明治の日本人は洋犬を「カメ」と呼んだ。英語の Come here! を犬の名前だと思ったから

読む前に予想してみよう!
明治の初め、日本では西洋の犬のことを「カメ」と呼ぶことがあった
日本国語大辞典・デジタル大辞泉によると、西洋人が犬を呼ぶ Come here! を「カメヤ」と聞き、犬の名前と取ったことから。1872年の歌舞伎に「洋犬(カメ)」の例がある。
- 対象
- 明治の文献・辞書の用例と、19世紀横浜の片言の日本語の記録
- 規模
- 1872〜1907年の用例、1879〜1887年の外国人の記録
- 研究の種類
- 辞書の用例調査+接触言語の研究
- 確かさ
- ★★★☆☆
明治の初め、西洋人が犬を呼ぶ Come here! を「カメヤ」と聞き、洋犬を「カメ」と呼んだ。横浜で外国人が使った片言の日本語でも「犬=come here」。「ポチ」の語源は今も諸説ある。
ひとことで言うと明治の人は、Come here(おいで)を犬の名前だと思っていた!
もくじ
明治の初めに「カメ」と言ったら、何のことだったでしょう。
池のカメではありません。西洋から来た犬のことです。犬の名前の定番「ポチ」がはやるより前の話です。
理由は、英語の Come here!(おいで!)。西洋人が飼い犬を呼ぶときの「カム・ヒア」が、日本人の耳には 「カメヤ」 と聞こえました。そして「カメ」を犬のこと、「ヤ」を「太郎や」の「や」のような呼びかけだと受け取ったのです。
01「カメ」=西洋の犬。1872年の歌舞伎にも
小学館の『デジタル大辞泉』は、「カメ」を 「西洋犬のこと」 と説明しています。由来は、明治の初めに、西洋人が飼い犬を呼ぶ「Come here!」を「カメヤ」と聞いたことだ、としています。
『日本国語大辞典』でも、「カメ」は「西洋犬。洋犬」。用例はこんな作品から挙がっています。
1873年の『伊蘇普物語』には、訳者自身の注までついています。日本国語大辞典が引く注によると、カメヤは西洋人が犬を呼ぶときの「来い来い」という言葉で、日本人がそれを犬の名前だと思っている。ここではあえてそのまちがった言葉を使う、という内容です。
注の一部はこうです。「邦人謬伝へて犬の名と思ふなり」(日本人がまちがって伝え、犬の名前だと思っている)。
訳者は、まちがいだと分かっていて使っていたのです。それだけ「カメ」は、当時の人に通じる言葉になっていたのでしょう。
02横浜の外国人も「犬は come here」
同じ言葉は、外国人の側の記録にも出てきます。
幕末から明治にかけての横浜では、日本人と、欧米の人々、中国の人々が商売をしていました。そこで生まれたのが、外国人が使う片言の日本語です。ルーマニア・ブカレスト大学の言語学者アンドレイ・アヴラムは、2014年の論文で、これを 「横浜ピジン日本語」 と呼んで分析しています。ピジン語とは、共通の言葉を持たない人たちが商売などのために使う、単語の少ない、文法も簡単な言葉のことです。
その資料の一つが、1879年に横浜で出た小冊子『Exercises in the Yokohama Dialect(横浜方言練習帳)』の増補改訂版です。「ホモコの司教」というふざけた名前で出された、外国人向けの冗談まじりの会話集です。
この冊子の単語表を開くと、こう並んでいます。
- A man(男)→ Sto(ひと)
- A woman(女)→ Moose me(むすめ)
- A child(子ども)→ Baby san(ベイビーさん)
- A dog(犬)→ Come here
犬の欄が、そのまま「Come here」。アヴラムの論文によると、同じ語は1879年の雑誌記事に komiya、1883年の旅行記に come here、1887年の旅行記に kumheer と、何人もの書き手が記録しています。英語の come here! から来た「犬」という単語として、横浜の片言の日本語に入っていたのです。

03「大丈夫」は die job、「おはよう」は一日じゅう
この横浜の片言の日本語には、ほかにもこんな言葉があります。アヴラムの論文と1879年の冊子から、いくつか紹介します。
- die job(ダイ・ジョブ)=「大丈夫」から。冊子では「丈夫な、しっかりした」の意味で、ボートについて Die job arimas?(しっかりしているか?)とたずねる文もある
- ohio(オハイオ)=おはよう。ところが意味は「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」の全部
- piggy(ピギー)=「持っていく」「片づける」「出て行く」「変える」など、何でもこれ1語
- sick-sick(シック・シック)=病気。英語の sick を2回重ねたもの
- shiroy(シロイ)=シャツ。英語の shirt と日本語の「白い」が混ざったと考えられる
- dam your eye sto(ダム・ユア・アイ・スト)=船乗り。英語の乱暴な悪態 damn your eyes(「こんちくしょう」くらいの意味)に、日本語の「ひと」をつけたもの
日本人が Come here を「犬」と聞いたのと同じように、外国人も、よく耳にする日本語を自分流に聞き取って単語にしていたのです。
04では「ポチ」はどこから?
最後に、犬の名前としておなじみの「ポチ」です。
『日本国語大辞典』によると、「ポチ」は犬につける名前で、特に明治30〜40年代(1897〜1907年ごろ)に流行しました。最初の用例として挙がっているのは、二葉亭四迷の小説『平凡』(1907年)。主人公の少年の家に来た子犬に、いつの間にか「ポチ」という名前がついている場面です(青空文庫で読めます)。
語源について、日本国語大辞典は次の3つの説を並べています。
- 英語の spotty(ぶちの犬)から
- アメリカの俗語の pooch(犬)から
- フランス語の petit(小さい)から
そして、どれが正しいかは決めていません。「諸説ある」で止まっているのです。
05どんでん返し:どの話も「たぶん」がつく
ここまでの話には、どれも少しずつ「たぶん」がついています。
まず「カメ」。デジタル大辞泉は Come here を聞きちがえたことに「よる」と書きますが、日本国語大辞典は「変化した語かという」と、少しぼかしています。
次に横浜のピジン語。アヴラムの論文は、そんな言葉が本当にあったのかどうか自体が、研究者の間で議論になっていると書いています。1879年の冊子も、ふざけた調子の本です。それでもアヴラムは、何人もの書き手が同じ語を記録していることや、当時の東京・横浜あたりの発音の特徴が表れていることなどを挙げて、実際に話されていた言葉だと考えています。
そして「ポチ」。pooch 説には、少しややこしい事情があります。アメリカン・ヘリテージ英語辞典は pooch の語源を 「不明」 としています。Dictionary.com によると、英語で pooch が記録に出てくるのは 1895〜1900年ごろ。日本で「ポチ」が流行したと日本国語大辞典が書く時期と、ほとんど同じです。どちらが先なのか、関係があるのかないのかは、辞書の記述からは分かりません。
明治の日本人の耳が生んだ「カメ」はかなりはっきりしているのに、今も残る「ポチ」のほうが謎のまま。これが、辞書で確かめられる範囲の答えです。
06まとめ
明治の初め、日本人は西洋の犬を「カメ」と呼びました。西洋人が犬に言う Come here! を、犬の名前だと思ったからです。横浜で外国人が使った片言の日本語にも、「犬=come here」が記録されています。おたがいに、相手の言葉を耳で聞き取って、自分の単語にしていたのです。
一方、今も残る「ポチ」の語源は、spotty・pooch・petit の3説が並んだまま。次に Come here! と犬を呼ぶ声を聞いたら、その言葉が150年前の日本では犬の名前になっていたことを思い出してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn the early Meiji era, Japanese people heard Westerners calling their dogs with "Come here!" The phrase…
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
About 150 years ago, many foreigners came to live in Japan. They brought their dogs with them. When they called their dogs, they said, "Come here!" To Japanese ears, this sounded like "kameya." People thought "kame" was the word for a Western dog.
So for a while, Japanese people called these dogs "kame." It was a funny mix-up, because "kame" usually means "turtle" in Japanese.
65 words ・ CEFR A2
和訳を見る
約150年前、たくさんの外国人が日本に住むようになりました。彼らは犬を連れてきました。犬を呼ぶとき、彼らは「Come here!」と言いました。日本人の耳には、これが「カメヤ」のように聞こえました。
人々は「カメ」が西洋の犬を表す言葉だと思いました。それで、しばらくのあいだ、日本人はこうした犬を「カメ」と呼んでいました。日本語の「カメ」はふつう亀のことなので、これはおかしな取りちがえでした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
Come here! が「カメ」という犬を表す語になった話なので C。
Q2. What did foreigners say when they called their dogs?
When they called their dogs, they said, "Come here!" とあるので B。
Q3. In the passage, what does "mix-up" mean?
Come here を犬の名前と取りちがえた話なので、mix-up は「取りちがえ」。A。
In the early Meiji era, Japanese people heard Westerners calling their dogs with "Come here!" The phrase sounded like "kameya," and people took "kame" to mean "Western dog." A kabuki play from 1872 already uses the word this way. One year later, a translator of Aesop's fables used "kameya" for a dog.
In a note, he explained that Japanese people had wrongly taken the call for a dog's name. The same mix-up appears on the other side, too. A joke phrasebook printed in Yokohama in 1879 for foreigners lists "come here" as the word for "dog." As for "Pochi," a classic Japanese dog name, a major Japanese dictionary still lists three possible origins and does not choose between them.
119 words ・ CEFR B1
和訳を見る
明治の初め、日本人は西洋人が「Come here!」と言って犬を呼ぶのを聞いた。その言葉は「カメヤ」のように聞こえ、人々は「カメ」を「西洋の犬」の意味だと受け取った。1872年の歌舞伎がすでにこの語をこの意味で使っている。
その1年後、イソップ物語の訳者は犬に「カメヤ」を使った。訳者は注で、日本人がこの呼びかけをまちがって犬の名前だと思っている、と説明した。同じ取りちがえは、反対の側にも見られる。1879年に横浜で外国人向けに印刷された冗談の会話集は、「犬」を表す語として「come here」を挙げている。日本の犬の名前の定番「ポチ」については、日本の大きな国語辞典は今も3つの由来の候補を挙げ、どれとも決めていない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
Come here が日本人にも横浜の外国人にも「犬」の語として使われた話なので B。ポチの由来は決まっていないので D は誤り。
Q2. What did the translator of Aesop's fables do?
he explained that Japanese people had wrongly taken the call for a dog's name とあるので C。
Q3. What can we infer about the word "kame" in the 1870s?
歌舞伎や翻訳で使われ、訳者も注で「日本人が犬の名前だと思っている」と書いているので、多くの人に通じていたと考えられる。A。
When Western traders and their dogs arrived in Japan in the mid-1800s, locals kept hearing the same two words: "Come here!" The phrase was heard as "kameya," and the "ya" was taken for the friendly ending Japanese speakers add when calling someone. That left "kame" as a word for a Western dog. It turns up in an 1872 kabuki play, and in 1873 a translator of Aesop used it on purpose while noting that it rested on a mistake.
Foreigners in Yokohama, meanwhile, were bending Japanese to suit their own ears. The linguist Andrei Avram has studied what he calls Yokohama Pidgin Japanese, a simple trade language used in the port. In his sources, "dog" is "come here," "all right" is "die job" from daijobu, and "ohio" serves as good morning, good day and good evening.
Scholars still argue about whether this pidgin was ever really spoken, and one main source is a joke booklet. Avram, however, points to several writers who recorded the same words. The name "Pochi" is harder. A major Japanese dictionary lists three possible sources, including the American slang "pooch," and leaves the question open.
189 words ・ CEFR B2
和訳を見る
1800年代半ばに西洋の商人とその犬たちが日本に来たとき、地元の人々は同じ2語をくり返し耳にした。「Come here!」だ。この言葉は「カメヤ」と聞こえ、「ヤ」は日本語で人を呼ぶときにつける親しげな語尾だと受け取られた。
そうして「カメ」が西洋の犬を表す語として残った。この語は1872年の歌舞伎に出てくるし、1873年にはイソップの訳者が、まちがいにもとづく語だと注をつけながらも、わざと使っている。一方、横浜の外国人たちは、日本語を自分たちの耳に合わせてねじ曲げていた。言語学者アンドレイ・アヴラムは、彼が「横浜ピジン日本語」と呼ぶ、港で使われた簡単な交易の言葉を研究している。
彼の資料では、「犬」は「come here」、「大丈夫」は daijobu から来た「die job」で、「ohio」は「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」のすべてに使われる。このピジン語が本当に話されていたのかは今も議論があり、主な資料の一つは冗談の小冊子だ。それでもアヴラムは、同じ語を記録した書き手が何人もいることを挙げている。「ポチ」という名前はもっと難しい。日本の大きな国語辞典は、アメリカの俗語「pooch」を含む3つの由来の候補を挙げ、答えを出していない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
日本人も外国人も相手の言葉を聞き取りまちがえて自分の語にした、という話なので B。
Q2. What does Avram point to as a sign that the pidgin was really used?
Avram, however, points to several writers who recorded the same words とあるので B。
Q3. Why does the writer say the name "Pochi" is "harder"?
辞書が3つの候補を挙げて答えを出していないとあるので、由来がはっきりしないという意味。A。
重要単語
- come hereA1句こっちへ来て、おいでCome here, I want to show you something.
人にも犬にも使う。明治の日本人にはこれが「カメヤ」と聞こえた。 - poochC1名詞(俗語で)犬、ワンちゃんMy neighbor walks her pooch every morning.
くだけた俗語。語源は不明。「ポチ」の語源の候補の一つに挙げられている。 - pidginC1名詞ピジン語(共通の言葉がない人たちの間で生まれる片言の言語)Traders in the port talked in a simple pidgin.
商売などのために生まれる、語も文法も少ない言葉。pigeon(ハト)と同じ発音なので注意。 - mishearB2動詞聞きまちがえるI misheard "thirteen" as "thirty."
mis-(まちがって)+hear。過去形は misheard。mishear A as B「A を B と聞きまちがえる」。 - spottedB1形容詞ぶち(斑点)のあるThe spotted dog ran across the yard.
spot(点)から。spotty にも同じ意味があり、さらに「ムラのある」の意味もある。 - foreignerB1名詞外国人Many foreigners lived in Yokohama in the 1870s.
g は発音しない。foreign(外国の)+-er(人)。 - mix-upB2名詞取りちがえ、混乱There was a mix-up with our hotel booking.
動詞句 mix up(ごちゃまぜにする、取りちがえる)の名詞形。
公式・一次情報をチェック
このネタ、誰かに教えたくなった?
明治の初め、日本人は西洋の犬を「カメ」と呼んでいた。西洋人が犬に言う Come here! が「カメヤ」と聞こえ、犬の名前だと思ったから。横浜の外国人が使った片言の日本語でも、犬は come here。「ポチ」の語源は今も分かっていない。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(5件)タップで表示
- 精選版 日本国語大辞典「カメ」「カメヤ」・デジタル大辞泉「カメ」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- 精選版 日本国語大辞典「ぽち」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- Avram, A. A. (2014) Yokohama Pidgin Japanese Revisited, Acta Linguistica Asiatica 4(2)doi.org
- Atkinson, H.("Bishop of Homoco")(1879) Revised and Enlarged Edition of Exercises in the Yokohama Dialect, Yokohama(Internet Archive)archive.org
- The American Heritage Dictionary of the English Language, 5th ed.「pooch」・Dictionary.com「pooch」ahdictionary.com
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
本館
マジカ!?サイエンスで読む、ことばの研究
論文でウラ取りした科学の「マジか!?」。言語・脳・学習の研究も





