Albert Einstein: The Power of Asking Questions(アインシュタイン 問いつづける力)の挿絵
Level 3 Pre-Intermediate偉人伝

Albert Einstein: The Power of Asking Questions

アインシュタイン 問いつづける力

  • 📖 661 words
  • ⏱ 約6分
  • 🔊 3:55
  • YL 1.5–2.4
  • 英検準2級目安
  • 📝 全訳つき

あらすじ5歳の少年をとりこにした、一つの方位磁針。大学に職を得られず特許局で働いていた青年は、やがて「時間」と「空間」の常識をくつがえします。

多読ベストのオリジナル伝記(史実をもとに)

キーワード(10語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • compass方位磁針
  • needle針
  • memorize暗記する
  • physics物理学
  • patent office特許局
  • relativity相対性(理論)
  • formula公式
  • mass質量
  • solar eclipse日食
  • atomic bomb原子爆弾
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Google Cloud TTS(Chirp 3 HD・アメリカ英語・Charon)

When Albert Einstein was about five years old and sick in bed, his father showed him a compass. Albert turned it this way and that way, but the needle always pointed north. Something invisible was moving it. The little boy was amazed. Many years later, he wrote that this moment made him feel that there must be something hidden behind the things we see.

アルバート・アインシュタインが5歳くらいのころのことです。病気で寝ていると、お父さんが方位磁針を見せてくれました。アルバートがあちこちに向けてみても、針はいつも北を指しています。目に見えない何かが、針を動かしているのです。少年は驚きました。何年もたってから、アインシュタインは、このとき「目に見えるものの奥には、何かが隠れているに違いない」と感じた、と書いています。

Einstein was born in 1879 in Ulm, Germany, and grew up in Munich. He started to speak later than other children, and his parents were worried about him. There is a famous story that he failed math at school. This is not true. In fact, he was excellent at math and taught himself difficult subjects when he was only about twelve. What he did not like was the strict schools of that time, where students had to memorize facts and obey teachers without asking questions.

アインシュタインは1879年、ドイツのウルムで生まれ、ミュンヘンで育ちました。ほかの子どもより話しはじめるのが遅く、両親は心配しました。学校で数学の落第点をとった、という有名な話がありますが、これは事実ではありません。実際には数学がとても得意で、12歳くらいのころには、難しい分野を独学で学んでいました。アインシュタインが嫌いだったのは、当時の厳しい学校です。生徒は事実を丸暗記し、質問もせずに先生に従わなければならなかったのです。

At sixteen, he took the entrance exam for a famous university in Zurich, Switzerland. He did very well in math and physics, but he failed other subjects. So he studied for one more year at a school in a small Swiss town, and then entered the university. After he graduated in 1900, he could not find a job at any university. Some of his teachers did not like him, because he questioned them too much.

16歳のとき、アインシュタインはスイスのチューリッヒにある有名な大学の入学試験を受けました。数学と物理はとてもよくできましたが、ほかの科目で不合格になってしまいました。そこで、スイスの小さな町の学校でもう1年勉強し、それから大学に入りました。1900年に卒業しましたが、どの大学でも職が見つかりませんでした。先生たちの中には、質問ばかりしてくるアインシュタインをよく思わない人もいたのです。

Finally, in 1902, he got a job at the patent office in Bern. His work was to check other people's inventions. It was not a famous job, but it gave him time to think. In his free hours, he worked on the big questions of physics.

ようやく1902年、アインシュタインはベルンの特許局に職を得ました。仕事は、ほかの人の発明を審査することでした。目立つ仕事ではありませんでしたが、考える時間はたっぷりありました。空いた時間に、アインシュタインは物理学の大きな問題に取り組みました。

In 1905, when he was twenty-six, Einstein published four papers that changed science. One explained that light travels in tiny packets of energy. Another helped to show that atoms are real. A third paper explained his theory of special relativity. It said that time and space are not the same for everyone. For example, to a person standing still, a clock that moves very fast runs more slowly. The fourth paper gave the world the most famous formula in science, E equals m c squared. It means that a small amount of mass can become a huge amount of energy. People now call 1905 his miracle year.

1905年、26歳のアインシュタインは、科学を一変させる論文を4本発表しました。1本目では、光はエネルギーの小さなかたまりとなって進む、と説明しました。2本目は、原子が本当に存在することを示す手がかりになりました。3本目で説明したのが、特殊相対性理論です。時間と空間は、誰にとっても同じではない、という理論です。たとえば、止まっている人から見ると、ものすごい速さで動いている時計は、ゆっくり進むのです。4本目の論文からは、科学でもっとも有名な式、E=mc²が生まれました。ほんのわずかな質量が、ばく大なエネルギーに変わりうる、という意味です。今では、1905年はアインシュタインの「奇跡の年」と呼ばれています。

Ten years later, he finished his theory of general relativity. It explained that heavy things like the sun bend space and time around them, and that even light bends when it passes near the sun. In 1919, British scientists tested this idea during a solar eclipse. Einstein was right. Newspapers all over the world reported the news, and he suddenly became the most famous scientist on earth.

その10年後、アインシュタインは一般相対性理論を完成させました。太陽のような重いものは、まわりの空間と時間をゆがめる。だから、太陽の近くを通るときには、光でさえ曲がる。そういう理論です。1919年、イギリスの科学者たちが、日食のときにこの考えを確かめました。アインシュタインは正しかったのです。このニュースは世界中の新聞で報じられ、アインシュタインはたちまち、地球上でもっとも有名な科学者になりました。

In 1922, while he was on a ship traveling to Japan, Einstein learned that he had won the Nobel Prize in Physics. Interestingly, the prize was not for relativity, but for his work on light. He spent about six weeks in Japan, gave talks in cities such as Tokyo, Kyoto and Fukuoka, and was welcomed by huge crowds.

1922年、日本へ向かう船の上で、アインシュタインは、ノーベル物理学賞の受賞を知らされました。おもしろいことに、受賞の理由は相対性理論ではなく、光についての研究でした。アインシュタインは日本におよそ6週間滞在し、東京や京都、福岡などで講演をしました。どこへ行っても、大勢の人に歓迎されました。

Einstein was Jewish. When Hitler and the Nazis took power in Germany in 1933, he was visiting the United States. He decided never to return to Germany. He took a job in Princeton, New Jersey, where he lived for the rest of his life.

アインシュタインはユダヤ人でした。1933年、ドイツでヒトラーとナチスが政権をにぎったとき、アインシュタインはアメリカを訪れていました。そして、二度とドイツには戻らないと決めました。ニュージャージー州プリンストンで職につき、残りの生涯をそこで過ごしました。

In 1939, scientists were afraid that Germany might build an atomic bomb. Einstein signed a letter to President Roosevelt to warn him. He did not work on building the bomb himself. But after atomic bombs were dropped on Hiroshima and Nagasaki in 1945, he felt deep sadness. He spent the rest of his life working for peace and against nuclear weapons.

1939年、科学者たちは、ドイツが原子爆弾を作るのではないかと恐れていました。アインシュタインは、ルーズベルト大統領に危険を知らせる手紙に署名しました。アインシュタイン自身が、原子爆弾づくりにかかわることはありませんでした。けれども1945年、広島と長崎に原子爆弾が落とされると、深い悲しみに沈みました。そして残りの人生を、平和のため、核兵器をなくすためにささげました。

Einstein died in 1955. He was famous for his messy white hair and for not wearing socks. But he is remembered most for his way of thinking. He never stopped asking simple questions, like a child. What is light? What is time? His life shows that curiosity can be more powerful than memorizing answers.

アインシュタインは1955年に亡くなりました。ぼさぼさの白い髪や、靴下をはかないことで有名でした。けれども、何より記憶されているのは、そのものの考え方です。アインシュタインは、子どものように素朴な問いを持ちつづけました。光とは何だろう。時間とは何だろう。答えを丸暗記するより、好奇心のほうが大きな力を持つこともある。アインシュタインの一生は、そう教えてくれます。

📖 全訳をまとめて読む 読み終わってからの答え合わせに

アルバート・アインシュタインが5歳くらいのころのことです。病気で寝ていると、お父さんが方位磁針を見せてくれました。アルバートがあちこちに向けてみても、針はいつも北を指しています。目に見えない何かが、針を動かしているのです。少年は驚きました。何年もたってから、アインシュタインは、このとき「目に見えるものの奥には、何かが隠れているに違いない」と感じた、と書いています。

アインシュタインは1879年、ドイツのウルムで生まれ、ミュンヘンで育ちました。ほかの子どもより話しはじめるのが遅く、両親は心配しました。学校で数学の落第点をとった、という有名な話がありますが、これは事実ではありません。実際には数学がとても得意で、12歳くらいのころには、難しい分野を独学で学んでいました。アインシュタインが嫌いだったのは、当時の厳しい学校です。生徒は事実を丸暗記し、質問もせずに先生に従わなければならなかったのです。

16歳のとき、アインシュタインはスイスのチューリッヒにある有名な大学の入学試験を受けました。数学と物理はとてもよくできましたが、ほかの科目で不合格になってしまいました。そこで、スイスの小さな町の学校でもう1年勉強し、それから大学に入りました。1900年に卒業しましたが、どの大学でも職が見つかりませんでした。先生たちの中には、質問ばかりしてくるアインシュタインをよく思わない人もいたのです。

ようやく1902年、アインシュタインはベルンの特許局に職を得ました。仕事は、ほかの人の発明を審査することでした。目立つ仕事ではありませんでしたが、考える時間はたっぷりありました。空いた時間に、アインシュタインは物理学の大きな問題に取り組みました。

1905年、26歳のアインシュタインは、科学を一変させる論文を4本発表しました。1本目では、光はエネルギーの小さなかたまりとなって進む、と説明しました。2本目は、原子が本当に存在することを示す手がかりになりました。3本目で説明したのが、特殊相対性理論です。時間と空間は、誰にとっても同じではない、という理論です。たとえば、止まっている人から見ると、ものすごい速さで動いている時計は、ゆっくり進むのです。4本目の論文からは、科学でもっとも有名な式、E=mc²が生まれました。ほんのわずかな質量が、ばく大なエネルギーに変わりうる、という意味です。今では、1905年はアインシュタインの「奇跡の年」と呼ばれています。

その10年後、アインシュタインは一般相対性理論を完成させました。太陽のような重いものは、まわりの空間と時間をゆがめる。だから、太陽の近くを通るときには、光でさえ曲がる。そういう理論です。1919年、イギリスの科学者たちが、日食のときにこの考えを確かめました。アインシュタインは正しかったのです。このニュースは世界中の新聞で報じられ、アインシュタインはたちまち、地球上でもっとも有名な科学者になりました。

1922年、日本へ向かう船の上で、アインシュタインは、ノーベル物理学賞の受賞を知らされました。おもしろいことに、受賞の理由は相対性理論ではなく、光についての研究でした。アインシュタインは日本におよそ6週間滞在し、東京や京都、福岡などで講演をしました。どこへ行っても、大勢の人に歓迎されました。

アインシュタインはユダヤ人でした。1933年、ドイツでヒトラーとナチスが政権をにぎったとき、アインシュタインはアメリカを訪れていました。そして、二度とドイツには戻らないと決めました。ニュージャージー州プリンストンで職につき、残りの生涯をそこで過ごしました。

1939年、科学者たちは、ドイツが原子爆弾を作るのではないかと恐れていました。アインシュタインは、ルーズベルト大統領に危険を知らせる手紙に署名しました。アインシュタイン自身が、原子爆弾づくりにかかわることはありませんでした。けれども1945年、広島と長崎に原子爆弾が落とされると、深い悲しみに沈みました。そして残りの人生を、平和のため、核兵器をなくすためにささげました。

アインシュタインは1955年に亡くなりました。ぼさぼさの白い髪や、靴下をはかないことで有名でした。けれども、何より記憶されているのは、そのものの考え方です。アインシュタインは、子どものように素朴な問いを持ちつづけました。光とは何だろう。時間とは何だろう。答えを丸暗記するより、好奇心のほうが大きな力を持つこともある。アインシュタインの一生は、そう教えてくれます。

日本語訳:多読ベスト

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このお話の教訓 Moral

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Never stop asking questions. Curiosity can take you farther than memorizing answers.

問いかけることをやめないで。好奇心は、答えを暗記するよりも遠くへ連れていってくれる。

理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. What did Einstein's father show him when he was about five?

Q2. Where did Einstein work from 1902?

Q3. What did British scientists do in 1919?

🎥 本物を見る・聞く 公式の映像・音声

🎥 映像・Nobel PrizeShaping our world: the photoelectric effectノーベル賞公式チャンネル。アインシュタインがノーベル賞を受けた光電効果の解説、約2分

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この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む ⏱計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 🎧聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。🔁1文リピートで音読・シャドーイングも。

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