「彼女」は明治生まれの新しい言葉。それまでは女性も「かれ」と呼んでいた

読む前に予想してみよう!
明治より前の日本語では、女性を指して「かれ(彼)」と言うことはなかった
『日本国語大辞典』によると、日本では古くから三人称は「かれ」で、男女の両方を指していた。「彼女」は西洋語の女性の代名詞を訳すために生まれた。
- 対象
- 日本語の辞書の語誌と用例
- 規模
- 1876〜1934年の文献の用例
- 研究の種類
- 辞書の記述と文献の用例(文献調査)
- 確かさ
- ★★★☆☆
明治まで「かれ」は女性にも使った。「彼女」は、英語の she のような西洋の言葉を訳すために明治に生まれた新語。「彼氏」は昭和初期にできた言葉で、徳川夢声が使い始めたとされる。
ひとことで言うと昔は女の人も「かれ」と呼んでいた。「彼女」は明治生まれの新しい言葉!
もくじ
森鴎外の小説『舞姫』(1890年)で、主人公はドイツで出会った踊り子エリスのことを、こう書いています。
「余はエリスを忘れざりき、否、彼は日毎に書を寄せしかばえ忘れざりき」(デジタル大辞泉「彼」に例として引かれた文による)
今の言葉にすると「わたしはエリスを忘れなかった。いや、“彼”が毎日手紙をよこしたので、忘れようにも忘れられなかった」。この「彼」がエリスです。
エリスは女性です。でも、ここでは「彼女」ではなく「彼(かれ)」。書き間違いではありません。明治時代まで、「かれ」は男にも女にも使う言葉だったのです。
01「彼女」の語源は? もとは「かれ」が男女どちらも指した
小学館の『日本国語大辞典』は、「彼女」の歴史をこう説明しています。日本では古くから、話し手と聞き手以外の人を指す言葉(三人称)は「かれ」で、男性と女性の両方を指していた。ところが西洋の言葉に触れて、男女を区別する必要が出てきた。そこで、西洋の言語の「女性を指す三人称の代名詞」の訳語として生まれたのが「彼女」だ、というのです。
英語の she のような語を訳すとき、男女の区別がない「かれ」1語では足りなくなったわけです。
『デジタル大辞泉』の「彼」の項目も、「かれ」は明治時代まで男女の区別なく使ったと書いています。そして今の「男性を指す彼」の意味についても、「西欧語の三人称男性代名詞の訳語」、つまり英語の he のような言葉を訳したもの、と説明しています。「彼=男性」という使い分けそのものが、翻訳から来ているのです。
02最初は「かのおんな」だった
では、「かのじょ」という読み方はどこから来たのでしょう。
大辞泉によると、「彼女」は西洋語の訳語「かのおんな(あの女)」の「おんな」を、音読みして「じょ」と読んだ語です。「かの」は「あの」という意味の言葉です。
日本国語大辞典は、早い例として1876年(明治9年)の『改正画引小学読本』を挙げています。「彼女」に「カノジョ」と読みがなをつけ、「ムカウニヰルムスメ(向こうにいる娘)」と説明しているそうです。
ただし辞典は、これを今の「彼女」と同じ1つの言葉とは考えにくい、とも書いています。当時はまだ「女(じょ)」を1字だけで使うことがあったからです。「かの(あの)+おんな(女)」と同じつもりで、目新しく見せるために「かの+じょ」と書いたのだろう、という見方です。
つまり「彼女」は、明治に生まれ、大正に広まり、昭和の初めには「恋人」の意味も持つようになった言葉です。
03「彼氏」は昭和初期の流行語。徳川夢声の造語とされる
「彼女」に対する「彼氏」は、さらに新しい言葉です。
日本国語大辞典によると、「彼氏」は昭和初期の流行語で、徳川夢声の造語。「彼」に、「山田氏」のように人につける敬称の「氏」を添えたものです。ただし、世の中ではむしろからかい半分の感じをこめて使われた、とあります。大辞泉も「いくぶんふざけた感じでいう語」と説明しています。
徳川夢声(1894〜1971年)は、無声映画に語りをつける「活動写真の弁士」として名を上げ、のちに俳優や漫談家、司会者として活躍した人です(大辞泉・日本国語大辞典)。話の上手さで知られていました。
日本国語大辞典が挙げる最初の例は、夢声自身の『漫談集』(1929年)。ある人物を「彼氏」と呼び、「アイアン・クロウ(鉄の爪)」というあだ名をつけた、という冗談まじりの文です。このときの「彼氏」は、恋人ではなく「あの人」「あいつ」という意味でした。
「恋人の男性」の意味の例は、永井荷風の小説『ひかげの花』(1934年)の「母さんの彼氏」が挙げられています。

04英語の she も「あの」から来た?
英語の側も見てみましょう。
アメリカの『American Heritage Dictionary』によると、she はおそらく古英語の seo(女性形の「あの・その」を表す指示語)が変化した語です。日本語の「彼女」も「かの(あの)+女」。どちらも「あの」から出発しているのです。ただし英語の語源には「おそらく」がついています。
同じ辞書には、she を「船や国」に使う用法も載っています。日本語で船を「彼女」と呼ぶ例(1926年)に、外国語の影響があると日本国語大辞典が書いているのと、ちょうど対応しています。
英語の「彼氏・彼女」は boyfriend / girlfriend です。ただし girlfriend には「女性の友だち」という意味もあり、オックスフォードの学習辞典には I had lunch with a girlfriend.(女友だちとお昼を食べた)という例文があります。
05どんでん返し:「最初に訳した人」は分からない
ここまでの話には、はっきりしない部分もあります。
まず、「彼女」を誰が最初に訳語として使ったのかは、辞書には書かれていません。1876年の例も、辞典自身が「まだ1語とは認めにくい」としています。また、訳した元の言葉は「英語の she」と1つに決められるわけではなく、辞書の説明は「西欧語の三人称女性代名詞」です。
「彼氏」も、日本国語大辞典は「徳川夢声の造語」と書いていますが、大辞泉は「徳川夢声の用いはじめたものという」と、伝え聞きの形で書いています。1929年は辞典が見つけた最初の例で、それより前に使われていた可能性はあります。
06まとめ
明治の人は、女性のことも「かれ」と呼んでいました。西洋の言葉を訳すために「彼女」が生まれ、大正に広まり、昭和の初めには「恋人」の意味も持つようになります。そして「彼女」に対して、昭和初期に「彼氏」が生まれました。徳川夢声が使い始めたとされる言葉です。
毎日のように使う「彼氏・彼女」は、どちらも明治と昭和に生まれた新しい言葉だったのです。
よくある質問
「彼女」という言葉はいつできたのですか?
明治時代です。『日本国語大辞典』によると、西洋の言語の「女性を指す三人称の代名詞」の訳語として生まれました。1語の代名詞としての最初の例は坪内逍遙『当世書生気質』(1885〜86年)で、広く一般に広まったのは大正時代以降です。
「彼女」ができる前は、女性を何と呼んでいたのですか?
男女どちらも「かれ(彼)」と呼んでいました。『デジタル大辞泉』は、「かれ」は明治時代まで男女の区別なく使ったと書いています。森鴎外の『舞姫』(1890年)でも、女性のエリスを「彼」と書いています。
「彼女」はなぜ「かのじょ」と読むのですか?
西洋語の訳語「かのおんな(あの女)」の「おんな」を、音読みして「じょ」と読んだからです(デジタル大辞泉)。「かの」は「あの」という意味です。1876年(明治9年)の『改正画引小学読本』に「彼女 カノジョ」とありますが、辞典はまだ1語とは認めにくいとしています。
「彼女」を最初に使ったのは誰ですか?
『日本国語大辞典』が1語の代名詞の最初の例として挙げるのは、坪内逍遙『当世書生気質』(1885〜86年)です。ただし、誰が最初に訳語として「彼女」を使ったのかは、辞書には書かれていません。1876年の例も、辞典はまだ1語とは認めにくいとしています。
「彼氏」は誰が作った言葉ですか?
徳川夢声の造語とされます。『日本国語大辞典』は「昭和初期の流行語で、徳川夢声の造語」とし、『デジタル大辞泉』は「徳川夢声の用いはじめたものという」と伝え聞きの形で書いています。「彼」に敬称の「氏」を添えた言葉です。
「彼氏」は最初から恋人の意味だったのですか?
いいえ。『日本国語大辞典』が挙げる最初の例は夢声自身の『漫談集』(1929年)で、このときは「あの人」「あいつ」の意味でした。「恋人の男性」の意味の例は、永井荷風の小説『ひかげの花』(1934年)の「母さんの彼氏」です。
「彼女」が恋人の意味になったのはいつですか?
昭和の初めです。『日本国語大辞典』によると、「恋人である女性」の意味は1931年の『ウルトラモダン辞典』に載っています。明治に生まれ、大正に広まった「彼女」は、昭和の初めには「恋人」の意味も持つようになりました。
「彼氏」「彼女」は英語で何と言いますか?
恋人の意味なら boyfriend と girlfriend です。代名詞の「彼女」は she。ただし girlfriend には「女性の友だち」の意味もあり、オックスフォードの学習辞典には I had lunch with a girlfriend.(女友だちとお昼を食べた)という例文があります。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn Mori Ogai's 1890 story "The Dancing Girl," the narrator calls Elise, the young woman he loves, "kare."…
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In old Japanese, people used the word "kare" for both men and women. Then Japanese people started to read books from the West. Translators needed a word for "she," so a new word, "kanojo," was born in the Meiji era. It became common after about 1912.
The word "kareshi" is even newer. Dictionaries say that a popular entertainer, Tokugawa Musei, made it around 1930. At first, it was a joking way to say "that guy."
75 words ・ CEFR A2
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昔の日本語では、男性にも女性にも「かれ」という言葉を使っていました。やがて日本の人々は西洋の本を読むようになりました。翻訳する人たちは she にあたる言葉が必要になり、明治時代に「彼女」という新しい言葉が生まれました。この言葉は1912年ごろ以降に広まりました。
「彼氏」という言葉はもっと新しいものです。辞書によると、人気のある芸能家の徳川夢声が1930年ごろに作りました。最初は「あいつ」をふざけて言う言い方でした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「彼女」と「彼氏」がいつ、どのように生まれたかの話なので B。
Q2. Who made the word "kareshi"?
Dictionaries say that a popular entertainer, Tokugawa Musei, made it around 1930 とあるので C。
Q3. In the passage, what does "common" mean?
It became common は「広く使われるようになった」という意味なので A。
In Mori Ogai's 1890 story "The Dancing Girl," the narrator calls Elise, the young woman he loves, "kare." Today that word means "he," but until the Meiji era it could point to a man or a woman. When Japanese writers began translating from Western languages, they needed a word for female pronouns like "she." The answer was "kanojo," which first meant "that woman."
Dictionaries list an early use in 1876 and a clear one in a novel from 1885–86. The word spread widely after 1912, and by 1931 it could also mean "girlfriend." Its male counterpart, "kareshi," appeared around 1930. The entertainer Tokugawa Musei is said to have made it up, and people used it in a teasing way.
119 words ・ CEFR B1
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森鴎外の1890年の小説『舞姫』で、語り手は愛する若い女性エリスのことを「かれ」と呼んでいる。今日この言葉は「彼(男性)」を意味するが、明治時代までは男性も女性も指すことができた。日本の書き手たちが西洋の言語を訳し始めたとき、she のような女性の代名詞にあたる言葉が必要になった。その答えが「彼女」で、最初は「あの女」という意味だった。
辞書には1876年の早い例と、1885〜86年の小説のはっきりした例が載っている。この言葉は1912年以降に広く広まり、1931年までには「恋人の女性」の意味にもなっていた。それに対応する男性側の言葉「彼氏」は1930年ごろに現れた。芸能家の徳川夢声が作ったとされ、人々はからかうような感じで使った。
4択リーディングクイズ
Q1. Why is the word "kare" in "The Dancing Girl" surprising today?
the narrator calls Elise, the young woman he loves, "kare." とあり、今は「彼」は男性を指すので A。
Q2. When did "kanojo" begin to mean "girlfriend," according to the passage?
by 1931 it could also mean "girlfriend" とあるので C。
Q3. What can we infer about "kareshi" in its early days?
people used it in a teasing way とあるので、まじめな言葉ではなかったと分かる。B。
Japanese did not always split "he" and "she." According to the Nihon Kokugo Daijiten, a large historical dictionary of Japanese, the pronoun "kare" long referred to men and women alike. Contact with Western languages created the need for a separate female form, and "kanojo" was formed as a translation of their female third-person pronouns. It began as "kano onna," or "that woman," and the character for "woman" was then given its Chinese-style reading, "jo."
A school reader from 1876 has the spelling, but the dictionary doubts it was a single word yet. The first clear case comes from a novel published in 1885 and 1886, and the word only became common from the 1910s on. "Kareshi" is younger.
The same dictionary calls it a buzzword of the early Showa era, coined by the entertainer Tokugawa Musei, who added the formal title "shi" to "kare." It sounded a little playful, and people often used it to tease. The dictionary's earliest example is from 1929, and the sense "boyfriend" appears in a 1934 novel. Another dictionary, Daijisen, is more careful and only says that Musei reportedly started it. Neither dictionary says who first used "kanojo" as a translation.
196 words ・ CEFR B2
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日本語は昔から「彼」と「彼女」を分けていたわけではない。大きな歴史的国語辞典である『日本国語大辞典』によると、代名詞「かれ」は長いあいだ男性にも女性にも使われていた。西洋の言語と接して女性用の別の形が必要になり、「彼女」はそれらの言語の女性の三人称代名詞の訳語として作られた。最初は「かのおんな(あの女)」で、そこから「女」の字を音読みして「じょ」と読むようになった。
1876年の小学校の読本にこの表記があるが、辞典は、まだ1語ではなかったのではないかとみている。はっきりした最初の例は1885年と1886年に出た小説で、この言葉が一般的になったのは1910年代以降のことだ。「彼氏」はもっと新しい。
同じ辞典はこれを昭和初期の流行語とし、芸能家の徳川夢声が「かれ」に改まった敬称の「氏」をつけて作ったとしている。少しふざけた感じのする言葉で、人々はよくからかうのに使った。辞典が挙げる最も古い例は1929年のもので、「恋人の男性」の意味は1934年の小説に現れる。もう1つの辞書『大辞泉』はより慎重で、夢声が使い始めたと伝えられる、とだけ書いている。どちらの辞書も、誰が最初に「彼女」を訳語として使ったのかは書いていない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「かれ」が男女両方を指していた日本語に、「彼女」「彼氏」が生まれた経緯の話なので A。
Q2. Why does the dictionary doubt the 1876 example?
the dictionary doubts it was a single word yet とあるので B。
Q3. In the passage, what does "buzzword" mean?
a buzzword of the early Showa era は「昭和初期の流行語」の意味なので B。
重要単語
- pronounB1名詞代名詞"She" and "he" are pronouns.
pro-(代わりに)+noun(名詞)。third-person pronoun で「三人称代名詞」。 - girlfriendA2名詞恋人の女性;女性の友だちI had lunch with a girlfriend from college.
恋人の意味がふつうだが、「女友だち」の意味もある。文脈で判断する。 - translateB1動詞翻訳するIt was hard to translate "she" into Japanese.
translate A into B「AをBに訳す」。名詞は translation、人は translator。 - coinC1動詞(新しい言葉を)作るWho coined the word "kareshi"?
名詞の coin(硬貨)と同じつづり。「硬貨を鋳造する」から「新語を作る」へ。 - teaseB2動詞からかうMy brother likes to tease me about my new haircut.
in a teasing way「からかうような感じで」。悪意の少ない軽いからかいに使う。 - buzzwordC1名詞流行語"Kareshi" was a buzzword in the early Showa era.
buzz(ブンブンいう音、うわさ)+word。仕事の世界のはやり言葉にもよく使う。
公式・一次情報をチェック
- she(American Heritage Dictionary)ahdictionary.com
- girlfriend(Oxford Learner's Dictionaries)oxfordlearnersdictionaries.com
- 徳川夢声(デジタル大辞泉・日本国語大辞典、コトバンク掲載)kotobank.jp
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森鴎外『舞姫』では、恋人のエリスを「彼(かれ)」と書いている。明治まで「かれ」は男女どちらにも使ったから。「彼女」は西洋語の she などを訳すために生まれた明治の新語。「彼氏」は昭和初期に徳川夢声が作ったとされる言葉。
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出典・参考文献(4件)タップで表示
- 精選版 日本国語大辞典「彼女(かのじょ)」・デジタル大辞泉「彼女」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- 精選版 日本国語大辞典「彼氏(かれし)」・デジタル大辞泉「彼氏」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- デジタル大辞泉「彼(かれ)」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- The American Heritage Dictionary of the English Language, 5th ed.「she」ahdictionary.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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