平安時代の本では、犬が「ひよ」、猫は「ねうねう」と鳴いていた

読む前に予想してみよう!
日本国語大辞典に載る犬の声「わんわん」の最も古い例は、江戸時代の後半のものだ
精選版 日本国語大辞典の「わんわん」の最初の例は、室町時代の終わりから江戸時代の初めごろの狂言『犬山伏』(虎明本)。「わん」一語だけの例(1710年ごろ)より古い。
- 対象
- 日本語の古典の文章
- 規模
- 平安〜江戸の作品の用例
- 研究の種類
- 辞書の初出例・古典語研究(研究書の紹介と論文)
- 確かさ
- ★★★☆☆
平安時代の『大鏡』では犬の声が「ひよ」、『源氏物語』では子猫の声が「ねうねう」と書かれている。辞書に載る「わんわん」の最も古い例は、室町時代の終わりから江戸時代の初めごろの狂言。
ひとことで言うと平安時代の本では、犬の声が「ひよ」、猫の声が「ねうねう」と書かれていた!
もくじ
犬は「ワン」、猫は「ニャー」。日本で育てば、だれでも小さいころに覚える音です。
でも、平安時代の本を開くと、犬は「ひよ」と鳴いています。『源氏物語』の子猫は「ねうねう」。
ペットの鳴き声という、いちばん身近な音の書き方が、平安時代には今とまるで違っていたのです。
01きっかけは『大鏡』の「ひよ」
この「犬のひよ」に引っかかった研究者がいます。擬音語・擬態語の研究で知られる国語学者の山口仲美さんです。山口さんの本『犬は「びよ」と鳴いていた』(光文社新書、2002年)の公式の紹介ページに、そのいきさつが書かれています。
平安時代の歴史物語『大鏡』に、犬の声として「ひよ」と書かれた場面がある。ところが本の注には「犬の声か」としか書いていない。犬は「わん」だと思っている現代人には、にわかに信じられない。それでも気になってしかたがない――。これが、山口さんが擬音語・擬態語に興味を持ったきっかけだったそうです。
紹介文には、山口さんの本音も出てきます。「雛じゃあるまいし」(『犬は「びよ」と鳴いていた』光文社の紹介ページより)。ひよこじゃあるまいし、「ひよ」と鳴く犬がいるものか、というわけです。
実際、平安時代の「ひよ」は、ひな鳥の声にも使われていました。『日本国語大辞典』の「ひよ」の項目には、ひな鳥などの鳴く声を表す語として、平安時代の『宇津保物語』の例が載っています。
同じ紹介文によると、日本語の擬音語・擬態語は英語の3倍、1200種類にも及ぶといいます。犬の「ひよ」は、その長い歴史の入り口でした。
02『源氏物語』の子猫は「ねうねう」
猫の声の古い例は、『源氏物語』にあります。
奈部淑子さんの論文(1996年、筑波大学の『筑波日本語研究』創刊号)は、『源氏物語』に出てくる擬音語を表にまとめて調べました。その中に、「若菜下」の巻で子猫が「ねうねう」と鳴く場面があります。
奈部さんは、作者がこのたった一つの鳴き声を、柏木が女三宮を恋い慕う気持ちを表すために、わざわざここに置いたと読んでいます。物語の中では、ただの「猫の声」ではないのです。
03「わんわん」の古い例は約400年前の狂言
では、「わんわん」はいつから文字に出てくるのでしょう。
小学館の『日本国語大辞典』(精選版)は、言葉ごとに「初出の実例」、つまり辞書の編集で見つかった中でいちばん古い例を載せています。そこで、鳴き声を引いてみました。
「わんわん」の例は、「わん」一語だけの例(1710年ごろ)より古いことになります。狂言は、室町時代に成立した、こっけいなせりふ劇です(デジタル大辞泉)。『犬山伏』は、茶屋で僧と山伏が言い争い、犬に向かって祈り比べをして、山伏が負けて逃げる話です(日本国語大辞典)。
「虎明本(とらあきらぼん)」は、江戸時代の初めの狂言師・大蔵虎明(1597〜1662)が書きとめた台本です。狂言の流派の一つ、大蔵流の台本の中でいちばん古いもので、230あまりの狂言を1642年に江戸で書き上げました(世界大百科事典)。
遠ぼえの「びょうびょう」は、近代の小説にも出てきます。デジタル大辞泉は、芥川龍之介の『偸盗(ちゅうとう)』から、群がる犬が「びょうびょう」とほえ立てる例を引いています。

04英語の犬は woof、猫は meow
英語の鳴き声も見ておきましょう。英国の学習辞典 Oxford Learner's Dictionaries によると、
- woof:犬の大きなほえ声を表す語。'Woof! Woof!' he barked.(「ワン!ワン!」と犬はほえた)。語源の欄には「19世紀初め、音をまねた語」
- miaow / meow:猫の鳴き声。北米では meow、英国では miaow ともつづる。語源の欄には「17世紀初め、音をまねた語」
- bow-wow:子どもが犬のことを言う言葉(幼児語)。日本語の「わんわん」が犬そのものを指す幼児語でもあるのとよく似ています
音をまねた言葉を英語で onomatopoeia(オノマトピーア)と言います。Oxford Learner's Dictionaries によると、ギリシャ語の「言葉を作ること」から来た語です。
05どんでん返し:「ひよ」か「びよ」か、本当は分からない
ここで一つ気になる点があります。本の題名は『犬は「びよ」と鳴いていた』。でも、紹介文に引かれた『大鏡』の表記は「ひよ」です。
これは、昔の文章が濁点(゛)をきちんと書かなかったことと関係があります。『日本国語大辞典』によると、「ひ」と「び」のような清音と濁音を書き分けて、今の形の濁点を使うようになったのは、室町時代の終わりごろからです。平安時代のかなの「ひよ」は、「ひよ」と読んだのか「びよ」と読んだのか、文字だけでは決められません。山口さんの題名の「びよ」は、ひとつの読み方の解釈です。
「ねうねう」にも同じような問題があります。奈部さんによると、古典の解説書(注釈書)には、「ねうねう」を「寝む寝む(ねむ、ねむ=寝よう、寝よう)」にかけたしゃれだと説明しているものがあります。ただし、当時の「う」の字がどんな音だったかははっきりせず、そう断定するのは難しいと奈部さんは書いています。
また、辞書の「初出の実例」は、見つかっている中でいちばん古い例です。「室町時代の終わりより前に『わんわん』と言った人はいなかった」という証明ではありません。古い文書が見つかれば、もっと前の例が出てくる可能性もあります。
06まとめ
『大鏡』の犬は「ひよ」、『源氏物語』の子猫は「ねうねう」。辞書に載る「わんわん」の最も古い例は、室町時代の終わり〜江戸時代の初めごろの狂言、「にゃあ」は江戸時代の『浮世床』でした。
辞書や古典の本から分かるのは、同じ動物の声を、その時代の人がどう聞き取り、どう文字にしたかです。次に「ワン」と聞こえたら、平安の人ならこれを「ひよ」と書いたかもしれない、と想像してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIf you grew up in Japan, you learned early that dogs go "wan wan." Writers in the Heian period, about a…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Today, Japanese dogs say "wan wan" and cats say "nyaa." But a thousand years ago, people wrote these sounds differently. In an old Japanese book called "Okagami," a dog says "hiyo."
In "The Tale of Genji," a kitten cries "neu neu." A big Japanese dictionary lists its oldest example of "wan wan." It comes from a funny play written down about 400 years ago.
64 words ・ CEFR A2
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今日、日本の犬は「わんわん」、猫は「にゃあ」と鳴きます。でも千年前、人々はこれらの音を違うふうに書いていました。『大鏡』という日本の古い本では、犬が「ひよ」と鳴きます。
『源氏物語』では、子猫が「ねうねう」と鳴きます。ある大きな日本語の辞書は、「わんわん」のいちばん古い例を載せています。それは、約400年前に書きとめられたこっけいな劇の中にあります。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
千年前は犬が hiyo、猫が neu neu と書かれ、今とは違うという話なので B。
Q2. In "Okagami," what does a dog say?
In an old Japanese book called "Okagami," a dog says "hiyo." とあるので C。
Q3. In the passage, what is a "kitten"?
kitten は「子猫」。a kitten cries "neu neu" と猫の鳴き声の話に出てくるので A。
If you grew up in Japan, you learned early that dogs go "wan wan." Writers in the Heian period, about a thousand years ago, did not always agree. In the history "Okagami," a dog's bark is written "hiyo," a word that was also used for the cries of baby birds.
In "The Tale of Genji," a kitten cries "neu neu" while a young man is taking care of it. It is the only animal sound written this way in the whole story. The Nihon Kokugo Daijiten, a large dictionary that gives the oldest known example of each word, lists a kyogen play, from a script finished in 1642, as its first example of "wan wan." Its first example of "nyaa" comes from a humorous novel published between 1813 and 1823.
130 words ・ CEFR B1
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日本で育ったなら、犬は「わんわん」と鳴くと早いうちに覚えたはずだ。でも、約千年前の平安時代の書き手は、いつもそう書いたわけではない。歴史物語『大鏡』では犬のほえ声が「ひよ」と書かれており、これはひな鳥の鳴き声にも使われた言葉だった。
『源氏物語』では、若い男性が世話をしている子猫が「ねうねう」と鳴く。物語全体で、このように書かれた動物の声はこれだけだ。それぞれの言葉の知られている最も古い例を載せる大きな辞書『日本国語大辞典』は、「わんわん」の最初の例として、1642年に書き上げられた台本の狂言を挙げている。「にゃあ」の最初の例は、1813年から1823年に出版されたこっけいな小説にある。
4択リーディングクイズ
Q1. Which of these was "hiyo" also used for?
a word that was also used for the cries of baby birds とあるので B。
Q2. When was the book with the first example of "nyaa" published?
Its first example of "nyaa" comes from a humorous novel published between 1813 and 1823 とあるので C。
Q3. What can we guess from the passage?
平安時代は hiyo や neu neu、のちに wan wan や nyaa と、書き方が時代で変わったと読み取れるので A。
Japanese children learn that dogs say "wan wan," but the written record tells a longer story. In the Heian-period history "Okagami," a dog's bark appears as "hiyo," and the note in the edition Nakami Yamaguchi was reading only said that it might be a dog's voice. That puzzle got the linguist interested in Japanese sound and mimetic words, a group her publisher puts at about 1,200, three times as many as in English.
Her book title spells the bark "biyo," with a b. Writers of that time did not regularly mark voiced sounds, so nobody can be sure which one readers actually said. In "The Tale of Genji," a kitten cries "neu neu," the only animal call written as a sound in the whole work.
Some commentaries link it to "nemu," meaning "let's sleep," but a 1996 study points out that we don't know exactly how that spelling was pronounced. The Nihon Kokugo Daijiten lists a kyogen script finished in 1642 as its oldest example of "wan wan." That date marks the earliest text found so far, not the first time anyone said it. English "woof" is younger still and dates from the early 19th century.
196 words ・ CEFR B2
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日本の子どもは犬が「わんわん」と鳴くと教わるが、文字の記録をたどると、話はもっと長い。平安時代の歴史物語『大鏡』では犬のほえ声が「ひよ」と書かれており、山口仲美が読んでいた本の注には、犬の声だろうか、としか書かれていなかった。この謎がきっかけで、山口は日本語の擬音語・擬態語に興味を持った。
その数は、出版社によると約1200で、英語の3倍にのぼる。山口の本の題名では、このほえ声は b の音の「びよ」とつづられている。当時の書き手は濁音を決まって書き分けてはいなかったので、読み手が実際にどちらで言ったのかはだれにも確かには分からない。『源氏物語』では子猫が「ねうねう」と鳴き、これは作品全体で音として書かれた唯一の動物の声だ。
これを「寝よう」を意味する「ねむ」と結びつける注釈書もあるが、1996年の研究は、そのつづりが正確にどう発音されたかは分からないと指摘している。『日本国語大辞典』は、「わんわん」の最も古い例として、1642年に書き上げられた狂言の台本を挙げている。この年代は、これまでに見つかった最も古い文書を示すもので、だれかが初めてそう言った時ではない。英語の「woof」はさらに新しく、19世紀初めにさかのぼる。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
the written record tells a longer story と述べ、hiyo/biyo や neu neu の読みの不確かさ、初出例の限界まで説明しているので B。
Q2. Why can't we be sure whether people said "hiyo" or "biyo"?
Writers of that time did not regularly mark voiced sounds, so nobody can be sure とあるので D。
Q3. What does the writer suggest about the date of the oldest "wan wan"?
That date marks the earliest text found so far, not the first time anyone said it とあるので、もっと古い例が見つかる可能性がある。A。
重要単語
- onomatopoeiaC2名詞擬音語、擬声語"Woof" and "meow" are examples of onomatopoeia.
発音は「オノマトピーア」。Oxford Learner's Dictionaries によると、ギリシャ語の「言葉を作ること」から。 - barkB1動詞(犬が)ほえるThe dog barked at the mail carrier.
bark at ~「~に向かってほえる」。名詞では「ほえ声」。別の語で「木の皮」の意味もある。 - kittenA2名詞子猫The kitten cried softly in his arms.
子犬は puppy。くだけた言い方では kitty も使う。 - woofC1間投詞ワン(犬のほえる声)"Woof! Woof!" went the dog next door.
くだけた語。Oxford Learner's Dictionaries によると19世紀初めからの、音をまねた語。 - meowC1名詞ニャー(猫の鳴き声)I heard a meow outside the door.
北米では meow、英国では miaow ともつづる。動詞で The cat meowed.「猫がニャーと鳴いた」。 - imitateB1動詞まねるChildren like to imitate animal sounds.
名詞は imitation(まね、模造品)。擬音語は音を imitate した語。
公式・一次情報をチェック
- 「ひよ」(精選版 日本国語大辞典、コトバンク)kotobank.jp
- 「わん」(精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉、コトバンク)kotobank.jp
- 「濁点」(精選版 日本国語大辞典・日本大百科全書、コトバンク)kotobank.jp
- 「犬山伏」(精選版 日本国語大辞典、コトバンク)kotobank.jp
- 「大蔵虎明」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典・改訂新版 世界大百科事典、コトバンク)kotobank.jp
- 「狂言」(デジタル大辞泉、コトバンク)kotobank.jp
- woof(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
- miaow(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
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平安時代の『大鏡』では、犬の声が「ひよ」と書かれている。『源氏物語』の子猫は「ねうねう」。日本国語大辞典で「わんわん」の最も古い例を引くと、室町時代の終わり〜江戸時代の初めごろの狂言『犬山伏』。「にゃあ」は江戸時代の『浮世床』。
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- 山口仲美 (2002)『犬は「びよ」と鳴いていた 日本語は擬音語・擬態語が面白い』光文社新書(光文社公式書籍ページ)kobunsha.com
- 奈部淑子 (1996)「『源氏物語』における「擬音語」」『筑波日本語研究』創刊号, 筑波大学(筑波大学リポジトリ)tsukuba.repo.nii.ac.jp
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「わんわん」(小学館、コトバンク)kotobank.jp
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「びょうびょう」(小学館、コトバンク)kotobank.jp
- 精選版 日本国語大辞典「にゃあ」(小学館、コトバンク)kotobank.jp
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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