英語の「I(私)」はなぜいつも大文字? 昔は ich。理由は今も決着していない

読む前に予想してみよう!
英語の I(私)は、印刷機が使われはじめてから大文字になった
2014年の研究の集計では、1401〜1450年の手書きの写本で、大文字の I がすでにいちばん多い形だった。キャクストンがイングランドで印刷を始めたのは1476年。
- 対象
- 中英語の散文103点(約400万語)ほか
- 規模
- 12〜15世紀の写本・文献
- 研究の種類
- 歴史言語学(コーパス調査・写本の比較)
- 確かさ
- ★★★☆☆
「私」の I は、昔は ic・ich と書いた。最後の c・ch の音が消えて1文字の i になったあと、15世紀に大文字の I が定着した。なぜ大文字なのかは説が分かれ、決着していない。
ひとことで言うと英語の「I(私)」は、昔は「イッチ」みたいな言葉。短くなってから大文字になったんだ!
もくじ
I like music. Can I go? Yes, I can.
英語では、「私」の I は文の頭でも途中でも、いつも大文字です。you も he も she も小文字なのに、I だけが特別あつかい。
ところが、英語の親せきのドイツ語では「私」は ich、文の途中ならふつうに小文字です。しかもドイツ語は、ていねいな「あなた」の Sie のほうを大文字で書きます。
では、英語の I はいつ、なぜ大文字になったのでしょう。調べていくと、昔は I も「ich(イッチ)」と書いていたこと、そして大文字になった理由は今も決着していないことが分かりました。
01もとは ic・ich。最後の音を落としたのは英語だけ
ワルシャワ大学の英語史研究者ウェウナ(Wełna)が2014年に発表した論文は、この I の歴史を正面から調べています。
ウェウナが13世紀の作品として集めた文章では、子音のある形とない形が同じ文章の中に並びはじめます。その一つ、1人でこもって祈りの暮らしをする女性(隠修女)のための手引き書『アンクリーン・リウル(Ancrene Riwle)』は写本がいくつも残っていて、写本ごとに書き方がちがいます。ケンブリッジ大学モードリン・カレッジにある写本は、作品を14世紀に書き直した版で、筆跡は14世紀の終わりごろのものとされます。この写本では、同じ1つの文章の中に、ich が148回、小文字の i が121回、大文字の I が62回出てきます。1人の書き手が、3つの形をまぜて使っているのです。
一方、15世紀後半の『アーサー王の死(Le Morte Darthur)』では、「私」は2,052回すべて大文字の I でした。
02「I am」は昔「icham」だった
ich が i に縮んだきっかけの一つとして、ウェウナは発音のくっつき方を挙げています。
当時は ich のすぐあとに母音で始まる動詞が来ると、ich + am がくっついて icham という1語になることがよくありました。これを読む人が「i と cham」に分けてしまい、i が独立した単語としてあつかわれるようになった、というのです。
03i 1文字は「書きにくかった」
子音が消えると、「私」は i という1文字だけの単語になります。しかもいちばんよく使う単語の一つです。
ウェウナによると、小文字の i 1文字は書くときにあつかいにくく、y や j、さらにその大文字の Y や J に置きかえる工夫が次々に試されました。最初の英語の本を印刷したキャクストンの文章にも、
J beseche you not tarette the faulte in me(私のせいにしないでください)
のように、「私」を J と書いた例があります。15世紀後半の文章には、大文字だけでも I・Y・J の3つの形が出てきます。最終的に残ったのが I でした。

04中世の劇では「ich」が“なりすまし”のネタに
ich と I のちがいは、地域のちがいでもありました。そのことを笑いにした劇が残っています。
中世イギリスの宗教劇集『タウンリー劇』の「第二の羊飼いの劇」。どろぼうのマクが、羊飼いたちの前で、王様の使いの立派な役人のふりをします。そのとき、ふだんは I と言うマクが、急に ich を使い始めるのです。
what! ich be a yoman, I tell you, of the king(なんだと、わしは王の家来だぞ)
南部の話し方で、えらい人に見せかけようとしたわけです。でもよく見ると、同じ行で「I tell you」と、うっかり I も使っています。羊飼いはすかさず、「その南部の歯(sothren tothe)を引っこ抜け!」とやり返します。南部なまりをやめろ、というからかいです。1998年、言語学のメーリングリスト LINGUIST List で、写本の複製を調べたビゲロー(Bigelow)が、この場面を「I と ich の方言の違いを笑いの種にした例」として紹介しています。
05どんでん返し:大文字の理由は「説」が4つ、決着なし
では結局、なぜ大文字なのか。よく言われる説を、研究者の見方と並べてみます。
- 印刷機のせい説:オーストリアの言語学者ブルンナーは、大文字の I は最初の印刷業者のころ(または中英語の終わりごろの書体)から、と書いた。しかしウェウナの集計では、1401〜1450年の写本で、大文字の I がすでにいちばん多い形だった。キャクストンがイングランドに印刷機を持ちこんだのは1476年なので、それより前だ。ビゲローも、1400〜1410年ごろのチョーサー『カンタベリー物語』のエルズミア写本に大文字の I があることを挙げ、印刷説は誤りだとしている
- 縦棒とまぎれる説:中世の文字は縦棒だらけで、細い i は見落とされやすかった、という説明。ところがビゲローは、1400年ごろの写本で、「私」を点もない小文字の i で書いた例を挙げ、この説にも疑問を出している
- 発音が長くなった説:ウェウナ自身の考え。子音が消えたあと、残った母音が長く発音されるようになり、それが大文字につながったという。根拠は、子音つきの ich が大文字で書かれることはきわめてまれだということ
- 見栄(自意識)説:「英語を話す人は自己主張が強いから」という説明。ビゲローは「当時の書き手の性格が分からない以上、確かめようがない」とする。ただしウェウナは、中世イギリスの一家の手紙を集めた『パストン家書簡』で、私的な手紙の I がほぼすべて大文字だったことにふれ、大文字の I で自分を立派に見せたいという気持ちもあったのだろう、と推測している
つまり、「なぜ大文字か」は1つの理由では説明しきれず、研究者の意見もそろっていないのです。
06おまけ:ドイツ語は「あなた」を大文字にする
英語は「私」を大文字にしますが、大文字にする代名詞は言語によって違います。
ドイツ語の正書法(つづりの決まり)を定める公的な機関、ドイツ語正書法評議会の「公式規則」(2024年版)では、
- ていねいに相手を呼ぶ Sie(あなた)と、その持ち主を表す形 Ihr(あなたの)は大文字(第65条)
- 親しい相手への du(きみ)は小文字。ただし手紙では Du・Dein と大文字にしてもよい(第66条)
規則の例文は「Lieber Freund, ich schreibe dir/Dir diesen Brief」(親愛なる友へ、私はきみにこの手紙を書いています)。「私」の ich は小文字のまま、「きみ」の Dir は大文字でもよいのです。英語とちょうど逆向きです。
07まとめ
英語の I は、もとは ic・ich という子音つきの単語でした。子音が消えて1文字の i になり、y や J なども試されたあと、15世紀に大文字の I に落ち着きました。
なぜ大文字だったのかは、「書きにくかった」「発音が長くなった」「見栄」など説が分かれ、決着していません。次に文の途中で I と書くときは、600年前の書き手たちの迷いを思い出してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerEnglish is the only Germanic language that dropped the last consonant of its word for "I." German still…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In English, we always write "I" with a capital letter. We do this even in the middle of a sentence. But a long time ago, English people wrote "ic" or "ich" for "I."
Later the last sound went away, and the word became just one small letter. Writers tried a few ways to write it. By the 1400s, the big "I" was the usual form. Nobody knows for sure why it became a capital.
74 words ・ CEFR A2
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英語では、「I(私)」をいつも大文字で書きます。文の途中でもそうです。でもずっと昔、イギリスの人々は「私」を「ic」や「ich」と書いていました。
その後、最後の音が消えて、この単語はたった1つの小さな文字になりました。書き手たちは、いくつかの書き方を試しました。1400年代までに、大きな「I」がふつうの形になりました。なぜ大文字になったのか、はっきりとは誰にも分かりません。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
英語の「I」がどう生まれ、大文字になったかの話なので B。
Q2. How did English people write "I" a long time ago?
English people wrote "ic" or "ich" for "I" とあるので C。
Q3. In the passage, what does "capital" mean?
ここでの capital は capital letter(大文字)の意味なので A。
English is the only Germanic language that dropped the last consonant of its word for "I." German still says "ich," Dutch says "ik," and Swedish says "jag." In Old English the word was "ic," and later it became "ich" in much of England. From the 12th century, people in the north and the Midlands began to drop the final sound and say a short "i."
Sometimes "ich" was joined to the next word, so "I am" could be written "icham." Once the pronoun was only one letter, it was awkward to write. Scribes tried "y" and "j" and even capital "Y" and "J." A 2014 study of about four million words of medieval prose found that capital "I" won in the 15th century.
123 words ・ CEFR B1
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ゲルマン語の中で、「私」を表す語の最後の子音を落としたのは英語だけだ。ドイツ語は今も「ich」、オランダ語は「ik」、スウェーデン語は「jag」と言う。古英語では、この語は「ic」で、のちにイングランドの多くの地域で「ich」になった。12世紀から、北部や中部の人々は最後の音を落として短い「i」と言いはじめた。
ときには「ich」が次の語とくっつき、「I am」が「icham」と書かれることもあった。代名詞が1文字だけになると、書くのにあつかいにくかった。写字生たちは「y」や「j」、さらには大文字の「Y」や「J」まで試した。中世の散文約400万語を調べた2014年の研究によると、15世紀に勝ち残ったのは大文字の「I」だった。
4択リーディングクイズ
Q1. Which language still keeps the consonant in its word for "I"?
German still says "ich" とあるので B。
Q2. What did scribes try when the pronoun became one letter?
Scribes tried "y" and "j" and even capital "Y" and "J." とあるので C。
Q3. What can we guess from the example "icham"?
"I am" could be written "icham" から、2語を1語にくっつけて書くことがあったと分かるので A。
Ask why English capitalizes "I" and you will hear several confident answers. None of them has settled the question. In 2014, Jerzy Wełna counted the forms of the pronoun in 103 Middle English prose texts, about four million words in all.
He found "ic" and "ich" giving way to a bare "i," with spellings like "y" and "J" along the way, before capital "I" became the standard in the 15th century. His own explanation links the capital to a change in sound. Once the final consonant fell away, the vowel grew longer.
In his data, forms that kept the consonant were almost never capitalized. The popular printing theory fares badly. In Wełna's counts, capital "I" was already the most common form in manuscripts from 1401 to 1450, decades before Caxton brought printing to England in 1476. The vanity theory is harder to test.
The Paston family letters use capital "I" almost every time, and Wełna guesses that the capital made the writers feel more important. German offers a neat contrast. Its official spelling rules keep "ich" in lowercase, yet they require "Sie," the polite word for "you," to start with a capital letter.
193 words ・ CEFR B2
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英語がなぜ「I」を大文字にするのかとたずねると、自信たっぷりの答えがいくつも返ってくる。どれも、決着をつけるには至っていない。2014年、イェジ・ウェウナは中英語の散文103点、合わせて約400万語に出てくるこの代名詞の形を数えた。
その結果、「ic」や「ich」が飾りのない「i」に取って代わられ、その途中で「y」や「J」のようなつづりも現れたあと、15世紀に大文字の「I」が標準になったことが分かった。彼自身の説明は、大文字を音の変化と結びつける。最後の子音が消えると母音が長くなった、というのだ。
彼のデータでは、子音を残した形はほとんど大文字にされていなかった。よく知られた印刷説は、分が悪い。ウェウナの集計では、1401年から1450年の写本で、大文字の「I」がすでにいちばん多い形だった。キャクストンがイングランドに印刷を持ちこんだ1476年より何十年も前のことだ。見栄の説は、確かめるのがもっと難しい。
パストン家の手紙では大文字の「I」がほぼ毎回使われていて、ウェウナは、大文字にすると書き手たちが自分を立派に感じたのだろうと推測している。ドイツ語は、きれいな対比を見せてくれる。その公式のつづりの規則は「ich」を小文字のままにしておきながら、ていねいな「あなた」を表す「Sie」は大文字で始めるよう定めている。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
I がどう広まったかははっきりしているが、理由についてはいくつもの説があり決着していない、という内容なので C。
Q2. According to Wełna, which forms were almost never capitalized?
forms that kept the consonant were almost never capitalized とあるので A。
Q3. Why does the writer say the printing theory "fares badly"?
キャクストンがイングランドで印刷を始めた1476年より前、1401〜1450年の写本で、大文字の I がすでにいちばん多い形だったからなので D。
重要単語
- pronounB1名詞代名詞"I," "you," and "she" are all pronouns.
pro-(~の代わりに)+noun(名詞)。英語の代名詞で、いつも大文字なのは I だけ。 - capital letterA2名詞大文字Always start a name with a capital letter.
capital は「頭の」がもとの意味で、首都・資本の意味もある。小文字は small letter / lowercase letter。 - lowercaseB2形容詞小文字のType your password in lowercase letters.
活字を入れる下の段(lower case)に小文字を置いたことから。大文字は uppercase。 - scribeC1名詞(印刷以前の)写字生、書記Before printing, scribes copied every book by hand.
ラテン語 scribere(書く)から。describe・script と同じ仲間。 - manuscriptB2名詞写本、手書きの原稿The library keeps a manuscript from the 1400s.
manu-(手)+script(書いたもの)。manual(手の)と同じ manu-。 - dialectB2名詞方言People in the north spoke a different dialect.
中世の英語では、南部の ich と北部の I が方言の目印だった。 - consonantB2名詞子音The word lost its final consonant over time.
母音は vowel。ich から I へは、最後の子音が消えた変化。
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英語の「I(私)」が文の途中でも大文字なのはなぜ? 昔の英語では ic・ich と書き、I am も icham と1語でつづられた。子音が消えて1文字になったあと大文字が定着したが、理由は「書きにくかった」「発音が長くなった」「見栄」など説が割れている。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Wełna (2014) The Rise of Standard I (< ME Ich): A Contribution to the Study of Functional Change in English, Studia Anglica Posnaniensia 49(3)doi.org
- Tatje & Bigelow (1998) Pronoun "I" again, LINGUIST List 9.253linguistlist.org
- England & Pollard eds. (1897) The Towneley Plays(Early English Text Society, e.s. 71)XIII「Second Shepherds' Play」archive.org
- Pahlsson, J. ed. (1918) The Recluse: A Fourteenth Century Version of the Ancren Riwle(Lund。Magdalene College, Cambridge, MS Pepys 2498 の校訂版。序文で写本の筆跡の年代にふれる)archive.org
- Rat für deutsche Rechtschreibung (2024) Amtliches Regelwerk der deutschen Rechtschreibung §65・§66rechtschreibrat.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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