
ダイドーの嘆き
パーセル・by 1689
「わたしを覚えていて」。くり返す低音にのせた、胸をうつ別れの歌。
歌劇「ダイドーとエネアス」より「ダイドーの嘆き」のページへ
Piano · B. 49 (KK IVa/16) · 1830(出版1875年)
フレデリック・ショパン(1810–1849)
姉への贈り物が、映画『戦場のピアニスト』でも印象的に。A gift for his sister, heard in the film The Pianist.
PUBLIC DOMAIN RECORDING
PD / CC0 無料でダウンロードOKWATCH ON YOUTUBE
Chopin - Nocturne in C Sharp Minor (No. 20)
Rousseau(YouTube) YouTube で開く ↗
Bruce Liu – Chopin: Nocturne in C Sharp Minor, KK IVa/16 (Live Performance)
Deutsche Grammophon - DG(YouTube) YouTube で開く ↗
左の音源は権利が切れた録音なのでダウンロードできます。右の動画は YouTube の公式の埋め込みで見るもので、ダウンロードはできません(動画の権利は各チャンネルにあります)。
Chopin - Nocturne No. 20 in C Sharp Minor
Kassia(YouTube) YouTube で開く ↗
Chopin: Nocturne No. 20 in C-Sharp Minor, Op. Posth. (Rousseau Felt Piano Version)
Johannes Helmer Pedersen - Topic(YouTube) YouTube で開く ↗
Chopin: Complete Nocturnes (Luke Faulkner)
HALIDONMUSIC(YouTube) YouTube で開く ↗
F. Chopin : Nocturne in c sharp minor for violin and piano_ YuEun Kim, Violin / 쇼팽 녹턴 : 바이올리니스트 김유은
Gemma Violin(YouTube) YouTube で開く ↗

ホー!ショパンが付けた題は「ノクターン」じゃなかったんだよ。
ショパンが20歳だった1830年に書いたピアノ曲で、姉ルドヴィカにおくられました。暗く悲しい短調のメロディーが、静かにすすり泣くように歌われ、途中ではっとするほど明るい部分が現れます。2002年の映画『戦場のピアニスト』でも、印象的に使われています。Chopin wrote this piece in 1830, when he was 20, and gave it to his sister Ludwika. A dark, sad melody sings quietly, almost like weeping, and in the middle a surprisingly bright section appears. It is used memorably in the 2002 film The Pianist.
ショパンはこの曲を姉ルドヴィカのために書き、自分のピアノ協奏曲第2番を練習する前にひく曲として贈ったと言われています。実際、曲の中には協奏曲第2番のメロディーや、ショパンの歌曲「願い」のメロディーが引用されています。楽譜の頭には「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ(ゆっくりと、深い表情で)」と書かれています。Chopin is said to have written it for his sister Ludwika, as a piece to play before practicing his Piano Concerto No. 2. In fact, it quotes melodies from that concerto and from his song The Wish. At the top of the score he wrote 'Lento con gran espressione', slowly, with great expression.
ショパンの生前には出版されず、亡くなってから26年後の1875年に出版されました。ポーランドのピアニスト、シュピルマンは1939年、ワルシャワのラジオでこの曲を生演奏中に、ドイツ軍の攻撃で放送が止まりました。戦後、ラジオ放送が再開したとき、彼は再びこの曲をひいたと伝えられています。It was not published in Chopin's lifetime, but 26 years after his death, in 1875. In 1939, the Polish pianist Władysław Szpilman was playing it live on Warsaw radio when the broadcast was cut off by German shelling. When Polish Radio started again after the war, he is said to have played the same piece.
Chopin wrote this sad piano piece when he was 20. He wrote it for his sister. It was printed many years after he died. A Polish pianist played it on the radio during a war. You can hear it in the movie The Pianist.ショパンは20歳のとき、この悲しいピアノ曲を書きました。お姉さんのために書いたのです。楽譜は彼が亡くなって何年もあとに印刷されました。ポーランドのピアニストが、戦争中にラジオでこの曲をひきました。映画『戦場のピアニスト』で聴くことができます。
タップすると答えが開きます
1939年9月、ポーランドのピアニスト、シュピルマンはワルシャワのラジオ局でこの曲を生演奏していましたが、ドイツ軍の砲撃で放送が止まりました。彼は戦争を生きのび、その体験は回想録となり、2002年の映画『戦場のピアニスト』になりました。
In September 1939, the Polish pianist Władysław Szpilman was playing this piece live at the Warsaw radio station when German shelling stopped the broadcast. He survived the war, and his memoir became the 2002 film The Pianist.
ショパンが生きている間に出版したノクターンは18曲です。この曲は死後に見つかって出版されたため、あとの編集者が「第20番」などの番号を付けました。ショパン自身はこの曲を「ノクターン」と呼んでいたわけでもなく、楽譜の頭にはテンポと表情の指示が書かれていました。
Chopin published 18 nocturnes in his lifetime. This piece was published after his death, and later editors gave it numbers like 20. Chopin did not even call it a nocturne; the top of the score shows only a tempo and expression mark.
ショパンはこの曲を姉ルドヴィカにささげ、ピアノ協奏曲第2番を練習する前に、気持ちを整えるためにひく曲として書いたと言われています。曲の中に協奏曲のメロディーがそっと出てくるのは、そのためかもしれません。
Chopin is said to have written this for his sister Ludwika, to play before practicing his Piano Concerto No. 2. That may be why a melody from the concerto quietly appears inside the piece.
ショパンは1830年にポーランドを出たあと、二度と祖国にもどれず、1849年にパリで亡くなりました。でも本人の願いにより、心臓は姉ルドヴィカの手でワルシャワに運ばれ、今も聖十字架教会に納められています。
After leaving Poland in 1830, Chopin never returned, and he died in Paris in 1849. But, as he wished, his heart was carried back to Warsaw by his sister Ludwika. It is still kept in the Holy Cross Church there.
ENGLISH × MASTERPIECE
MORE MASTERPIECES

パーセル・by 1689
「わたしを覚えていて」。くり返す低音にのせた、胸をうつ別れの歌。
歌劇「ダイドーとエネアス」より「ダイドーの嘆き」のページへ
パーセル・1695
ブリテンが「オーケストラ入門」のテーマに選んだ、かっこいいメロディー。
劇音楽「アブデラザール」より ロンドのページへ
バッハ・c. 1704 (?)
タラリ〜!一度聴いたら忘れない、オルガンの大迫力の幕開け。
トッカータとフーガ ニ短調のページへ
バッハ・c. 1703–1707 (?)
音楽の授業でおなじみ!4つの声が同じテーマで追いかけっこ。
小フーガ ト短調のページへ
バッハ・c. 1706–1713
足が弾く低いテーマが21回!重くて壮大な、オルガンの大建築。
パッサカリアとフーガ ハ短調のページへ
ヘンデル・1711
「泣かせてください」と歌う、深い悲しみに満ちた名アリア。
私を泣かせてください(歌劇『リナルド』より)のページへ
クープラン・published 1717
題名の意味はだれも知らない!やわらかく波打つ、なぞの名曲。
神秘的なバリケードのページへ
マルチェッロ・published c. 1717
胸にしみるアダージョ!バッハも編曲したオーボエの名曲。
オーボエ協奏曲 ニ短調のページへ