Vincent van Gogh: The Painter of Light and Color(ゴッホ 光と色をさがした画家)の挿絵
Level 2 Elementary偉人伝

Vincent van Gogh: The Painter of Light and Color

ゴッホ 光と色をさがした画家

  • 📖 505 words
  • ⏱ 約6分
  • 🔊 2:54
  • YL 1.0–1.4
  • 英検3級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ今では世界中で愛されるゴッホの絵。でも生きているあいだ、彼の絵はほとんど売れませんでした。弟テオに支えられ、日本の浮世絵にあこがれた画家の、短く熱い人生。

多読ベストのオリジナル伝記(史実をもとに)

キーワード(8語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • pastor牧師
  • coal miners炭鉱で働く人
  • preacher伝道師
  • woodblock prints木版画(浮世絵)
  • wheat fields麦畑
  • argued言い争った
  • mental health problems心の病気
  • worth~の価値がある
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Today, the paintings of Vincent van Gogh are some of the most famous in the world. Millions of people visit museums to see his sunflowers and his starry skies. But when he was alive, almost nobody wanted his paintings. It is often said that he sold only one. In fact, he sold a few more, but very few.

今では、フィンセント・ファン・ゴッホの絵は、世界でもっとも有名な絵に数えられています。ひまわりや星空を描いたゴッホの絵を見るために、何百万人もの人が美術館を訪れます。けれども、生きているあいだ、ゴッホの絵を欲しがる人はほとんどいませんでした。売れた絵はたった1枚だった、とよくいわれます。実際にはもう少し売れたのですが、ほんのわずかでした。

Vincent was born in 1853 in a small village in the Netherlands. His father was a pastor. As a young man, Vincent tried many jobs. He worked for a company that sold paintings. He worked as a teacher in England. He also lived with poor coal miners in Belgium and tried to help them as a preacher. But none of these jobs went well.

フィンセントは1853年、オランダの小さな村で生まれました。お父さんは牧師でした。若いころのフィンセントは、いろいろな仕事をしてみました。絵を売る会社で働いたり、イギリスで教師をしたりしました。ベルギーでは、貧しい炭鉱の労働者たちと一緒に暮らし、伝道師として彼らを助けようとしました。けれども、どの仕事もうまくいきませんでした。

When he was twenty-seven, Vincent decided to become an artist. He had almost no training, so he taught himself. He drew again and again. His early paintings were dark and brown. They showed farmers and workers with tired faces.

27歳のとき、フィンセントは画家になろうと決めました。絵をほとんど習ったことがなかったので、独学で学びました。何度も何度も、デッサンを重ねました。初めのころの絵は暗く、茶色っぽいものでした。描かれているのは、疲れた顔をした農民や労働者たちでした。

Vincent had a younger brother, Theo. Theo sold art in Paris, and he believed in Vincent. For years, he sent Vincent money every month. The brothers also wrote many letters to each other. More than six hundred of Vincent's letters to Theo still exist. In them, Vincent wrote about his ideas, his hopes and his troubles.

フィンセントには、テオという弟がいました。テオはパリで絵を売る仕事をしていて、兄の才能を信じていました。何年ものあいだ、テオは毎月、兄にお金を送り続けました。兄弟は、たくさんの手紙もやりとりしました。フィンセントがテオにあてた手紙は、今も600通以上残っています。そこには、フィンセントの考えや希望、悩みがつづられています。

In 1886, Vincent moved to Paris to live with Theo. There he saw new kinds of art, and his colors became bright. He also fell in love with Japanese woodblock prints. He bought hundreds of them and even copied some, like the work of Hiroshige. He dreamed of a sunny place that was like Japan.

1886年、フィンセントはパリに移り、テオと一緒に暮らしはじめました。パリで新しい種類の絵にふれ、フィンセントの色づかいは明るくなりました。日本の浮世絵にも、すっかり心を奪われました。何百枚も買い集め、広重の作品などを写して描いたりもしました。そして、日本のように明るい日の光にあふれた土地を夢見るようになりました。

In 1888, he moved to Arles, a town in the south of France. The sun was strong, and the fields were yellow. Vincent painted very quickly, sometimes one painting a day. He painted sunflowers, wheat fields and his little yellow house. He hoped other artists would come and work with him. The painter Paul Gauguin came, but the two men often argued.

1888年、フィンセントは南フランスの町アルルに移りました。日差しは強く、畑は黄色に輝いていました。フィンセントはとても速く描き、1日に1枚仕上げることもありました。ひまわり、麦畑、そして自分の住む小さな黄色い家を描きました。ほかの画家たちがここに来て、一緒に絵を描いてくれることを願っていました。画家のポール・ゴーギャンがやって来ましたが、二人はよく言い争いました。

Vincent often had serious mental health problems. One night in December 1888, after a fight with Gauguin, he cut off part of his own ear. Later, he went to a hospital in a town called Saint-Remy. Even there, he kept painting. The view from his window gave him the idea for The Starry Night, one of his most famous works.

フィンセントは、たびたび重い心の病に苦しみました。1888年12月のある夜、ゴーギャンとけんかをしたあと、フィンセントは自分の耳の一部を切り落としてしまいました。その後、サン=レミという町の病院に入りました。そこでも、絵を描くことはやめませんでした。病室の窓から見える眺めが、もっとも有名な作品の一つ『星月夜』のもとになりました。

In July 1890, Vincent died. He was only thirty-seven. In about ten years, he had made more than two thousand works of art. Theo died just six months later. After that, Theo's wife, Jo, worked hard to show Vincent's paintings to the world.

1890年7月、フィンセントは亡くなりました。まだ37歳でした。およそ10年のあいだに、2000点を超える作品を残していました。テオも、そのわずか6か月後に亡くなりました。その後、テオの妻ヨーが、フィンセントの絵を世界に広めようと力を尽くしました。

Slowly, people began to understand Vincent's art. Today, his paintings are worth millions of dollars. But he never knew this. He did not paint to become rich or famous. He painted because he loved it.

少しずつ、人々はフィンセントの絵のよさがわかるようになりました。今では、その絵には何百万ドルもの値がつきます。けれども、フィンセント本人がそれを知ることはありませんでした。お金持ちになるためでも、有名になるためでもありません。描くことが大好きだったから、描いたのです。

Vincent's life teaches us something important. Your work may not be understood today. But if you keep going and put your heart into it, it can touch people for a very long time.

フィンセントの人生は、大切なことを教えてくれます。あなたの仕事は、今は分かってもらえないかもしれません。それでも、あきらめずに心を込めて続けていけば、その仕事はずっと長いあいだ、人の心を動かし続けることができるのです。

📖 全訳をまとめて読む 読み終わってからの答え合わせに

今では、フィンセント・ファン・ゴッホの絵は、世界でもっとも有名な絵に数えられています。ひまわりや星空を描いたゴッホの絵を見るために、何百万人もの人が美術館を訪れます。けれども、生きているあいだ、ゴッホの絵を欲しがる人はほとんどいませんでした。売れた絵はたった1枚だった、とよくいわれます。実際にはもう少し売れたのですが、ほんのわずかでした。

フィンセントは1853年、オランダの小さな村で生まれました。お父さんは牧師でした。若いころのフィンセントは、いろいろな仕事をしてみました。絵を売る会社で働いたり、イギリスで教師をしたりしました。ベルギーでは、貧しい炭鉱の労働者たちと一緒に暮らし、伝道師として彼らを助けようとしました。けれども、どの仕事もうまくいきませんでした。

27歳のとき、フィンセントは画家になろうと決めました。絵をほとんど習ったことがなかったので、独学で学びました。何度も何度も、デッサンを重ねました。初めのころの絵は暗く、茶色っぽいものでした。描かれているのは、疲れた顔をした農民や労働者たちでした。

フィンセントには、テオという弟がいました。テオはパリで絵を売る仕事をしていて、兄の才能を信じていました。何年ものあいだ、テオは毎月、兄にお金を送り続けました。兄弟は、たくさんの手紙もやりとりしました。フィンセントがテオにあてた手紙は、今も600通以上残っています。そこには、フィンセントの考えや希望、悩みがつづられています。

1886年、フィンセントはパリに移り、テオと一緒に暮らしはじめました。パリで新しい種類の絵にふれ、フィンセントの色づかいは明るくなりました。日本の浮世絵にも、すっかり心を奪われました。何百枚も買い集め、広重の作品などを写して描いたりもしました。そして、日本のように明るい日の光にあふれた土地を夢見るようになりました。

1888年、フィンセントは南フランスの町アルルに移りました。日差しは強く、畑は黄色に輝いていました。フィンセントはとても速く描き、1日に1枚仕上げることもありました。ひまわり、麦畑、そして自分の住む小さな黄色い家を描きました。ほかの画家たちがここに来て、一緒に絵を描いてくれることを願っていました。画家のポール・ゴーギャンがやって来ましたが、二人はよく言い争いました。

フィンセントは、たびたび重い心の病に苦しみました。1888年12月のある夜、ゴーギャンとけんかをしたあと、フィンセントは自分の耳の一部を切り落としてしまいました。その後、サン=レミという町の病院に入りました。そこでも、絵を描くことはやめませんでした。病室の窓から見える眺めが、もっとも有名な作品の一つ『星月夜』のもとになりました。

1890年7月、フィンセントは亡くなりました。まだ37歳でした。およそ10年のあいだに、2000点を超える作品を残していました。テオも、そのわずか6か月後に亡くなりました。その後、テオの妻ヨーが、フィンセントの絵を世界に広めようと力を尽くしました。

少しずつ、人々はフィンセントの絵のよさがわかるようになりました。今では、その絵には何百万ドルもの値がつきます。けれども、フィンセント本人がそれを知ることはありませんでした。お金持ちになるためでも、有名になるためでもありません。描くことが大好きだったから、描いたのです。

フィンセントの人生は、大切なことを教えてくれます。あなたの仕事は、今は分かってもらえないかもしれません。それでも、あきらめずに心を込めて続けていけば、その仕事はずっと長いあいだ、人の心を動かし続けることができるのです。

日本語訳:多読ベスト

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このお話の教訓 Moral

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Keep doing what you love, even when no one understands it yet.

まだだれにもわかってもらえなくても、好きなことを続けよう。

理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. How did Theo help Vincent?

Q2. What kind of art did Vincent love in Paris?

Q3. How old was Vincent when he decided to become an artist?

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🎥 映像・Van Gogh MuseumVincent van Gogh: My Storyファン・ゴッホ美術館公式。子ども向けに語られるゴッホの生涯、約5分

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この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

聞き読みの効果とやり方/多読三原則

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