「Good day」は「グーリ デイ」。ジョン万次郎の英会話本は“聞こえたまま”のカタカナ

読む前に予想してみよう!
幕末にジョン万次郎が出した英会話の本は、英語を“聞こえたまま”のカタカナで書いていた
1859年の『英米対話捷径』は Good day を「グーリ デイ」、D を「リー」と書いている。英語教育史の論文も「極めて耳に忠実」に書いたと見ている。ただし water は「ワラ」ではなく「ワータ」。
- 対象
- 1859年の英会話の本『英米対話捷径』
- 規模
- 東京外国語大学の所蔵本を全ページ画像で確認
- 研究の種類
- 歴史資料の確認+英語教育史の論文+辞書
- 確かさ
- ★★★★☆
1859年、ジョン万次郎の英会話の本は Good day を「グーリ デイ」、D を「リー」と書いた。つづりではなく、アメリカで聞いた音のカタカナ。ただし water は「ワータ」。
ひとことで言うと幕末の英会話の本、「D」の読みが「リー」だった!
もくじ
英語の教科書の単語の上に、カタカナで読み方を書きこんだことはありませんか。そして先生に「カタカナで覚えると、発音が悪くなるよ」と言われたことも。
ところが幕末の1859年、英語の文の単語1つ1つにカタカナをふった英会話の本が出ています。書いたのはジョン万次郎(中浜万次郎)。しかもそのカタカナは、つづりを読んだものではありませんでした。
Good day は「グーリ デイ」。アルファベットの D は「リー」。 アメリカで耳にした音を、そのまま書いていたのです。
01漂流した漁師の少年が、アメリカで覚えた英語
万次郎は土佐(今の高知県)の漁師の家に生まれました。1841年、漁に出て遭難し、無人島の鳥島に流れ着きます。助けたのはアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号。万次郎はアメリカ東部のニューベドフォードに渡り、船長の好意で学校に通いました(日本大百科全書・世界大百科事典)。
英語教育史を研究した田辺洋二さんの1987年の論文によると、万次郎は個人が開いた学校(私塾)で英語や数学を学び、そのあと約3年、学校で航海術や測量術を学んでいます。1851年に帰国し、のちに幕府で翻訳や通訳の仕事につきました。
その万次郎が1859年に出したのが『英米対話捷径(えいべいたいわしょうけい)』です。「捷径」は近道のこと。英語の会話への近道、という書名です。
02「D」は「リー」、「Good day」は「グーリ デイ」
本はアルファベットから始まります。「ヱー ビー シー」と来て、D の読みが「リー」。続く会話のページには、こんな文が並びます。
- Good day, Sir.:グーリ デイ シャアー(こんにちは)
- How do you do, Sir?:ハヲ ヅー ユー ヅー シャアー(ごきげんいかがですか)
- I am pretty well.:アイ アム プロテ ウワエル(元気です)
- Can you speak English?:キャン ユー スパーカ エンケレセ(英語を話せますか)
- It rains very fast (or hard).:イータ ルインシ ウエレ ファースト ヲワ ハアリ(雨が強く降っています)
田辺さんは、この「リー」に注目しました。アメリカ英語では、母音にはさまれた t や d が、舌先で歯ぐきを軽くはじく音になりやすく、latter(後者)と ladder(はしご)がほとんど同じに聞こえることがあります。日本語のラ行に近い音です。だから D を「リー」と書いても不自然ではない、というのです。Good day の「グーリ」は、すぐ後ろの day の d とつながった音を、聞いたまま書いたものだろうと見ています。
田辺さんの見立ては、万次郎は全体として、きわめて耳に忠実にカタカナを書いた、というものでした。

03では water は? 答えは「ワータ」
アメリカの映画で、water が「ワラ」のように聞こえた経験はありませんか。万次郎の本には Will you go by water?(船で行きますか)という文があります。そのカタカナは 「ワータ」。「ワラ」ではありませんでした。
でも「ウォーター」でもありません。ケンブリッジ英語辞典で water を引くと、イギリス英語は /ˈwɔː.tər/(ウォー)、アメリカ英語は /ˈwɑː.t̬ɚ/(ワー)。万次郎の「ワー」は、アメリカ英語の母音です。田辺さんも、walk の「ワーカ」や water の「ワータ」を、典型的なアメリカの発音だとしています。
アメリカ英語の t の下についた小さな印(t̬)は、さきほどの「はじく音」を表す記号です。この辞書は better(/ˈbet̬.ɚ/)や letter にも同じ印をつけています。万次郎は water の t は「タ」と書き、D は「リー」と書いた。1冊の中に両方あるのです。
04first は「ホイスト」
数字の「第一」のところで、first のカタカナは「ホイスト」です(東京外国語大学と早稲田大学の所蔵本の画像で確認。田辺さんの論文も「ホイスト」)。田辺さんは、first や bird の母音を「オイ」に近く言うのは、ニューヨークなどアメリカ東部の特徴で、19世紀には今より広く使われていたらしい、というアメリカ英語の発音の研究を紹介しています。
05「掘った芋いじるな」は載っていない
What time is it now? を「掘った芋いじるな」と覚える話を、万次郎と結びつける紹介も見かけます。しかし今回、本の全ページを確かめても、What time で始まる文はありませんでした。
本の what は「ハツタ」や「フハツタ」です。What weather is it to day?(今日はどんな天気ですか)は「ハツタ ワザ イジ イータ ツデイ」と書かれています。
06おまけ:Come here は「カム ヘヤ」
本には Come here.(こっちへおいで)もあり、カタカナは「カム ヘヤ」。デジタル大辞泉によると、明治の初め、西洋人が飼い犬を Come here! と呼ぶのを日本人は「カメヤ」と聞き、「カメ」を犬のことだと思いました。そこから西洋犬を「カメ」と呼んだのです。日本国語大辞典は、1872年の歌舞伎のせりふに「洋犬(カメ)」の例を挙げています。
07どんでん返し:「日本初」ではないかも。万次郎ひとりで書いたのでもないかも
『英米対話捷径』は「日本初の英会話の本」と紹介されることがあります。ただ田辺さんの論文は、1811年にオランダ人ブロムホフの指導で作られた『諳厄利亜興学小筌(あんげりあこうがくしょうせん)』を、日本最初の英語学習書で、単語と短い文による会話の教本だとしています。
万次郎ひとりで書いたのか、という疑問もあります。日本語学者の杉本つとむさんは、オランダ語ふうの読みが見られることから、オランダ語を学んだ協力者がいたのではないかと書いています(田辺論文による)。advice を「アダウイフ」、got を「ユット」とするような、読みまちがいらしい例もあります。田辺さんは、こうした例も、協力者や本屋の手が入ったのではという疑問につながるとしています。また1939年には英語学者の豊田實(みのる)が、この本は「なまりのある発音」を書いたものだと評しました。田辺さんは、なまりではなく当時のアメリカ英語の音に近いと反論しています。ただし、協力者がいたかもしれないという点は、田辺さんも認めています。
08テストや英作文ではどうする?
09まとめ
ジョン万次郎の『英米対話捷径』は、つづりではなく、アメリカで聞いた音をカタカナにした本でした。Good day は「グーリ デイ」、D は「リー」。一方で water は「ワータ」で、どこまでも「聞こえたまま」とはかぎりません。
カタカナ自体が悪いのではありません。何を聞いて書いたかが大事です。160年以上前の万次郎のメモは、今の辞書の発音記号とあちこちで重なっています。
よくある質問
ジョン万次郎の英語の発音はどんなものでしたか?
1859年の英会話の本『英米対話捷径』では、つづりではなく聞こえた音をカタカナにしています。Good day は「グーリ デイ」、D は「リー」です。研究者の田辺洋二さんは、全体としてきわめて耳に忠実に書いたと見ています。
「掘った芋いじるな」はジョン万次郎の言葉ですか?
『英米対話捷径』には載っていません。本の全ページを確かめても、What time で始まる文はありませんでした。本の what は「ハツタ」や「フハツタ」と書かれています。
ジョン万次郎は water をどう書きましたか?
「ワータ」です。「ワラ」でも「ウォーター」でもありません。「ワー」はアメリカ英語の母音で、ケンブリッジ英語辞典でもアメリカ英語の water は /ˈwɑː.t̬ɚ/(ワー)と書かれています。
ジョン万次郎の本で D が「リー」なのはなぜですか?
アメリカ英語の音を聞いたまま書いたためと見られています。アメリカ英語では、母音にはさまれた t や d が舌先で歯ぐきを軽くはじく音になりやすく、日本語のラ行に近く聞こえます。だから D を「リー」と書いても不自然ではない、と田辺洋二さんは説明しています。
『英米対話捷径』とはどんな本ですか?
ジョン万次郎(中浜万次郎)が1859年に出した英会話の本です。「捷径」は近道のことです。英文の単語ごとにカタカナと日本語の訳がつき、あいさつや天気などの場面に分かれています。
『英米対話捷径』は日本初の英会話の本ですか?
そうとは限りません。田辺さんの論文は、1811年の『諳厄利亜興学小筌』を日本最初の英語学習書で、単語と短い文による会話の教本だとしています。万次郎ひとりで書いたのではなく、協力者がいた可能性も指摘されています。
ジョン万次郎はどこで英語を覚えたのですか?
アメリカです。1841年に漁で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられて、東部のニューベドフォードに渡りました。アメリカで私塾に通って英語や数学を、そのあと約3年、学校で航海術や測量術を学び、1851年に帰国しました。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerJohn Manjiro was a fisherman's son from Tosa.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
In 1859, John Manjiro wrote a small English conversation book for Japanese people. Next to each English word, he wrote the sound in katakana. He did not follow the spelling. He wrote what he heard in America.
So "Good day" became "guuri dei," and the letter D became "rii." In American English, a t or d between vowels is often a quick sound, a little like the Japanese r. But he wrote "water" as "waata."
75 words ・ CEFR A2
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1859年、ジョン万次郎は日本人のために小さな英会話の本を書きました。英語の単語1つ1つの横に、その音をカタカナで書きました。彼はつづりには従いませんでした。アメリカで聞いた音を書いたのです。
だから「Good day」は「グーリ デイ」に、アルファベットの D は「リー」になりました。アメリカ英語では、母音にはさまれた t や d が、日本語のラ行に少し似た、すばやい音になることがよくあります。でも彼は「water」を「ワータ」と書きました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
Next to each English word, he wrote the sound in katakana とあり、英語の音をカタカナで書いた本の話なので A。
Q2. How did Manjiro write the letter D?
the letter D became "rii" とあるので B。
Q3. In the passage, what does "spelling" mean?
spelling は「つづり」、つまり単語の文字の並びのこと。He did not follow the spelling. He wrote what he heard と、音と対比されている。C。
John Manjiro was a fisherman's son from Tosa. In 1841, he was lost at sea, and an American whaling ship rescued him. He went to school in the United States and came back to Japan about ten years later. In 1859, he published an English conversation book with katakana next to every English word. The katakana show what he heard, not the spelling.
The letter D is "rii," and "Good day" is "guuri dei." A Japanese researcher pointed out that in American English, t and d between vowels are often said with a quick tap of the tongue, so "latter" and "ladder" can sound almost the same. Even so, Manjiro wrote "water" as "waata," and not as "wara."
118 words ・ CEFR B1
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ジョン万次郎は土佐の漁師の息子だった。1841年、彼は海で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられた。彼はアメリカで学校に通い、約10年後に日本に戻った。1859年、彼は英語の単語すべての横にカタカナをつけた英会話の本を出した。カタカナが表しているのは、つづりではなく、彼が聞いた音だ。
アルファベットの D は「リー」、「Good day」は「グーリ デイ」となっている。ある日本の研究者は、アメリカ英語では母音にはさまれた t や d が舌ですばやくはじくように発音されることが多く、そのため「latter」と「ladder」がほとんど同じに聞こえることがあると指摘した。それでも万次郎は、「water」を「ワラ」ではなく「ワータ」と書いた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
The katakana show what he heard, not the spelling が中心なので A。
Q2. Who rescued Manjiro in 1841?
an American whaling ship rescued him とあるので B。
Q3. Why might Manjiro have written D as "rii"?
t and d between vowels are often said with a quick tap of the tongue とあり、その音が日本語のラ行に近いから「リー」と書いたと考えられる。C。
Many Japanese students are told not to write katakana over English words. But the conversation pages of John Manjiro's 1859 book do exactly that. Manjiro had been rescued by an American whaling ship in 1841 and educated in Massachusetts, and his katakana follow his ear. "Good day, Sir" is written "guuri dei shaa," and the letter D is "rii."
In a 1987 paper, the researcher Yoji Tanabe linked this to the American habit of tapping t and d between vowels, which makes "latter" and "ladder" hard to tell apart. Other spellings fit American speech too. "Water" is "waata," with the "ah" vowel Americans use, and "first" is "hoisuto," close to an "oi" sound once common on the East Coast.
Not everyone has praised the book. In 1939 one scholar described it as recording an accent, and another later suggested that helpers trained in Dutch had a hand in it, since some readings look Dutch. The popular trick of remembering "What time is it now?" as "hotta imo ijiruna" does not appear in the book at all.
176 words ・ CEFR B2
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日本の生徒の多くは、英単語の上にカタカナを書くなと言われる。だが、ジョン万次郎の1859年の本の会話のページは、まさにそれをしている。万次郎は1841年にアメリカの捕鯨船に助けられ、マサチューセッツで教育を受けた人物で、彼のカタカナは耳に従っている。「Good day, Sir」は「グーリ デイ シャアー」、アルファベットの D は「リー」と書かれている。1987年の論文で、研究者の田辺洋二は、これを、母音にはさまれた t や d をはじくように言うアメリカ英語のくせと結びつけた。
このくせのせいで「latter」と「ladder」は聞き分けにくい。ほかの表記もアメリカ英語に合っている。「water」はアメリカ人が使う「アー」の母音で「ワータ」、「first」は「ホイスト」で、かつて東海岸でよく聞かれた「オイ」に近い音だ。この本を誰もがほめてきたわけではない。
1939年にはある学者が、なまりを書き取ったものだと評した。のちに別の学者は、オランダ語ふうの読みがあることから、オランダ語を学んだ協力者が関わったのではないかと述べた。「What time is it now?」を「掘った芋いじるな」と覚えるよく知られた方法は、この本にはまったく出てこない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
his katakana follow his ear から始まり、アメリカ英語との一致と、批判(Not everyone has praised the book)まで述べているので B。
Q2. According to Tanabe, why can "latter" and "ladder" be hard to tell apart?
the American habit of tapping t and d between vowels, which makes "latter" and "ladder" hard to tell apart とあるので C。
Q3. What can be inferred about the "hotta imo ijiruna" trick?
does not appear in the book at all とあるので、本に裏付けのないまま万次郎と結びつけられたと考えられる。A。
重要単語
- pronunciationB1名詞発音Check the pronunciation in a dictionary before you practice.
動詞は pronounce(プロナウンス)だが、名詞は pronunciation(プロナンシエイション)。つづりの o が消えるので入試のつづり問題で頻出。 - conversationA2名詞会話We had a short conversation in English after class.
have a conversation with ~「~と会話する」。英会話の本は a conversation book。 - spellingA2名詞つづりThe spelling of "water" doesn't tell you how Americans say it.
spell(つづる)+-ing。英語はつづりと発音がずれる語が多い。 - rescueB1動詞救助するA whaling ship rescued the boys from the island.
rescue A from B「A を B から救い出す」。名詞でも使う(a rescue team 救助隊)。 - accentB1名詞なまり、話し方のくせShe speaks English with a slight Boston accent.
日本語の「アクセント(強く言う所)」の意味もあるが、英語では「地域や出身によるなまり」の意味でよく使う。 - tapB1動詞軽くたたくTap the screen twice to open the app.
アメリカ英語の water の t は、舌先で歯ぐきを軽く tap する音になりやすい。 - by waterB1句船で、水路でIn the old days, people often traveled between the islands by water.
by+交通手段は冠詞なし(by bus, by train)。by water・by air・by land も同じ形。
公式・一次情報をチェック
- 英米対話捷径(早稲田大学図書館 古典籍総合データベース)wul.waseda.ac.jp
- better(Cambridge Dictionary)dictionary.cambridge.org
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幕末の1859年、ジョン万次郎の英会話の本。Good day は「グーリ デイ」、アルファベットの D は「リー」とカタカナで書いてある。つづりではなく、アメリカで聞いた音のまま。ちなみに water は「ワータ」。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- 中濱万次郎 譯『英米對話捷徑』(知彼堂、1859)東京外国語大学附属図書館所蔵本(東京外国語大学学術成果コレクション)tufs.repo.nii.ac.jp
- 田辺洋二 (1987) 英語教育史に於ける発音の片仮名表記, 副題「中浜万次郎『英米対話捷徑』の表記を中心に」, 日本英語教育史研究 2, 37–60doi.org
- 日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典「中浜万次郎」(小学館・平凡社、コトバンク掲載)kotobank.jp
- デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典「カメ」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
- Cambridge Dictionary「water」dictionary.cambridge.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。
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