
ダイドーの嘆き
パーセル・by 1689
「わたしを覚えていて」。くり返す低音にのせた、胸をうつ別れの歌。
歌劇「ダイドーとエネアス」より「ダイドーの嘆き」のページへ
Piano · Op. 3 No. 1 · 1852
アントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテイン(1829–1894)
世界中で愛された、シンプルで美しい「これぞメロディー」。Simple, lovely, and loved worldwide: the melody of melodies.
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Rubinstein: Melody in F Major, Op. 3 No. 1
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Anton Rubinstein 2 Melodies op.3
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Anton Rubinstein - Melody in F
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ホー!作曲したルービンシュタインは、チャイコフスキーの先生でもあったんだ。
「メロディー ヘ長調」は、ロシアの作曲家・ピアニスト、アントン・ルービンシュタインが書いたピアノ曲です。「2つのメロディー 作品3」の1曲目で、題名のとおり、ひとつの美しいメロディーをていねいに歌い上げる、短くシンプルな曲です。おだやかで親しみやすい旋律が、聴く人の心にすっと入ってきます。'Melody in F' is a piano piece by the Russian composer and pianist Anton Rubinstein. It is the first of his Two Melodies, Op. 3. As its title suggests, it is a short, simple piece built around one beautiful, gently singing melody. The calm, friendly tune goes straight to the listener's heart.
この曲は1852年ごろ、ルービンシュタインが20代前半のころに書かれました。ルービンシュタインは子どものころから天才ピアニストとして知られ、リストと並ぶほどの名手と言われた人です。演奏家としての活躍のかたわら、交響曲やオペラなど大きな作品もたくさん作曲しましたが、もっとも広く知られたのは、この小さな曲でした。The piece was written around 1852, when Rubinstein was in his early twenties. He was known as a child prodigy at the piano and was said to be one of the few pianists who could rival Liszt. Besides performing, he composed many large works, such as symphonies and operas. But the piece that became most widely known was this small one.
「メロディー ヘ長調」は19世紀末から20世紀にかけて大人気になり、チェロやヴァイオリン、管楽器など、さまざまな楽器に編曲されました。ルービンシュタインは1862年にロシア初の音楽院、サンクトペテルブルク音楽院を作り、その最初の卒業生のひとりがチャイコフスキーでした。ロシア音楽の土台を作った人でもあるのです。'Melody in F' became hugely popular in the late 19th and early 20th centuries, and it was arranged for cello, violin, wind instruments and more. In 1862, Rubinstein founded the Saint Petersburg Conservatory, the first conservatory in Russia, and one of its first graduates was Tchaikovsky. Rubinstein helped build the foundation of Russian music.
This is a short piano piece from Russia. It has one simple, beautiful melody. People all over the world loved it. The composer was a great pianist. He was also a teacher of Tchaikovsky.これはロシアの短いピアノ曲です。シンプルで美しいメロディーが1つあります。世界中の人がこの曲を愛しました。作曲家は偉大なピアニストでした。チャイコフスキーの先生でもありました。
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ルービンシュタインは、交響曲を6曲、オペラも数多く書いた大作曲家でした。ところが今、彼の名前でいちばんよく知られているのは、この短い「メロディー」です。本人が力を入れた大作より、若いころの小さな曲が有名になる。音楽の世界ではよくあることなのです。
Rubinstein was a major composer who wrote six symphonies and many operas. Yet today, the work he is best known for is this short 'Melody'. A small piece from his youth became more famous than the big works he worked so hard on. That often happens in music!
ルービンシュタインは、顔立ちや髪型がベートーヴェンによく似ていると、当時からよく言われていました。そのため「ベートーヴェンの生まれ変わり」などと冗談まじりに言われることもあったそうです。もちろん、ベートーヴェンが亡くなったのはルービンシュタインが生まれる2年前のことです。
People often said that Rubinstein's face and hair looked very much like Beethoven's. Some even joked that he was Beethoven born again. Of course, Beethoven died two years before Rubinstein was born.
ルービンシュタインが1862年に作ったサンクトペテルブルク音楽院で、若きチャイコフスキーは作曲を学び、最初の卒業生のひとりになりました。さらに弟のニコライ・ルービンシュタインもピアニストで、モスクワ音楽院を作っています。兄弟で、ロシアの音楽教育を大きく育てたのです。
At the Saint Petersburg Conservatory, which Rubinstein founded in 1862, the young Tchaikovsky studied composition and became one of its first graduates. Rubinstein's younger brother, Nikolai, was also a pianist, and he founded the Moscow Conservatory. Together, the brothers built up music education in Russia.
ルービンシュタインは1885〜1886年、ピアノ音楽の歴史をたどる7回連続の「歴史的演奏会」を開きました。昔の鍵盤音楽からベートーヴェン、ショパン、そしてロシアの作曲家まで、ものすごい数の曲を暗譜で弾いたと言われています。ヨーロッパの各都市で行われ、大評判になりました。
In 1885–86, Rubinstein gave a series of seven 'Historical Concerts' that traced the history of piano music, from early keyboard music to Beethoven, Chopin and Russian composers. It is said that he played a huge number of pieces from memory. The concerts were held in several European cities and were a great success.
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