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日英くらべホント

「Good day」は「グーリ デイ」。ジョン万次郎の英会話本は“聞こえたまま”のカタカナ

「Good day」は「グーリ デイ」。ジョン万次郎の英会話本は“聞こえたまま”のカタカナ

読む前に予想してみよう!

幕末にジョン万次郎が出した英会話の本は、英語を“聞こえたまま”のカタカナで書いていた

研究カード(どんな研究?)
対象
1859年の英会話の本『英米対話捷径』
規模
東京外国語大学の所蔵本を全ページ画像で確認
研究の種類
歴史資料の確認+英語教育史の論文+辞書
確かさ
★★★★☆
3秒でわかる

1859年、ジョン万次郎の英会話の本は Good day を「グーリ デイ」、D を「リー」と書いた。つづりではなく、アメリカで聞いた音のカタカナ。ただし water は「ワータ」。

ひとことで言うと幕末の英会話の本、「D」の読みが「リー」だった!

もくじ
  1. 漂流した漁師の少年が、アメリカで覚えた英語
  2. 「D」は「リー」、「Good day」は「グーリ デイ」
  3. では water は? 答えは「ワータ」
  4. first は「ホイスト」
  5. 「掘った芋いじるな」は載っていない
  6. おまけ:Come here は「カム ヘヤ」
  7. どんでん返し:「日本初」ではないかも。万次郎ひとりで書いたのでもないかも
  8. テストや英作文ではどうする?
  9. まとめ
  10. よくある質問

英語の教科書の単語の上に、カタカナで読み方を書きこんだことはありませんか。そして先生に「カタカナで覚えると、発音が悪くなるよ」と言われたことも。

ところが幕末の1859年、英語の文の単語1つ1つにカタカナをふった英会話の本が出ています。書いたのはジョン万次郎(中浜万次郎)。しかもそのカタカナは、つづりを読んだものではありませんでした。

Good day は「グーリ デイ」。アルファベットの D は「リー」。 アメリカで耳にした音を、そのまま書いていたのです。

01漂流した漁師の少年が、アメリカで覚えた英語

万次郎は土佐(今の高知県)の漁師の家に生まれました。1841年、漁に出て遭難し、無人島の鳥島に流れ着きます。助けたのはアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号。万次郎はアメリカ東部のニューベドフォードに渡り、船長の好意で学校に通いました(日本大百科全書・世界大百科事典)。

英語教育史を研究した田辺洋二さんの1987年の論文によると、万次郎は個人が開いた学校(私塾)で英語や数学を学び、そのあと約3年、学校で航海術や測量術を学んでいます。1851年に帰国し、のちに幕府で翻訳や通訳の仕事につきました。

その万次郎が1859年に出したのが『英米対話捷径(えいべいたいわしょうけい)』です。「捷径」は近道のこと。英語の会話への近道、という書名です。

02「D」は「リー」、「Good day」は「グーリ デイ」

本はアルファベットから始まります。「ヱー ビー シー」と来て、D の読みが「リー」。続く会話のページには、こんな文が並びます。

  • Good day, Sir.:グーリ デイ シャアー(こんにちは)
  • How do you do, Sir?:ハヲ ヅー ユー ヅー シャアー(ごきげんいかがですか)
  • I am pretty well.:アイ アム プロテ ウワエル(元気です)
  • Can you speak English?:キャン ユー スパーカ エンケレセ(英語を話せますか)
  • It rains very fast (or hard).:イータ ルインシ ウエレ ファースト ヲワ ハアリ(雨が強く降っています)

田辺さんは、この「リー」に注目しました。アメリカ英語では、母音にはさまれた t や d が、舌先で歯ぐきを軽くはじく音になりやすく、latter(後者)と ladder(はしご)がほとんど同じに聞こえることがあります。日本語のラ行に近い音です。だから D を「リー」と書いても不自然ではない、というのです。Good day の「グーリ」は、すぐ後ろの day の d とつながった音を、聞いたまま書いたものだろうと見ています。

田辺さんの見立ては、万次郎は全体として、きわめて耳に忠実にカタカナを書いた、というものでした。

1841年、遭難した万次郎はアメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで英語を学んだ(日本大百科全書)
1841年、遭難した万次郎はアメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで英語を学んだ(日本大百科全書)

03では water は? 答えは「ワータ」

アメリカの映画で、water が「ワラ」のように聞こえた経験はありませんか。万次郎の本には Will you go by water?(船で行きますか)という文があります。そのカタカナは 「ワータ」。「ワラ」ではありませんでした。

でも「ウォーター」でもありません。ケンブリッジ英語辞典で water を引くと、イギリス英語は /ˈwɔː.tər/(ウォー)、アメリカ英語は /ˈwɑː.t̬ɚ/(ワー)。万次郎の「ワー」は、アメリカ英語の母音です。田辺さんも、walk の「ワーカ」や water の「ワータ」を、典型的なアメリカの発音だとしています。

アメリカ英語の t の下についた小さな印(t̬)は、さきほどの「はじく音」を表す記号です。この辞書は better(/ˈbet̬.ɚ/)や letter にも同じ印をつけています。万次郎は water の t は「タ」と書き、D は「リー」と書いた。1冊の中に両方あるのです。

04first は「ホイスト」

数字の「第一」のところで、first のカタカナは「ホイスト」です(東京外国語大学と早稲田大学の所蔵本の画像で確認。田辺さんの論文も「ホイスト」)。田辺さんは、first や bird の母音を「オイ」に近く言うのは、ニューヨークなどアメリカ東部の特徴で、19世紀には今より広く使われていたらしい、というアメリカ英語の発音の研究を紹介しています。

05「掘った芋いじるな」は載っていない

What time is it now? を「掘った芋いじるな」と覚える話を、万次郎と結びつける紹介も見かけます。しかし今回、本の全ページを確かめても、What time で始まる文はありませんでした。

本の what は「ハツタ」や「フハツタ」です。What weather is it to day?(今日はどんな天気ですか)は「ハツタ ワザ イジ イータ ツデイ」と書かれています。

06おまけ:Come here は「カム ヘヤ」

本には Come here.(こっちへおいで)もあり、カタカナは「カム ヘヤ」。デジタル大辞泉によると、明治の初め、西洋人が飼い犬を Come here! と呼ぶのを日本人は「カメヤ」と聞き、「カメ」を犬のことだと思いました。そこから西洋犬を「カメ」と呼んだのです。日本国語大辞典は、1872年の歌舞伎のせりふに「洋犬(カメ)」の例を挙げています。

07どんでん返し:「日本初」ではないかも。万次郎ひとりで書いたのでもないかも

『英米対話捷径』は「日本初の英会話の本」と紹介されることがあります。ただ田辺さんの論文は、1811年にオランダ人ブロムホフの指導で作られた『諳厄利亜興学小筌(あんげりあこうがくしょうせん)』を、日本最初の英語学習書で、単語と短い文による会話の教本だとしています。

万次郎ひとりで書いたのか、という疑問もあります。日本語学者の杉本つとむさんは、オランダ語ふうの読みが見られることから、オランダ語を学んだ協力者がいたのではないかと書いています(田辺論文による)。advice を「アダウイフ」、got を「ユット」とするような、読みまちがいらしい例もあります。田辺さんは、こうした例も、協力者や本屋の手が入ったのではという疑問につながるとしています。また1939年には英語学者の豊田實(みのる)が、この本は「なまりのある発音」を書いたものだと評しました。田辺さんは、なまりではなく当時のアメリカ英語の音に近いと反論しています。ただし、協力者がいたかもしれないという点は、田辺さんも認めています。

08テストや英作文ではどうする?

09まとめ

ジョン万次郎の『英米対話捷径』は、つづりではなく、アメリカで聞いた音をカタカナにした本でした。Good day は「グーリ デイ」、D は「リー」。一方で water は「ワータ」で、どこまでも「聞こえたまま」とはかぎりません。

カタカナ自体が悪いのではありません。何を聞いて書いたかが大事です。160年以上前の万次郎のメモは、今の辞書の発音記号とあちこちで重なっています。

よくある質問

ジョン万次郎の英語の発音はどんなものでしたか?

1859年の英会話の本『英米対話捷径』では、つづりではなく聞こえた音をカタカナにしています。Good day は「グーリ デイ」、D は「リー」です。研究者の田辺洋二さんは、全体としてきわめて耳に忠実に書いたと見ています。

「掘った芋いじるな」はジョン万次郎の言葉ですか?

『英米対話捷径』には載っていません。本の全ページを確かめても、What time で始まる文はありませんでした。本の what は「ハツタ」や「フハツタ」と書かれています。

ジョン万次郎は water をどう書きましたか?

「ワータ」です。「ワラ」でも「ウォーター」でもありません。「ワー」はアメリカ英語の母音で、ケンブリッジ英語辞典でもアメリカ英語の water は /ˈwɑː.t̬ɚ/(ワー)と書かれています。

ジョン万次郎の本で D が「リー」なのはなぜですか?

アメリカ英語の音を聞いたまま書いたためと見られています。アメリカ英語では、母音にはさまれた t や d が舌先で歯ぐきを軽くはじく音になりやすく、日本語のラ行に近く聞こえます。だから D を「リー」と書いても不自然ではない、と田辺洋二さんは説明しています。

『英米対話捷径』とはどんな本ですか?

ジョン万次郎(中浜万次郎)が1859年に出した英会話の本です。「捷径」は近道のことです。英文の単語ごとにカタカナと日本語の訳がつき、あいさつや天気などの場面に分かれています。

『英米対話捷径』は日本初の英会話の本ですか?

そうとは限りません。田辺さんの論文は、1811年の『諳厄利亜興学小筌』を日本最初の英語学習書で、単語と短い文による会話の教本だとしています。万次郎ひとりで書いたのではなく、協力者がいた可能性も指摘されています。

ジョン万次郎はどこで英語を覚えたのですか?

アメリカです。1841年に漁で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられて、東部のニューベドフォードに渡りました。アメリカで私塾に通って英語や数学を、そのあと約3年、学校で航海術や測量術を学び、1851年に帰国しました。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerJohn Manjiro was a fisherman's son from Tosa. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

John Manjiro was a fisherman's son from Tosa. In 1841, he was lost at sea, and an American whaling ship rescued him. He went to school in the United States and came back to Japan about ten years later. In 1859, he published an English conversation book with katakana next to every English word. The katakana show what he heard, not the spelling.

The letter D is "rii," and "Good day" is "guuri dei." A Japanese researcher pointed out that in American English, t and d between vowels are often said with a quick tap of the tongue, so "latter" and "ladder" can sound almost the same. Even so, Manjiro wrote "water" as "waata," and not as "wara."

118 words ・ CEFR B1

和訳を見る

ジョン万次郎は土佐の漁師の息子だった。1841年、彼は海で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられた。彼はアメリカで学校に通い、約10年後に日本に戻った。1859年、彼は英語の単語すべての横にカタカナをつけた英会話の本を出した。カタカナが表しているのは、つづりではなく、彼が聞いた音だ。

アルファベットの D は「リー」、「Good day」は「グーリ デイ」となっている。ある日本の研究者は、アメリカ英語では母音にはさまれた t や d が舌ですばやくはじくように発音されることが多く、そのため「latter」と「ladder」がほとんど同じに聞こえることがあると指摘した。それでも万次郎は、「water」を「ワラ」ではなく「ワータ」と書いた。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the main point of the passage?

Q2. Who rescued Manjiro in 1841?

Q3. Why might Manjiro have written D as "rii"?

重要単語

  • pronunciationB1
    名詞発音Check the pronunciation in a dictionary before you practice. 動詞は pronounce(プロナウンス)だが、名詞は pronunciation(プロナンシエイション)。つづりの o が消えるので入試のつづり問題で頻出。
  • conversationA2
    名詞会話We had a short conversation in English after class. have a conversation with ~「~と会話する」。英会話の本は a conversation book。
  • spellingA2
    名詞つづりThe spelling of "water" doesn't tell you how Americans say it. spell(つづる)+-ing。英語はつづりと発音がずれる語が多い。
  • rescueB1
    動詞救助するA whaling ship rescued the boys from the island. rescue A from B「A を B から救い出す」。名詞でも使う(a rescue team 救助隊)。
  • accentB1
    名詞なまり、話し方のくせShe speaks English with a slight Boston accent. 日本語の「アクセント(強く言う所)」の意味もあるが、英語では「地域や出身によるなまり」の意味でよく使う。
  • tapB1
    動詞軽くたたくTap the screen twice to open the app. アメリカ英語の water の t は、舌先で歯ぐきを軽く tap する音になりやすい。
  • by waterB1
    句船で、水路でIn the old days, people often traveled between the islands by water. by+交通手段は冠詞なし(by bus, by train)。by water・by air・by land も同じ形。
幕末の1859年、ジョン万次郎の英会話の本。Good day は「グーリ デイ」、アルファベットの D は「リー」とカタカナで書いてある。つづりではなく、アメリカで聞いた音のまま。ちなみに water は「ワータ」。

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出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. 中濱万次郎 譯『英米對話捷徑』(知彼堂、1859)東京外国語大学附属図書館所蔵本(東京外国語大学学術成果コレクション)tufs.repo.nii.ac.jp
  2. 田辺洋二 (1987) 英語教育史に於ける発音の片仮名表記, 副題「中浜万次郎『英米対話捷徑』の表記を中心に」, 日本英語教育史研究 2, 37–60doi.org
  3. 日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典「中浜万次郎」(小学館・平凡社、コトバンク掲載)kotobank.jp
  4. デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典「カメ」(小学館、コトバンク掲載)kotobank.jp
  5. Cambridge Dictionary「water」dictionary.cambridge.org

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