『指輪物語』のトールキンは、英語辞典づくりの仕事をしていた。担当はWで始まる単語

読む前に予想してみよう!
『指輪物語』の作者トールキンは、オックスフォード英語辞典を作る仕事をしていたことがある
1919〜1920年、編集者ヘンリー・ブラッドリーのもとで W で始まる語を担当。walrus、waggle、waistcoat、wander などの語源を調べた。
- 対象
- 辞書編集部の記録・書簡・辞書の記述
- 規模
- 1919〜1977年の資料
- 研究の種類
- 文献調査(辞書史)
- 確かさ
- ★★★★☆
『指輪物語』の作者トールキンは、第一次世界大戦のあと、オックスフォード英語辞典で W で始まる語を担当。walrus などの語源を調べた。50年後、自分の言葉「hobbit」がその辞書に載ることになる。
ひとことで言うと『指輪物語』を書いたトールキンは、若いころ、英語の辞書を作る仕事をしていたんだって!
もくじ
『ロード・オブ・ザ・リング』の原作、『指輪物語』。その作者 J・R・R・トールキンは、作家として有名になるずっと前、英語の辞書を作る仕事をしていました。
しかも担当は、W で始まる単語。walrus(セイウチ)、waggle(ゆらゆら揺らす)、waistcoat(ベスト)、wander(ぶらぶら歩く)……。英単語の歴史を1語ずつたどる大辞典『オックスフォード英語辞典(OED)』の、いわば“W係”でした。
そして50年後、その同じ辞書の編集部から、トールキンのもとに hobbit(ホビット) の項目の下書きが届きます。自分が作ったはずの言葉が、辞書に載ることになったのです。
01戦争から戻って、辞書の編集部へ
OED の編集者ピーター・ギリヴァー(Peter Gilliver)が、オックスフォード大学出版局のブログに書いた辞書の歴史によると、話はこうです。
第一次世界大戦が終わるころ、トールキンは学生時代の先生で OED の編集者だったウィリアム・クレイギー(William Craigie)に、何か仕事はないかと手紙を書きました。採用されたトールキンが1919年の初めから働いたのは、もう1人の編集者ヘンリー・ブラッドリー(Henry Bradley)のもと。ブラッドリーはちょうど、W で始まる難しい単語に取り組んでいました。
W の単語には、古い英語(古英語・中英語)の深い知識が必要なものが多く、トールキンはその知識をたっぷり持っていました。
02walrus は「クジラ馬」?「馬クジラ」?
トールキンが担当した walrus(セイウチ)の語源は、なかなかの難問でした。
OED の編集者3人が書いた本『The Ring of Words』(2006年)によると、walrus は walnut(クルミ)と並んで、ゲルマン系の語源がとびきりやっかいなことで知られた語。トールキンはこの2語の語源にとても苦労しました。トールキンが書いた walrus の語源の下書きの一部は今も残っていて、この本に図として載っています。
Dictionary.com で語源を見ると、walrus はオランダ語から来た言葉で、文字どおりの意味は「クジラ馬(whale horse)」。ドイツ語の Walross、デンマーク語の hvalros も同じ仲間です。
ところが、古英語ではこの動物を horshwæl(ホース・ホエール=馬クジラ) と呼んでいました。古英語の辞書(Bosworth-Toller)によると、9世紀の終わり、アルフレッド大王の時代に古英語に訳された、オロシウスという人の歴史書に出てくる言葉です。北の海へ船で行った男が、セイウチの牙は上等な骨になるので、それを目当てに行った、と語る場面です。
同じ動物なのに、英語の昔の名前は「馬クジラ」、今の名前は「クジラ馬」。 語の順番がひっくり返っているのです。Dictionary.com の語源欄も、walrus の説明の最後に、くらべる語として古英語の horshwæl(horse-whale)を挙げています。

03辞書づくりの最中に、“中つ国”の天地創造を書いていた
トールキンは、辞書の仕事をしていたころ、もう1つの大仕事も始めていました。
ギリヴァーによると、トールキンはこのころすでに、のちの『指輪物語』の舞台になる世界「中つ国(Middle-earth)」を作り、そこに言葉と伝説を住まわせ始めていました。そしてOED で働いていた時期に書いたことが分かっている伝説の1つが、「アイヌアの音楽(The Music of the Ainur)」。創造の神が歌によって宇宙を生み出すという天地創造の物語です。
昼は実在する英語の単語の歴史を調べ、その一方で、架空の世界の言葉と神話を作っていたことになります。
0450年後、自分の言葉 hobbit が辞書にやってきた
時は流れて1969年12月。OED は、新しい言葉を足すための「補遺(Supplement)」を作っていました。編集長ロバート・バーチフィールド(R. W. Burchfield)は、トールキンの教え子です。彼は hobbit の項目の下書きを、本人に送って意見を求めました。
ギリヴァーら OED 編集者3人の本『The Ring of Words』(2006年)の抜粋によると、トールキンの返事は翌年の8月。忙しさと家庭の事情を詫びたうえで、1970年9月11日の手紙で、自分で考えた定義を送ってきました。長さは編集部の下書きの2倍以上。
1976年に出版された hobbit の項目は、ほぼトールキンの案どおりです。内容をまとめると、
- 想像上の種族で、人間の小さな一種
- 自分たちでは「穴に住む者」という意味でこう名乗った
- ほかの種族からは、背が人間の半分なので halfling(半分の人) と呼ばれた
辞書に載った、いちばん古い使用例は『ホビットの冒険』の有名な書き出し In a hole in the ground there lived a hobbit.(地面の穴に、ひとりのホビットが住んでいた)。トールキンが答案の採点中に、退屈しのぎにさらさらと書いた一文だったことは、よく知られています。
05どんでん返し:hobbit は、本当にトールキンの発明?
ところが、この話には続きがあります。
1970年の手紙でトールキンは、語源の欄にトールキンが発明した語と書いてよいのか、専門家に調べてもらっているところだ、と書いていました。じつは本人も、自分が作ったのかどうか100%の自信はなかったのです。1938年には、昔の物語で hobbit を見たという新聞への投書があり、トールキンは、2つの hobbit はたまたま同じ音になっただけだろう、と返事をしています。
そしてトールキンの死後、本当に古い hobbit が見つかりました。
- ヨークシャーの商人で民俗学好きのデナム(M. A. Denham)が作った、幽霊・妖怪などの「超自然の存在」の名前のリストの中
- もとは1848年の雑誌記事で131種。1851年版で165種、1853年版で198種に増え、hobbits はその追加分の最初の語だった
- この版を収めた民俗学協会の本(1895年刊)で見つかり、1977年5月31日の『タイムズ』紙が報じた
ただし、デナムは hobbits に説明をつけていません。どんな妖怪なのか、どこから拾った言葉なのかは分かっていません。トールキンがこのリストを読んでいたことを示す決め手もなく、OED の編集者たちは子どものころの記憶の出どころとしては考えにくい、としています。
OED には、もう1つの“hobbits”もあります。大砲の howitzer(りゅう弾砲) の古い形 howitz のつづりの1つが hobbits。1710年の例では「小型の臼砲(きゅうほう=砲身の短い大砲)」のことです。17〜18世紀には bilbo が剣の一種を指す言葉でもあったので、OED の編集者たちはこの2つを結びつける考えも紹介しています。ただし、これも証明のない推測で、本当の由来は分からないと書いています。
06まとめ
『指輪物語』のトールキンは、若いころオックスフォード英語辞典の“W係”として、walrus などの語源を調べていました。同じころに中つ国の神話を書き始め、50年後には自分の言葉 hobbit の定義をその辞書に送っています。
それでも hobbit の本当の出どころは、本人にも辞書にも分かっていません。辞書を作った人の作った言葉の語源が、辞書でも「不明」。トールキンなら、この結末をおもしろがったかもしれません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerAfter the First World War, the young J.R.R.
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
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J.R.R. Tolkien wrote The Lord of the Rings. But before he was a famous writer, he worked on a big English dictionary in Oxford. This was in 1919 and 1920.
His job was to study words that start with W, like "walrus" and "wander." He looked for the history of each word. About fifty years later, the same dictionary decided to add his own word, "hobbit." Tolkien wrote a meaning for it himself.
73 words ・ CEFR A2
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J・R・R・トールキンは『指輪物語』を書きました。でも、有名な作家になる前、彼はオックスフォードで大きな英語の辞書の仕事をしていました。1919年と1920年のことです。
彼の仕事は、walrus(セイウチ)や wander(ぶらぶら歩く)のような、W で始まる単語を調べることでした。彼は1つ1つの単語の歴史を探しました。およそ50年後、同じ辞書が彼自身の言葉「hobbit」を加えることになりました。トールキンは、その意味を自分で書きました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
トールキンが辞書の仕事をしていた話なので B。
Q2. Which words did Tolkien study?
His job was to study words that start with W とあるので C。
Q3. In the passage, what does "history" of a word mean?
辞書で単語の歴史を調べる、とは語の出どころや変化を調べることなので A。
After the First World War, the young J.R.R. Tolkien needed a job. He wrote to his old teacher, who was an editor of the Oxford English Dictionary, and by early 1919 he was working on the dictionary's W words. These included "waggle," "waistcoat," "walrus" and "wander." Many W words came from old Germanic languages, and Tolkien knew those languages well.
The word "walrus" gave him a lot of trouble. It comes from Dutch and means "whale horse," but in Old English the animal was called a "horse whale." In the same period, Tolkien was also writing a creation myth for Middle-earth, the world of his later books. He stayed at the dictionary until June 1920.
115 words ・ CEFR B1
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第一次世界大戦のあと、若い J・R・R・トールキンは仕事を必要としていた。彼はオックスフォード英語辞典の編集者だった昔の先生に手紙を書き、1919年の初めには辞書の W の単語の仕事をしていた。その中には waggle、waistcoat、walrus、wander があった。W の単語の多くは古いゲルマン系の言語から来ていて、トールキンはそうした言語をよく知っていた。
walrus という単語には、ずいぶん手を焼いた。この語はオランダ語から来ていて「クジラ馬」という意味だが、古英語ではこの動物は「馬クジラ」と呼ばれていた。同じ時期、トールキンは、のちの作品の舞台になる世界、中つ国の天地創造の神話も書いていた。彼は1920年6月まで辞書の仕事を続けた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
戦後、OED で W の単語を担当した話が中心なので A。
Q2. Why was Tolkien a good person for the W words?
Many W words came from old Germanic languages, and Tolkien knew those languages well とあるので B。
Q3. What can we infer about the word "walrus"?
オランダ語は whale horse、古英語は horse whale で、順番が逆になっているので C。
In December 1969, the editor of a new supplement to the Oxford English Dictionary sent a draft entry for "hobbit" to the man who had made the word famous. Tolkien had worked on the dictionary fifty years earlier, but a busy and difficult year kept him from answering until the next summer.
In a letter dated September 11, 1970, he offered a definition more than twice as long as the editor's draft. Hobbits, he wrote, were an imaginary people, a small kind of human, who called themselves by a name meaning "hole-dweller," while others called them halflings. That definition was printed almost unchanged in 1976. In the same letter, though, Tolkien admitted he was not completely sure he had invented the word.
After his death, "hobbits" turned up in a list of ghosts, goblins and other spirits that a Yorkshire folklorist kept adding to between 1848 and 1853. The list gives no meaning, and nobody knows where he found the word. The dictionary's editors see no clear sign that Tolkien ever read it. One of their other guesses is an old spelling of "howitzer," a kind of cannon, which was sometimes written "hobbits" in the early 1700s.
197 words ・ CEFR B2
和訳を見る
1969年12月、オックスフォード英語辞典の新しい補遺の編集者が、「hobbit」の項目の下書きを、この語を有名にした人物に送った。トールキンは50年前に自分もこの辞書の仕事をしていたが、忙しくつらいことの多い1年だったため、返事は翌年の夏までできなかった。
1970年9月11日付の手紙で、彼は編集者の下書きの2倍以上の長さの定義を提案した。彼によれば、ホビットは想像上の種族で、人間の小さな一種であり、自分たちを「穴に住む者」という意味の名前で呼んだが、ほかの者たちからはハーフリングと呼ばれていた。この定義は1976年に、ほとんどそのまま印刷された。しかし同じ手紙でトールキンは、自分がこの語を作ったという完全な自信はないことも認めていた。
彼の死後、ヨークシャーの民俗学好きの人物が1848年から1853年にかけて書き足していった、幽霊や小鬼などの精霊のリストに「hobbits」が見つかった。リストには意味が書かれておらず、彼がどこでこの語を見つけたのかはだれにも分からない。辞書の編集者たちは、トールキンがそれを読んでいたというはっきりした形跡は見当たらないとしている。彼らが挙げるほかの推測の1つは、大砲の一種「howitzer(りゅう弾砲)」の古いつづりで、1700年代初めには「hobbits」と書かれることもあった。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
hobbit が辞書に載った経緯と、語の出どころへの疑問が中心なので B。
Q2. What happened to Tolkien's definition?
That definition was printed almost unchanged in 1976 とあるので B。
Q3. What can be inferred from the passage?
1848〜1853年のリストに hobbits があったが、意味も出どころも分からず、トールキンが読んだ形跡もないので C。
重要単語
- dictionaryA1名詞辞書I looked up the word in an online dictionary.
look up 〜 in a dictionary「辞書で〜を引く」。OED は Oxford English Dictionary の略。 - entryB1名詞(辞書の)見出し項目The dictionary entry for "walrus" explains where the word comes from.
enter(入る)の名詞形。「入場」「参加」の意味もある。 - etymologyC1名詞語源、語源学The etymology of "walrus" is harder than it looks.
ギリシャ語 etymon(本当の意味)+-logy(学問)。辞書では Origin や Word History の欄に書かれる。 - defineB1動詞(語の意味を)定義するCan you define the word "hobbit" in one sentence?
名詞は definition(定義)。definite(明確な)と同じ語源。 - inventB1動詞作り出す、発明するTolkien thought he had invented the word.
言葉を「作る」ときは coin も使う(coin a word)。 - walrusB2名詞セイウチA walrus uses its long tusks to pull itself onto the ice.
オランダ語で「クジラ馬」。複数形は walruses。tusk は「キバ」。 - supplementB2名詞補遺、追加の巻;サプリメントThe new words were added in a supplement to the dictionary.
「足りないものを補うもの」。栄養のサプリメントと同じ語。
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『指輪物語』の作者トールキンは、第一次世界大戦のあと、オックスフォード英語辞典の編集部で W で始まる単語の係だった。walrus(セイウチ)や waggle、wander などを担当。のちに自分の言葉「hobbit」が辞書に載るとき、本人が定義を書いて送っている。
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出典・参考文献(7件)タップで表示
- Gilliver (2017) 10 things you may not know about the making of the OED (Part 2), OUPblogblog.oup.com
- University College Oxford (2016) J R R Tolkien and Univuniv.ox.ac.uk
- Gilliver, Marshall & Weiner (2013) A definition of 'hobbit' for the OED, OUPblog(The Ring of Words, OUP 2006 より抜粋)blog.oup.com
- Gilliver(Crossref の表記は Gulliver) (2002) J. R. R. Tolkien and the OED, English Todaydoi.org
- Gilliver, P., Marshall, J. & Weiner, E. (2006) The Ring of Words: Tolkien and the Oxford English Dictionary. Oxford University Press(walrus の箇所を Internet Archive の全文検索で確認)archive.org
- Bosworth-Toller Anglo-Saxon Dictionary「hors-hwæl」bosworthtoller.com
- Dictionary.com「walrus」(Origin)dictionary.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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