Apollo 11: The First Steps on the Moon(アポロ11号 月に降り立った日)の挿絵
Level 4 Intermediateノンフィクション

Apollo 11: The First Steps on the Moon

アポロ11号 月に降り立った日

  • 📖 918 words
  • ⏱ 約8分
  • 🔊 5:29
  • YL 2.5–3.4
  • 英検2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ1969年、世界中が見守る中で人類は初めて月に立ちました。着陸直前に鳴りひびいた警報、残りわずかな燃料……成功の裏にあったドラマとは。

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キーワード(10語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • satellite人工衛星
  • astronaut宇宙飛行士
  • orbit軌道(まわりを回る道)
  • module(宇宙船の)船体部分
  • manual手動の
  • hatchハッチ(出入り口)
  • magnificent desolation壮大な荒涼
  • gravity重力
  • plaque記念の銘板
  • isolation隔離
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Google Cloud TTS(Chirp 3 HD・アメリカ英語・Aoede)

On July 20, 1969, hundreds of millions of people around the world were watching the same thing on television. The picture was black and white and not very clear. Slowly, a man in a bulky white suit climbed down a ladder. When his boot touched the gray ground, he became the first human being to walk on the Moon.

1969年7月20日、世界中の何億もの人が、テレビで同じ映像を見つめていました。画面は白黒で、あまりはっきりしません。分厚い白い宇宙服を着た男が、ゆっくりとはしごを降りていきます。そのブーツが灰色の地面にふれた瞬間、男は月面を歩いた最初の人間になりました。

The journey to that moment had started eight years earlier. In 1961, the United States and the Soviet Union were in a fierce competition known as the Space Race. The Soviet Union had already sent the first satellite and the first human into space. That year, President John F. Kennedy announced a bold goal. America would land a man on the Moon and return him safely to Earth before the end of the 1960s. At that time, the United States had sent an astronaut into space for only about fifteen minutes.

その瞬間に向けた旅は、8年前に始まっていました。1961年、アメリカとソビエト連邦(ソ連)は「宇宙開発競争」と呼ばれる激しい競争をくり広げていました。ソ連はすでに、世界初の人工衛星も、世界初の宇宙飛行士も宇宙へ送り出していました。その年、ジョン・F・ケネディ大統領は思いきった目標をかかげます。1960年代のうちに、アメリカは人間を月に着陸させ、無事に地球へ連れ帰る、というのです。そのころアメリカは、宇宙飛行士を宇宙へ送ったといっても、わずか15分ほどの飛行を一度しただけでした。

Reaching that goal required the work of around 400,000 people, including engineers, scientists, factory workers and many others. They built the Saturn V, a rocket more than one hundred meters tall, which is still one of the most powerful rockets ever flown. The program also had painful moments. In 1967, three astronauts died when a fire broke out inside their spacecraft during a test on the ground.

この目標をかなえるには、技術者や科学者、工場で働く人たちなど、約40万人の力が必要でした。こうして作られたのが、高さ100メートルをこえるロケット、サターンVです。これまでに飛んだロケットの中で、今でも最も強力なもののひとつです。計画の途中には、つらいできごともありました。1967年、地上での試験中に宇宙船の中で火事が起こり、3人の宇宙飛行士が亡くなったのです。

The crew of Apollo 11 were three experienced pilots. Neil Armstrong was the commander. Buzz Aldrin would land on the Moon with him. Michael Collins would stay in orbit around the Moon in the command module, which was called Columbia. The small landing craft that would carry Armstrong and Aldrin down to the surface was called Eagle.

アポロ11号の乗組員は、経験豊かな3人のパイロットでした。船長はニール・アームストロング。バズ・オルドリンが、アームストロングとともに月に降りることになっていました。マイケル・コリンズは司令船「コロンビア」に残り、月のまわりを回りつづける役目です。アームストロングとオルドリンを月面まで運ぶ小さな着陸船は、「イーグル」と名づけられていました。

On July 16, 1969, the giant rocket lifted off from Florida. Huge crowds watched from nearby beaches and roads. After about three days, the spacecraft reached the Moon and began to circle it. On July 20, Armstrong and Aldrin climbed into Eagle, separated from Columbia, and started down toward the surface.

1969年7月16日、巨大なロケットがフロリダから打ち上げられました。近くの浜辺や道路では、大勢の人が見守っていました。約3日後、宇宙船は月に着き、そのまわりを回りはじめます。7月20日、アームストロングとオルドリンはイーグルに乗りこみ、コロンビアから離れて、月面へ向かって降りはじめました。

The landing was much harder than planned. As Eagle got closer to the ground, warning alarms suddenly went off. The computer was being given more work than it could handle. Back in Houston, at Mission Control, a young engineer quickly decided that it was safe to continue. Then Armstrong looked out of the window and saw that the computer was taking them toward an area full of large rocks. He took manual control and flew over the rocks, searching for a flat place to land. The fuel was running low. In Mission Control, people held their breath.

着陸は、予定よりもはるかに難しいものになりました。イーグルが地面に近づくと、突然、警報が鳴りだしたのです。コンピューターが、処理しきれないほどの計算をかかえこんでいたためでした。地球のヒューストンにある管制センターでは、若い技術者がすばやく判断を下しました。このまま続けても大丈夫だ、と。ところが今度は、窓の外を見たアームストロングが気づきます。コンピューターは、大きな岩がごろごろしている場所へ向かっていたのです。アームストロングは手動の操縦に切りかえ、岩の上を飛びこえながら、降りられる平らな場所を探しました。燃料は残り少なくなっていきます。管制センターの人たちは、息をのんで見守りました。

Finally, Eagle settled gently onto a flat plain called the Sea of Tranquility. Armstrong's calm voice came over the radio: "Houston, Tranquility Base here. The Eagle has landed." The man talking to the astronauts from Houston replied that a lot of people there had been about to turn blue, and that now they were breathing again.

ついに、イーグルは「静かの海」と呼ばれる平らな土地に、そっと降り立ちました。無線から、アームストロングの落ち着いた声が流れてきます。「ヒューストン、こちら静かの基地。イーグルは着陸した」。ヒューストンで交信を担当していた人は、こう答えました。こちらでは大勢が息を止めて、顔が青くなりかけていた。これでやっと息ができる、と。

A few hours later, Armstrong opened the hatch and climbed down the ladder. As he stepped onto the Moon, he said, "That's one small step for man, one giant leap for mankind." About twenty minutes later, Aldrin joined him. Looking around, he described the view as "magnificent desolation," a beautiful but completely empty world.

数時間後、アームストロングはハッチを開けて、はしごを降りていきました。月面に足をふみ出しながら、こう言いました。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」。約20分後、オルドリンも降りてきました。あたりを見回したオルドリンは、その景色を「荘厳なる荒涼」と言い表しました。美しいけれど、何ひとつない世界だったのです。

Walking on the Moon was strange. Gravity there is only about one sixth as strong as on Earth, so the astronauts moved in long, bouncing steps. The fine gray dust stuck to everything. For about two and a half hours, they collected rocks and soil, took photographs, and set up scientific instruments. One of them was a special mirror that reflects laser light sent from Earth. Scientists still use it today to measure the distance to the Moon very precisely.

月面を歩くのは、不思議な感覚でした。月の重力は地球の約6分の1しかありません。そのため、二人はぴょんぴょんとはねるように、大またで歩きました。細かい灰色の砂ぼこりが、何にでもくっつきました。約2時間半のあいだに、二人は岩や土を集め、写真をとり、観測装置を設置しました。そのひとつが、地球から送られたレーザー光をはね返す特別な鏡です。科学者たちは今もこの鏡を使って、月までの距離をとても正確にはかっています。

They also planted an American flag and left a metal plaque on one of Eagle's legs. It said that men from the planet Earth had first set foot on the Moon, and that they came in peace for all mankind. They also left objects in memory of American and Soviet space travelers who had died, including the three astronauts lost in the 1967 fire.

二人はアメリカの国旗を立て、イーグルの脚の一本に金属の記念板を取りつけました。そこには、こう書かれています。惑星・地球から来た人間が、ここで初めて月に足をふみ入れた。全人類のために、平和のうちにやって来たのだ、と。さらに二人は、亡くなったアメリカとソ連の宇宙飛行士たちをしのぶ品も残してきました。その中には、1967年の火事で命を落とした3人の宇宙飛行士をしのぶものもありました。

Meanwhile, Michael Collins was alone in Columbia, circling the Moon. Each time he passed behind it, he lost all radio contact with Earth. For those minutes, he was cut off from every other human being. Later, he wrote that he did not feel fear or loneliness. Instead, he felt something closer to excitement and joy.

そのころ、マイケル・コリンズはたった一人でコロンビアに乗り、月のまわりを回っていました。月の裏側に入るたびに、地球との無線はまったく通じなくなります。そのあいだ、コリンズはほかのすべての人間から切り離されていたのです。のちにコリンズは、そのとき恐怖も孤独も感じなかったと書いています。むしろ、わくわくするような、喜びに近い気持ちだったというのです。

After about 21 hours on the Moon, Eagle lifted off and joined Columbia again. On July 24, the three astronauts splashed down in the Pacific Ocean. Because no one knew for sure whether the Moon carried any dangerous germs, they had to stay in isolation for about three weeks. No germs were ever found.

月に約21時間とどまったあと、イーグルは月面を飛び立ち、ふたたびコロンビアとドッキングしました。7月24日、3人の宇宙飛行士は太平洋に着水しました。月に危険な細菌がいないかどうか、だれにもはっきりとは分かりませんでした。そのため3人は、約3週間、外の人と会わずに隔離されて過ごさなければなりませんでした。結局、細菌はひとつも見つかりませんでした。

It is easy to forget how simple the technology was. The computer that helped guide Eagle had far less memory and power than a modern smartphone. Much of the planning was done with pencils, paper and slide rules. What made the mission possible was not perfect machines, but careful planning, endless practice, and people who were able to make quick decisions under great pressure.

当時の技術がどれほど単純なものだったかは、つい忘れられがちです。イーグルを導いたコンピューターは、記憶容量も処理能力も、今のスマートフォンよりはるかにおとっていました。計画の多くは、鉛筆と紙と計算尺で立てられたのです。この飛行を成功させたのは、完璧な機械ではありませんでした。念入りな計画と、数えきれないほどの訓練、そして大きな重圧の中でもすばやく決断できる人たちだったのです。

Between 1969 and 1972, twelve astronauts walked on the Moon. Since then, no one has walked there again. But new missions to return people to the Moon are now being prepared, and someday soon, people may walk there once more. Their footprints will join the ones left in 1969, many of which are probably still there, because there is no wind on the Moon to blow them away.

1969年から1972年までに、12人の宇宙飛行士が月面を歩きました。それ以来、月を歩いた人はいません。けれども今、人間をふたたび月へ送る新しい計画が進められています。近いうちに、人がまた月を歩く日が来るかもしれません。そのとき残される足あとは、1969年の足あとと並ぶことになるでしょう。そのころの足あとの多くは、たぶん今もそのまま残っています。月には、足あとを吹き消す風がないからです。

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1969年7月20日、世界中の何億もの人が、テレビで同じ映像を見つめていました。画面は白黒で、あまりはっきりしません。分厚い白い宇宙服を着た男が、ゆっくりとはしごを降りていきます。そのブーツが灰色の地面にふれた瞬間、男は月面を歩いた最初の人間になりました。

その瞬間に向けた旅は、8年前に始まっていました。1961年、アメリカとソビエト連邦(ソ連)は「宇宙開発競争」と呼ばれる激しい競争をくり広げていました。ソ連はすでに、世界初の人工衛星も、世界初の宇宙飛行士も宇宙へ送り出していました。その年、ジョン・F・ケネディ大統領は思いきった目標をかかげます。1960年代のうちに、アメリカは人間を月に着陸させ、無事に地球へ連れ帰る、というのです。そのころアメリカは、宇宙飛行士を宇宙へ送ったといっても、わずか15分ほどの飛行を一度しただけでした。

この目標をかなえるには、技術者や科学者、工場で働く人たちなど、約40万人の力が必要でした。こうして作られたのが、高さ100メートルをこえるロケット、サターンVです。これまでに飛んだロケットの中で、今でも最も強力なもののひとつです。計画の途中には、つらいできごともありました。1967年、地上での試験中に宇宙船の中で火事が起こり、3人の宇宙飛行士が亡くなったのです。

アポロ11号の乗組員は、経験豊かな3人のパイロットでした。船長はニール・アームストロング。バズ・オルドリンが、アームストロングとともに月に降りることになっていました。マイケル・コリンズは司令船「コロンビア」に残り、月のまわりを回りつづける役目です。アームストロングとオルドリンを月面まで運ぶ小さな着陸船は、「イーグル」と名づけられていました。

1969年7月16日、巨大なロケットがフロリダから打ち上げられました。近くの浜辺や道路では、大勢の人が見守っていました。約3日後、宇宙船は月に着き、そのまわりを回りはじめます。7月20日、アームストロングとオルドリンはイーグルに乗りこみ、コロンビアから離れて、月面へ向かって降りはじめました。

着陸は、予定よりもはるかに難しいものになりました。イーグルが地面に近づくと、突然、警報が鳴りだしたのです。コンピューターが、処理しきれないほどの計算をかかえこんでいたためでした。地球のヒューストンにある管制センターでは、若い技術者がすばやく判断を下しました。このまま続けても大丈夫だ、と。ところが今度は、窓の外を見たアームストロングが気づきます。コンピューターは、大きな岩がごろごろしている場所へ向かっていたのです。アームストロングは手動の操縦に切りかえ、岩の上を飛びこえながら、降りられる平らな場所を探しました。燃料は残り少なくなっていきます。管制センターの人たちは、息をのんで見守りました。

ついに、イーグルは「静かの海」と呼ばれる平らな土地に、そっと降り立ちました。無線から、アームストロングの落ち着いた声が流れてきます。「ヒューストン、こちら静かの基地。イーグルは着陸した」。ヒューストンで交信を担当していた人は、こう答えました。こちらでは大勢が息を止めて、顔が青くなりかけていた。これでやっと息ができる、と。

数時間後、アームストロングはハッチを開けて、はしごを降りていきました。月面に足をふみ出しながら、こう言いました。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」。約20分後、オルドリンも降りてきました。あたりを見回したオルドリンは、その景色を「荘厳なる荒涼」と言い表しました。美しいけれど、何ひとつない世界だったのです。

月面を歩くのは、不思議な感覚でした。月の重力は地球の約6分の1しかありません。そのため、二人はぴょんぴょんとはねるように、大またで歩きました。細かい灰色の砂ぼこりが、何にでもくっつきました。約2時間半のあいだに、二人は岩や土を集め、写真をとり、観測装置を設置しました。そのひとつが、地球から送られたレーザー光をはね返す特別な鏡です。科学者たちは今もこの鏡を使って、月までの距離をとても正確にはかっています。

二人はアメリカの国旗を立て、イーグルの脚の一本に金属の記念板を取りつけました。そこには、こう書かれています。惑星・地球から来た人間が、ここで初めて月に足をふみ入れた。全人類のために、平和のうちにやって来たのだ、と。さらに二人は、亡くなったアメリカとソ連の宇宙飛行士たちをしのぶ品も残してきました。その中には、1967年の火事で命を落とした3人の宇宙飛行士をしのぶものもありました。

そのころ、マイケル・コリンズはたった一人でコロンビアに乗り、月のまわりを回っていました。月の裏側に入るたびに、地球との無線はまったく通じなくなります。そのあいだ、コリンズはほかのすべての人間から切り離されていたのです。のちにコリンズは、そのとき恐怖も孤独も感じなかったと書いています。むしろ、わくわくするような、喜びに近い気持ちだったというのです。

月に約21時間とどまったあと、イーグルは月面を飛び立ち、ふたたびコロンビアとドッキングしました。7月24日、3人の宇宙飛行士は太平洋に着水しました。月に危険な細菌がいないかどうか、だれにもはっきりとは分かりませんでした。そのため3人は、約3週間、外の人と会わずに隔離されて過ごさなければなりませんでした。結局、細菌はひとつも見つかりませんでした。

当時の技術がどれほど単純なものだったかは、つい忘れられがちです。イーグルを導いたコンピューターは、記憶容量も処理能力も、今のスマートフォンよりはるかにおとっていました。計画の多くは、鉛筆と紙と計算尺で立てられたのです。この飛行を成功させたのは、完璧な機械ではありませんでした。念入りな計画と、数えきれないほどの訓練、そして大きな重圧の中でもすばやく決断できる人たちだったのです。

1969年から1972年までに、12人の宇宙飛行士が月面を歩きました。それ以来、月を歩いた人はいません。けれども今、人間をふたたび月へ送る新しい計画が進められています。近いうちに、人がまた月を歩く日が来るかもしれません。そのとき残される足あとは、1969年の足あとと並ぶことになるでしょう。そのころの足あとの多くは、たぶん今もそのまま残っています。月には、足あとを吹き消す風がないからです。

日本語訳:多読ベスト

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理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Why did Armstrong take manual control of Eagle?

Q2. What did Michael Collins do during the landing?

Q3. Why did the astronauts stay in isolation after they returned?

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