Higuchi Ichiyo: The Writer of One Leaf(樋口一葉――「一枚の葉」の作家)の挿絵
Level 3 Pre-Intermediate偉人伝

Higuchi Ichiyo: The Writer of One Leaf

樋口一葉――「一枚の葉」の作家

  • 📖 497 words
  • ⏱ 約5分
  • 🔊 2:52
  • YL 1.5–2.4
  • 英検準2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ17歳で一家を背負い、お金の苦労が絶えなかった少女・夏子。小さな店を営みながら見つめた人々の姿が、明治を代表する名作を生みます。

多読ベストのオリジナル伝記(史実をもとに)

キーワード(8語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • diary日記
  • out of place場ちがいな
  • head of the family戸主・一家の主
  • sewing縫い物
  • pleasure district遊郭(ゆうかく)
  • praisedほめた
  • literature文学
  • tuberculosis結核
音声に合わせて文が光ります0:00 / 2:52

Google Cloud TTS(Chirp 3 HD・アメリカ英語・Charon)

Higuchi Ichiyo was born in Tokyo in 1872. Her real name was Natsu. From a young age, she loved books. It is said that she read old stories while other children were playing outside.

樋口一葉は1872年、東京で生まれました。本名は奈津(なつ)です。小さいころから、本が大好きでした。ほかの子どもたちが外で遊んでいるあいだも、昔の物語を読みふけっていたといわれています。

She was one of the best students at her school. But when she was eleven, her mother decided that a girl did not need more schooling, and Natsu had to leave. Her father understood her love of learning, and at fourteen, she was able to enter a famous school of waka poetry called the Haginoya. Most of the other students were daughters of rich families. In her diary, she later wrote about feeling out of place among them.

奈津は、学校でも指折りの優秀な生徒でした。ところが11歳のとき、母親が、女の子にこれ以上の学問はいらないと決めてしまい、学校をやめなければなりませんでした。父親は、学びたいという奈津の気持ちをわかってくれました。そのおかげで、14歳のとき、萩の舎という有名な和歌の塾に入ることができました。ほかの塾生のほとんどは、裕福な家の娘たちでした。奈津はのちに日記で、その中で自分だけが浮いているように感じた、と書いています。

Then her life suddenly became hard. Her older brother died, and her father's business failed. In 1889, her father died too. At only seventeen, Natsu became the head of the family. She had to take care of her mother and younger sister. They did sewing and washing for other people, but they never had enough money.

そこから、暮らしは急に苦しくなりました。兄が亡くなり、父の事業もうまくいかなくなりました。1889年には、父も亡くなりました。奈津はわずか17歳で、一家の主になったのです。母と妹を養わなければなりませんでした。三人はよその家の縫い物や洗濯を引き受けて働きましたが、お金はいつも足りませんでした。

Natsu heard that another woman from the poetry school had earned money by writing a novel. She decided to try. She became a student of a newspaper writer named Nakarai Tosui and began to write under the name Ichiyo, which means one leaf.

そんなとき奈津は、同じ和歌の塾の女性が、小説を書いてお金をかせいだという話を耳にしました。自分もやってみよう、と奈津は決めました。新聞に小説を書いていた半井桃水に弟子入りし、「一葉」という名前で書きはじめました。一葉とは、「一枚の葉」という意味です。

Her first stories did not sell well. In 1893, the family moved to a poor area of Tokyo near the busy pleasure district of Yoshiwara. They opened a little shop that sold sweets and small things for daily life. The shop did not make much money. But Ichiyo watched the people around her closely: the children who played in the streets, the poor workers, and the women whose lives were tied to the district.

初めのうちの作品は、あまり売れませんでした。1893年、一家は東京の貧しい地域に引っ越しました。にぎやかな遊郭、吉原のすぐ近くです。そこで、お菓子や日用品を売る小さな店を開きました。店はあまりもうかりませんでした。けれども一葉は、まわりの人々をじっと見つめていました。通りで遊ぶ子どもたち。貧しい働き手たち。そして、吉原と切っても切れない暮らしを送る女性たちです。

After about ten months, they closed the shop and moved again. Now Ichiyo began to write as never before. From late 1894 to early 1896, she wrote one great story after another, including Nigorie, Jusanya, and Takekurabe. Takekurabe, often called Child's Play in English, is about children growing up in the streets near Yoshiwara, just before they must become adults.

10か月ほどで、一家は店をたたんで、また引っ越しました。ここから一葉は、それまでにない勢いで書きはじめました。1894年の終わりから1896年の初めにかけて、『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』など、すぐれた作品を次々に書き上げました。『たけくらべ』は、英語ではよく Child's Play と訳されます。吉原の近くの町で育つ子どもたちが、大人にならなければならない時を目の前にした姿を描いた物語です。

The famous writer Mori Ogai praised Takekurabe highly. Suddenly, Ichiyo was famous. Young writers came to visit her small house to talk about literature.

有名な作家の森鷗外が、『たけくらべ』を高くほめたたえました。一葉は、一気に名を知られるようになりました。若い作家たちが、文学について語り合おうと、一葉の小さな家をたずねてくるようになりました。

But she was already sick with tuberculosis. In November 1896, she died. She was only twenty-four years old.

けれども一葉は、すでに結核にかかっていました。1896年11月、一葉は亡くなりました。まだ24歳の若さでした。

Ichiyo kept a diary for many years. In it, she wrote honestly about money worries, love, and her dreams. Today, her diary is also read as an important work of literature.

一葉は長年、日記をつけていました。そこには、お金の心配や恋、そして夢のことが、ありのままに書かれています。今では、この日記も大切な文学作品として読まれています。

From 2004 to 2024, her picture was on the five thousand yen bill. It is a little strange, and a little sad. A woman who worried about money all her life ended up on Japanese money.

2004年から2024年まで、一葉の肖像は五千円札に使われていました。少し不思議で、少し悲しい話です。一生お金に苦労しつづけた女性が、最後には日本のお金の顔になったのですから。

Ichiyo wrote seriously for only a few years, but she showed the lives of people others did not notice. Her story teaches us that hard times can give us something to say, and that even a short life can leave a deep mark.

一葉が本格的に小説を書いたのは、ほんの数年のことでした。けれども一葉は、ほかの人が目をとめない人々の暮らしを描き出しました。苦しい時期があるからこそ、人には語るべきことが生まれる。そして、短い一生でも、深い足あとを残すことができる。一葉の物語は、そう教えてくれます。

📖 全訳をまとめて読む 読み終わってからの答え合わせに

樋口一葉は1872年、東京で生まれました。本名は奈津(なつ)です。小さいころから、本が大好きでした。ほかの子どもたちが外で遊んでいるあいだも、昔の物語を読みふけっていたといわれています。

奈津は、学校でも指折りの優秀な生徒でした。ところが11歳のとき、母親が、女の子にこれ以上の学問はいらないと決めてしまい、学校をやめなければなりませんでした。父親は、学びたいという奈津の気持ちをわかってくれました。そのおかげで、14歳のとき、萩の舎という有名な和歌の塾に入ることができました。ほかの塾生のほとんどは、裕福な家の娘たちでした。奈津はのちに日記で、その中で自分だけが浮いているように感じた、と書いています。

そこから、暮らしは急に苦しくなりました。兄が亡くなり、父の事業もうまくいかなくなりました。1889年には、父も亡くなりました。奈津はわずか17歳で、一家の主になったのです。母と妹を養わなければなりませんでした。三人はよその家の縫い物や洗濯を引き受けて働きましたが、お金はいつも足りませんでした。

そんなとき奈津は、同じ和歌の塾の女性が、小説を書いてお金をかせいだという話を耳にしました。自分もやってみよう、と奈津は決めました。新聞に小説を書いていた半井桃水に弟子入りし、「一葉」という名前で書きはじめました。一葉とは、「一枚の葉」という意味です。

初めのうちの作品は、あまり売れませんでした。1893年、一家は東京の貧しい地域に引っ越しました。にぎやかな遊郭、吉原のすぐ近くです。そこで、お菓子や日用品を売る小さな店を開きました。店はあまりもうかりませんでした。けれども一葉は、まわりの人々をじっと見つめていました。通りで遊ぶ子どもたち。貧しい働き手たち。そして、吉原と切っても切れない暮らしを送る女性たちです。

10か月ほどで、一家は店をたたんで、また引っ越しました。ここから一葉は、それまでにない勢いで書きはじめました。1894年の終わりから1896年の初めにかけて、『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』など、すぐれた作品を次々に書き上げました。『たけくらべ』は、英語ではよく Child's Play と訳されます。吉原の近くの町で育つ子どもたちが、大人にならなければならない時を目の前にした姿を描いた物語です。

有名な作家の森鷗外が、『たけくらべ』を高くほめたたえました。一葉は、一気に名を知られるようになりました。若い作家たちが、文学について語り合おうと、一葉の小さな家をたずねてくるようになりました。

けれども一葉は、すでに結核にかかっていました。1896年11月、一葉は亡くなりました。まだ24歳の若さでした。

一葉は長年、日記をつけていました。そこには、お金の心配や恋、そして夢のことが、ありのままに書かれています。今では、この日記も大切な文学作品として読まれています。

2004年から2024年まで、一葉の肖像は五千円札に使われていました。少し不思議で、少し悲しい話です。一生お金に苦労しつづけた女性が、最後には日本のお金の顔になったのですから。

一葉が本格的に小説を書いたのは、ほんの数年のことでした。けれども一葉は、ほかの人が目をとめない人々の暮らしを描き出しました。苦しい時期があるからこそ、人には語るべきことが生まれる。そして、短い一生でも、深い足あとを残すことができる。一葉の物語は、そう教えてくれます。

日本語訳:多読ベスト

押すと、この端末の読書記録(100万語メーター)に語数が加わります。

このお話の教訓 Moral

タップして見る

Even hard times can give you something important to say.

つらい日々でさえ、あなたに伝えるべき大切なことを与えてくれる。

理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Why did Natsu become the head of her family at seventeen?

Q2. What does the name Ichiyo mean?

Q3. What is Takekurabe about?

この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

聞き読みの効果とやり方/多読三原則

次に読む

Level 3 の読み物をもっと見る →