北海道や東北で「こわい」は“疲れた”。“怖い”の意味で使う地域とは、ほぼ重ならない

読む前に予想してみよう!
「こわい」を“疲れた”の意味で使うのは、北海道だけだ
1966年の『日本言語地図』では、東北とその周辺のほか、紀伊半島・中国地方の西部・九州南部などにも分布していた。
- 対象
- 全国の方言(1966年刊の地図)/北海道と東北・新潟の30〜50代
- 規模
- 北海道54地点・東北と新潟47地点、計5,515人(2007〜2010年)
- 研究の種類
- 方言地理学の全国地図+地域調査
- 確かさ
- ★★★★☆
北海道・東北などでは「こわい」が“疲れた”の意味。国立国語研究所の方言地図では、この意味で使う地域は、“怖い”の意味で使う地域とほぼ重ならない。
ひとことで言うと北海道や東北で「こわい」と言ったら、「つかれた」のことかも!
もくじ
「重い荷物を背負って歩いたら、こわくなった」
これを聞いて「何が怖かったの?」と思ったなら、あなたは「こわい」を共通語の意味だけで受け取っています。北海道や東北では、この「こわい」は「疲れた」の意味です。
しかも国の方言地図を見ると、「疲れた」のこわいを使う地域と、「恐ろしい」のこわいを使う地域は、ほとんど重なっていませんでした。同じ「こわい」が、日本地図の上でほぼ住み分けていたのです。
01「こわい」が“疲れた”になるのはどこ?
国立国語研究所は、全国の方言を地点ごとに調べた『日本言語地図』を作りました。1966年に出た第1集の第44図が、「コワイを“疲れた”の意味で使うか」です。
質問は、重い荷物を背負って歩いたときの感じを「コワイ」と言うかどうか。地図では「使う」が赤、「使わない」が緑の印で示されています。
東北だけの言葉ではありません。紀伊半島や九州南部にも、離れて分布しています。
02“怖い”のこわいとは、地図の上で住み分けていた
同じ地図帳の第43図は「コワイを“恐ろしい”の意味で使うか」です。こちらは関東から近畿・中国・四国にかけて「使う」が広がり、北海道・東北・九州の多くは「使わない」でした。
別の第42図の解説によると、「恐ろしい」を何と言うかは、東日本の全体にオッカナイの仲間、西日本の端のほうにオソロシイの仲間が分布しています。東北では、「恐ろしい」と言えばふつうは「おっかない」だったのです。
国立国語研究所の解説は、43図と44図を重ねると、コワイを使う地域がほぼ補い合っていて重ならないと書いています。片方の意味でコワイを使う地域では、もう片方の意味ではあまり使わない、ということです。そのうえで、共通語の「恐ろしい」のこわいが各地に広まるとき、「疲れた」のこわいがもともとある地域には入りこみにくいことを示している、と見ています。

032007〜2010年の調査でも、北海道では「こわい」が優勢
では、もっと最近はどうなのでしょう。
国立国語研究所の共同研究報告(2012年)は、北海道と東北・新潟の30〜50代を調べています。調査は2007〜2010年、北海道54地点で2,711人、東北・新潟47地点で2,804人、合わせて5,515人です。
「疲労感・疲れる」の意味でコワイを使うかをたずねたところ、青森・秋田・山形・岩手・北海道でよく使われ、北海道ではとくに優勢(主流)という結果でした。北海道では海岸部も内陸部も使われていて、大きな差は見られませんでした。太平洋側の白老や苫小牧では、やや弱いとされています。
半世紀前の地図だけの話ではなく、働き盛りの世代でも生きている言葉だということです。
04もとは「かたい」「手ごわい」の「こわい」
「こわい」が「疲れた」になったのはなぜでしょう。
百科事典『日本大百科全書』の「有力な方言」(全国8都府県以上で使われる方言の一覧)には、コワイ=疲れた。古語「強(こわ)し」の転義とあります。転義とは、もとの意味から移り変わってできた意味のことです。
この一覧で「コワイ=疲れた」の分布は「東北・関東・中部・近畿・中国」と書かれ、北海道は入っていません。ただし、この一覧にはどの語にも「北海道」という地方名が出てこないので、「北海道では使わない」という意味ではありません。北海道で使われていることは、国立国語研究所の二つの調査で確かめられます。
『日本国語大辞典』を引くと、「こわい(強)」は「怖い」と同じ語源とされ、昔から次のような意味がありました。
- 強い、たけだけしい(『日本書紀』の古い読みに例がある)
- 強情だ、頑固だ(『竹取物語』に例がある)
- かたい、ごわごわしている(今も「こわい御飯」「髪がこわい」と言う)
- たいぎだ(めんどうでつらい)、骨が折れる(1603〜04年の『日葡辞書』に載り、長塚節の小説『土』(1910年)にも使われた例がある)
つまり「骨が折れる」「しんどい」の意味は、江戸時代の初めの辞書にもう出ていました。地方で新しく生まれた言い方ではなく、古い日本語の意味が残っていると考えられます。
05「疲れた」の言い方は、地方ごとにこんなに違う
第44図で「使わない」と答えた地点では、何と言うのか。解説には、160地点から寄せられた報告がまとめられています。
- 全国:ツカレタ・クタビレタ
- エライ:静岡・近畿・中国
- シンドイ:近畿・瀬戸内海
- カッタルイ:南関東
- ダレタ:四国・九州
- テキナイ・ゴシタイ:長野
エライも、「こわい」と同じく共通語にある形です。『日本国語大辞典』は「えらい」の意味の一つに「疲れている。つらい。しんどい」を挙げています。「今日はえらかった」は、ほめているのではなく「しんどかった」かもしれません。
英語にも地域で違う「疲れた」があります。I'm exhausted.(へとへと)や I'm worn out.(くたくた)はどこでも通じますが、I'm knackered. はイギリス英語の俗語です。
06どんでん返し:病院で聞く「こわい」は“苦しい”?
方言の行き違いは、笑い話ですまないこともあります。
日本語教育の学会誌に載った竹田晃子さんの論文(2019年)は、共通語と形は同じで意味がちがう方言を、共通語の意味に取られて誤解が生じうるものとして表にまとめ、「私はコワイ(東北で、疲れた)」「私はエライ(近畿で、疲れた)」を例に挙げています。
北信越地方(富山・石川・福井・長野など)で、かかりつけ医として幅広く診る医師31人に聞いたアンケート(2021年)では、出身地以外で働く医師22人のうち18人(81.8%)が、患者の方言が分からず困った経験がありました。よく聞く方言には「コワイ」も挙がりましたが、医師たちはこれを「苦しい」「硬い」の意味に受け取っていました。同じ「こわい」でも、地域によって指す中身がずれるのです。
07まとめ
「こわい」は、もとは「強い・かたい・骨が折れる」を表す古い言葉でした。北海道や東北では、その中の「骨が折れる」の意味が「疲れた」として残り、地図の上では「恐ろしい」のこわいとほぼ住み分けています。
同じ形なのに意味がちがうから、話している本人も方言だと気づきにくい。旅先で「こわい?」と聞かれたら、「怖くはないけど、疲れた」と答えればいいかもしれません。
よくある質問
方言の「こわい」はどういう意味ですか?
「疲れた」という意味です。北海道や東北などでは、重い荷物を背負って歩いたあとの感じを「こわい」と言います。国立国語研究所の『日本言語地図』(1966年)にも、この意味で使う地域が示されています。
「こわい(疲れた)」はどこの方言ですか?
北海道や東北がよく知られていますが、それだけではありません。『日本言語地図』(1966年)の解説では、東北とその周辺・紀伊半島・中国地方の西部・九州南部などに分布し、北海道の調査地点にも「使う」の印が並んでいます。
北海道では今も「こわい」を使いますか?
使われています。国立国語研究所の共同研究報告(2012年)が、2007〜2010年に北海道と東北・新潟の30〜50代、合わせて5,515人を調べたところ、青森・秋田・山形・岩手・北海道でよく使われ、北海道ではとくに優勢でした。
なぜ「こわい」が「疲れた」の意味になったのですか?
古語「強(こわ)し」の意味が移り変わったものです(日本大百科全書)。『日本国語大辞典』によると、「こわい」には昔から「たいぎだ、骨が折れる」の意味があり、1603〜04年の『日葡辞書』にも載っています。古い日本語の意味が残っていると考えられます。
「怖い」と「疲れた」のこわいは同じ地域で使いますか?
ほとんど重なりません。国立国語研究所の解説は、第43図(恐ろしい)と第44図(疲れた)を重ねると、コワイを使う地域がほぼ補い合っていて重ならないと書いています。東北では「恐ろしい」と言えば、ふつうは「おっかない」でした。
ほかの地方では「疲れた」を何と言いますか?
地方によってさまざまです。『日本言語地図』の解説には、エライ(静岡・近畿・中国)、シンドイ(近畿・瀬戸内海)、カッタルイ(南関東)、ダレタ(四国・九州)、テキナイ・ゴシタイ(長野)などが報告されています。
方言の「こわい」で誤解が起きることはありますか?
あります。竹田晃子さんの論文(2019年)は「私はコワイ(東北で、疲れた)」を、共通語の意味に取られて誤解が生じうる例に挙げています。北信越の医師へのアンケート(2021年)では、医師たちは「コワイ」を「苦しい」「硬い」の意味に受け取っていました。
「疲れた」は英語で何と言いますか?
I'm exhausted.(へとへと)や I'm worn out.(くたくた)がどこでも通じます。I'm knackered. はイギリス英語の俗語で、友だち同士のくだけた言い方です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerJapan's national language institute made a large dialect atlas, and the first volume came out in 1966.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
You carry a heavy bag up a long hill, and now your legs hurt. In Hokkaido and the Tohoku area, you might say "kowai" at this point. Here the word does not mean "scary." It means "tired."
A national map from 1966 showed this use in the north, and also in a few places in the west and south. In a study from 2007 to 2010, many people in Hokkaido still used the word this way.
76 words ・ CEFR A2
和訳を見る
重いかばんを持って長い坂を上り、足が痛くなりました。北海道や東北地方では、ここで「こわい」と言うかもしれません。ここではこの言葉は「怖い」という意味ではありません。「疲れた」という意味です。
1966年の全国の地図では、この使い方が北のほか、西や南のいくつかの場所にも見られました。2007年から2010年の調査でも、北海道の多くの人がまだこの言葉をこの意味で使っていました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「こわい」が一部の地域では「疲れた」の意味になる話なので A。
Q2. When was the national map made?
A national map from 1966 とあるので B。
Q3. In the passage, what does "kowai" mean after carrying a heavy bag?
It means "tired." とあるので C。
Japan's national language institute made a large dialect atlas, and the first volume came out in 1966. One map asked whether people say "kowai" after walking with a heavy load on their backs. In much of Tohoku and nearby areas, and also on the Kii Peninsula, in western Chugoku and in southern Kyushu, the answer was yes.
Another map asked about "kowai" in its usual sense of "scary." When the two maps are laid on top of each other, the areas hardly overlap. In eastern Japan, people have long said "okkanai" for "scary." A later study from 2007 to 2010 found that people in their thirties to fifties in Hokkaido still commonly used "kowai" to mean "tired."
117 words ・ CEFR B1
和訳を見る
日本の国立の言語研究所は大きな方言地図帳を作り、その第1集は1966年に出た。ある地図では、重い荷物を背負って歩いたあとに「こわい」と言うかどうかをたずねた。東北の大部分とその周辺、さらに紀伊半島、中国地方の西部、九州南部では、答えは「言う」だった。
別の地図では、「怖い」というふつうの意味の「こわい」についてたずねた。二つの地図を重ねると、その地域はほとんど重ならない。東日本では、昔から「怖い」を「おっかない」と言ってきた。2007年から2010年に行われた後の調査では、北海道の30〜50代の人々が今も「疲れた」の意味で「こわい」をよく使っていることが分かった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did one map in the atlas ask about?
One map asked whether people say "kowai" after walking with a heavy load on their backs とあるので B。
Q2. What happens when the two maps are laid on top of each other?
When the two maps are laid on top of each other, the areas hardly overlap とあるので C。
Q3. What can we guess about a person from Tohoku who says "okkanai"?
In eastern Japan, people have long said "okkanai" for "scary." から、「おっかない」は「怖い」の意味だと推測できるので B。
Old Japanese had an adjective, "kowashi," that meant strong, stubborn or hard. A Japanese-Portuguese dictionary from 1603 also recorded a sense close to "exhausting" or "hard work," and that sense lives on in dialects. On the dialect atlas published by Japan's national language institute in 1966, "kowai" for "tired" covers Tohoku and its surroundings, with separate pockets on the Kii Peninsula, in western Chugoku and in southern Kyushu.
Laid over the map for "kowai" meaning "scary," the two areas barely overlap. The institute's notes take this to mean that the standard "scary" word had trouble moving into places where the "tired" word was already in use. The atlas asked only about the tiredness people feel after carrying a heavy load, so questions about stress or illness might have drawn a different map.
A 2012 report found the word still strong among Hokkaido residents in their thirties to fifties. The word can also cause confusion. In a survey of 31 doctors in the Hokuriku and Nagano area, "kowai" came up as a common local word, and the doctors took it to mean "in distress" or "stiff."
185 words ・ CEFR B2
和訳を見る
古い日本語には「こわし」という形容詞があり、強い、頑固な、かたいという意味だった。1603年の日葡辞書には「骨の折れる」「疲れさせる」に近い意味も載っていて、その意味は方言の中に生き続けている。日本の国立の言語研究所が1966年に出した方言地図帳では、「疲れた」の意味の「こわい」は東北とその周辺に広がり、紀伊半島、中国地方の西部、九州南部にも離れて分布している。
「怖い」の意味の「こわい」の地図と重ねると、二つの地域はほとんど重ならない。研究所の解説は、これを、共通語の「怖い」の言葉が、「疲れた」の言葉がすでに使われている場所には入りこみにくかったことを示すものだと見ている。この地図帳がたずねたのは重い荷物を運んだあとに感じる疲れだけなので、ストレスや病気についてたずねていれば、違う地図になったかもしれない。
2012年の報告では、この言葉は北海道の30〜50代の住民の間で今も強いことが分かった。この言葉は、混乱を招くこともある。北陸と長野などの医師31人へのアンケートでは、「こわい」はよく聞く地元の言葉として挙がったが、医師たちはそれを「苦しい」や「硬い」の意味に受け取っていた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
古い意味が方言に残り、「怖い」の意味と地図上で分かれていることが中心なので B。
Q2. Which limitation of the atlas does the passage mention?
The atlas asked only about the tiredness people feel after carrying a heavy load とあるので C。
Q3. What does the survey of doctors suggest?
医師たちは「こわい」を「苦しい」「硬い」の意味に受け取っていたので、地域によって意味がずれると推測できる。A。
重要単語
- exhaustedB1形容詞へとへとに疲れたI was exhausted after carrying the boxes upstairs.
tired より強い。exhaust(使い果たす)の過去分詞から。 - worn outB1形容詞くたくたに疲れたCan we sit down for a minute? I'm worn out.
wear out(すり減る)から。人にも物にも使う。worn-out shoes「はき古した靴」。 - dialectB2名詞方言My grandmother still speaks the local dialect.
a regional dialect「地方の方言」。accent は発音のなまり、dialect は語彙や文法まで含む。 - overlapB2動詞重なり合うThe two areas on the map hardly overlap.
over(上に)+lap(重ねる)。名詞でも使う:some overlap「多少の重なり」。 - misunderstandB1動詞誤解するThe doctor misunderstood what the patient meant.
mis-(まちがって)+understand。過去形は misunderstood。 - regionB1名詞地方、地域This word is common in the Tohoku region.
形容詞は regional。the Tohoku region のように地名と組み合わせる。 - stiffB1形容詞かたい、こわばったMy shoulders are stiff after a long day at my desk.
「こわい」のもとの意味「かたい」に近い。a stiff neck「首のこり」。
公式・一次情報をチェック
- 日本言語地図 第44図「コワイを“疲れた”の意味で使うか」(国立国語研究所)mmsrv.ninjal.ac.jp
- 日本言語地図 第43図「コワイを“恐ろしい”の意味で使うか」(国立国語研究所)mmsrv.ninjal.ac.jp
- knackered(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
このネタ、誰かに教えたくなった?
北海道や東北の「こわい」は“疲れた”の意味。国立国語研究所の方言地図を重ねると、「疲れた」のこわいを使う地域と「恐ろしい」のこわいを使う地域は、ほぼ重ならなかった。2007〜2010年の調査でも北海道で優勢。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(6件)タップで表示
- 国立国語研究所 (1966) 日本言語地図 第1集 付録B 日本言語地図解説 各図の説明1, 国立国語研究所報告30doi.org
- 見野久幸・朝日祥之 編 (2012) 接触方言学による『言語変容類型論』の構築 北海道と東北・新潟の30歳代から50歳代における方言の地理的勢力分布, 国立国語研究所共同研究報告12-01doi.org
- 精選版 日本国語大辞典「こわい(強)」・デジタル大辞泉「こわい(強い)」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- 井上史雄「有力な方言」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館(コトバンク掲載)kotobank.jp
- 竹田晃子 (2019) 災害時の方言とコミュニケーション, 日本語教育 173doi.org
- 北啓一朗(Kita)ほか (2021) 北信越地方の方言に関するプライマリ・ケア医へのアンケート調査, 日本プライマリ・ケア連合学会誌 44(4)doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
本館
マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究
論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も





