本館「マジカ!?サイエンス」科学の雑学とニュースを論文でウラ取り読みに行く →
英語のマジか!?

英語の「I(私)」はなぜいつも大文字? 昔は ich。理由は今も決着していない

英語の「I(私)」はなぜいつも大文字? 昔は ich。理由は今も決着していない

読む前に予想してみよう!

英語の I(私)は、印刷機が使われはじめてから大文字になった

研究カード(どんな研究?)
対象
中英語の散文103点(約400万語)ほか
規模
12〜15世紀の写本・文献
研究の種類
歴史言語学(コーパス調査・写本の比較)
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

「私」の I は、昔は ic・ich と書いた。最後の c・ch の音が消えて1文字の i になったあと、15世紀に大文字の I が定着した。なぜ大文字なのかは説が分かれ、決着していない。

ひとことで言うと英語の「I(私)」は、昔は「イッチ」みたいな言葉。短くなってから大文字になったんだ!

もくじ
  1. もとは ic・ich。最後の音を落としたのは英語だけ
  2. 「I am」は昔「icham」だった
  3. i 1文字は「書きにくかった」
  4. 中世の劇では「ich」が“なりすまし”のネタに
  5. どんでん返し:大文字の理由は「説」が4つ、決着なし
  6. おまけ:ドイツ語は「あなた」を大文字にする
  7. まとめ

I like music. Can I go? Yes, I can.

英語では、「私」の I は文の頭でも途中でも、いつも大文字です。you も he も she も小文字なのに、I だけが特別あつかい。

ところが、英語の親せきのドイツ語では「私」は ich、文の途中ならふつうに小文字です。しかもドイツ語は、ていねいな「あなた」の Sie のほうを大文字で書きます。

では、英語の I はいつ、なぜ大文字になったのでしょう。調べていくと、昔は I も「ich(イッチ)」と書いていたこと、そして大文字になった理由は今も決着していないことが分かりました。

01もとは ic・ich。最後の音を落としたのは英語だけ

ワルシャワ大学の英語史研究者ウェウナ(Wełna)が2014年に発表した論文は、この I の歴史を正面から調べています。

ウェウナが13世紀の作品として集めた文章では、子音のある形とない形が同じ文章の中に並びはじめます。その一つ、1人でこもって祈りの暮らしをする女性(隠修女)のための手引き書『アンクリーン・リウル(Ancrene Riwle)』は写本がいくつも残っていて、写本ごとに書き方がちがいます。ケンブリッジ大学モードリン・カレッジにある写本は、作品を14世紀に書き直した版で、筆跡は14世紀の終わりごろのものとされます。この写本では、同じ1つの文章の中に、ich が148回、小文字の i が121回、大文字の I が62回出てきます。1人の書き手が、3つの形をまぜて使っているのです。

一方、15世紀後半の『アーサー王の死(Le Morte Darthur)』では、「私」は2,052回すべて大文字の I でした。

02「I am」は昔「icham」だった

ich が i に縮んだきっかけの一つとして、ウェウナは発音のくっつき方を挙げています。

当時は ich のすぐあとに母音で始まる動詞が来ると、ich + am がくっついて icham という1語になることがよくありました。これを読む人が「i と cham」に分けてしまい、i が独立した単語としてあつかわれるようになった、というのです。

03i 1文字は「書きにくかった」

子音が消えると、「私」は i という1文字だけの単語になります。しかもいちばんよく使う単語の一つです。

ウェウナによると、小文字の i 1文字は書くときにあつかいにくく、y や j、さらにその大文字の Y や J に置きかえる工夫が次々に試されました。最初の英語の本を印刷したキャクストンの文章にも、

J beseche you not tarette the faulte in me(私のせいにしないでください)

のように、「私」を J と書いた例があります。15世紀後半の文章には、大文字だけでも I・Y・J の3つの形が出てきます。最終的に残ったのが I でした。

手書きの写本から印刷の時代へ。「私」を I・Y・J のどれで書くか、まだ揺れていた
手書きの写本から印刷の時代へ。「私」を I・Y・J のどれで書くか、まだ揺れていた

04中世の劇では「ich」が“なりすまし”のネタに

ich と I のちがいは、地域のちがいでもありました。そのことを笑いにした劇が残っています。

中世イギリスの宗教劇集『タウンリー劇』の「第二の羊飼いの劇」。どろぼうのマクが、羊飼いたちの前で、王様の使いの立派な役人のふりをします。そのとき、ふだんは I と言うマクが、急に ich を使い始めるのです。

what! ich be a yoman, I tell you, of the king(なんだと、わしは王の家来だぞ)

南部の話し方で、えらい人に見せかけようとしたわけです。でもよく見ると、同じ行で「I tell you」と、うっかり I も使っています。羊飼いはすかさず、「その南部の歯(sothren tothe)を引っこ抜け!」とやり返します。南部なまりをやめろ、というからかいです。1998年、言語学のメーリングリスト LINGUIST List で、写本の複製を調べたビゲロー(Bigelow)が、この場面を「I と ich の方言の違いを笑いの種にした例」として紹介しています。

05どんでん返し:大文字の理由は「説」が4つ、決着なし

では結局、なぜ大文字なのか。よく言われる説を、研究者の見方と並べてみます。

  • 印刷機のせい説:オーストリアの言語学者ブルンナーは、大文字の I は最初の印刷業者のころ(または中英語の終わりごろの書体)から、と書いた。しかしウェウナの集計では、1401〜1450年の写本で、大文字の I がすでにいちばん多い形だった。キャクストンがイングランドに印刷機を持ちこんだのは1476年なので、それより前だ。ビゲローも、1400〜1410年ごろのチョーサー『カンタベリー物語』のエルズミア写本に大文字の I があることを挙げ、印刷説は誤りだとしている
  • 縦棒とまぎれる説:中世の文字は縦棒だらけで、細い i は見落とされやすかった、という説明。ところがビゲローは、1400年ごろの写本で、「私」を点もない小文字の i で書いた例を挙げ、この説にも疑問を出している
  • 発音が長くなった説:ウェウナ自身の考え。子音が消えたあと、残った母音が長く発音されるようになり、それが大文字につながったという。根拠は、子音つきの ich が大文字で書かれることはきわめてまれだということ
  • 見栄(自意識)説:「英語を話す人は自己主張が強いから」という説明。ビゲローは「当時の書き手の性格が分からない以上、確かめようがない」とする。ただしウェウナは、中世イギリスの一家の手紙を集めた『パストン家書簡』で、私的な手紙の I がほぼすべて大文字だったことにふれ、大文字の I で自分を立派に見せたいという気持ちもあったのだろう、と推測している

つまり、「なぜ大文字か」は1つの理由では説明しきれず、研究者の意見もそろっていないのです。

06おまけ:ドイツ語は「あなた」を大文字にする

英語は「私」を大文字にしますが、大文字にする代名詞は言語によって違います。

ドイツ語の正書法(つづりの決まり)を定める公的な機関、ドイツ語正書法評議会の「公式規則」(2024年版)では、

  • ていねいに相手を呼ぶ Sie(あなた)と、その持ち主を表す形 Ihr(あなたの)は大文字(第65条)
  • 親しい相手への du(きみ)は小文字。ただし手紙では Du・Dein と大文字にしてもよい(第66条)

規則の例文は「Lieber Freund, ich schreibe dir/Dir diesen Brief」(親愛なる友へ、私はきみにこの手紙を書いています)。「私」の ich は小文字のまま、「きみ」の Dir は大文字でもよいのです。英語とちょうど逆向きです。

07まとめ

英語の I は、もとは ic・ich という子音つきの単語でした。子音が消えて1文字の i になり、y や J なども試されたあと、15世紀に大文字の I に落ち着きました。

なぜ大文字だったのかは、「書きにくかった」「発音が長くなった」「見栄」など説が分かれ、決着していません。次に文の途中で I と書くときは、600年前の書き手たちの迷いを思い出してみてください。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerEnglish is the only Germanic language that dropped the last consonant of its word for "I." German still… 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

English is the only Germanic language that dropped the last consonant of its word for "I." German still says "ich," Dutch says "ik," and Swedish says "jag." In Old English the word was "ic," and later it became "ich" in much of England. From the 12th century, people in the north and the Midlands began to drop the final sound and say a short "i."

Sometimes "ich" was joined to the next word, so "I am" could be written "icham." Once the pronoun was only one letter, it was awkward to write. Scribes tried "y" and "j" and even capital "Y" and "J." A 2014 study of about four million words of medieval prose found that capital "I" won in the 15th century.

123 words ・ CEFR B1

和訳を見る

ゲルマン語の中で、「私」を表す語の最後の子音を落としたのは英語だけだ。ドイツ語は今も「ich」、オランダ語は「ik」、スウェーデン語は「jag」と言う。古英語では、この語は「ic」で、のちにイングランドの多くの地域で「ich」になった。12世紀から、北部や中部の人々は最後の音を落として短い「i」と言いはじめた。

ときには「ich」が次の語とくっつき、「I am」が「icham」と書かれることもあった。代名詞が1文字だけになると、書くのにあつかいにくかった。写字生たちは「y」や「j」、さらには大文字の「Y」や「J」まで試した。中世の散文約400万語を調べた2014年の研究によると、15世紀に勝ち残ったのは大文字の「I」だった。

4択リーディングクイズ

Q1. Which language still keeps the consonant in its word for "I"?

Q2. What did scribes try when the pronoun became one letter?

Q3. What can we guess from the example "icham"?

重要単語

  • pronounB1
    名詞代名詞"I," "you," and "she" are all pronouns. pro-(~の代わりに)+noun(名詞)。英語の代名詞で、いつも大文字なのは I だけ。
  • capital letterA2
    名詞大文字Always start a name with a capital letter. capital は「頭の」がもとの意味で、首都・資本の意味もある。小文字は small letter / lowercase letter。
  • lowercaseB2
    形容詞小文字のType your password in lowercase letters. 活字を入れる下の段(lower case)に小文字を置いたことから。大文字は uppercase。
  • scribeC1
    名詞(印刷以前の)写字生、書記Before printing, scribes copied every book by hand. ラテン語 scribere(書く)から。describe・script と同じ仲間。
  • manuscriptB2
    名詞写本、手書きの原稿The library keeps a manuscript from the 1400s. manu-(手)+script(書いたもの)。manual(手の)と同じ manu-。
  • dialectB2
    名詞方言People in the north spoke a different dialect. 中世の英語では、南部の ich と北部の I が方言の目印だった。
  • consonantB2
    名詞子音The word lost its final consonant over time. 母音は vowel。ich から I へは、最後の子音が消えた変化。
英語の「I(私)」が文の途中でも大文字なのはなぜ? 昔の英語では ic・ich と書き、I am も icham と1語でつづられた。子音が消えて1文字になったあと大文字が定着したが、理由は「書きにくかった」「発音が長くなった」「見栄」など説が割れている。

押すと「マジかリスト」に保存されます

出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. Wełna (2014) The Rise of Standard I (< ME Ich): A Contribution to the Study of Functional Change in English, Studia Anglica Posnaniensia 49(3)doi.org
  2. Tatje & Bigelow (1998) Pronoun "I" again, LINGUIST List 9.253linguistlist.org
  3. England & Pollard eds. (1897) The Towneley Plays(Early English Text Society, e.s. 71)XIII「Second Shepherds' Play」archive.org
  4. Pahlsson, J. ed. (1918) The Recluse: A Fourteenth Century Version of the Ancren Riwle(Lund。Magdalene College, Cambridge, MS Pepys 2498 の校訂版。序文で写本の筆跡の年代にふれる)archive.org
  5. Rat für deutsche Rechtschreibung (2024) Amtliches Regelwerk der deutschen Rechtschreibung §65・§66rechtschreibrat.com

本館

マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究

論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も

マジカ!?サイエンスのトップへ →