One Leaf, Many Cups: The Story of Tea(一枚の葉から お茶の歴史)の挿絵
Level 3 Pre-Intermediateノンフィクション

One Leaf, Many Cups: The Story of Tea

一枚の葉から お茶の歴史

  • 📖 778 words
  • ⏱ 約7分
  • YL 1.5–2.4
  • 英検準2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ緑茶も紅茶もウーロン茶も、じつは同じ一種類の植物から作られます。中国で生まれたお茶が、日本の茶道やイギリスのアフタヌーンティー、そしてアメリカの独立にまでつながる物語。

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キーワード(9語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • legend伝説
  • dynasty王朝
  • monks僧
  • powder粉
  • ceremony儀式(ここでは茶道)
  • fashionable流行の
  • duchess公爵夫人
  • colonies植民地
  • taxed税をかけた

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After water, tea is one of the most popular drinks in the world. People drink it hot or cold, with milk, with sugar, with lemon, or with nothing at all. Japanese green tea, British milk tea, Indian chai and Chinese oolong tea seem very different. But surprisingly, they all come from the same plant.

お茶は、水の次に世界でよく飲まれている飲み物のひとつです。温かくしても冷たくしても飲みますし、ミルクや砂糖、レモンを入れることもあれば、何も入れないこともあります。日本の緑茶、イギリスのミルクティー、インドのチャイ、中国のウーロン茶は、どれもまったくちがうものに見えます。ところが驚いたことに、どれも同じ植物から作られているのです。

That plant is called Camellia sinensis. It is a kind of camellia, a cousin of the tsubaki flowers that bloom in Japanese gardens in winter. Tea first grew in the mountains of southwestern China and nearby areas. The difference between green, oolong and black tea comes from what happens to the leaves after they are picked. For green tea, the leaves are heated soon after picking, so they stay green. For black tea, the leaves are rolled and left in the air, so they slowly turn dark brown. Oolong tea is somewhere in between.

その植物は、カメリア・シネンシス(チャノキ)といいます。ツバキの仲間で、冬に日本の庭に咲くツバキのいとこのようなものです。チャノキはもともと、中国の南西部とそのまわりの山の中に生えていました。緑茶、ウーロン茶、紅茶のちがいは、つみとったあとの葉をどうするかで決まります。緑茶は、つんですぐに葉を熱するので、緑色のままです。紅茶は、葉をもんでから空気にさらしておくので、だんだん濃い茶色に変わっていきます。ウーロン茶は、その中間です。

There is an old Chinese legend about how tea was discovered. A wise ruler named Shennong was boiling water outside, when a few leaves fell into his pot. He tasted the water and liked it. This is only a legend, of course. But we know that people in China were drinking tea more than two thousand years ago.

中国には、お茶がどうやって見つかったかを語る古い伝説があります。神農という賢い王が外でお湯をわかしていると、なべの中に何枚かの葉が落ちてきました。そのお湯を飲んでみると、おいしかったというのです。もちろん、これは伝説にすぎません。それでも、中国の人々が2000年以上も前からお茶を飲んでいたことは分かっています。

During the Tang dynasty, in the eighth century, a man named Lu Yu wrote the first book about tea. It is called The Classic of Tea. In it, he explained how to grow tea, how to prepare it, and even what kind of water to use. By then, tea had become an important part of Chinese culture.

8世紀、唐の時代に、陸羽という人がお茶についての最初の本を書きました。『茶経』という本です。その中で陸羽は、お茶の育て方やいれ方、さらにはどんな水を使えばよいかまで説明しています。このころには、お茶は中国の文化に欠かせないものになっていたのです。

Japanese monks who studied in China brought tea back to Japan. Tea was known in Japan by the ninth century, but it became really popular later. At the end of the twelfth century, a monk named Eisai came back from China. He taught a new way of drinking tea. The leaves were ground into a fine green powder and mixed with hot water. This is the matcha we know today. In 1211, Eisai wrote a book which said that tea was good for health. According to an old record, he once gave tea to a shogun who felt sick after drinking too much sake.

お茶を日本に持ち帰ったのは、中国で学んだ日本の僧たちでした。お茶は9世紀には日本で知られていましたが、本当に広まったのはもっとあとのことです。12世紀の終わり、栄西という僧が中国から帰ってきて、新しいお茶の飲み方を伝えました。葉をひいて細かい緑色の粉にし、お湯に混ぜて飲むのです。これが、今わたしたちの知っている抹茶です。1211年、栄西は、お茶は体によいと説く本を書きました。古い記録によれば、お酒を飲みすぎて具合を悪くした将軍に、栄西がお茶をすすめたこともあったそうです。

Over time, Japanese people turned tea drinking into an art. In the sixteenth century, a tea master named Sen no Rikyu developed a simple, quiet style of tea ceremony. He used small, plain rooms and simple bowls. For Rikyu, a cup of tea was a chance to calm the mind and to show respect to each guest. His ideas are still at the heart of the Japanese tea ceremony.

やがて日本の人々は、お茶を飲むことをひとつの芸術にまで高めていきました。16世紀、千利休という茶人が、簡素で静かな茶の湯の形を作りあげます。利休が使ったのは、小さく飾り気のない部屋と、素朴な茶わんでした。利休にとって、一杯のお茶は、心を落ち着け、客の一人ひとりに敬意を示すためのものだったのです。利休の考え方は、今も日本の茶道の中心にあります。

Tea reached Europe in the early 1600s, when Dutch traders brought it back from Asia. At first, it was very expensive, and only rich people could drink it. In England, tea became fashionable after a Portuguese princess named Catherine of Braganza married the English king in 1662. She loved tea, and people at the royal court began to copy her. Little by little, tea spread to ordinary people. By the 1800s, it had become the national drink of Britain.

お茶がヨーロッパに伝わったのは1600年代の初めで、オランダの商人がアジアから持ち帰ったのが始まりです。最初はとても高く、お金持ちしか飲めませんでした。イギリスでお茶がはやりだしたのは、1662年、ポルトガルの王女キャサリン・オブ・ブラガンザがイギリス国王と結婚してからのことです。お茶が大好きだった王妃を、宮廷の人々がまねするようになったのです。お茶は少しずつ、ふつうの人々にも広まっていきました。そして1800年代には、イギリスの国民的な飲み物になっていました。

Afternoon tea in England is said to have started in the 1840s with a duchess. She often felt hungry in the long hours between lunch and a late dinner. She began to have tea with small sandwiches and cakes in the afternoon, and soon her friends joined her.

イギリスのアフタヌーンティーは、1840年代に、ある公爵夫人から始まったといわれています。夫人は、昼食から遅い夕食までの長いあいだに、よくおなかがすきました。そこで午後に、小さなサンドイッチやケーキと一緒にお茶を飲むようになったのです。まもなく、友人たちもそれに加わるようになりました。

Tea even played a part in the birth of the United States. In the 1770s, Britain ruled the American colonies and taxed the tea sold there. Many colonists were angry about paying taxes to a government in which they had no voice. In 1773, a group of them climbed onto ships in Boston Harbor. They threw more than three hundred boxes of tea into the sea. This event, called the Boston Tea Party, was one of the steps that led to the American Revolution.

お茶は、アメリカ合衆国の誕生にまでかかわっています。1770年代、アメリカの植民地はイギリスに支配されていて、そこで売られるお茶には税金がかけられていました。多くの植民地の人々は、怒っていました。自分たちが何の発言権ももたない政府に、なぜ税金を払わなければならないのか、と。1773年、そうした人々の一団が、ボストン港に停泊していた船に乗りこみ、300箱以上のお茶を海に投げ捨てました。「ボストン茶会事件」と呼ばれるこのできごとは、アメリカ独立革命へとつながる一歩になりました。

For a long time, almost all of the world's tea came from China. The British wanted to grow their own tea. So in the 1800s, they started huge tea gardens in India, and later in Sri Lanka. A Scottish plant collector named Robert Fortune secretly took tea plants and seeds out of China and sent them to India. Today, India, Kenya and Sri Lanka are among the biggest tea producers in the world, along with China.

長いあいだ、世界のお茶はほとんどすべて中国でとれたものでした。イギリスの人々は、自分たちでお茶を育てたいと考えました。そこで1800年代、インドに、のちにはスリランカにも、広大な茶畑を開きました。スコットランドの植物採集家ロバート・フォーチュンが、中国からこっそりチャノキの苗や種を持ち出し、インドへ送ったのです。今では、インド、ケニア、スリランカは、中国と並んで世界有数のお茶の産地になっています。

Tea has traveled a long way. It started as a leaf in a Chinese pot, and now it is in a quiet tea room in Kyoto and a cup in a London cafe. So the next time you drink a cup of tea, think about all the people and places that brought it to you.

お茶は、長い旅をしてきました。始まりは、中国のなべに落ちた一枚の葉。それが今では、京都の静かな茶室にも、ロンドンのカフェのカップの中にもあります。今度お茶を飲むときには、そのお茶をあなたのもとへ届けてくれた、たくさんの人々や土地のことを思い浮かべてみてください。

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お茶は、水の次に世界でよく飲まれている飲み物のひとつです。温かくしても冷たくしても飲みますし、ミルクや砂糖、レモンを入れることもあれば、何も入れないこともあります。日本の緑茶、イギリスのミルクティー、インドのチャイ、中国のウーロン茶は、どれもまったくちがうものに見えます。ところが驚いたことに、どれも同じ植物から作られているのです。

その植物は、カメリア・シネンシス(チャノキ)といいます。ツバキの仲間で、冬に日本の庭に咲くツバキのいとこのようなものです。チャノキはもともと、中国の南西部とそのまわりの山の中に生えていました。緑茶、ウーロン茶、紅茶のちがいは、つみとったあとの葉をどうするかで決まります。緑茶は、つんですぐに葉を熱するので、緑色のままです。紅茶は、葉をもんでから空気にさらしておくので、だんだん濃い茶色に変わっていきます。ウーロン茶は、その中間です。

中国には、お茶がどうやって見つかったかを語る古い伝説があります。神農という賢い王が外でお湯をわかしていると、なべの中に何枚かの葉が落ちてきました。そのお湯を飲んでみると、おいしかったというのです。もちろん、これは伝説にすぎません。それでも、中国の人々が2000年以上も前からお茶を飲んでいたことは分かっています。

8世紀、唐の時代に、陸羽という人がお茶についての最初の本を書きました。『茶経』という本です。その中で陸羽は、お茶の育て方やいれ方、さらにはどんな水を使えばよいかまで説明しています。このころには、お茶は中国の文化に欠かせないものになっていたのです。

お茶を日本に持ち帰ったのは、中国で学んだ日本の僧たちでした。お茶は9世紀には日本で知られていましたが、本当に広まったのはもっとあとのことです。12世紀の終わり、栄西という僧が中国から帰ってきて、新しいお茶の飲み方を伝えました。葉をひいて細かい緑色の粉にし、お湯に混ぜて飲むのです。これが、今わたしたちの知っている抹茶です。1211年、栄西は、お茶は体によいと説く本を書きました。古い記録によれば、お酒を飲みすぎて具合を悪くした将軍に、栄西がお茶をすすめたこともあったそうです。

やがて日本の人々は、お茶を飲むことをひとつの芸術にまで高めていきました。16世紀、千利休という茶人が、簡素で静かな茶の湯の形を作りあげます。利休が使ったのは、小さく飾り気のない部屋と、素朴な茶わんでした。利休にとって、一杯のお茶は、心を落ち着け、客の一人ひとりに敬意を示すためのものだったのです。利休の考え方は、今も日本の茶道の中心にあります。

お茶がヨーロッパに伝わったのは1600年代の初めで、オランダの商人がアジアから持ち帰ったのが始まりです。最初はとても高く、お金持ちしか飲めませんでした。イギリスでお茶がはやりだしたのは、1662年、ポルトガルの王女キャサリン・オブ・ブラガンザがイギリス国王と結婚してからのことです。お茶が大好きだった王妃を、宮廷の人々がまねするようになったのです。お茶は少しずつ、ふつうの人々にも広まっていきました。そして1800年代には、イギリスの国民的な飲み物になっていました。

イギリスのアフタヌーンティーは、1840年代に、ある公爵夫人から始まったといわれています。夫人は、昼食から遅い夕食までの長いあいだに、よくおなかがすきました。そこで午後に、小さなサンドイッチやケーキと一緒にお茶を飲むようになったのです。まもなく、友人たちもそれに加わるようになりました。

お茶は、アメリカ合衆国の誕生にまでかかわっています。1770年代、アメリカの植民地はイギリスに支配されていて、そこで売られるお茶には税金がかけられていました。多くの植民地の人々は、怒っていました。自分たちが何の発言権ももたない政府に、なぜ税金を払わなければならないのか、と。1773年、そうした人々の一団が、ボストン港に停泊していた船に乗りこみ、300箱以上のお茶を海に投げ捨てました。「ボストン茶会事件」と呼ばれるこのできごとは、アメリカ独立革命へとつながる一歩になりました。

長いあいだ、世界のお茶はほとんどすべて中国でとれたものでした。イギリスの人々は、自分たちでお茶を育てたいと考えました。そこで1800年代、インドに、のちにはスリランカにも、広大な茶畑を開きました。スコットランドの植物採集家ロバート・フォーチュンが、中国からこっそりチャノキの苗や種を持ち出し、インドへ送ったのです。今では、インド、ケニア、スリランカは、中国と並んで世界有数のお茶の産地になっています。

お茶は、長い旅をしてきました。始まりは、中国のなべに落ちた一枚の葉。それが今では、京都の静かな茶室にも、ロンドンのカフェのカップの中にもあります。今度お茶を飲むときには、そのお茶をあなたのもとへ届けてくれた、たくさんの人々や土地のことを思い浮かべてみてください。

日本語訳:多読ベスト

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理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. What makes green tea and black tea different?

Q2. What did Eisai teach after he returned from China?

Q3. What happened at the Boston Tea Party?

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