本館「マジカ!?サイエンス」科学の雑学とニュースを論文でウラ取り読みに行く →
日英くらべホント

「酸素」は“まちがい”の名前だった。“酸のもと”のはずが、酸素のない酸もある

「酸素」は“まちがい”の名前だった。“酸のもと”のはずが、酸素のない酸もある

読む前に予想してみよう!

すべての酸には酸素が含まれている

研究カード(どんな研究?)
対象
化学史の論文・辞書・事典
規模
1820年代〜1880年代の日本の化学書と、18〜19世紀ヨーロッパの化学史
研究の種類
文献調査(化学史・語源)
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

「酸素」も oxygen も“酸のもと”の意味。でも塩酸HClに酸素は入っていない。名前は、酸には酸素が欠かせないと考えた200年以上前の説の名残だった。

ひとことで言うと「酸素」は「酸のもと」という意味。でも、酸素の入っていない酸もあるんだって!

もくじ
  1. 「酸素」の語源は「酸のもと」
  2. 燃やすと酸ができる。だから“酸のもと”
  3. 塩酸(HCl)に、酸素は入っていない
  4. 「酸素」ということばを作ったのは、江戸の蘭学者
  5. 「酸質」「酸原」になっていたかもしれない
  6. 水素は名前どおり。窒素は国ごとにバラバラ
  7. 英語では -gen が「生むもの」
  8. どんでん返し:名付け親の本に「酸素のない酸」が書かれていた
  9. まとめ

息をするたびに体に取りこんでいる「酸素」。この名前の意味を、考えたことはありますか?

漢字のとおり、「酸素」は「酸のもと」という意味です。英語の oxygen も、もとは「酸を生むもの」のつもりで付けられた名前です。ところが、酸素が入っていない酸があります。胃酸の主成分でもある塩酸(HCl)です。

つまり「酸素」は、200年以上前の“まちがった考え”を、そのまま名前に残したことばなのです。

2026年10月7日、スウェーデン王立科学アカデミーは、今年のノーベル化学賞を東京理科大学名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)さんと、フランスのアンリ・カガンさんに贈ると発表しました。受賞理由は、発表の英文を訳すと「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見」。鏡に映したように左右が逆の分子のうち、片方だけを多く作る化学反応のしくみを見つけた研究です。体のたんぱく質をつくるアミノ酸にも左右が逆の2種類がありますが、使われているのは片方だけ。その「片方だけ」がどうして生まれるのかという、100年以上前からの謎に答えを出しました。

化学が話題のきょうは、毎日使う化学のことばの“正体”を見てみましょう。

01「酸素」の語源は「酸のもと」

まず「酸」とは何か。日本大百科全書によると、酢や果物の汁の酸っぱい味から「酸」と呼ばれるようになった物質のなかまです。英語の acid も、ラテン語の acidus(酸っぱい)から来ています(AHD=アメリカの辞書『American Heritage Dictionary』)。

日本語の「酸素」は、その「酸のもと(素)」という意味です(森北出版『化学辞典』)。

英語の oxygen は、フランス語の oxygène から来ました。AHD の語源欄によると、ギリシャ語の oxus(「鋭い」。ここでは「酸」の意味)に、「生む」のつもりで -gène を付けた名前です。この名前は1787年、フランスの化学者ラヴォアジエ(1743〜1794年)たちが、化学物質の名前の付け方をまとめた本の中で示しました(AHD。命名の年は資料によって違い、くわしくは最後の専門家向けメモで)。ラヴォアジエは「近代化学の父」とも呼ばれる人物です(精選版 日本国語大辞典)。

AHD の語源解説は、いきなりこう書き出します。

「One of the most important substances on earth is misnamed.」(地球で最も大切な物質の一つは、まちがった名前を付けられている)

02燃やすと酸ができる。だから“酸のもと”

なぜ「酸を生むもの」なのでしょうか。

当時は「物が燃えるのは、中からフロギストン(燃える成分と考えられたもの)が逃げ出すから」という説が信じられていました。ラヴォアジエは実験で、「燃えるとは酸素と結びつくこと」だと示します(日本大百科全書・デジタル大辞泉)。

さらに、この気体の中で物を燃やすと、できたものの多くが酸の性質を示すことに目をつけました(日本大百科全書)。実際、硫酸や硝酸には酸素が入っています。そこで「酸の性質は酸素から来る」と考えたのです。AHD も、当時は酸素が酸に欠かせない成分だと思われていた、と説明しています。

03塩酸(HCl)に、酸素は入っていない

ところが、この考えには大きな穴がありました。塩酸は、塩化水素(HCl)という気体を水に溶かしたものです。酸のはたらきをする HCl は水素(H)と塩素(Cl)だけでできていて、酸素(O)は入っていません。それでも、金属を溶かすほどの強い酸です。

この穴をはっきりさせたのが、イギリスの化学者ハンフリー・デービー(1778〜1829年)です。世界大百科事典によると、デービーは1810年に、塩素が元素(それ以上は別の物質に分けられない、物質のおおもと)であることを確かめました。塩酸の中身が「水素+塩素」なら、酸素の出番はありません。デービーはこうして、「酸素が中心」の酸の考え方を改め、「水素が中心」の考え方への糸口をつくりました。

1884年にはアレニウスが、酸を「水に溶けて水素イオン(+の電気を帯びた水素)を出す物質」と定めます。この定義でいえば、酸のカギをにぎっているのは酸素ではなく水素。「酸のもと」と呼ぶなら、むしろ水素のほうが近いわけです。

04「酸素」ということばを作ったのは、江戸の蘭学者

では、日本語の「酸素」はだれが作ったのでしょう。

江戸時代の蘭学者(オランダ語の本を通して西洋の学問を学んだ学者)・宇田川榕菴(うだがわ・ようあん、1798〜1846年)です。

化学史の研究者、菅原国香さんと板倉聖宣さんの論文(『科学史研究』1989年・1990年)によると、榕菴は養父の宇田川玄真と1822〜25年に出した西洋の薬の本『遠西医方名物考』の中で、オランダ語の zuurstof・waterstof・koolstof を「酸素」「水素」「炭素」と訳しました。そのあと「窒素」「塩素」も作っています。

たとえば waterstof は、オランダ語で「水の素」という意味です(化学辞典)。「〇素」は、オランダ語の名前の組み立てを、そのまま漢字に写したものだったわけです。

05「酸質」「酸原」になっていたかもしれない

じつは、別の訳語もありました。

同じ研究者の1989年の論文によると、蘭学者の青地林宗は1827年の『気海観瀾』で「酸質」「水質」、高野長英は1828年ごろの『遠西水質論』で「酸原」「水原」などの名前を使っています。オランダ語の「〇-stof」を、林宗や長英は「〇質」「〇原」と訳し、榕菴は「〇素」と訳したのです。

残ったのは榕菴の「〇素」でした。水素・酸素・窒素・炭素の4つは、江戸時代のうちに、ほぼ例外なく使われるようになります。ただ、「酸質」「酸原」「酸素」と、どの訳語にも「酸」の字は入っていました。どれが選ばれても、「酸」と結びついた名前になっていたわけです。

榕菴は1837年から、日本で最初の本格的な化学の本『舎密開宗(せいみかいそう)』を出します。そこには「阿幾舎厄紐母(オキセイゲニユム)、酸素」とあります。ラテン語の名前 oxygenium の音を漢字で写し、訳語の「酸素」と並べたものです(日本大百科全書)。

書名の「舎密(セイミ)」は、オランダ語で化学を意味する chemie の音を漢字で写したもの。今の「化学」は中国から入ったことばで、1872年(明治5年)に新しい学校制度で教科の名前になったことなどから広まりました(精選版 日本国語大辞典)。

宇田川榕菴は、オランダ語の zuurstof・waterstof・koolstof を「酸素」「水素」「炭素」と訳した(菅原・板倉 1990)
宇田川榕菴は、オランダ語の zuurstof・waterstof・koolstof を「酸素」「水素」「炭素」と訳した(菅原・板倉 1990)

06水素は名前どおり。窒素は国ごとにバラバラ

水素(hydrogen)は、名前どおりの元素です。『化学辞典』によると、ラヴォアジエは1783年、「水を造る気体」という意味で hydrogène と名づけました。水素を燃やすと、酸素と結びついて水ができます。

窒素(nitrogen)は、国によって名前の理由がまったく違います(日本大百科全書・『化学辞典』)。

  • ラヴォアジエは、この気体の中では生き物が呼吸できないことから、ギリシャ語の「否定」と「生きる」を合わせて azote と呼んだ(今もフランス語の名前)
  • ドイツ語の Stickstoff、オランダ語の stikstof は「窒息させる物質」の意味で、日本語の「窒素」はこれを訳したもの
  • 英語の nitrogen のもとは、1790年にフランスのシャプタルが、「硝石」(硝酸カリウム)を表す語と「造る」を合わせて作った nitrogène

同じ気体が、英語では「硝石を生むもの」、日本語では「息がつまるもと」なのです。

07英語では -gen が「生むもの」

AHD によると、英語の語尾 -gen には「生み出すもの」と「生み出されたもの」の意味があります。oxygen は「酸を生むもの」、hydrogen(hydro-=水)は「水を生むもの」です。

oxy- の仲間には oxymoron(「耳をつんざく沈黙」のように、反対の意味の語を組み合わせた言い回し)もあります。AHD によると、ギリシャ語の oxus(鋭い)と mōros(にぶい、ばかな)を合わせた語。ことばそのものが、反対の意味の組み合わせでできています。

  • Water is made of hydrogen and oxygen.(水は水素と酸素でできている)
  • "Jumbo shrimp" is a funny oxymoron.(「ジャンボな小エビ」はおかしな矛盾表現だ)

08どんでん返し:名付け親の本に「酸素のない酸」が書かれていた

榕菴の本そのものに、“答え”が載っていたのです。精選版 日本国語大辞典は、「塩酸」ということばのいちばん古い例として、『舎密開宗』のこの一節を挙げています。

「輓近の諸家云塩酸は水素に蘇魯林〈略〉の和して成る者にして絶て酸素を含こと莫し」

「蘇魯林(スロリン)」は塩素のこと。榕菴は『舎密開宗』で、塩素をふだんこの音訳で書いていました(菅原・板倉 1989)。つまり「最近の学者たちによれば、塩酸は水素と塩素が結びついてできたもので、酸素はまったく含まない」という意味です。

それでも名前は変わりませんでした。AHD も、酸素は酸に欠かせない成分ではないのに oxygen という名前は残った、と書いています。日本語の「酸素」も同じです。

ただし、ラヴォアジエの仕事がまちがいだらけだったわけではありません。日本大百科全書は、元素としての酸素の発見で現代化学の土台が築かれたとしています。ずれていたのは、名前に込めた「酸」の理屈のほうでした。

09まとめ

「酸素」と oxygen は、「酸には酸素が欠かせない」という200年以上前の考えを、名前の中に閉じこめたことばでした。

ノーベル化学賞のニュースを見たら、「酸素って、じつは名前がまちがってるんだよ」と話してみてください。江戸の榕菴の本にも、その答えはちゃんと書いてありました。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerThe word "oxygen" comes from French. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

The word "oxygen" comes from French. In 1787, Antoine Lavoisier and a few other French chemists suggested the name in a book about how to name chemicals. They wanted it to mean "acid maker," because they believed that oxygen was a necessary part of every acid. Many acids, such as sulfuric acid, do contain oxygen.

But in 1810, the English chemist Humphry Davy concluded that chlorine is an element, and later it became clear that hydrochloric acid (HCl), made of hydrogen and chlorine, has no oxygen at all. The name was never changed. In Japan, the scholar Udagawa Yoan translated the Dutch word "zuurstof" as "sanso" in the 1820s. His word also means "the source of acid," and Japanese students learn it at school today.

125 words ・ CEFR B1

和訳を見る

「oxygen」という語はフランス語から来ている。1787年、アントワーヌ・ラヴォアジエとほかの数人のフランスの化学者が、化学物質の名前の付け方についての本の中でこの名前を提案した。彼らはこの名前に「酸を作るもの」という意味を持たせたかった。酸素がすべての酸に必要な成分だと信じていたからだ。硫酸のように、実際に酸素を含む酸は多い。

しかし1810年、イギリスの化学者ハンフリー・デービーが塩素は元素だと結論し、やがて水素と塩素でできた塩酸(HCl)には酸素がまったくないことがはっきりした。名前は一度も変えられなかった。日本では1820年代に、学者の宇田川榕菴がオランダ語の「zuurstof」を「酸素」と訳した。彼のことばも「酸のもと」という意味で、日本の生徒は今も学校でこの語を習う。

4択リーディングクイズ

Q1. Why did chemists want "oxygen" to mean "acid maker"?

Q2. What did Humphry Davy conclude in 1810?

Q3. What can we infer about the Japanese word "sanso"?

重要単語

  • oxygenA2
    名詞酸素Plants give off oxygen during the day. oxy-(鋭い→酸)+-gen(生むもの)。アクセントは最初の o。
  • hydrogenB1
    名詞水素Water is made of hydrogen and oxygen. hydro-(水)+-gen。dehydrated(脱水した)も hydro- の仲間。
  • nitrogenB2
    名詞窒素About four-fifths of the air is nitrogen. nitro-(硝石)+-gen。日本語の「窒素」は「息がつまるもと」で、名前の由来がまったく違う。
  • acidB1
    名詞酸Lemon juice contains a weak acid. ラテン語 acidus(酸っぱい)から。形容詞は acidic(酸性の)。
  • elementB1
    名詞元素;要素Gold is an element, but water is not. 化学では「元素」。an important element of ~ で「~の大事な要素」。
  • misnameC1
    動詞まちがった名前で呼ぶ(be misnamed で「名前がまちがっている」)The koala bear is misnamed because it isn't a bear. mis-(まちがって)+name。misunderstand、misspell と同じ mis-。
  • oxymoronC1
    名詞矛盾した言い回し、撞着語法"Jumbo shrimp" is a funny oxymoron. ギリシャ語の oxus(鋭い)+ mōros(ばかな)。oxygen と同じ oxy- を持つ。
「酸素」は“酸のもと”、英語の oxygen も“酸を生むもの”。でも塩酸HClに酸素は入っていない。名前は、酸には酸素が欠かせないと考えたラヴォアジエの時代の説の名残。日本語名は江戸の蘭学者・宇田川榕菴の訳。

押すと「マジかリスト」に保存されます

出典・参考文献(9件)タップで表示
  1. American Heritage Dictionary「oxygen」(Word History)・「-gen」ahdictionary.com
  2. 菅原国香・板倉聖宣 (1990) 幕末•明治初期における日本語の元素名(II) -元素の日本語名の成立過程の研究-, 科学史研究 29(173)doi.org
  3. 菅原国香・板倉聖宣 (1989) 幕末・明治初期における日本語の元素名(1)-元素の日本語名の成立過程の研究(1)-, 科学史研究 28(172)doi.org
  4. 化学辞典 第2版「酸素」・日本大百科全書「酸素」・改訂新版 世界大百科事典「酸素」(コトバンク掲載)kotobank.jp
  5. 日本大百科全書「酸」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
  6. 改訂新版 世界大百科事典「デービー」(平凡社、コトバンク掲載)kotobank.jp
  7. 精選版 日本国語大辞典「塩酸」・改訂新版 世界大百科事典「塩酸」(コトバンク掲載)kotobank.jp
  8. 化学辞典 第2版「窒素」「水素」・日本大百科全書「窒素」(コトバンク掲載)kotobank.jp
  9. 精選版 日本国語大辞典「舎密」(語誌)・デジタル大辞泉「舎密」(コトバンク掲載)kotobank.jp

本館

マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究

論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も

マジカ!?サイエンスのトップへ →