Darwin's Voyage on the Beagle(ダーウィンとビーグル号の航海)の挿絵
Level 4 Intermediateノンフィクション

Darwin's Voyage on the Beagle

ダーウィンとビーグル号の航海

  • 📖 833 words
  • ⏱ 約8分
  • 🔊 4:55
  • YL 2.5–3.4
  • 英検2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ22歳の若者ダーウィンは、5年近くにわたる船旅に出ました。ガラパゴス諸島で彼が見た小さな違いが、のちに生き物の見方を大きく変えることになります。

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キーワード(10語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • naturalist博物学者
  • anesthetics麻酔薬
  • voyage航海
  • fossils化石
  • extinct絶滅した
  • tortoises(陸にすむ)カメ
  • finchesフィンチ(小鳥)
  • species(生物の)種
  • ancestors祖先
  • evolution進化
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In December 1831, a small British navy ship called the Beagle sailed out of Plymouth, England. Its main job was to make maps of the coast of South America. On board was a young man of twenty-two named Charles Darwin. He was not a sailor or an officer. He had come as a naturalist, a person who studies plants, animals and rocks. No one on the ship could have guessed that this trip would change the way people understand life on Earth.

1831年12月、イギリス海軍の小さな船ビーグル号が、イギリスのプリマスを出航しました。おもな仕事は、南アメリカの海岸の地図を作ることです。船には、チャールズ・ダーウィンという22歳の若者が乗っていました。船乗りでも、士官でもありません。植物や動物や岩石を調べる博物学者として、乗りこんでいたのです。この旅が、地球の生き物についての人々の考え方を根本から変えることになるとは、船のだれひとり思いもしなかったでしょう。

Darwin had not been a very successful student. His father, a doctor, sent him to Edinburgh to study medicine, but Darwin hated watching operations, which were done without anesthetics in those days, and he left. Then he studied at Cambridge to become a priest. What he really loved, however, was collecting beetles and exploring nature. When one of his professors recommended him for a place on the Beagle, his father at first said no. Only after Darwin's uncle spoke in favor of the trip did his father agree.

ダーウィンは、あまりできのよい学生ではありませんでした。医者だった父親は、息子をエディンバラの大学へやって医学を学ばせました。ところが、当時の手術は麻酔なしで行われていて、ダーウィンはそれを見るのが耐えられず、やめてしまいます。次に、牧師になるためにケンブリッジで学びました。けれども、本当に好きだったのは、甲虫を集めたり、自然の中を歩き回ったりすることでした。教授の一人がビーグル号の乗船者にダーウィンを推薦したとき、父親は初め反対しました。ダーウィンのおじが旅に賛成してくれて、ようやく父親も許したのです。

The voyage was supposed to last two years. In the end, it lasted almost five. Darwin was seasick for much of the time at sea, so he spent as many days as possible on land. While the ship was surveying the coast, he rode horses across the wide plains of Argentina, climbed high into the Andes mountains, and walked through the rain forests of Brazil. Everywhere he went, he collected plants, insects, birds, rocks and fossils, and he wrote careful notes in his notebooks.

航海は2年の予定でしたが、結局5年近くかかりました。ダーウィンは航海中ほとんど船酔いに苦しんでいたので、できるだけ陸の上で過ごすようにしました。船が海岸を測量しているあいだに、アルゼンチンの広大な草原を馬で横切り、アンデス山脈の高いところまで登り、ブラジルの熱帯雨林を歩きました。行く先々で、植物や昆虫、鳥、岩石、化石を集め、ノートにていねいに記録をつけました。

In Argentina, he dug up the fossil bones of huge animals that no longer existed, including a giant ground sloth as large as an elephant. Interestingly, some of these extinct giants looked similar to smaller animals that still lived in South America, such as armadillos. Darwin wondered why. In Chile, he experienced a powerful earthquake, and afterward he saw that parts of the coast had been lifted higher than before. High in the Andes, he found fossil seashells. The Earth, he realized, was always slowly changing.

アルゼンチンでは、今はもういない巨大な動物たちの骨の化石を掘り出しました。中には、ゾウほども大きな、地上で暮らす巨大なナマケモノもいました。おもしろいことに、絶滅したこうした巨大動物の中には、アルマジロのように今も南アメリカにいる小さな動物とよく似たものがいました。なぜだろう、とダーウィンは考えました。チリでは大きな地震にあい、そのあと、海岸の一部が前より高く持ち上がっているのを見ました。アンデスの高い山の上では、貝殻の化石を見つけました。地球はいつも、ゆっくりと変わりつづけているのだ。ダーウィンはそう気づいたのです。

In September 1835, the Beagle reached the Galapagos Islands, a group of volcanic islands in the Pacific Ocean, nearly 1,000 kilometers west of Ecuador. Darwin stayed there for about five weeks. He saw giant tortoises, lizards that swam in the sea, and birds that were so unafraid of people that he could almost touch them.

1835年9月、ビーグル号はガラパゴス諸島に着きました。エクアドルから西へ1000キロ近く離れた、太平洋にうかぶ火山の島々です。ダーウィンはそこに約5週間とどまりました。巨大なゾウガメ、海を泳ぐトカゲ、そして人間をまったくこわがらず、手でさわれそうなほど近寄ってくる鳥たちを見ました。

Something puzzled him. An official on the islands told him that he could tell which island a tortoise came from just by looking at its shell. Darwin also noticed that the mockingbirds on different islands were slightly different from each other. At the time, he did not pay enough attention to the small brown finches he collected, and he did not always record which island each one came from. Only after he returned to England did a bird expert, John Gould, tell him that the finches actually belonged to many different species.

ダーウィンには、不思議でならないことがありました。島の役人の話では、ゾウガメの甲羅を見ただけで、どの島のカメか分かるというのです。島ごとにマネシツグミが少しずつちがうことにも、ダーウィンは気づきました。ところが、集めた小さな茶色のフィンチには、そのころあまり注意を払っていませんでした。どの鳥をどの島でとったのか、記録していないこともありました。イギリスに帰ってから、鳥の専門家ジョン・グールドに教えられて、ダーウィンは初めて知ったのです。そのフィンチが、実はたくさんの別々の種に分かれていることを。

The Beagle continued west, visiting Tahiti, New Zealand, Australia and southern Africa, and finally returned to England in October 1836. Darwin never left Britain again. But the voyage stayed in his mind for the rest of his life.

ビーグル号はさらに西へ進み、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、アフリカ南部をめぐって、1836年10月、ようやくイギリスに帰りつきました。ダーウィンはそれから、二度とイギリスを出ませんでした。それでも、この航海は一生、ダーウィンの頭から離れなかったのです。

Back home, he began to think about a difficult question. If the animals on each Galapagos island were a little different, had they all come from the same ancestors and slowly changed? He also studied the way farmers breed animals, choosing the best ones to have young. In nature, Darwin thought, something similar happens without any farmer. More animals are born than can survive. Those with features that help them find food or escape danger are more likely to live and pass those features on to their young. Over very long periods, this process could create new species. He called it natural selection.

帰国したダーウィンは、ある難しい問題を考えはじめました。ガラパゴスの島ごとに動物が少しずつちがうのなら、もとは同じ祖先から出て、長い時間をかけて少しずつ変わってきたのではないか? ダーウィンはまた、農家が家畜を改良するやり方も研究しました。いちばんよい動物を選んで、子どもを産ませるのです。自然の中でも、農家がいなくても同じようなことが起きているのではないか、とダーウィンは考えました。動物は、生きのびられる数より多く生まれてきます。その中で、えさを見つけたり危険から逃げたりするのに役立つ特徴をもつものほど、生きのこりやすく、その特徴を子どもに伝えやすい。これがとても長いあいだ続けば、新しい種が生まれることもありうる。ダーウィンはこのしくみを「自然選択」と名づけました。

Darwin did not rush to publish his idea. He knew it would shock many people, because it challenged the common belief that every species had been created in its present form. For about twenty years, he collected evidence, did experiments, raised pigeons and wrote letters to scientists around the world. Then, in 1858, he received a letter from a younger naturalist named Alfred Russel Wallace, who was working in Southeast Asia. Wallace had come up with almost the same idea on his own. Their ideas were presented together at a scientific meeting in London that year, and in 1859, Darwin finally published his famous book, On the Origin of Species.

ダーウィンは、この考えをすぐには発表しませんでした。多くの人に衝撃を与えると分かっていたからです。当時は、どの種も神が今の姿のままで造ったと、広く信じられていました。ダーウィンの考えは、それに真っ向から反するものでした。それから約20年、ダーウィンは証拠を集め、実験をし、ハトを育て、世界中の科学者と手紙をやりとりしました。そして1858年、一通の手紙が届きます。差出人は、東南アジアで研究をしていた若い博物学者、アルフレッド・ラッセル・ウォレスでした。ウォレスは、自分ひとりの力で、ほとんど同じ考えにたどり着いていたのです。その年、二人の考えはロンドンの学会で一緒に発表されました。そして1859年、ダーウィンはついに、有名な『種の起源』を出版したのです。

The book caused great debate, but over time, the evidence grew stronger and stronger. Today, the theory of evolution is the foundation of modern biology. It helps scientists understand everything from ancient fossils to the way viruses change.

この本は大きな論争を巻き起こしました。けれども、時がたつにつれ、それを裏づける証拠はどんどん増えていきました。今では、進化論は現代の生物学の土台になっています。大昔の化石から、ウイルスが変化していくしくみまで、科学者たちはこの理論を手がかりに理解しているのです。

And it all began with a seasick young man who was not sure what to do with his life, but who looked closely at the world, asked questions, and kept careful notes. Darwin's story shows that great ideas do not always come in a sudden flash. Sometimes they grow slowly, from small observations, over many years.

そのすべては、船酔いに苦しむ一人の若者から始まりました。自分の人生で何をすればいいのか、よく分かっていなかった若者です。けれども、その若者は世界をじっくりと見つめ、疑問をもち、ていねいに記録をつけつづけました。すばらしい考えは、いつも突然ひらめくとはかぎりません。小さな観察から、長い年月をかけて、ゆっくりと育っていくこともあるのです。ダーウィンの物語は、そのことを教えてくれます。

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1831年12月、イギリス海軍の小さな船ビーグル号が、イギリスのプリマスを出航しました。おもな仕事は、南アメリカの海岸の地図を作ることです。船には、チャールズ・ダーウィンという22歳の若者が乗っていました。船乗りでも、士官でもありません。植物や動物や岩石を調べる博物学者として、乗りこんでいたのです。この旅が、地球の生き物についての人々の考え方を根本から変えることになるとは、船のだれひとり思いもしなかったでしょう。

ダーウィンは、あまりできのよい学生ではありませんでした。医者だった父親は、息子をエディンバラの大学へやって医学を学ばせました。ところが、当時の手術は麻酔なしで行われていて、ダーウィンはそれを見るのが耐えられず、やめてしまいます。次に、牧師になるためにケンブリッジで学びました。けれども、本当に好きだったのは、甲虫を集めたり、自然の中を歩き回ったりすることでした。教授の一人がビーグル号の乗船者にダーウィンを推薦したとき、父親は初め反対しました。ダーウィンのおじが旅に賛成してくれて、ようやく父親も許したのです。

航海は2年の予定でしたが、結局5年近くかかりました。ダーウィンは航海中ほとんど船酔いに苦しんでいたので、できるだけ陸の上で過ごすようにしました。船が海岸を測量しているあいだに、アルゼンチンの広大な草原を馬で横切り、アンデス山脈の高いところまで登り、ブラジルの熱帯雨林を歩きました。行く先々で、植物や昆虫、鳥、岩石、化石を集め、ノートにていねいに記録をつけました。

アルゼンチンでは、今はもういない巨大な動物たちの骨の化石を掘り出しました。中には、ゾウほども大きな、地上で暮らす巨大なナマケモノもいました。おもしろいことに、絶滅したこうした巨大動物の中には、アルマジロのように今も南アメリカにいる小さな動物とよく似たものがいました。なぜだろう、とダーウィンは考えました。チリでは大きな地震にあい、そのあと、海岸の一部が前より高く持ち上がっているのを見ました。アンデスの高い山の上では、貝殻の化石を見つけました。地球はいつも、ゆっくりと変わりつづけているのだ。ダーウィンはそう気づいたのです。

1835年9月、ビーグル号はガラパゴス諸島に着きました。エクアドルから西へ1000キロ近く離れた、太平洋にうかぶ火山の島々です。ダーウィンはそこに約5週間とどまりました。巨大なゾウガメ、海を泳ぐトカゲ、そして人間をまったくこわがらず、手でさわれそうなほど近寄ってくる鳥たちを見ました。

ダーウィンには、不思議でならないことがありました。島の役人の話では、ゾウガメの甲羅を見ただけで、どの島のカメか分かるというのです。島ごとにマネシツグミが少しずつちがうことにも、ダーウィンは気づきました。ところが、集めた小さな茶色のフィンチには、そのころあまり注意を払っていませんでした。どの鳥をどの島でとったのか、記録していないこともありました。イギリスに帰ってから、鳥の専門家ジョン・グールドに教えられて、ダーウィンは初めて知ったのです。そのフィンチが、実はたくさんの別々の種に分かれていることを。

ビーグル号はさらに西へ進み、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、アフリカ南部をめぐって、1836年10月、ようやくイギリスに帰りつきました。ダーウィンはそれから、二度とイギリスを出ませんでした。それでも、この航海は一生、ダーウィンの頭から離れなかったのです。

帰国したダーウィンは、ある難しい問題を考えはじめました。ガラパゴスの島ごとに動物が少しずつちがうのなら、もとは同じ祖先から出て、長い時間をかけて少しずつ変わってきたのではないか? ダーウィンはまた、農家が家畜を改良するやり方も研究しました。いちばんよい動物を選んで、子どもを産ませるのです。自然の中でも、農家がいなくても同じようなことが起きているのではないか、とダーウィンは考えました。動物は、生きのびられる数より多く生まれてきます。その中で、えさを見つけたり危険から逃げたりするのに役立つ特徴をもつものほど、生きのこりやすく、その特徴を子どもに伝えやすい。これがとても長いあいだ続けば、新しい種が生まれることもありうる。ダーウィンはこのしくみを「自然選択」と名づけました。

ダーウィンは、この考えをすぐには発表しませんでした。多くの人に衝撃を与えると分かっていたからです。当時は、どの種も神が今の姿のままで造ったと、広く信じられていました。ダーウィンの考えは、それに真っ向から反するものでした。それから約20年、ダーウィンは証拠を集め、実験をし、ハトを育て、世界中の科学者と手紙をやりとりしました。そして1858年、一通の手紙が届きます。差出人は、東南アジアで研究をしていた若い博物学者、アルフレッド・ラッセル・ウォレスでした。ウォレスは、自分ひとりの力で、ほとんど同じ考えにたどり着いていたのです。その年、二人の考えはロンドンの学会で一緒に発表されました。そして1859年、ダーウィンはついに、有名な『種の起源』を出版したのです。

この本は大きな論争を巻き起こしました。けれども、時がたつにつれ、それを裏づける証拠はどんどん増えていきました。今では、進化論は現代の生物学の土台になっています。大昔の化石から、ウイルスが変化していくしくみまで、科学者たちはこの理論を手がかりに理解しているのです。

そのすべては、船酔いに苦しむ一人の若者から始まりました。自分の人生で何をすればいいのか、よく分かっていなかった若者です。けれども、その若者は世界をじっくりと見つめ、疑問をもち、ていねいに記録をつけつづけました。すばらしい考えは、いつも突然ひらめくとはかぎりません。小さな観察から、長い年月をかけて、ゆっくりと育っていくこともあるのです。ダーウィンの物語は、そのことを教えてくれます。

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理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Why did Darwin spend as much time as possible on land?

Q2. What did Darwin notice about the mockingbirds on the Galapagos Islands?

Q3. What finally pushed Darwin to make his idea public?

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この読み物の使い方 3ステップ

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  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

聞き読みの効果とやり方/多読三原則

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