「ゼロ」と「暗号(cipher)」は語源が同じ。もとはアラビア語の“からっぽ”

読む前に予想してみよう!
英語の cipher(暗号)と zero(ゼロ)は、語源をたどると同じアラビア語にたどり着く
どちらもアラビア語の ṣifr(からっぽ、ゼロ)から。cipher は古いフランス語・中世ラテン語の cifra 経由、zero はイタリア語経由で英語に入った。
- 対象
- 英語・ラテン語・ドイツ語の語源
- 規模
- 辞書4種+13世紀の数学書+数学史の文献
- 研究の種類
- 辞書の語源記述と原典の照合
- 確かさ
- ★★★★☆
zero と cipher(暗号)は、どちらもアラビア語の ṣifr(からっぽ)から。そのアラビア語も、インドの古い言葉で「からっぽ」を表す śūnya を訳したものとされる。
ひとことで言うと「ゼロ」と「暗号」は、同じ“からっぽ”という言葉から生まれた兄弟!
もくじ
数学の「0(ゼロ)」と、スパイ映画の「暗号(cipher)」。
まったく関係なさそうなこの2つの英単語は、もとをたどると同じ1つの言葉です。アラビア語の ṣifr(スィフル)、意味は「からっぽ」。
しかも、そのアラビア語自体が、インドの言葉を訳したものでした。「何もない」を表す1つの言葉が、ヨーロッパに入って「0」になり、「数字」になり、最後は「暗号」になったのです。
01「ゼロ」の語源はアラビア語の「からっぽ」
アメリカン・ヘリテージ英語辞典(AHD)の語源欄によると、cipher のもとはアラビア語の ṣifr。これは ṣafira(からっぽである)という動詞から来ていて、さらにサンスクリット語の śūnyam(シューニャム)を訳した言葉だとされています。śūnya は「からっぽ」という意味です。
ドイツの国語辞典 Duden も、ṣifr を「からっぽ」を表すインドの古い言葉 śūnya の訳だと説明しています。
つまり英語では、cipher のほうが200年ほど先輩です。そして最初のころの cipher は「暗号」ではなく、ずばり「0」のことでした。OALD は、cipher の古い意味を「ゼロを表す記号」と「アラビア数字」としています。
021202年、フィボナッチが書いた「zephirum」
zero のもとになった zephirum は、実際の本で確かめられます。
イタリアのピサの数学者レオナルド(フィボナッチの名で知られる人)は、1202年に計算の教科書『算盤の書(Liber abaci)』を書きました。セント・アンドルーズ大学の数学史サイト MacTutor によると、彼は北アフリカのブギア(いまのアルジェリアのベジャイア)で数学を教わっています。
この本のラテン語の原文(19世紀に活字になったもの)を見ると、第1章はこう始まります。まず「インド人の9つの数字は 9 8 7 6 5 4 3 2 1」。続けて、この9つと、
「cum hoc signo 0, quod arabice zephirum appellatur」(アラビア語でゼフィルムと呼ばれるこの記号0とで)
どんな数でも書ける、と説明しています。本の後ろのほうには、zephirum を nichil(何もない)と言いかえている箇所もあります。
ヨーロッパの人がいま使う数字を、フィボナッチ自身は「インド人の数字」と呼び、0 にはアラビア語の名前をつけていたのです。

03cipher は「0」→「数字」→「暗号」と意味を変えた
AHD の cipher の項には、いまもこれらの意味が全部のっています。
- 1. 0 という記号、ゼロ
- 2. アラビア数字、数
- 3. 取るに足りない人
- 4. 暗号(文字を決まった方法で入れかえたり置きかえたりする仕組み)
動詞の cipher には「計算する」という意味もあります。OALD には a mere cipher(ただの「ゼロ」、取るに足りない人)という言い方が例文に出てきます。AHD の zero の項にも a manager who was a total zero(まったく取るに足りない上司)という例があり、同じ発想です。
decipher(解読する)は、OALD によると16世紀の初めに、フランス語の déchiffrer をまねて作られた言葉。de-(逆にする)+ cipher という組み立てです。
では、なぜ「数字」が「暗号」になったのでしょう。Dictionary.com の解説は、昔の暗号が文字の代わりに数字を使ったからだ、としています。ただ、これはあくまで説明で、いつ・どの文書で意味が移ったのかは、今回調べた辞書には書かれていませんでした。意味の変わり目は、はっきり分かっていないのです。
04ドイツ語の Ziffer は「ゼロ」から「数字」に変わった
同じ言葉は、ドイツ語にも入りました。Ziffer(ツィファー)です。いまの意味は「数字」。
Duden の語源欄によると、ドイツ語の Ziffer はもともと「ゼロ」という意味も持っていました。ところが、イタリア語で「ゼロ」を nulla(何もない)と呼ぶようになると、イタリア語の cifra は「数字」の意味を受け持つようになります。ドイツ語も同じで、イタリア語から Null(ゼロ)を取り入れたとき、Ziffer は「ゼロ」の意味をなくし、いまの「数字」になったのです。
ドイツ語の Null は、イタリア語の nulla(何もない)から。Duden は、これも数字としてはアラビア語 ṣifr の訳だとしています。「からっぽ」という言葉が、言語を変えるたびに訳されて、また「からっぽ」になるわけです。
ドイツ語で暗号は Chiffre(シフレ)。フランス語から入った言葉で、Duden は意味の1番目に「数字」、2番目に「暗号の文字」を挙げています。Duden の例 Chiffren entziffern(暗号を解読する)では、Chiffre も、entziffern の中の ziffer も、もとは同じ cifra です。
05英語の「何もない」にも仲間がいる
フィボナッチが zephirum を言いかえた nichil は、ラテン語の nihil(何もない)のこと。英語にもこの nihil の子孫がいます。
- nil:ゼロ、無。AHD によると、ラテン語 nihil をちぢめた nīl から。OALD によると、特にイギリス英語で試合の得点の「0」に使う。We won two–nil.(2対0で勝った)
- annihilate:全滅させる。AHD によると、ラテン語の ad-(〜へ)+ nihil(何もない)。つまり「何もないところまで持っていく」
06どんでん返し:アラビア数字は「禁止」されたことがある
いま世界中で使っている 0〜9 の数字。でも、すぐに受け入れられたわけではありません。
イギリスの数学史家ボール(W. W. Rouse Ball)の数学史の本(A Short Account of the History of Mathematics、1901年の第3版)によると、1299年、フィレンツェで銀行家にアラビア数字を使うことを禁じる命令が出されました。さらに1348年、パドヴァの大学の当局は、売り出す本の値段を「cifras(数字)ではなく、はっきりした文字で」書くよう指示しています。ここでの cifras は、cipher のもとになった中世ラテン語 cifra の複数形です。
2011年にオランダのライデン大学に出された博士論文は、1299年の決まりを両替商の組合(Arte del Cambio)の規則だとし、数学史家ストロイクの説として、規則を支持した人たちは新しい数字を「ほかの人に使わせなければ得になる、組合の財産」と見ていたのかもしれない、と紹介しています。ただしこれは推測で、本当の理由ははっきりしません。
もう1つ。辞書どうしでも、zero の通り道の説明が少し違います。AHD と Dictionary.com は「中世ラテン語 zephirum → イタリア語」、OALD は「アラビア語 → 古いスペイン語 → フランス語の zéro かイタリア語の zero」。出発点の ṣifr はどの辞書も同じですが、ヨーロッパの中のルートは一つに決まっていません。
07まとめ
インドの「からっぽ(śūnya)」がアラビア語に訳されて ṣifr になり、ヨーロッパで zephirum と cifra に分かれて、英語の zero と cipher になりました。cipher は「0」から「数字」、そして「暗号」へと意味を変え、ドイツ語の Ziffer は「ゼロ」から「数字」に変わりました。
スマホのパスワードを入れるとき、画面に並ぶ 0 と、その画面を守る暗号は、同じ「からっぽ」から生まれた兄弟です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn 1202, an Italian mathematician now known as Fibonacci wrote a math book that showed Europeans how to use…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
The English words "zero" and "cipher" look very different. But they come from the same Arabic word, "sifr." It means "empty." "Cipher" came into English first. At first it meant "zero," and then it meant "a number."
Later it also came to mean "a secret code." "Zero" arrived about 200 years later, through Italian. So the number 0 and a secret code both come from an old word for "empty."
70 words ・ CEFR A2
和訳を見る
英語の「zero」と「cipher」は、見た目がまったく違います。でも、同じアラビア語の「sifr」から来ています。意味は「からっぽ」です。「cipher」が先に英語に入りました。最初は「ゼロ」という意味で、次に「数字」という意味になりました。
のちに「暗号」という意味も持つようになりました。「zero」はそれより200年ほどあとに、イタリア語を通って入ってきました。つまり、数字の0と暗号は、どちらも「からっぽ」を表す古い言葉から来ているのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
zero と cipher が同じアラビア語 sifr から来た、という話なので B。
Q2. What did "cipher" mean at first?
At first it meant "zero," とあるので C。「暗号」の意味はあとから。
Q3. In the passage, what does "arrived" mean in "'Zero' arrived about 200 years later"?
arrive は「着く、やって来る」。zero が200年ほどあとに英語に入ってきた、という意味なので B。
In 1202, an Italian mathematician now known as Fibonacci wrote a math book that showed Europeans how to use the numbers 1 to 9 and the sign 0. He wrote that the 0 was called "zephirum" in Arabic.
That name came from the Arabic word "sifr," which means "empty," and it later became the English word "zero." The same Arabic word also reached English by another road, and it got there first. Through Latin and French, it became "cipher." At first, "cipher" meant "zero."
Then it meant any number, and later "a secret code." The dictionaries checked for this article do not say exactly when that last change happened. German has a similar story. The word "Ziffer" once meant "zero," but today it means "digit."
125 words ・ CEFR B1
和訳を見る
1202年、いまはフィボナッチの名で知られるイタリアの数学者が、1から9の数字と0という記号の使い方をヨーロッパの人々に示す数学の本を書いた。彼は、その0がアラビア語で「zephirum」と呼ばれていると書いた。
この名前は「からっぽ」を意味するアラビア語「sifr」から来ていて、のちに英語の「zero」になった。同じアラビア語は、別の道を通っても英語に届いていて、そちらのほうが先に着いていた。ラテン語とフランス語を通って「cipher」になったのだ。最初、「cipher」は「ゼロ」を意味した。
次にあらゆる数字を意味するようになり、のちに「暗号」の意味になった。この記事のために調べた辞書には、その最後の変化がいつ起きたのかははっきり書かれていない。ドイツ語にも似た話がある。「Ziffer」という語はかつて「ゼロ」を意味したが、いまは「数字(1けたの数字)」を意味する。
4択リーディングクイズ
Q1. According to the passage, what did Fibonacci write about the sign 0?
He wrote that the 0 was called "zephirum" in Arabic. とあるので B。
Q2. Which is the correct order of meanings for "cipher"?
At first, "cipher" meant "zero." Then it meant any number, and later "a secret code." とあるので C。
Q3. What does the writer suggest about the meaning "a secret code"?
The dictionaries checked for this article do not say exactly when that last change happened. から、「暗号」の意味がいつ生まれたかは辞書からははっきりしないと分かるので D。
The word for "nothing" has been translated more than once. Sanskrit had "shunya," meaning "empty," and Arabic scholars rendered it as "sifr." When the Indian number system reached Europe, the Arabic word came with it and split into two branches. Medieval Latin "cifra" passed through French into English by the late 1300s as "cipher," first meaning the sign 0 and then any number.
The sense "secret code" came later, and the reference books consulted here give no clear date for that step. The other branch, "zephirum," the term Fibonacci used in 1202, became Italian "zero" and entered English around 1600. Even here the dictionaries tell slightly different stories, and one of them sends "zero" through Old Spanish before French or Italian. The new numbers were not welcomed everywhere.
According to a history of mathematics published in 1901, bankers in Florence were banned from using them in 1299. In 1348 the university of Padua asked that book prices be written in plain letters, not in figures. Nobody knows for sure why Florence did this. One historian guessed that the money changers wanted to keep the new method to themselves.
188 words ・ CEFR B2
和訳を見る
「何もない」を表す言葉は、何度も翻訳されてきた。サンスクリット語には「からっぽ」を意味する「シューニャ」があり、アラビア語の学者たちはそれを「sifr」と訳した。インドの数の仕組みがヨーロッパに届いたとき、このアラビア語もいっしょにやって来て、2つの枝に分かれた。中世ラテン語の「cifra」はフランス語を通って1300年代の終わりまでに英語に入って「cipher」となり、最初は0という記号を、次にあらゆる数字を意味した。
「暗号」の意味はあとから生まれたが、今回調べた参考書には、その段階のはっきりした年代は書かれていない。もう一方の枝である「zephirum」は、フィボナッチが1202年に使った語で、イタリア語の「zero」になり、1600年ごろに英語に入った。ここでも辞書によって少しずつ説明が違い、そのうちの1冊は「zero」が古いスペイン語を通ってからフランス語かイタリア語に入ったとしている。新しい数字は、どこでも歓迎されたわけではなかった。
1901年に出版された数学史の本によると、1299年にフィレンツェでは銀行家がこの数字を使うことを禁じられた。1348年には、パドヴァの大学が、本の値段を数字ではなくはっきりした文字で書くよう求めた。フィレンツェがなぜそうしたのかは、確かなことは誰にも分からない。ある歴史家は、両替商たちが新しい方法を自分たちだけのものにしておきたかったのではないかと推測した。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
「からっぽ」を表す1つの語が言語を渡って cipher と zero の2つになった、という話が中心なので B。
Q2. What happened in Padua in 1348, according to the passage?
In 1348 the university of Padua asked that book prices be written in plain letters, not in figures. とあるので C。A は1299年のフィレンツェの話。
Q3. What can be inferred about the 1299 rule in Florence?
Nobody knows for sure why Florence did this. One historian guessed... とあり、理由は推測にとどまるので A。
重要単語
- zeroA2名詞ゼロ、0The temperature fell below zero last night.
複数形は zeros(zeroes も)。zero in on ~ で「~にねらいを定める」。 - cipherC1名詞暗号;(古くは)0、数字The spy sent the message in cipher.
発音は「サイファー」。cypher ともつづる。a mere cipher で「取るに足りない人」。 - decipherC1動詞(暗号・読みにくい字を)解読するI couldn't decipher his handwriting.
de-(逆にする)+ cipher。暗号だけでなく、汚い字や分かりにくい説明にも使う。 - numeralB2名詞数字Roman numerals are still used on some clocks.
Arabic numerals(アラビア数字)、Roman numerals(ローマ数字)の形でよく出る。 - digitB2名詞(0〜9の)数字、けたYour PIN has four digits.
a three-digit number で「3けたの数」。ドイツ語の Ziffer はこの意味。 - nilB2名詞ゼロ、無(特にイギリスの試合の得点)Our team won two–nil.
ラテン語 nihil(何もない)をちぢめた形。特にイギリス英語で、試合の得点の0に使う。 - annihilateC1動詞全滅させる、完全に打ち負かすThe visiting team was annihilated in the final.
ad-(~へ)+ nihil(何もない)。「何もないところまで持っていく」が語のしくみ。
公式・一次情報をチェック
- Fibonacci(MacTutor History of Mathematics, セント・アンドルーズ大学)mathshistory.st-andrews.ac.uk
- Chiffre(Duden)duden.de
このネタ、誰かに教えたくなった?
「ゼロ(zero)」と「暗号(cipher)」は同じ言葉から。もとはアラビア語の ṣifr=“からっぽ”。cipher は最初「0」、次に「数字」、そして「暗号」に。1299年のフィレンツェでは、両替商の組合がアラビア数字を禁じる規則を作った。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(7件)タップで表示
- The American Heritage Dictionary of the English Language, 5th ed.「cipher」「zero」「nil」「annihilate」ahdictionary.com
- Oxford Advanced Learner's Dictionary「cipher」「zero」「decipher」(Word Origin)oxfordlearnersdictionaries.com
- Dictionary.com(Random House Unabridged Dictionary)「cipher」「zero」dictionary.com
- Duden「Ziffer」「Null」(Herkunft)duden.de
- Boncompagni (1857) Scritti di Leonardo Pisano, vol. 1: Il Liber abbaci di Leonardo Pisano(Internet Archive)archive.org
- Ball (1901) A Short Account of the History of Mathematics, 3rd ed., Macmillan(Internet Archive)archive.org
- Cohen (2011) Beyond Beauty: Reexamining Architectural Proportion in the Basilicas of San Lorenzo and Santo Spirito in Florence, PhD thesis, Leiden University(第6章)hdl.handle.net
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
本館
マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究
論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も





