The Parasol and the Samurai's Word(閉じた日傘と武士の一言)の挿絵

The Parasol and the Samurai's Word

閉じた日傘と武士の一言

  • 📖 898 words
  • ⏱ 約8分
  • 🔊 5:15
  • YL 2.5–3.4
  • 英検2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ炎天下で立ち話をするとき、なぜ日本人はわざわざ日傘を閉じたのか。贈り物を「つまらないものですが」と渡すのはなぜか。新渡戸稲造が外国人に向けて解き明かした「礼」と「誠」の心。

新渡戸稲造『武士道』(Bushido: The Soul of Japan, 1900年)第6〜8章「礼」「誠」「名誉」をもとに

キーワード(10語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • missionary宣教師
  • acquaintance知り合い
  • parasol日傘
  • discomfort不快、つらさ
  • humility謙虚さ
  • veracity誠実さ、正直
  • cowardice臆病
  • contract契約(書)
  • insult侮辱
  • sincerity誠
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In his book Bushido: The Soul of Japan, Nitobe Inazo explains Japanese manners to readers in the West. Some Japanese customs looked very strange to foreigners. One American missionary woman who had lived in Japan for twenty years told Nitobe that some of them were "awfully funny." Nitobe took her comment seriously and explained the hidden meaning behind them.

新渡戸稲造は『武士道――日本の魂』の中で、日本人の礼儀作法を西洋の読者に説明しています。日本の習わしの中には、外国人の目にはひどく奇妙に映るものもありました。日本に二十年住んでいたあるアメリカ人の女性宣教師は、新渡戸に、そのいくつかは「ほんとうにおかしい」と言いました。新渡戸はその言葉を真剣に受けとめ、そうした習わしの奥にある意味を説明しています。

Here is one example. Imagine you are standing in the hot sun with no shade. A Japanese acquaintance passes by with a parasol, a kind of umbrella for the sun. You greet him, and he immediately takes off his hat. That is natural. But here is the "funny" part: all the time he talks with you, he keeps his parasol closed and stands in the burning sun too. How foolish, you might think.

一つ例を挙げましょう。日陰のない炎天下に、あなたが立っているとします。そこへ日本人の知り合いが、日傘をさして通りかかります。日傘とは、日ざしをよけるための傘です。あなたがあいさつすると、相手はすぐに帽子をとります。それは当然でしょう。ところが「おかしい」のはここからです。あなたと話しているあいだじゅう、相手は日傘をたたんだまま、自分も焼けつくような日ざしの中に立っているのです。なんてばかなことを、とあなたは思うかもしれません。

Yes, it would be foolish, Nitobe says, if there were no deeper reason. But his real thought is this: "You are standing in the sun. I feel sorry for you. I would gladly share my parasol with you if it were big enough, or if we were close friends. Since I cannot shade you, I will share your discomfort." Small acts like this, Nitobe says, are not empty customs. They are the visible form of a real concern for the comfort of others.

たしかに、もっと深いわけがなければばかなことでしょう、と新渡戸は言います。けれども、その人が本当に思っているのは、こういうことなのです。「あなたは日なたに立っておられる。お気の毒なことだ。この傘がもっと大きければ、あるいは私たちが親しい間柄なら、喜んで入っていただくのだが。日陰をさしあげられない以上、せめてあなたのつらさを一緒に味わおう」。こうした小さなふるまいは、中身のない形式ではない、と新渡戸は言います。相手が心地よく過ごせるよう本気で気づかう心が、目に見える形になったものなのです。

Another custom that confused foreigners was the way Japanese people give gifts. In America, Nitobe says, when you give someone a present, you praise it. The idea is, "This is a nice gift. If it were not nice, I would not dare to give it to you." In Japan, people often say the opposite, describing their gift as something small and poor.

外国人を戸惑わせた習わしは、ほかにもありました。日本人の贈り物の渡し方です。新渡戸によれば、アメリカでは、人に贈り物をするとき、その品物をほめます。「これはいい品です。いい品でなければ、あなたにさしあげたりはしません」という考えです。ところが日本では、その逆のことを言うのがふつうです。自分の贈り物を「つまらないものですが」と言うのです。

This seems strange, but Nitobe explains that the Japanese way of thinking goes like this: "You are a wonderful person, and no gift is good enough for you. Please accept this, not for its value, but as a sign of my good feelings." When you place the two ideas side by side, he says, they come to the same thing. The American talks about the gift itself. The Japanese talks about the feeling behind the gift. Neither is funny.

これは奇妙に見えますが、日本人の考え方はこうなのだ、と新渡戸は説明します。「あなたはすばらしい方なので、どんな贈り物もあなたにはふさわしくありません。どうかこれを、品物の値打ちとしてではなく、私の気持ちのしるしとしてお受けとりください」。二つの考えを並べてみれば、結局は同じことを言っているのだ、と新渡戸は言います。アメリカ人は贈り物そのものについて語り、日本人は贈り物にこめた気持ちについて語っている。どちらも、おかしなことではないのです。

For Nitobe, true politeness was much more than good manners. It grew from kindness and humility, and it meant caring about how other people feel. Politeness, he wrote, asks us to weep with those who weep and to be happy with those who are happy.

新渡戸にとって、本当の礼儀とは、行儀作法よりもはるかに大きなものでした。それはやさしさと謙虚さから生まれるもので、人の気持ちを思いやることでした。礼とは、泣く人とともに泣き、喜ぶ人とともに喜ぶことを求めるものだ、と新渡戸は書いています。

But Nitobe adds an important warning. Without honesty, politeness is only a show. He quotes the famous warlord Date Masamune, who said that politeness carried too far becomes a lie. So in the next chapter, he turns to veracity, or truthfulness.

けれども、新渡戸は大切な注意を付け加えています。まごころのない礼儀は、ただの見せかけにすぎない、というのです。新渡戸は、名高い戦国大名、伊達政宗の「礼に過ぐれば諂(へつら)いとなる」という言葉を引いています。礼儀も度を越すと、うそになる、という意味です。そこで新渡戸は、次の章で「誠」、つまり真実を語ることへと話を進めます。

For the samurai, lying or giving an unclear answer to avoid the truth was a sign of cowardice. Because samurai had a high position in society, they believed they had to meet a higher standard of honesty than merchants or farmers. There was a special phrase for this: bushi no ichi-gon, the word of a samurai. If a samurai said something, his word alone was enough. Promises were usually made and kept without any written contract, because asking for a written promise would have been an insult to his honor.

侍にとって、うそをつくことや、本当のことを言わずにすませようとあいまいな返事をすることは、臆病のしるしでした。侍は世の中で高い身分にあったので、商人や農民よりもいっそう正直でなければならないと考えていました。それを表す特別な言葉があります。「武士の一言」、つまり侍の言葉です。侍が何かを言えば、その言葉だけで十分でした。約束はたいてい証文なしで交わされ、そのとおりに守られました。証文を書いてくれと頼むのは、侍の名誉を傷つける侮辱になったからです。

There was also a word for the opposite: ni-gon, or a double tongue, meaning to say one thing and do another. To be called a person with a double tongue was a deep shame. Nitobe says there were many stories of samurai who paid a terrible price for breaking their word.

その反対を表す言葉もありました。「二言」です。二枚舌、つまり言うこととすることがちがうという意味です。「二言のある者」と呼ばれるのは、ひどい恥でした。新渡戸によれば、約束を破ったために恐ろしい報いを受けた侍の話が、たくさん伝わっていたといいます。

Nitobe connects this to an old Chinese teaching about sincerity, which says that without sincerity there would be nothing at all. He also points out that the Chinese character for sincerity is made of two parts, "word" and "perfect." A sincere person is someone whose words are complete, whose words and actions match.

新渡戸は、これを誠についての中国の古い教えと結びつけています。誠がなければ、この世に何ものもありえない、という教えです。新渡戸はまた、「誠」という漢字が、「言」と「成」の二つの部分からできていることも指摘しています。誠のある人とは、言葉が言葉どおりに成しとげられる人、つまり言うこととすることが一致している人なのです。

In the chapter on honor, Nitobe explains how these values were taught to children. The sense of shame was one of the first feelings that parents tried to grow in a child. When a boy behaved badly, the last and strongest thing an adult could say was, "People will laugh at you," or "Aren't you ashamed?" But Nitobe also notes that a samurai was taught patience, so that his sense of honor would not make him quick to anger. He quotes the great leader Tokugawa Ieyasu, who said that life is like walking a long road with a heavy load on your shoulders, so do not hurry.

名誉の章で、新渡戸は、こうした考え方が子どもにどう教えられていたかを説明しています。恥を知る心は、親が子どもの中にまっ先に育てようとした気持ちの一つでした。男の子が悪いことをしたとき、大人が最後に口にする、いちばんきびしい言葉は、「人に笑われるぞ」か「恥ずかしくないのか」でした。けれども新渡戸は、侍が忍耐も教えこまれたことにふれています。名誉を重んじるあまり、すぐにかっとなったりしないようにするためです。新渡戸は、偉大な指導者徳川家康の言葉を引いています。人の一生は、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではならない、というのです。

Nitobe was honest about Japan's weaknesses too. He admitted that in his time, some Japanese merchants had a poor reputation for honesty in their business with foreigners. But he believed that honesty would become more and more important as Japan traded with the world. Honesty, he suggested, is not only good for the soul. In business, it is also the best policy.

新渡戸は、日本の弱いところについても正直でした。当時の日本の商人の中には、外国人との取り引きで正直さに欠けるという悪い評判の者もいたことを認めています。それでも、日本が世界と貿易をするようになれば、正直さはますます大切になるだろうと考えていました。正直は心のためになるだけではない、と新渡戸は言いたかったのでしょう。商売においても、正直こそが最善の策なのです。

Today, the parasol custom has mostly disappeared. But the spirit behind it is still alive in many small Japanese habits: thinking about how others feel, saying sorry first, and keeping promises. Nitobe's message is that these habits only have value when they come from a sincere heart. Politeness and honesty must go together.

今では、日傘の習わしはほとんど見られなくなりました。けれども、その奥にある心は、日本人の小さな習慣の中に今も生きています。人の気持ちを考えること。先に「すみません」と言うこと。約束を守ること。こうした習慣は、まごころから生まれたときにだけ値打ちがある。それが新渡戸の伝えたいことです。礼儀と誠は、いつも一緒でなければならないのです。

Try this today. Do one small, polite act that shows real care for someone, like the man with the closed parasol. And make one promise, however small, and keep it exactly. Let your word be as good as a samurai's.

今日、ためしてみましょう。日傘をたたんだあの人のように、誰かを本当に思いやる、小さな礼儀正しいふるまいを一つしてみてください。そして、どんなに小さなことでもいいので、約束を一つして、それをきちんと守りましょう。あなたの言葉を、侍の言葉と同じくらい信頼できるものにするのです。

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新渡戸稲造は『武士道――日本の魂』の中で、日本人の礼儀作法を西洋の読者に説明しています。日本の習わしの中には、外国人の目にはひどく奇妙に映るものもありました。日本に二十年住んでいたあるアメリカ人の女性宣教師は、新渡戸に、そのいくつかは「ほんとうにおかしい」と言いました。新渡戸はその言葉を真剣に受けとめ、そうした習わしの奥にある意味を説明しています。

一つ例を挙げましょう。日陰のない炎天下に、あなたが立っているとします。そこへ日本人の知り合いが、日傘をさして通りかかります。日傘とは、日ざしをよけるための傘です。あなたがあいさつすると、相手はすぐに帽子をとります。それは当然でしょう。ところが「おかしい」のはここからです。あなたと話しているあいだじゅう、相手は日傘をたたんだまま、自分も焼けつくような日ざしの中に立っているのです。なんてばかなことを、とあなたは思うかもしれません。

たしかに、もっと深いわけがなければばかなことでしょう、と新渡戸は言います。けれども、その人が本当に思っているのは、こういうことなのです。「あなたは日なたに立っておられる。お気の毒なことだ。この傘がもっと大きければ、あるいは私たちが親しい間柄なら、喜んで入っていただくのだが。日陰をさしあげられない以上、せめてあなたのつらさを一緒に味わおう」。こうした小さなふるまいは、中身のない形式ではない、と新渡戸は言います。相手が心地よく過ごせるよう本気で気づかう心が、目に見える形になったものなのです。

外国人を戸惑わせた習わしは、ほかにもありました。日本人の贈り物の渡し方です。新渡戸によれば、アメリカでは、人に贈り物をするとき、その品物をほめます。「これはいい品です。いい品でなければ、あなたにさしあげたりはしません」という考えです。ところが日本では、その逆のことを言うのがふつうです。自分の贈り物を「つまらないものですが」と言うのです。

これは奇妙に見えますが、日本人の考え方はこうなのだ、と新渡戸は説明します。「あなたはすばらしい方なので、どんな贈り物もあなたにはふさわしくありません。どうかこれを、品物の値打ちとしてではなく、私の気持ちのしるしとしてお受けとりください」。二つの考えを並べてみれば、結局は同じことを言っているのだ、と新渡戸は言います。アメリカ人は贈り物そのものについて語り、日本人は贈り物にこめた気持ちについて語っている。どちらも、おかしなことではないのです。

新渡戸にとって、本当の礼儀とは、行儀作法よりもはるかに大きなものでした。それはやさしさと謙虚さから生まれるもので、人の気持ちを思いやることでした。礼とは、泣く人とともに泣き、喜ぶ人とともに喜ぶことを求めるものだ、と新渡戸は書いています。

けれども、新渡戸は大切な注意を付け加えています。まごころのない礼儀は、ただの見せかけにすぎない、というのです。新渡戸は、名高い戦国大名、伊達政宗の「礼に過ぐれば諂(へつら)いとなる」という言葉を引いています。礼儀も度を越すと、うそになる、という意味です。そこで新渡戸は、次の章で「誠」、つまり真実を語ることへと話を進めます。

侍にとって、うそをつくことや、本当のことを言わずにすませようとあいまいな返事をすることは、臆病のしるしでした。侍は世の中で高い身分にあったので、商人や農民よりもいっそう正直でなければならないと考えていました。それを表す特別な言葉があります。「武士の一言」、つまり侍の言葉です。侍が何かを言えば、その言葉だけで十分でした。約束はたいてい証文なしで交わされ、そのとおりに守られました。証文を書いてくれと頼むのは、侍の名誉を傷つける侮辱になったからです。

その反対を表す言葉もありました。「二言」です。二枚舌、つまり言うこととすることがちがうという意味です。「二言のある者」と呼ばれるのは、ひどい恥でした。新渡戸によれば、約束を破ったために恐ろしい報いを受けた侍の話が、たくさん伝わっていたといいます。

新渡戸は、これを誠についての中国の古い教えと結びつけています。誠がなければ、この世に何ものもありえない、という教えです。新渡戸はまた、「誠」という漢字が、「言」と「成」の二つの部分からできていることも指摘しています。誠のある人とは、言葉が言葉どおりに成しとげられる人、つまり言うこととすることが一致している人なのです。

名誉の章で、新渡戸は、こうした考え方が子どもにどう教えられていたかを説明しています。恥を知る心は、親が子どもの中にまっ先に育てようとした気持ちの一つでした。男の子が悪いことをしたとき、大人が最後に口にする、いちばんきびしい言葉は、「人に笑われるぞ」か「恥ずかしくないのか」でした。けれども新渡戸は、侍が忍耐も教えこまれたことにふれています。名誉を重んじるあまり、すぐにかっとなったりしないようにするためです。新渡戸は、偉大な指導者徳川家康の言葉を引いています。人の一生は、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではならない、というのです。

新渡戸は、日本の弱いところについても正直でした。当時の日本の商人の中には、外国人との取り引きで正直さに欠けるという悪い評判の者もいたことを認めています。それでも、日本が世界と貿易をするようになれば、正直さはますます大切になるだろうと考えていました。正直は心のためになるだけではない、と新渡戸は言いたかったのでしょう。商売においても、正直こそが最善の策なのです。

今では、日傘の習わしはほとんど見られなくなりました。けれども、その奥にある心は、日本人の小さな習慣の中に今も生きています。人の気持ちを考えること。先に「すみません」と言うこと。約束を守ること。こうした習慣は、まごころから生まれたときにだけ値打ちがある。それが新渡戸の伝えたいことです。礼儀と誠は、いつも一緒でなければならないのです。

今日、ためしてみましょう。日傘をたたんだあの人のように、誰かを本当に思いやる、小さな礼儀正しいふるまいを一つしてみてください。そして、どんなに小さなことでもいいので、約束を一つして、それをきちんと守りましょう。あなたの言葉を、侍の言葉と同じくらい信頼できるものにするのです。

日本語訳:多読ベスト

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このお話の教訓 Moral

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Politeness without honesty is only a show.

誠のない礼は、ただの見せかけにすぎない。

理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Why did the Japanese man keep his parasol closed?

Q2. What does 'bushi no ichi-gon' mean?

Q3. What does Nitobe say about politeness without honesty?

この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

聞き読みの効果とやり方/多読三原則

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