「カバは血の汗をかく」はウソ。赤い色の正体は、紫外線を吸う2種類の色素だった
カバの汗は出た直後は無色で、数分で赤くなる。赤い色は血ではなく2種類の色素で、紫外線を吸い、細菌をおさえる働きもあった。
ウソ判定の対象カバは血の汗をかく
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- カバの汗は、出た直後は無色。数分で赤くなり、数時間で茶色になる
- 赤い色の正体は、赤とオレンジの2種類の色素で、血ではない
- 2つの色素は紫外線を吸い、ある種の細菌が増えるのをおさえた
人に話すなら
カバって血の汗をかくって言われるけど、あれは血じゃないんだって。出たばかりの汗は無色で、数分で中の色素の色で赤くなるらしいよ。しかもその色素、紫外線を吸って、細菌もおさえるんだって。
読む前に予想しよう
カバの汗が赤いのは、血がまじっているからだ
赤い色は汗の中の2種類の色素によるもの。出た直後の汗は無色だ。
「カバは血の汗をかく」。そんな話を聞いたことがあるかもしれません。カバの体には、ときどき赤い液がにじみます。この液が、血の汗だと言われてきたのです。
この赤い液の正体を、日本の研究チームが2004年に突き止めました。東京の上野動物園のカバの汗を集めて調べると、赤い色は血ではありませんでした。汗の中にある、赤とオレンジの2種類の色素だったのです。
しかもこの2つの色素は、紫外線を吸いこみ、ある種の細菌が増えるのをおさえました。カバの赤い汗は、日焼けや細菌から肌を守る役目をしているのかもしれません。ただ、この色素はとてもこわれやすく、取り出すまでに長い苦労がありました。
01カバの汗は、出た直後は無色。数分で赤くなる
カバの体には、毛がほとんどありません。カバはその体全体から汗をかきます。研究チームがのちにまとめた解説の論文(総説)によると、カバの汗には3つの特徴が観察されてきました。昼にはかくが夜はかかないこと、興奮するとかくこと、そして水の中でもかくことです。
カバの汗は、出た直後は色がありません。ところが数分で赤く色づき、数時間たつと茶色に変わります。この赤い汗を見た旅人が「カバは血の汗を流す」と伝え、話は世界中に広まりました。
慶應義塾大学の犀川陽子(さいかわ・ようこ)さん、橋本貴美子(はしもと・きみこ)さん、中田雅也(なかた・まさや)さんたちは、この色の変わり方に興味を持ちました。そして、赤い色の原因を調べることにしたのです。
02上野動物園のカバ2頭の汗を、飼育係がふき取って届けた
汗を集めたのは、上野動物園のカバ2頭でした。名前はジローとサツキです。飼育係の人たちが、カバの汗を布でふき取ってくれました。
最初は、消毒したガーゼを使いました。ところが大学までの1時間半ほどの道のりで、汗は茶色に変わってしまいました。しかもガーゼから取り出した物の中に、色素以外の物質がいくつかまじっていました。調べると、それは消毒したガーゼについていた抗生物質でした。もう少しで、汗の成分だとかんちがいして分析するところでした。
チームは、ふき取る布を、実験用の使い捨ての紙ワイパーに替えました。ふき取った汗はドライアイスで凍らせて運び、大学に着くとすぐに水で取り出すことにしました。汗を集められるのは、5月の連休明けから10月ごろまで、週に1回ほど、晴れた日だけでした。

03色素はすぐにくっつき合い、茶色に変わってしまう
赤い液を取り出しても、苦労は続きました。ふつうは液を濃くしてから成分を分けます。ところがこの赤い液は、水を飛ばして濃くすると、茶色の物質に変わってしまいました。
カバの汗は、pH8.5〜10.5ほどの強いアルカリ性です。そこで酸を加えて中和してみましたが、やはり茶色になりました。凍らせて保存しても、茶色になりました。チームは、色素の分子どうしが近づくと、くっつき合って茶色の大きな分子になると考えました。何度も失敗した末に、どこまでなら濃くしても大丈夫かが分かりました。
色素は、分子の大きさで分ける方法でようやく取り出せました。汗には、茶色、赤、オレンジの3種類の色素が入っていました。赤い色素は「ヒポスドール酸」、オレンジ色の色素は「ノルヒポスドール酸」と名づけられました。どちらも、分子量(分子の重さの目安)がおよそ300の小さな分子です。
042つの色素は、紫外線を吸い、細菌が増えるのをおさえた
色素の形が分かると、チームは次の疑問に進みました。この色素は、カバの役に立っているのでしょうか。
カバの汗には、前から2つの言い伝えがありました。1つは、日焼けを防いでいるという考えです。生まれつき色素を作れない白い動物(アルビノ)は、ふつう体が弱く、大人になる前に死んでしまうことが多いそうです。ところがカバでは、アルビノの大人が観察されてきました。これが、汗が日焼けを防いでいる根拠とされてきたのです。もう1つは、傷を治す薬になっているという考えです。カバはけんかが多く、いつも傷が絶えません。それなのに、泥の中でも傷の治りが早いと言われてきました。
チームはまず、2つの色素が吸う光を調べました。地上にとどく有害な紫外線は、波長がおよそ290〜400nmの光です。赤とオレンジのどちらの色素も、この範囲の光を吸っていました。日焼け止めとしての、最低限の条件を満たしていたのです。
次に、細菌をおさえる力を調べました。色素はこわれやすいので、色素が分解する前に効き目を確かめる競争でした。それでも、緑膿菌と、肺炎の原因になることがある細菌(クレブシエラ)の2種類に、増えるのをおさえる働きが見られました。赤い色素のほうが、少し強く効きました。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
「汗」と呼んでよいのか、研究者の間でも意見が違う
カバの赤い液を出すのは、皮ふの下にある大きな腺です。チームの総説によると、腺1つが1mLほどもあります。総説は、この液は正式には汗と言わないらしいが、見た目は汗そっくりだと書いています。
一方、2021年にコビトカバなどカバの仲間の皮ふを顕微鏡で調べた論文は、これを「特別な汗腺」と呼んでいます。カバの仲間の皮ふには、上くちびる、背中、おなかなどに目立つ汗腺がありました。そして、赤とオレンジ色の汗には日焼け止めや細菌よけの働きがあるかもしれない、と書いています。同じものを「汗」と呼ぶかどうかは、研究者によって分かれているのです。
クジラに近いのに、カバの皮ふは別々に水辺に合わせて進化した
遺伝子の研究から、今生きている動物でカバにいちばん近いのはクジラの仲間だと分かっています。2021年の論文は、カバとクジラの皮ふを、遺伝子と顕微鏡の両方で比べました。クジラには汗腺がありませんが、カバには汗腺があります。カバもクジラも、皮ふの脂を出す腺は持っていません。
両方で働かなくなった皮ふの遺伝子は8つありました。ところが、こわれ方は1つも共通していませんでした。遺伝子が働かなくなった時期から計算すると、毛が減ったり脂の腺がなくなったりしたのは、クジラでは約4650万年前、カバでは約3050万年前ごろと見積もられました。チームは、水辺の暮らしに合わせた皮ふは、カバとクジラで別々に進化したと考えています。コビトカバも、色のついた汗を出すことが書かれています。
人間の体にも、紫外線を吸う物質がある
チームの総説は、人間の体の話も紹介しています。人間の皮ふには、ウロカニン酸という物質があり、主に紫外線の一部を吸います。もっと波長の長い紫外線には、メラニンなどが対応しています。カバは毛がほとんどない体を、汗の色素で守っているのかもしれません。
この研究で、まだ分からないこと
日焼け止めとして本当に役立つには、光を吸うだけでは足りません。光を吸ったあとに元の形にもどること、体に害のある物質を作らないことも必要です。総説は、こうした性質はまだ調べていないと書いています。
細菌の実験も、試験管の中の結果です。しかも色素は、時間がたつと茶色の大きな分子に変わります。野生のカバの体の上で、色素がどれだけ日焼けや感染を防いでいるのかは、まだ確かめられていません。チームは、こわれやすい色素を調べるために、色素を人工的に作る方法も開発しました。
05まとめ
「カバは血の汗をかく」はウソです。カバの汗は出た直後は無色で、数分で赤くなります。日本の研究チームは、上野動物園のカバ2頭の汗から、赤とオレンジの2種類の色素を取り出しました。どちらの色素も紫外線を吸い、細菌が増えるのをおさえる働きを持っていました。
ただし、野生のカバの体の上で、どれだけ日焼けや感染を防いでいるかはまだ分かっていません。動物園でカバの体に赤い液が光っていたら、それは血ではなく、色素をふくんだ汗です。
研究カルテ
日本・東京都 上野動物園
- 研究チーム
- 慶應義塾大学の犀川陽子・橋本貴美子・中田雅也と、上野動物園のチーム
- 調べた場所
- 東京都の上野動物園(汗の採取)、慶應義塾大学(分析)
- 調べた動物
- 上野動物園のカバ2頭(学名 Hippopotamus amphibius)
- 調べ方
- 飼育係がふき取った汗から、こわれやすい色素を取り出し、形と性質を調べた
- 分かったこと
- 赤い色は2種類の色素。どちらも紫外線を吸い、細菌をおさえる働きがあった
- まだ分からないこと
- 野生のカバの体の上で、日焼けや感染をどれだけ防いでいるか
- 論文
- Nature(2004年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Some people say that hippos sweat blood. Red liquid sometimes appears on a hippo's skin. But it is not blood.
Scientists in Japan collected sweat from two hippos at Ueno Zoo. The sweat has no color when it comes out. It turns red in a few minutes and brown after a few hours. Zoo keepers wiped the sweat off the hippos, and it was frozen with dry ice.
The scientists found two colors in the sweat, red and orange. They named the red one hipposudoric acid. These colors broke down very easily. So the work took a long time and many tries. They could collect sweat only on sunny days.
Both colors take in UV light from the sun. They also stopped some kinds of bacteria from growing. So the red sweat may protect hippos from sunburn. We still need to check this with wild hippos.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What color is hippo sweat when it first comes out?カバの汗は、出てきたときは何色ですか。
The sweat has no color when it comes out とあります。
Q2. Where did the scientists get the sweat?研究者たちは、どこで汗を手に入れましたか。
collected sweat from two hippos at Ueno Zoo とあります。
Q3. What can the two colors in the sweat do?汗の中の2つの色のもとには、どんな働きがありますか。
Both colors take in UV light from the sun とあります。細菌もおさえました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Saikawa, Y. et al. (2004) The red sweat of the hippopotamus. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/429363a
- 2Hashimoto, K., Saikawa, Y. & Nakata, M. (2006) Chemical Studies on the Red Sweat of the Hippopotamus. Journal of Synthetic Organic Chemistry, Japan(有機合成化学協会誌) 論文確認済みdoi:10.5059/yukigoseikyokaishi.64.1251
- 3Hashimoto, K., Saikawa, Y. & Nakata, M. (2007) Studies on the red sweat of the Hippopotamus amphibius. Pure and Applied Chemistry 論文確認済みdoi:10.1351/pac200779040507
- 4Springer, M. S. et al. (2021) Genomic and anatomical comparisons of skin support independent adaptation to life in water by cetaceans and hippos. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2021.02.057
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