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つづり300語を変えようとした米大統領、議会に止められる。敗因は本人いわく「thru」

つづり300語を変えようとした米大統領、議会に止められる。敗因は本人いわく「thru」

読む前に予想してみよう!

1906年にアメリカ大統領が命じた「新しいつづり」は、大統領の顧問たちがその年に考え出したものだった

研究カード(どんな研究?)
対象
大統領の手紙・政府印刷局の冊子・連邦議会議事録・新聞研究
規模
1906年の一次資料と研究論文2本
研究の種類
歴史資料の調査(文献)
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

1906年、セオドア・ルーズベルト大統領は政府の印刷物で thru・tho など300語のつづりを変えるよう命じた。下院は142対25で辞書どおりのつづりを求める修正を通し、大統領は負けを認めて、いちばんの敗因に thru を挙げた。

ひとことで言うと大統領が「through は thru と書こう」と決めたら、議会に止められちゃった!

もくじ
  1. 1906年8月、大統領が印刷局に「300語のつづりを変えよ」
  2. 300語のリスト:thru、tho、そして kist
  3. 議会の反撃:予算書に「fixt」と「[fixed]」が並んだ
  4. 大統領の敗北宣言:いちばんの敗因は thru
  5. おまけ:新聞「シカゴ・トリビューン」は1975年まで手放さなかった
  6. どんでん返し:負けたはずのつづりが、今は辞書の見出しに
  7. まとめ

ドライブスルーの看板でよく見る「drive-thru」。through(~を通って)を短く thru と書いた形です。

じつは1906年、アメリカの大統領がこの thru を政府の公式なつづりにしようとしました。命じたのはセオドア・ルーズベルト。対象は thru を含む 300語です。

ところが議会が猛反対。命令から3か月半で、下院は、政府の印刷は辞書どおりのつづりで、と決めてしまいます。負けを認めた大統領は、手紙の中で、いちばんの敗因に thru を挙げています。しかもその thru は、大統領自身が「新しいつづりのうち、これだけは間違い」と思っていた語でした。

011906年8月、大統領が印刷局に「300語のつづりを変えよ」

1906年8月27日、ニューヨーク州オイスターベイの自宅にいたルーズベルト大統領は、政府の印刷局長チャールズ・スティリングスに手紙を書きました。この手紙は、印刷局が同じ年に作った冊子『Simplified Spelling(簡略つづり)』の冒頭に、そのまま載っています。

冊子に載った委員会のメンバー表には、こんな名前が並んでいます。Samuel L. Clemens(作家マーク・トウェインの本名)、図書館の「デューイ十進分類法」で知られるメルヴィル・デューイ、心理学者のウィリアム・ジェームズ、そして連邦最高裁判所の判事デイヴィッド・ブルーワーまで。当時の一流の文化人が、本気でつづりを変えようとしていたのです。

02300語のリスト:thru、tho、そして kist

冊子には300語の一覧が載っています。いくつか拾ってみます。

  • thru(through)、thruout(throughout)
  • tho(though)、altho(although)、thoro(thorough)
  • dropt(dropped)、fixt(fixed)、kist(kissed)
  • catalog(catalogue)、program(programme)、theater(theatre)

kissed が kist。今の目で見ると、ふざけているようにも見えます。

ところが委員会の文書は、こうした -t の形に有名な作家の使用例をつけていました。kist はシェイクスピア、ミルトン、ゴールドスミス、テニスン。dropt はシェイクスピア、ミルトン、ドライデン、ポープなど。委員会の説明では、300語はどれも、主な辞書や有名な作家がすでに使っていた「もう一つのつづり」から、短いほうを選んだものでした。新しく作った単語ではなかったのです。

印刷局長の前書きによると、300語のうち153語は、印刷局がすでに優先して使っていたつづりでした。命令は、見た目ほど過激ではなかったわけです。

03議会の反撃:予算書に「fixt」と「[fixed]」が並んだ

それでも、反発は大きくなります。12月に議会が開くと、下院でこの問題が取り上げられました。

連邦議会の議事録(Congressional Record)によると、1906年12月12日、下院歳出委員会(予算を決める委員会)のジェームズ・タウニー議員がこう説明しています。予算委員会に届いた政府の予算の見積書は、大統領の命令どおり新しいつづりで印刷されていて、最初のページから「fixt」と書かれていた。法案を作る担当者は、決まりに従って新しい文書の言葉と、今の法律の言葉の両方を載せなければならず、紙の上には "fixt" と "[fixed]" が並んでしまった――。

決議の日、つづり改革に賛成していたジレット議員は「私が考えを変えたわけではない。ただ、きのうの採決で、この下院が辞書どおりのつづりを望んでいるのは分かった」と述べ、多数派に従いました。

04大統領の敗北宣言:いちばんの敗因は thru

3日後の1906年12月16日。ルーズベルトは委員長マシューズに手紙を書きました。この手紙の一節は、アメリカ議会図書館の機関誌(1958年5月号)が、所蔵品の紹介の中でそのまま引用しています。大統領はこの手紙で、

  • 戦っても新しいつづりを(政府の印刷に)残すことはできなかった、負けたのに見苦しく争っても意味がない、と認め
  • 「新しいつづりが間違っていると私が思っていたただ一つの語、thru が、ほかの何よりも私たちの敗北(our discomfiture)の原因になったと思う」と書き
  • それでも、やってみてよかった、自分の手紙では新しいつづりを使い続ける、と結んでいます

いちばんの敗因になった thru は、大統領自身も「これだけは間違い」と思っていた語だったのです。大統領令が議会に押し返された、めずらしい「つづり騒動」はこうして終わりました。

1906年12月、下院は「印刷は辞書どおりのつづりで」と決め、大統領の命令を押し返した
1906年12月、下院は「印刷は辞書どおりのつづりで」と決め、大統領の命令を押し返した

05おまけ:新聞「シカゴ・トリビューン」は1975年まで手放さなかった

新聞は、この騒ぎをどう見たのでしょう。言語学の学術誌『American Speech』に載ったジョン・ヴィヴィアンの論文(1979年)によると、新聞の反応は2段階でした。

  • 最初は冷やかしとからかい
  • そのあと、もっとまじめで細かい反対論

ヴィヴィアンは、つづり改革をつぶすのに効いたのは、最初の冷やかしより、むしろ2段階目のまじめな反対論だったと見ています。新しいつづりは短いので、紙面の限られた新聞は、本来なら大きな得をするはずだったのに、です。

その一方で、自分の新聞でつづりを変えた人もいました。同じ論文によると、シカゴ・トリビューン紙はロバート・マコーミックのもとで1934年から独自の簡略つづりを使い始め、最終的にやめたのは1975年。大統領の改革は3か月半で押し返されましたが、この新聞が簡略つづりを完全に手放すまでには、40年あまりかかりました。

06どんでん返し:負けたはずのつづりが、今は辞書の見出しに

1906年に議会に止められたつづりは、そのまま消えたわけではありません。

アメリカの辞書 American Heritage Dictionary を引くと、program は見出し語そのもので、programme のほうに「おもにイギリスの別つづり」と書かれています。catalog も見出しの先頭に立ち、catalogue はその横に並ぶ形です。drive-through の見出しには、drive-thru も並んで載っています。オックスフォードの学習辞典も、drive-through に also drive-thru(北米英語)と書いています。大統領が敗因に挙げ、自分でも間違いだと思っていた thru は、ドライブスルーの看板で生き残りました。

もう一つ。議会がこれほど反発したのは、つづりそのものだけが理由ではなかったようです。ヴィヴィアンが別の雑誌に書いた記事の紹介文によると、議会の反対は、つづりへの心配よりも、大統領が議会を通さずに命令で物事を決めたことへの反発が中心でした。歴史学者ジョナサン・ジマーマンの論文(2010年)は、反対した人の中に、たとえ効率的でも、美しさや習慣や伝統のために古いつづりを守るべきだと主張した人たちがいたことを指摘しています。

07まとめ

1906年、アメリカの大統領は thru や tho など300語のつづりを政府の印刷物で変えようとして、議会に止められました。でも、300語はでたらめなつづりではなく、シェイクスピアも使った形や、辞書にあった別のつづりでした。

そして今、program や catalog はアメリカ英語のふつうのつづりになり、thru はドライブスルーの看板に残っています。つづりを決めるのは、命令ではなく、使う人たちの習慣なのかもしれません。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn August 1906, President Theodore Roosevelt wrote to the head of the Government Printing Office. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

In August 1906, President Theodore Roosevelt wrote to the head of the Government Printing Office. He asked that 300 words be printed in a simpler way in government papers. The list came from a group called the Simplified Spelling Board, paid for by Andrew Carnegie, and Mark Twain was one of its members. Some changes looked strange, like "kist" for "kissed."

But the board said Shakespeare and Milton had used many of these forms. Newspapers made fun of the plan, and in December the House of Representatives voted 142 to 25 for dictionary spelling. Roosevelt later wrote that "thru" had caused more trouble than anything else.

106 words ・ CEFR B1

和訳を見る

1906年8月、セオドア・ルーズベルト大統領は政府印刷局の長に手紙を書いた。彼は、政府の文書で300語をより簡単な形で印刷するよう求めた。そのリストは、アンドリュー・カーネギーが資金を出した「簡略つづり委員会」という団体が作ったもので、マーク・トウェインもその一員だった。「kissed」を「kist」とするなど、変に見えるものもあった。

しかし委員会は、こうした形の多くはシェイクスピアやミルトンも使っていたと言った。新聞はこの計画をからかい、12月には下院が142対25で辞書どおりのつづりに賛成した。ルーズベルトはのちに、「thru」がほかの何よりも大きな騒ぎを起こしたと書いた。

4択リーディングクイズ

Q1. Who paid for the Simplified Spelling Board?

Q2. Why did the board think forms like "kist" were acceptable?

Q3. What can we guess about the vote in the House?

重要単語

  • spellingA2
    名詞つづりBritish and American spelling are a little different. spell(つづる)+-ing。spelling mistake「つづりの間違い」。
  • reformB2
    名詞改革The spelling reform did not last long. re-(再び)+form(形づくる)。動詞としても使う。日本語の「リフォーム(家の改装)」は英語では renovation や remodeling。
  • orderB1
    名詞命令The president's order surprised many people. 「注文」「順序」の意味もある多義語。executive order「大統領令」。
  • CongressB1
    名詞(アメリカの)連邦議会Congress voted against the plan. 上院 the Senate と下院 the House of Representatives からなる。ふつう冠詞なしで大文字の Congress。
  • informalB1
    形容詞くだけた、略式の"Thru" is fine in a text message, but it is too informal for an essay. 反対語は formal。辞書の Informal の表示は「くだけた場面向け」の意味。
  • variantC1
    名詞変形、別の形"Programme" is a British variant of "program." vary(変わる)の仲間。辞書の Variant of ~ は「~の別つづり」。
  • simplifyB2
    動詞簡単にするThe board wanted to simplify English spelling. simple+-ify(~にする)。名詞は simplification。simplified spelling「簡略化したつづり」。
1906年、ルーズベルト大統領が政府の印刷物で英語のつづり300語を変えろと命令。through→thru、though→tho、kissed→kist。下院は142対25で、辞書どおりのつづりを求める修正を可決。大統領は負けを認めた。本人いわく、いちばんの敗因は「thru」。

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出典・参考文献(6件)タップで表示
  1. Roosevelt (1906-08-27) Letter to Charles A. Stillings(Library of Congress 所蔵、Theodore Roosevelt Center)theodorerooseveltcenter.org
  2. Government Printing Office (1906) Simplified Spelling for the Use of Government Departments(Internet Archive)archive.org
  3. Congressional Record, Vol. 41, Part 1(House, December 12–13, 1906), govinfogovinfo.gov
  4. Library of Congress (1958) Quarterly Journal of Current Acquisitions 15(3)(1906年12月16日付マシューズあての手紙を引用、Internet Archive)archive.org
  5. Vivian (1979) Spelling an End to Orthographical Reforms: Newspaper Response to the 1906 Roosevelt Simplifications, American Speech 54(3)doi.org
  6. Zimmerman (2010) Simplified Spelling and the Cult of Efficiency in the "Progressiv" Era, The Journal of the Gilded Age and Progressive Era 9(3)doi.org

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