The Badger(貉)の挿絵

The Badger

貉

  • 979 words
  • 約9分
  • YL 1.5–2.4
  • 英検準2級目安
  • 全訳つき

あらすじ日本で初めて、貉(むじな)が人を化かしたのはいつだったのでしょう。その始まりは、海辺の村の、ひそかな恋人たちでした。芥川龍之介が「信じること」について語る、小さなふしぎな話です。

芥川龍之介『貉』(1917年)をもとに再話

ORIGINAL TEXT

まずは原文をチェック

この話は日本語の原文(青空文庫)でも読めます。青空文庫の本文を、そのまま載せています。やさしい版で筋をつかんでから原文へ進むと、作者の言葉をじっくり味わえます。

『貉』芥川龍之介の日本語の原文を読む →

青空文庫の本文(新字新仮名・約2,300字)。

キーワード(8語)本文の点線の語はタップで意味が出ます
  • mujinaむじな(アナグマ。人を化かすといわれた)
  • badgerアナグマ
  • trickだます・化かす
  • panicあわてること
  • beggar monk乞食坊主(托鉢して歩く僧)
  • footprints足あと
  • tanukiタヌキ
  • Virgin Mary聖母マリア

音声は準備中です。もうしばらくお待ちください。

日本語訳の一部には生成AIを使っており、AIによる3重のチェックと人の目で確かめています。まだ人の目を通っていない訳もあるため、ニュアンスがずれている所があるかもしれません。日本語訳について

According to the Nihon Shoki, an old book of Japanese history, a mujina first changed into a human in the spring of the year 627, in Mutsu in the north of Japan. A mujina is a kind of badger. One copy of the book says that the mujina did not change into a human but mixed with humans. But both copies say that it sang. So, whether it changed into a human or mixed with humans, it seems true that it sang a song.

日本の古い歴史書である日本書紀によると、西暦627年の春、日本の北の陸奥で、初めて貉が人に化けた。貉というのは、アナグマの一種である。もっとも、ある写本によると、貉は人に化けたのではなく、人にまじったのだという。けれども、どちらの写本にも、貉が歌を歌ったと書いてある。だから、人に化けたにしろ、人にまじったにしろ、歌を歌ったことだけは事実らしい。

The same book tells of an even older mujina. A dog killed it, and there was a precious jewel in its stomach. But that mujina could not change its shape. So the first mujina that changed into a human must have been the one in 627.

同じ書物には、もっと古い貉の話も書いてある。犬がその貉をかみ殺すと、腹の中に、りっぱな玉が入っていたという。しかし、その貉は姿を変えることはできなかった。だから、人に化けた最初の貉は、やはり627年の貉なのだろう。

Of course, mujina had lived in the mountains and fields of Japan since the oldest times. Yet it was only in 627 that they began to trick people. That may sound strange. But it probably started like this.

もちろん貉は、大昔から日本の山や野に住んでいた。それなのに、627年になって初めて人を化かすようになった。そう言うと、不思議に聞こえるかもしれない。しかし、それはおそらく、こんなことから始まったのだろう。

In those days, in a village in Mutsu, a girl who carried seawater for making salt fell in love with a young man who made salt in the same village. But the girl lived with her mother. The two had to meet secretly at night, without her mother knowing.

そのころ、陸奥のある村で、潮くみの娘が、同じ村の塩焼きの若者と恋をした。けれども、娘は母親と暮らしていた。二人は母親の目をしのんで、夜ひそかに会わなければならなかった。

Every night, the young man came over the hill by the sea to a place near the girl's house. The girl quietly slipped out at the right time. But because she had to be careful of her mother, she was often late. Sometimes she came only when the moon was setting. Sometimes she still had not come when the first roosters crowed.

若者は毎晩、海辺の山を越えて、娘の家の近くまでやって来た。娘も頃合いを見はからって、そっと家をぬけ出してくる。けれども娘のほうは、母親に気をつかわなければならないので、どうしても遅れがちになる。ある時は、月が沈みかけるころになって、やっと来た。ある時は、一番鶏が鳴くころになっても、まだ来なかった。

One night, after this had happened many times, the young man was waiting behind a tall rock. To forget his loneliness, he sang loudly. He did not want the roaring waves to cover his voice, so he sang with all his might, with all his impatience in his salty throat.

そんなことが何度か続いた、ある夜のことである。若者は大きな岩のかげで待っていた。待つあいだのさびしさをまぎらわせようと、若者は声高く歌を歌った。わき返る波の音に消されまいと、いらだたしい思いを塩からいのどに集めて、一生懸命に歌ったのである。

The mother heard the song and asked the girl, who was lying beside her, "What is that voice?" At first the girl pretended to be asleep. But when her mother asked a second and a third time, she had to answer. "I don't think it is a human voice," she said in a panic. "Then if it is not a human, what is singing?" asked her mother. "Maybe it is a mujina," the girl answered. That was quick thinking. Since long ago, love has often taught women this kind of quick thinking.

その声を聞いた母親は、そばに寝ている娘に「あの声は何じゃ」とたずねた。娘ははじめ、寝たふりをしていた。けれども、二度三度と聞かれると、答えないわけにはいかない。「人の声ではないようです」と、娘はあわてて答えた。「人でなくて、何が歌うのじゃ」と母親が問いかえした。「貉かもしれません」と娘は答えた。とっさの機転である。恋は昔から、何度となく女にこういう機転を教えてきた。

In the morning, the mother told the story to an old woman who made straw mats. The old woman had heard the voice, too. "Do mujina sing songs?" she said, but she still passed the story on to a man who cut reeds.

夜が明けると、母親はこの歌声の話を、むしろを織るお婆さんに話した。お婆さんも、その歌声を聞いた一人だった。「貉が歌を歌いますかの」と言いながらも、お婆さんはまた、この話を、あしを刈る男に話した。

The story went from person to person. At last, a traveling beggar monk heard it, and he explained why a mujina sings, as if he knew all about it. "The Buddha teaches that souls are born again and again in different bodies. So a mujina's soul may once have been a human soul. If so, a mujina can do what humans do. It is not strange at all for it to sing on a moonlit night..."

話は人から人へと伝わっていった。とうとう旅の乞食坊主の耳に入ると、坊主は、貉が歌を歌うわけを、もっともらしく説明した。「仏の教えでは、魂は何度も別の体に生まれ変わる。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかもしれない。もしそうなら、人間のすることは貉もする。月夜に歌を歌うくらいのことは、少しも不思議ではない……」

After that, many people in the village said they had heard the mujina's song. In the end, someone even said he had seen the mujina. One night, a man who had gone to look for seagull eggs was coming home along the shore. By the light of the remaining snow, he saw a mujina walking slowly in the shadow of the hill, singing.

それからというもの、この村では、貉の歌を聞いたという者が、何人も出てきた。しまいには、その貉を見たという者さえ現れた。ある夜、カモメの卵をさがしに行った男が、浜づたいに帰ってきた。すると、まだ残っている雪の明かりで、貉が一匹、歌を歌いながら、山かげをのそのそ歩いているのが見えたというのである。

Once someone had even seen it, it was natural that almost everyone in the village, young and old, heard its voice. Sometimes the song came from the mountains, and sometimes from the sea. Sometimes it came even from the roofs of the huts between them. At last, one night, even the girl herself was surprised by the song.

姿さえ見えたのだから、村の老人も若者も、ほとんどみんながその声を聞いたのは、むしろ自然なことである。貉の歌は、あるときは山から聞こえた。あるときは海から聞こえた。またあるときは、そのあいだに散らばる小屋の屋根の上からさえ聞こえた。そしてとうとう、あの娘自身までが、ある夜、この歌声にはっとさせられたのである。

Of course, she thought it was her lover's voice. Her mother seemed to be fast asleep. So she quietly got out of bed, opened the door a little, and looked outside. But there was only the pale moon and the sound of the waves. The young man was nowhere. Then suddenly she put her hands on her cheeks and stood frozen, as if a cold spring wind had blown on her. Perhaps she had seen, in the dim light, the footprints of a mujina in the sand in front of the door...

娘はもちろん、恋人の歌声だと思った。母親はよく寝ているらしい。そこで、そっと床をぬけ出し、戸を細めにあけて、外をのぞいてみた。けれども外には、うすい月の光と波の音があるばかりで、若者の姿はどこにもない。と、娘は急に、冷たい春の夜風にでも吹かれたように、ほおをおさえて立ちすくんでしまった。戸の前の砂の上に、貉の足あとがついているのが、ぼんやりと見えたからだろうか……。

This story quickly spread all the way to the capital. After that, mujina in other lands began to change shape too. In the end, even their cousins, the tanuki, began to do the same. By the Edo period, there was a famous one on Sado Island called Danzaburo. No one could tell if he was a mujina or a tanuki, and he could trick people even across the sea.

この話は、たちまち都まで伝わった。それから、ほかの土地の貉も化けるようになった。しまいには、親類の狸までが化けはじめた。江戸時代になると、佐渡に団三郎という有名なのが現れた。貉とも狸ともつかないこの先生は、海の向こうの人まで化かすことができた。

"They did not begin to trick people. People only began to believe that they tricked people." You may say so. But how much difference is there between tricking people and being believed to trick people?

「化かすようになったのではない。化かすと信じられるようになったのだ。」諸君はそう言うかもしれない。しかし、化かすということと、化かすと信じられるということとのあいだに、はたしてどれほどのちがいがあるのだろう。

And it is not only the mujina. For us, doesn't the existence of anything mean, in the end, only that we believe it exists?

貉だけではない。我々にとって、何かが「ある」ということは、つまるところ、ただ「ある」と信じることにすぎないのではないか。

In his book The Celtic Twilight, the poet Yeats writes about some children at a lake in Ireland. They saw a Protestant girl in blue and white clothes and believed without doubt that she was the Virgin Mary. Both live in people's hearts, so the Mary of the lake is no different from the mujina of the mountains.

詩人のイェイツは、『ケルトの薄明り』という本の中で、アイルランドのある湖のほとりの子どもたちのことを書いている。子どもたちは、青と白の服を着たプロテスタントの少女を見て、聖母マリアだと信じて疑わなかった。どちらも人の心の中に生きているという点では、湖の聖母は、山の貉と少しも変わらない。

As our ancestors believed that mujina tricked people, let us believe in the things that live inside us. And let us live our lives as those beliefs tell us. That is why we must not look down on the mujina.

我々の祖先が、貉が人を化かすことを信じたように、我々も、自分の内に生きるものを信じようではないか。そして、その信じるものが命じるままに、自分の人生を生きようではないか。貉を軽蔑してはならない理由は、ここにある。

全訳をまとめて読む 読み終わってからの答え合わせに

日本の古い歴史書である日本書紀によると、西暦627年の春、日本の北の陸奥で、初めて貉が人に化けた。貉というのは、アナグマの一種である。もっとも、ある写本によると、貉は人に化けたのではなく、人にまじったのだという。けれども、どちらの写本にも、貉が歌を歌ったと書いてある。だから、人に化けたにしろ、人にまじったにしろ、歌を歌ったことだけは事実らしい。

同じ書物には、もっと古い貉の話も書いてある。犬がその貉をかみ殺すと、腹の中に、りっぱな玉が入っていたという。しかし、その貉は姿を変えることはできなかった。だから、人に化けた最初の貉は、やはり627年の貉なのだろう。

もちろん貉は、大昔から日本の山や野に住んでいた。それなのに、627年になって初めて人を化かすようになった。そう言うと、不思議に聞こえるかもしれない。しかし、それはおそらく、こんなことから始まったのだろう。

そのころ、陸奥のある村で、潮くみの娘が、同じ村の塩焼きの若者と恋をした。けれども、娘は母親と暮らしていた。二人は母親の目をしのんで、夜ひそかに会わなければならなかった。

若者は毎晩、海辺の山を越えて、娘の家の近くまでやって来た。娘も頃合いを見はからって、そっと家をぬけ出してくる。けれども娘のほうは、母親に気をつかわなければならないので、どうしても遅れがちになる。ある時は、月が沈みかけるころになって、やっと来た。ある時は、一番鶏が鳴くころになっても、まだ来なかった。

そんなことが何度か続いた、ある夜のことである。若者は大きな岩のかげで待っていた。待つあいだのさびしさをまぎらわせようと、若者は声高く歌を歌った。わき返る波の音に消されまいと、いらだたしい思いを塩からいのどに集めて、一生懸命に歌ったのである。

その声を聞いた母親は、そばに寝ている娘に「あの声は何じゃ」とたずねた。娘ははじめ、寝たふりをしていた。けれども、二度三度と聞かれると、答えないわけにはいかない。「人の声ではないようです」と、娘はあわてて答えた。「人でなくて、何が歌うのじゃ」と母親が問いかえした。「貉かもしれません」と娘は答えた。とっさの機転である。恋は昔から、何度となく女にこういう機転を教えてきた。

夜が明けると、母親はこの歌声の話を、むしろを織るお婆さんに話した。お婆さんも、その歌声を聞いた一人だった。「貉が歌を歌いますかの」と言いながらも、お婆さんはまた、この話を、あしを刈る男に話した。

話は人から人へと伝わっていった。とうとう旅の乞食坊主の耳に入ると、坊主は、貉が歌を歌うわけを、もっともらしく説明した。「仏の教えでは、魂は何度も別の体に生まれ変わる。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかもしれない。もしそうなら、人間のすることは貉もする。月夜に歌を歌うくらいのことは、少しも不思議ではない……」

それからというもの、この村では、貉の歌を聞いたという者が、何人も出てきた。しまいには、その貉を見たという者さえ現れた。ある夜、カモメの卵をさがしに行った男が、浜づたいに帰ってきた。すると、まだ残っている雪の明かりで、貉が一匹、歌を歌いながら、山かげをのそのそ歩いているのが見えたというのである。

姿さえ見えたのだから、村の老人も若者も、ほとんどみんながその声を聞いたのは、むしろ自然なことである。貉の歌は、あるときは山から聞こえた。あるときは海から聞こえた。またあるときは、そのあいだに散らばる小屋の屋根の上からさえ聞こえた。そしてとうとう、あの娘自身までが、ある夜、この歌声にはっとさせられたのである。

娘はもちろん、恋人の歌声だと思った。母親はよく寝ているらしい。そこで、そっと床をぬけ出し、戸を細めにあけて、外をのぞいてみた。けれども外には、うすい月の光と波の音があるばかりで、若者の姿はどこにもない。と、娘は急に、冷たい春の夜風にでも吹かれたように、ほおをおさえて立ちすくんでしまった。戸の前の砂の上に、貉の足あとがついているのが、ぼんやりと見えたからだろうか……。

この話は、たちまち都まで伝わった。それから、ほかの土地の貉も化けるようになった。しまいには、親類の狸までが化けはじめた。江戸時代になると、佐渡に団三郎という有名なのが現れた。貉とも狸ともつかないこの先生は、海の向こうの人まで化かすことができた。

「化かすようになったのではない。化かすと信じられるようになったのだ。」諸君はそう言うかもしれない。しかし、化かすということと、化かすと信じられるということとのあいだに、はたしてどれほどのちがいがあるのだろう。

貉だけではない。我々にとって、何かが「ある」ということは、つまるところ、ただ「ある」と信じることにすぎないのではないか。

詩人のイェイツは、『ケルトの薄明り』という本の中で、アイルランドのある湖のほとりの子どもたちのことを書いている。子どもたちは、青と白の服を着たプロテスタントの少女を見て、聖母マリアだと信じて疑わなかった。どちらも人の心の中に生きているという点では、湖の聖母は、山の貉と少しも変わらない。

我々の祖先が、貉が人を化かすことを信じたように、我々も、自分の内に生きるものを信じようではないか。そして、その信じるものが命じるままに、自分の人生を生きようではないか。貉を軽蔑してはならない理由は、ここにある。

日本語訳の一部には生成AIを使っており、AIによる3重のチェックと人の目で確かめています。まだ人の目を通っていない訳もあるため、ニュアンスがずれている所があるかもしれません。日本語訳について

日本語訳:多読ベスト

押すと、この端末の読書記録(100万語メーター)に語数が加わります。

理解度チェック Quick Quiz

読み終わったら、3問だけ。間違えても大丈夫。多読は「だいたいわかる」で十分です。

Q1. Who was really singing the first song?

Q2. Why did the girl say, "Maybe it is a mujina"?

Q3. What does the writer suggest the girl saw in front of her door at the end?

この話の単語 CEFR-JB1・B2の語 27語/タップで意味・単語帳へ
  • A1中学基礎 83.1%
  • A2高校入門 9.7%
  • B1受験コア 2.6%
  • B2難関大 0.9%
  • リストにない語 3.6%

本文の語の割合(人名などは数えていません)。「リストにない語」は固有名詞・古い言い方・やさしい複合語などです。

B2難関大の語 8語

B1受験コアの語 19語

原田英語の究極の英単語帳(CEFR-J 6,868語)で、例文・語源・ゲームでしっかり覚えよう。CEFR-J 単語コーナー →

読み終わったら、原文でも読んでみよう ↑

この読み物の使い方 3ステップ

  1. 聞きながら読む 音声に合わせて光る文を目で追う(聞き読み)。わからない語は飛ばしてOK。
  2. 音声なしで読む 計測ボタンで読む速さ(WPM)を測ってみる。
  3. 耳だけで聞く 聞くだけモードで、文字を見ずに内容がわかるか試す。1文リピートで音読・シャドーイングも。

聞き読みの効果とやり方/多読三原則

次に読む

Level 3 の読み物をもっと見る →