人々は数をぴったりそろえられた。数の言葉は「覚えておく道具」らしい。
ひとことで言うと数のことばがなくても「同じ数」はわかる。でも覚えておくのはむずかしい!
「1、2、3……」。数を数えられない言語なんてない——そう思っていませんか?
ところが南米アマゾンには、「1」にあたる決まった言葉すらないと報告された言語があります。ブラジルのマイシ川(Maici River)沿いに暮らすピダハン(Pirahã)の人々の言葉、ピダハン語です。
数の言葉がないと、人は「ぴったり同じ数」がわからなくなるのでしょうか? 有名な2つの実験は、少しずつ違う答えを出しました。
01「ホイ」は1? それとも「少し」?
2004年、米コロンビア大学のピーター・ゴードン(Peter Gordon)さんが『Science』誌に発表した論文によると、ピダハン語で数を表しそうな言葉は、hói(ホイ・下がる調子)と hoí(ホイ・上がる調子)、それに「たくさん」を表す言葉だけ。ほぼ同じ「ホイ」で、声の高さの動きが違うだけです。論文によれば、人口は200人足らず。よそとの物々交換でも、ポルトガル語の数の言葉は使っていませんでした。
ゴードンさんはこれを「1・2・たくさん」の仕組みと見ながらも、hói は「だいたい1」のようなあいまいな言葉だと書きました。たとえに出したのが英語の a couple of(2つ3つの)。Can I have a couple of apples? と頼んで3個もらっても怒りませんが、1個だけだと「あれ?」と思いますよね。hói はその「1」版だというわけです。
ところが2008年、米MITのマイケル・フランク(Michael C. Frank)さんらのチームは、もっと強い結論を出しました。共著者には、ピダハン語を長年研究してきた言語学者ダニエル・エヴェレット(Daniel Everett)さんも入っています。
増やすときは「1」に見えた hói が、減らすときは6個にも使われる。英語の few(少し)が、場面しだいで指す数を変えるのに近い感覚です。チームによれば、「1」さえ表す手段がない言語の記録は、知る限りこれが初めてでした。
02数の言葉がなくても「ぴったり」はわかる
では、ピダハンの人々は「ぴったり同じ数」という考え自体を持っていないのでしょうか。フランクさんらは、ある村の大人14人(男女7人ずつ)に、見本の糸巻きと同じ数だけ風船を並べる課題をしてもらいました。

結果は、課題によってくっきり分かれました。
- 見本のすぐ横に1つずつ並べる:ミスをしたのは14人中1人だけ(56回中54回正解)
- 見本を見せたあと、不透明なフォルダーで隠してから並べる:56回中24回だけ正解
- 糸巻きを中の見えない容器に1個ずつ落とすのを見て、同じ数を並べる:36回中12回だけ正解(この課題は9人で実施)
目の前で1対1にそろえるならほぼ完ぺき。でも、数を「覚えておく」必要が出たとたん、ずれ始める。 しかも数が大きいほど誤差も大きくなりました。これは、言葉を持たない赤ちゃんや動物にもある「だいたいこのくらい」と見積もる感覚の特徴と同じです。
チームの結論は、数の言葉は「ぴったり」という考えそのものを生むのではなく、数を覚えて、時間や場所をこえて持ち運ぶための道具(cognitive technology)だ、というものでした。
03英語を話す人でも、同じことが起きる
これはピダハンの人々だけの話ではありません。フランクさんらは2012年、英語を話す人に、頭の中で言葉を使いにくくする妨害(verbal interference)をかけながら数の課題をしてもらいました。すると英語の話し手も、ピダハンの人々とよく似た「見積もり型」の誤りを見せたのです。
私たちが「さっき12個あったな」と覚えておけるのは、twelve や「じゅうに」という言葉が頭の中でメモの役をしているから——チームはそう考えています。英語の one, two, three... も、日本語の「いち、に、さん……」も、どこまでも続けられるメモ用のラベルだと言えそうです。
04どんでん返し:研究者どうしの論争
この話は、きれいに決着しているわけではありません。
まず、2つの実験の結果が食い違いました。ゴードンさんの実験では、いちばん簡単な「1列に並べる」課題でも、正解は75%前後にとどまりました。フランクさんらの実験ではほぼ満点。フランクさんらは、ゴードンさんの実験は主なデータが男性4人分と少なく通訳もいなかったこと、さらに、でこぼこの台の上で単3電池を使ったため置いた物が動いてしまったのかもしれないことを指摘しています。
もう一つは、エヴェレットさんの大胆な主張をめぐる論争です。エヴェレットさんは2005年の論文で、ピダハン語には数も、数えるという考えも、量を表す言葉もなく、それは「目の前の経験だけを話す」という文化のせいだと論じました。これに対し、言語学者のネヴィンズ(Nevins)さんらは2009年、言語の記録を見直すと量を表す言葉(「全部」のような数量詞)がないという証拠は見つからないと反論。文化が文法を決めたという説明にも根拠がないとしました。
決まった数をぴったり指す言葉がない、という点では、ゴードンさん、フランクさんら、エヴェレットさんの見方はおおむね重なります。でも、なぜないのか、ほかに何が欠けているのかは、今も意見が割れているのです。
05まとめ
数の言葉がなくても、人は「1つ多い」「1つ少ない」の違いがわかる。でも、それを覚えておき、人に伝え、あとで確かめるには、言葉という道具が必要なのかもしれません。
明日コンビニで「おにぎり3個」と頼むとき、three や「さん」という小さな言葉が、どれほど頼れる道具か思い出してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn 2004, the researcher Peter Gordon reported that the Pirahã of the Brazilian Amazon count with something…
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
The Pirahã people live by a river in the Amazon rainforest in Brazil. Their language has no word for an exact number, not even for "one." In 2008, scientists asked 14 adults to put out the same number of balloons as a row of spools of thread.
When they put each balloon right next to a spool, they did very well. When the spools were hidden, they made many mistakes. Number words may help us remember amounts.
77 words ・ CEFR A2
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ピダハンの人々は、ブラジルのアマゾンの熱帯雨林で川のそばに暮らしています。彼らの言語には、ぴったりの数を表す言葉がなく、「1」さえありません。2008年、科学者たちは14人の大人に、糸巻きの列と同じ数の風船を並べてもらいました。
風船を糸巻きのすぐ横に1つずつ置くときは、とてもよくできました。糸巻きが隠されると、多くの間違いをしました。数の言葉は、私たちが量を覚えておくのを助けているのかもしれません。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
第2文で「ぴったりの数を表す言葉がない言語」を紹介し、その話し手の実験が続くので A。
Q2. How many adults took part in the 2008 test?
scientists asked 14 adults とあるので C。
Q3. What does "hidden" mean in the passage?
hide(隠す)の過去分詞で「見えないところに置かれた」。糸巻きのすぐ横に置ける場合と対比されているので B。
In 2004, the researcher Peter Gordon reported that the Pirahã of the Brazilian Amazon count with something like "one, two, many." Four years later, a team from MIT took a closer look. When they added spools of thread one at a time, the word hói was used for a single spool. But when they took spools away from a group of ten, the same word was used for as many as six.
So the language seems to have no word for any exact number. Even so, 13 of 14 adults made no mistakes when they lined up balloons right next to a row of spools. Their answers went wrong more often when the spools were hidden, so number words may be a tool for remembering amounts.
126 words ・ CEFR B1
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2004年、研究者のピーター・ゴードンは、ブラジル・アマゾンのピダハンの人々が「1、2、たくさん」のような仕組みで数えていると報告した。4年後、MITのチームがさらに詳しく調べた。糸巻きを1つずつ増やしていくと、hói という言葉は糸巻き1つに使われた。ところが10個の山から糸巻きを減らしていくと、同じ言葉が6個にまで使われた。
つまりこの言語には、ぴったりの数を表す言葉が一つもないようだ。それでも、糸巻きの列のすぐ横に風船を並べるときは、14人中13人の大人が一度も間違えなかった。糸巻きが隠されると答えがずれることが多くなったので、数の言葉は量を覚えておくための道具なのかもしれない。
4択リーディングクイズ
Q1. What did the MIT team find about the word hói?
増やすときは1つ、減らすときは6つにまで使われた(the same word was used for as many as six)とあるので B。
Q2. How did the adults do when they lined up balloons right next to the spools?
13 of 14 adults made no mistakes とあるので C。
Q3. What does the writer suggest about number words?
最終文で number words may be a tool for remembering amounts と述べているので B。横に並べる課題は数の言葉がなくてもできたので A は誤り。
Ask a Pirahã speaker how many spools sit on a table, and the answer depends on how you ask. In a 2008 study by Michael Frank and his colleagues at MIT, the word hói described a single spool when spools were added one by one, yet it was applied to as many as six when they were removed from a pile of ten. The team concluded that the language has no way to express any exact quantity.
Even so, 13 of the 14 adults tested matched a row of spools with balloons perfectly when the two rows sat side by side. Most errors came in tasks that required memory, such as matching a row that had been hidden behind a folder. A follow-up study found that English speakers made similar errors when verbal interference kept them from using number words in their heads.
The story has its disputes. Peter Gordon's earlier study, which relied mostly on four men, found mistakes even in simple matching, perhaps because batteries moved on an uneven surface. And when Daniel Everett argued that Pirahã culture explains gaps in its grammar, three linguists replied in 2009 that the evidence did not back him up.
198 words ・ CEFR B2
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ピダハン語の話し手に、テーブルの上に糸巻きがいくつあるかたずねると、答えはたずね方しだいで変わる。MITのマイケル・フランクらによる2008年の研究では、hói という言葉は、糸巻きを1つずつ足していくときは1つを表したが、10個の山から取り除いていくときには6つにまで当てはめられた。チームは、この言語にはどんなぴったりの量も表す手段がないと結論した。
それでも、調べた14人の大人のうち13人は、2つの列が横に並んでいるときには糸巻きの列に風船を完ぺきに合わせた。誤りの多くは、フォルダーの後ろに隠された列に合わせるなど、記憶が必要な課題で起きた。その後の研究では、言語的な妨害によって頭の中で数の言葉を使えなくすると、英語話者も同じような誤りをすることがわかった。
この話には論争もある。主に4人の男性に頼ったピーター・ゴードンの先行研究では、単純な照合でも間違いが見られたが、それはでこぼこの台の上で電池が動いたせいかもしれない。また、ピダハンの文化によって文法の欠落が説明できるとダニエル・エヴェレットが主張したのに対し、3人の言語学者が2009年に、証拠は彼の主張を支えていないと反論した。
4択リーディングクイズ
Q1. Why did the team conclude that Pirahã has no word for an exact quantity?
hói が足すときは1つ、取り除くときは6つにまで使われた、という結果から結論している。よって B。
Q2. According to the passage, what did the follow-up study with English speakers show?
English speakers made similar errors when verbal interference kept them from using number words とあるので B。
Q3. What can be inferred about the research on Pirahã?
The story has its disputes 以降で、ゴードンの結果との食い違いと、エヴェレットの説への2009年の反論が紹介されているので C。
重要単語
- exactB1形容詞ぴったりの、正確なPlease tell me the exact number of guests.
副詞 exactly は会話の「そのとおり!」でも使う。the exact same「まったく同じ」も口語でよく聞く。 - approximateB2形容詞おおよそのThe approximate cost of the trip is 30,000 yen.
exact の反対側の語。副詞 approximately は about のかたい言い方で、入試の長文や図表問題に頻出。 - quantityB1名詞量、数量It is hard to remember a large quantity without words.
quality(質)とつづりが似ているので注意。quality over quantity「量より質」はセットで覚える。 - matchA2動詞合わせる、そろえるMatch each spool with one balloon.
match A with B「AをBと組み合わせる」。テストの「線で結びなさい」も Match the words with their meanings. と言う。 - estimateB2動詞ざっと見積もるI estimate that about fifty people came.
名詞も同じ形(発音は語尾が「-メット」寄り)。rough estimate「おおざっぱな見積もり」。 - a couple ofA2句2つ3つの、いくつかのCan I borrow a couple of pens?
厳密な「2」ではなく「2つかそこら」。ぴったり2なら two を使う。ピダハン語の hói の説明にも使われたたとえ。
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アマゾンのピダハン語には「1」にあたる決まった言葉すらないらしい。実験では、糸巻きのすぐ横に同じ数の風船を並べるのはほぼ完ぺき。でも見本を隠すと数がずれた。数のことばは“記憶の道具”なのかも。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Gordon (2004) Numerical Cognition Without Words: Evidence from Amazonia, Sciencedoi.org
- Frank, Everett, Fedorenko & Gibson (2008) Number as a cognitive technology: Evidence from Pirahã language and cognition, Cognitiondoi.org
- Frank, Fedorenko, Lai, Saxe & Gibson (2012) Verbal interference suppresses exact numerical representation, Cognitive Psychologydoi.org
- Everett (2005) Cultural Constraints on Grammar and Cognition in Pirahã: Another Look at the Design Features of Human Language, Current Anthropologydoi.org
- Nevins, Pesetsky & Rodrigues (2009) Pirahã exceptionality: A reassessment, Languagedoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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