タコは吸盤でさわって味わっていた。8本の腕に、水にとけにくい物質を感じるセンサーがあった
タコの吸盤には、さわる係と味わう係の細胞があった。味わう係は、水にとけにくい物質にふれると反応する、タコやイカの仲間だけのセンサーを持っていた。

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- タコの吸盤には、さわる係と味わう係の細胞があった
- 味わう係は、水にとけにくい物質にふれると反応した
- 腐りかけのカニや育たない卵も、さわって見分けているらしい
人に話すなら
タコの吸盤って、さわるだけで味がわかるんだって。しかも、水にとけにくい油っぽい物質まで感じとれるらしい。腐りかけのカニや育たない卵も、表面の細菌が出す物質で見分けてるらしいよ。
読む前に予想しよう
タコは吸盤でさわった物の味を感じとれる
吸盤の細胞に、ふれた物質に反応する、タコやイカの仲間だけのセンサーがあった。
暗い岩のすき間に、タコが腕をするりと差し入れます。中は見えません。それでもタコは、奥に隠れたカニを見つけて引きずり出します。目で見ずに、何を手がかりにしているのでしょうか。答えは、腕に並んだ吸盤にありました。
アメリカのハーバード大学のチームは、タコの吸盤の表面から細胞を1つずつ取り出し、何に反応するかを調べました。すると、吸盤には「さわる係」と「味わう係」の細胞がありました。味わう係の細胞は、タコやイカの仲間だけが持つセンサーを使って、さわった物の化学物質を感じとっていました。しかも、水にとけにくい油のような物質にも反応しました。
タコが吸盤で「さわって味わう」ことは、古くから行動の観察で知られていました。ただ、吸盤のどの細胞が、どんな物質を、どうやって感じているのかは分かっていませんでした。この研究は、そのしくみを細胞と遺伝子のレベルで明らかにしました。
01腕を小さな穴から差し入れ、吸盤でさわってカニを探した
研究を率いたのは、レナ・ファン・ギーセン(Lena van Giesen)さんとニコラス・ベローノ(Nicholas Bellono)さんです。使ったのは、カリフォルニアツースポットダコというタコです。野生でとられた大人のメスを、研究室の水そうで飼いました。
チームはまず、タコが腕でエサを探す様子を観察しました。水そうの中に、小さな穴をあけた仕切りを置き、向こう側にカニを置きます。タコは穴から腕を差し入れ、腕を左右に動かして、吸盤で次々に周りの表面にふれていきました。
吸盤がカニにふれると、すぐに吸いつき、腕を巻きつけて体のほうへ引き寄せました。一方、カニではない物にふれたときは、少しさわっただけで、また探し始めました。4回の試験で、タコはカニのほうを、カニではない物より長くさわっていました。吸盤が、さわった物が何かを見分けていると考えられます。
02吸盤の細胞は「さわる係」と「味わう係」に分かれていた
次にチームは、吸盤のふちの表面から細胞を取り出しました。顕微鏡で見ると、形の違う3種類の細胞がありました。先が短く丸い細胞、先が細長くのびた細胞、そして平たい支えの細胞です。
細い針を細胞に当てて、流れる電気を測りました。先が短く丸い細胞は、先端を1000分の1mmほど押すだけで反応しました。けれども、魚から取った液をかけても反応しません。これが「さわる係」です。反対に、先が細長い細胞は、押しても反応せず、魚の液に反応しました。これが「味わう係」です。支えの細胞は、どちらにも反応しませんでした。
2つの係は、神経へ送る信号の出し方も違いました。細胞に同じ強さの電気を流すと、味わう係は信号を出し続けました。さわる係は、最初に少し出すだけで止まりました。チームの考えはこうです。さわる係は、長くさわっても短くさわっても、同じ「さわった」という信号を送ります。一方、味わう係の信号は、ふれた物質の強さなどによって変わりうる、というのです。
03味わう係のセンサーは、神経の信号を受け取る部品が形を変えたものだった
味わう係の細胞は、どんなセンサーを使っているのでしょうか。チームは、脳・目・皮ふ・においの器官・吸盤など、タコの体のいろいろな部分で働いている遺伝子を調べ、吸盤の表面だけで特に多く働く遺伝子を探しました。
ほかの動物の味やにおいのセンサーと同じ仲間の遺伝子は、吸盤の表面で特に多く働いてはいませんでした。かわりに多く働いていたのは、アセチルコリンという物質を受け取る部品に似た遺伝子でした。アセチルコリンは、神経どうしが信号を伝えるときに使う物質です。ところが、吸盤の部品には、アセチルコリンがくっつく場所がありませんでした。
チームは、この部品を「化学触覚受容体」と名づけました。受容体は、特定の物質を受け取って細胞に信号を伝えるセンサーのことです。この記事では「吸盤センサー」と呼ぶことにします。吸盤センサーは、タコやイカの仲間だけが持ち、吸盤の表面の感じる細胞だけで働いていました。1つの細胞が、何種類かの吸盤センサーを組み合わせて持っていました。
チームは、吸盤センサーの遺伝子を、カエルの卵やヒトの培養細胞に入れて働かせました。すると、魚やカニの液に反応しました。アセチルコリンには、ほとんど反応しませんでした。ヒトの同じ仲間の受容体と比べると、1000分の1以下の感度です。神経の信号を受け取る部品が、外の世界の物質を感じとる部品に変わっていたのです。

04水にとけにくい物質を、さわって感じとっていた
吸盤センサーは、何を感じているのでしょうか。チームは、代表として2種類の吸盤センサーを選び、くわしく調べました。まず、魚の液を、水にとけやすい成分と、水にとけにくい成分に分けました。すると、片方のセンサーは水にとけやすい成分に、もう片方は水にとけにくい成分にだけ反応しました。
次に、ほかの動物の味やにおいのもとになる25種類の物質を試しました。アミノ酸や糖などには、どちらのセンサーもほとんど反応しませんでした。反応したのは、苦い物質のクロロキンと、テルペンという油っぽい物質の仲間でした。テルペンの中には、貝の仲間などが身を守るために出す物質も含まれていました。
水の中では、水にとけやすい物質は遠くまで広がります。においとして、離れた場所からでも感じとれます。ところが、水にとけにくい物質は、ほとんど広がりません。物の表面にくっついたままです。そうした物質を知るには、直接さわるしかありません。タコの吸盤は、まさにその役目をしていると考えられます。
タコのスミも試しました。タコのスミは、危ないときに出して仲間に知らせたり、敵から逃げたりするのに使うものです。魚の液に反応している細胞にスミの液をかけると、反応が弱まりました。
05床に物質をしみこませると、タコの腕のさわり方が変わった
最後にチームは、生きたタコで確かめました。水そうの床を、寒天の成分(アガロース)を固めたものでおおいます。床の半分には物質をしみこませ、もう半分には海水だけをしみこませました。タコを入れて10分間、腕が床のどちら側に何回、どのくらいの時間ふれたかを数えました。
両側とも海水だけのときは、タコは腕をゆったり動かし、両側を同じようにさわりました。ところが、ポリゴジアールというテルペンをしみこませた側では、様子が変わりました。7回の試験で、タコは短く何度もさわったあと、腕を引っこめ、その側を避けるようになりました。ポリゴジアールは、海の無脊椎動物が身を守るために出す物質です。
ヌートカトンという別のテルペンでも、10回の試験で、短くさわる回数が増えました。ただし、はっきりと避けるまではいきませんでした。センサーへの効き目が弱いカルバクロールでは、変化はもっと小さくなりました。同じ「さわる」動きでも、ふれた物質によって、腕の動かし方が変わっていたのです。
ただし、この研究で分かったことには限りもあります。働きを調べたのは、吸盤センサーのうちごく一部です。多くの吸盤センサーは、何を感じているのかまだ分かっていません。また、センサーの働きの多くは、取り出した細胞や、ヒトの培養細胞の中で確かめたものです。腕の神経が、さわった感じと味の情報をどうまとめて、腕の動きを決めているのかは、これからの課題だと論文は書いています。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
イカは苦い味を、タコは油っぽい物質を感じる
2023年、同じハーバード大学のチームと、アメリカのテキサス大学サウスウェスタン医療センターのチームが、タコとイカの吸盤センサーを比べました。タコの吸盤の表面では、16種類の吸盤センサーが働いていました。一方、イカの吸盤で見つかったのは、3種類だけでした。イカの吸盤センサーは、アセチルコリンの受容体に近い、古い形を残していました。タコは後になって吸盤センサーの種類を増やしたと考えられています。
イカの吸盤センサーの1つは、デナトニウムという、水によくとける苦い物質に強く反応しました。タコの代表的な吸盤センサーは、この物質に反応しませんでした。苦い物質をしみこませた「にせのエビ」を与えると、イカが食べるまでにエビを扱う時間が変わり、ときには食べずに捨てることもありました。イカは、離れた獲物に腕と2本の長い触腕をのばしてつかまえる、待ち伏せ型の狩りをします。チームは、イカの吸盤は「つかまえた獲物を食べてよいか決める味見」に、タコの吸盤は「海底をさわって探す」のに向いた形に進化したと考えています。
センサーの形を見ると、物質をつかむくぼみが油っぽかった
同じ2023年、チームはタコの吸盤センサーの形を、極低温電子顕微鏡という方法で原子のレベルまで調べました。この方法では、タンパク質を急速に凍らせて、たくさんの画像から立体の形を組み立てます。すると、物質がはまるくぼみが、とても油になじみやすい性質を持っていました。神経の受容体は、水になじむ小さな物質をつかむ形をしています。タコでは、くぼみの形が変わり、油っぽい物質をつかめるようになっていたのです。一方、イオンを通して信号を伝える部分は、元の受容体とほとんど変わっていませんでした。
腐りかけのカニや捨てられる卵は、表面の細菌の出す物質で見分けていた
2025年には、さらに一歩進んだ研究が出ました。チームは、生きたカニと腐りかけのカニ、母親が世話をしている卵と、母親が巣から捨てた卵の表面を調べました。腐りかけのカニと捨てられた卵の表面には、それぞれ特有の細菌が多くすみついていました。そこから295株の細菌を取り出して育て、出す物質を吸盤センサーにかけて試しました。
すると、腐りかけのカニに多い細菌と、捨てられた卵に多い細菌が出す物質が、吸盤センサーを強く働かせました。カニの形のおもちゃにこの物質をしみこませると、タコは一度さわったあと、食べずに避けました。卵を世話している母ダコの巣に、物質入りのにせの卵を入れると、母ダコはふつうのにせの卵より早く巣の外へ捨てました。タコは、細菌の出す物質を「さわって味わう」ことで、食べてはいけない物や育たない卵を見分けているのかもしれません。
まだ分かっていないこと
タコの神経細胞はおよそ5億個あり、その大部分が腕にあると、2025年の論文は書いています。麻酔したタコから切り取った腕の先に物質をかけると、腕は自分で動きました。ただ、腕の中の神経が、さわった感じと味の情報をどう組み合わせて、腕の動きを決めているのかはまだ分かっていません。脳がどこまで関わっているのかも、これからの研究を待つ問いです。
06まとめ
タコの吸盤には、さわる係と味わう係の細胞がありました。味わう係は、神経の信号を受け取る部品が形を変えた、タコやイカの仲間だけのセンサーを持っていました。そのセンサーは、水にとけにくく表面にくっついている物質を、ふれることで感じとっていました。その後の研究で、タコは腐りかけのカニや育たない卵を、表面の細菌が出す物質で見分けていることも分かってきました。岩のすき間に腕を差し入れるタコは、見えない奥の物を、吸盤で一つずつ「味見」しているのです。
研究カルテ
アメリカ マサチューセッツ州 ケンブリッジ
- 研究チーム
- アメリカのハーバード大学のチーム(第一著者レナ・ファン・ギーセン、代表ニコラス・ベローノ)
- 調べた場所
- アメリカ・マサチューセッツ州のハーバード大学の研究室
- 調べた動物
- 野生でとられた大人のカリフォルニアツースポットダコ(学名 Octopus bimaculoides)
- 調べ方
- 吸盤の表面の細胞を取り出して電気の反応を測り、センサーの遺伝子を探して働きを確かめた
- 分かったこと
- 吸盤に「さわる係」と「味わう係」の細胞があり、味わう係は水にとけにくい物質を感じとる
- まだ分からないこと
- 腕の神経が、さわった感じと味の情報をどうまとめて動きを決めるのか
- 論文
- Cell(2020年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
An octopus often puts an arm into a dark hole. It cannot see inside, but it can still find a crab. How does it do that?
Scientists at Harvard University studied the suckers on octopus arms. They found two kinds of sensing cells. One kind feels touch. The other kind tastes chemicals.
The taste cells use special sensors. Only octopuses, squid, and their relatives have them. These sensors can find oily chemicals that do not mix well with water. Such chemicals stay on surfaces, so the octopus must touch them.
In a test, the scientists put a chemical on one side of the tank floor. The octopus touched that side quickly and pulled its arm back. Later studies showed that octopuses may also find bad crabs and bad eggs by touch.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. How many kinds of sensing cells did the scientists find in the suckers?研究者は吸盤に何種類の感じる細胞を見つけましたか。
さわる係と味わう係の2種類が見つかりました。
Q2. What kind of chemicals can the sensors find?センサーはどんな物質を見つけられますか。
水にとけにくい油っぽい物質を、ふれることで感じとります。
Q3. What did the octopus do on the side with the chemical?物質のある側で、タコはどうしましたか。
すばやくさわったあと、腕を引っこめて避けました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1van Giesen, L. et al. (2020) Molecular basis of chemotactile sensation in octopus. Cell 論文確認済みdoi:10.1016/j.cell.2020.09.008
- 2Kang, G. et al. (2023) Sensory specializations drive octopus and squid behaviour. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/s41586-023-05808-z
- 3Allard, C. A. H. et al. (2023) Structural basis of sensory receptor evolution in octopus. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/s41586-023-05822-1
- 4Sepela, R. J. et al. (2025) Environmental microbiomes drive chemotactile sensation in octopus. Cell 論文確認済みdoi:10.1016/j.cell.2025.05.033
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