Charlie Chaplin: Making the World Laugh(チャップリン 世界を笑わせた男)の挿絵
Level 2 Elementary偉人伝

Charlie Chaplin: Making the World Laugh

チャップリン 世界を笑わせた男

  • 📖 475 words
  • ⏱ 約6分
  • 🔊 3:06
  • YL 1.0–1.4
  • 英検3級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじだぶだぶのズボンに小さな帽子、ステッキを持った小さな男。ロンドンの貧しい家に生まれた少年は、言葉のない映画で世界中を笑わせ、泣かせました。

多読ベストのオリジナル伝記(史実をもとに)

キーワード(9語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • trousersズボン
  • caneステッキ
  • character登場人物
  • music halls演芸場
  • workhouse救貧院
  • comedy喜劇
  • directed監督した
  • perfectionist完璧主義者
  • Dictator独裁者
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A little man in a small round hat walks down a road. His trousers are too big, his jacket is too small, and his shoes are much too long. He swings a thin cane and walks with his feet turned out. This is the Tramp, the most famous character of Charlie Chaplin.

小さな丸い帽子をかぶった小柄な男が、道を歩いていきます。ズボンはぶかぶかで、上着はきゅうくつ、靴はとんでもなく長い。細いステッキを振り回し、つま先を外に向けて歩きます。これが「放浪紳士」。チャーリー・チャップリンが演じた、いちばん有名な人物です。

Charles Chaplin was born in London in 1889. His parents were singers and actors in music halls. But his father drank too much and left the family. His mother tried hard, but she lost her voice and later had serious mental health problems. Charlie and his older brother, Sydney, were so poor that they had to live in a workhouse, a place for people with no money. Sometimes they had nothing to eat.

チャールズ・チャップリンは1889年、ロンドンで生まれました。両親は、演芸場で歌ったり演じたりする芸人でした。けれども、お父さんはお酒を飲みすぎ、家族を捨てて出ていきました。お母さんは懸命に家族を支えようとしましたが、声が出なくなり、のちに重い心の病にかかりました。チャーリーと兄のシドニーはひどく貧しく、救貧院で暮らさなければなりませんでした。救貧院とは、お金のない人を収容する施設です。何も食べるものがない日もありました。

According to Chaplin himself, he first went on stage at the age of five. His mother was singing when her voice broke, and the crowd began to shout. The young boy was taken onto the stage, and he sang in her place. People laughed and threw coins.

チャップリン本人の話によると、初めて舞台に立ったのは5歳のときでした。お母さんが歌っている最中に声がかすれて出なくなり、観客がやじを飛ばしはじめました。そこで幼いチャーリーが舞台に連れ出され、お母さんの代わりに歌ったのです。観客は笑い、舞台に小銭を投げてくれました。

As a teenager, Charlie worked as an actor and joined a comedy group. In 1910, the group went to America. Charlie was noticed there, and in 1914 he started to make films in Hollywood. In one of his early films, he put together the big trousers, the small hat and the cane. The Tramp was born.

10代になると、チャーリーは役者として働き、喜劇の一座に入りました。1910年、一座はアメリカへ渡りました。チャーリーはそこで注目され、1914年からハリウッドで映画を作りはじめました。初めのころの映画の一つで、チャーリーはぶかぶかのズボン、小さな帽子、ステッキを組み合わせてみました。こうして「放浪紳士」が生まれたのです。

Films at that time had no sound. Actors had to tell stories with their bodies and faces. Chaplin was a master of this. He made people laugh by falling, slipping and running away from the police. But his films were also sad. The Tramp was poor and lonely, but he was always kind. In The Kid, he takes care of a baby who was left on the street.

そのころの映画には、音がありませんでした。役者は、体と顔の表情だけで物語を伝えなければなりません。チャップリンは、その名人でした。転んだり、滑ったり、警官から逃げまわったりして、人々を笑わせました。けれども、チャップリンの映画には、どこか悲しさもありました。放浪紳士は貧しく、一人ぼっちでしたが、いつも優しい心を持っていました。『キッド』では、道ばたに捨てられた赤ん坊を拾って育てます。

Chaplin did almost everything himself. He wrote the stories, directed the films, acted in them and even wrote the music. He was a perfectionist. Sometimes he filmed one short scene hundreds of times.

チャップリンは、ほとんどすべてを自分でやりました。物語を書き、監督をし、自分で演じ、音楽まで作りました。完璧主義者で、短い一場面を何百回も撮り直すこともありました。

In 1940, he made The Great Dictator. In this film, he laughed at Adolf Hitler, who was then one of the most powerful men in the world. At the end, Chaplin spoke directly to the audience and asked for peace and kindness between people.

1940年、チャップリンは『独裁者』を作りました。この映画で笑いものにしたのは、アドルフ・ヒトラーです。当時、世界でもっとも力を持つ人物の一人でした。映画の最後で、チャップリンは観客にじかに語りかけ、人と人とのあいだの平和と思いやりを訴えました。

Later, some politicians in America did not like his ideas. In 1952, he traveled to Europe. Then the American government said that he might not be able to come back. So he made his home in Switzerland. But in 1972, he returned to Hollywood to receive a special Academy Award. The audience stood and clapped for a long time.

その後、アメリカの政治家の中に、チャップリンの考え方をよく思わない人たちが現れました。1952年、チャップリンがヨーロッパへ旅に出ると、アメリカ政府は、帰国を認めないかもしれない、と言い出しました。そこでチャップリンは、スイスに住むことにしました。けれども1972年、特別なアカデミー賞を受け取るため、ハリウッドに戻ってきました。観客は総立ちになり、いつまでも拍手を送り続けました。

Chaplin died on Christmas Day in 1977. Even today, people all over the world laugh at his films without needing any words. He showed that laughter and tears are close friends, and that a poor little man can have a very big heart.

チャップリンは1977年のクリスマスの日に亡くなりました。今でも世界中の人が、言葉がなくても、チャップリンの映画を見て笑っています。笑いと涙は仲のよい友だちであること。そして、貧しく小さな男でも、とても大きな心を持てること。チャップリンは、それを示したのです。

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小さな丸い帽子をかぶった小柄な男が、道を歩いていきます。ズボンはぶかぶかで、上着はきゅうくつ、靴はとんでもなく長い。細いステッキを振り回し、つま先を外に向けて歩きます。これが「放浪紳士」。チャーリー・チャップリンが演じた、いちばん有名な人物です。

チャールズ・チャップリンは1889年、ロンドンで生まれました。両親は、演芸場で歌ったり演じたりする芸人でした。けれども、お父さんはお酒を飲みすぎ、家族を捨てて出ていきました。お母さんは懸命に家族を支えようとしましたが、声が出なくなり、のちに重い心の病にかかりました。チャーリーと兄のシドニーはひどく貧しく、救貧院で暮らさなければなりませんでした。救貧院とは、お金のない人を収容する施設です。何も食べるものがない日もありました。

チャップリン本人の話によると、初めて舞台に立ったのは5歳のときでした。お母さんが歌っている最中に声がかすれて出なくなり、観客がやじを飛ばしはじめました。そこで幼いチャーリーが舞台に連れ出され、お母さんの代わりに歌ったのです。観客は笑い、舞台に小銭を投げてくれました。

10代になると、チャーリーは役者として働き、喜劇の一座に入りました。1910年、一座はアメリカへ渡りました。チャーリーはそこで注目され、1914年からハリウッドで映画を作りはじめました。初めのころの映画の一つで、チャーリーはぶかぶかのズボン、小さな帽子、ステッキを組み合わせてみました。こうして「放浪紳士」が生まれたのです。

そのころの映画には、音がありませんでした。役者は、体と顔の表情だけで物語を伝えなければなりません。チャップリンは、その名人でした。転んだり、滑ったり、警官から逃げまわったりして、人々を笑わせました。けれども、チャップリンの映画には、どこか悲しさもありました。放浪紳士は貧しく、一人ぼっちでしたが、いつも優しい心を持っていました。『キッド』では、道ばたに捨てられた赤ん坊を拾って育てます。

チャップリンは、ほとんどすべてを自分でやりました。物語を書き、監督をし、自分で演じ、音楽まで作りました。完璧主義者で、短い一場面を何百回も撮り直すこともありました。

1940年、チャップリンは『独裁者』を作りました。この映画で笑いものにしたのは、アドルフ・ヒトラーです。当時、世界でもっとも力を持つ人物の一人でした。映画の最後で、チャップリンは観客にじかに語りかけ、人と人とのあいだの平和と思いやりを訴えました。

その後、アメリカの政治家の中に、チャップリンの考え方をよく思わない人たちが現れました。1952年、チャップリンがヨーロッパへ旅に出ると、アメリカ政府は、帰国を認めないかもしれない、と言い出しました。そこでチャップリンは、スイスに住むことにしました。けれども1972年、特別なアカデミー賞を受け取るため、ハリウッドに戻ってきました。観客は総立ちになり、いつまでも拍手を送り続けました。

チャップリンは1977年のクリスマスの日に亡くなりました。今でも世界中の人が、言葉がなくても、チャップリンの映画を見て笑っています。笑いと涙は仲のよい友だちであること。そして、貧しく小さな男でも、とても大きな心を持てること。チャップリンは、それを示したのです。

日本語訳:多読ベスト

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このお話の教訓 Moral

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Laughter can be a strong way to fight sadness.

笑いは、悲しみと戦うための強い力になる。

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読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. According to Chaplin, how did he first go on stage?

Q2. What did films not have at that time?

Q3. Who did Chaplin laugh at in The Great Dictator?

🎥 本物を見る・聞く 公式の映像・音声

🎥 映像・Charlie ChaplinCharlie Chaplin - Final Speech from The Great Dictatorチャップリン公式チャンネル。『独裁者』(1940年)最後の演説の場面、約3分半🎥 映像・Charlie ChaplinCharlie Chaplin - The Kid - Fight Sceneチャップリン公式チャンネル。『キッド』の一場面、約5分

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この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
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聞き読みの効果とやり方/多読三原則

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