ワタリガラスは、パンを受け取ってチーズをくれなかった人を、1か月後も覚えていた
パンを受け取ったのにチーズをくれなかった人と、約束どおり交換した人。1回会っただけで、1か月後にワタリガラス9羽中8羽が交換した人を選んだ。

30秒で読む
- パンを受け取ってもチーズを渡さない人を、カラスに1回だけ会わせた
- 2日後も1か月後も、多くのカラスが約束を守る人を選んだ
- 横で見ていただけのカラスは、2人を見分けられなかった
人に話すなら
ワタリガラスって、パンとチーズを交換してくれなかった人を覚えてるんだって。1回会っただけなのに、1か月後も9羽のうち8羽が、ちゃんと交換してくれた人のほうを選んだらしいよ。
読む前に予想しよう
ずるい人とのやりとりを横で見ていたカラスも、その人を避けるようになった
見ていただけのカラスは、2日後のテストで4羽ずつに分かれ、見分けられなかった。
ワタリガラスがパンを1切れくわえて、人の前に来ます。人は、空いた手のひらを出し、もう片方の手でチーズを見せます。カラスがパンを手のひらに置くと、チーズがもらえます。ところが、ある人はパンを受け取ったあと、チーズを自分で食べてしまいます。カラスは、この「ずるい人」を覚えているのでしょうか。
オーストリアのウィーン大学とスウェーデンのルンド大学のチームが、ワタリガラス9羽で確かめました。中心になったのは、ヤン・ミュラー(Jan Müller)とヨルグ・マッセン(Jorg Massen)です。約束どおり交換する人と、ずるをする人に、1回ずつ会わせます。約1か月後に3人の人の中から交換の相手を選ばせると、9羽のうち8羽が、ずるをした人ではなく、交換してくれた人を選びました。
助けてくれた相手に助け返す「お返し」の関係が動物にあるかどうかは、長く議論されてきました。お返しをするには、少なくとも「誰が何をしてくれたか」を覚えている必要があります。けれども、お返しを支える記憶そのものは、これまであまり調べられてきませんでした。
01ワタリガラスは、仲間との関係をよく覚えている鳥
ワタリガラスは、若いうちは群れで暮らします。群れの仲間は、集まったり離れたりをくり返します。顔見知りの相手と、長いあいだ会わないこともあります。
これまでの研究でも、記憶力の高さは知られていました。2012年のウィーン大学の研究では、ワタリガラスは、かつて同じ群れにいた仲間の声を聞き分けました。しかも、最長で3年前まで一緒だった相手について、仲がよかったかどうかで鳴き返し方を変えていました。
カラスの仲間は、出来事を1回経験しただけで覚えることもあります。論文の前置きでは、アメリカガラスが、カラスをつかまえた人の顔を1回の経験で覚え、何年も忘れなかった研究が紹介されています。では、ワタリガラスは、たった1回の「取引」の結果も覚えていられるのでしょうか。
02まず、パンをチーズと交換するやり方を覚えさせた
実験の舞台は、オーストリアのバート・フェースラウにある、ウィーン大学などの研究施設です。参加したのは、人の手で育てられた9羽のワタリガラスで、ほとんどが3歳でした。ふだんは、木や水浴び場のある15メートル四方の大きな囲いで暮らしています。
ワタリガラスは、パンよりチーズを好みます。そこで研究者たちは、まずパンとチーズの交換を練習させました。人は右手の手のひらを空けて差し出し、左手の指でチーズを持ち上げて見せます。カラスがパンを右手に置くと、チーズがもらえます。10回中8回の交換を2回続けて成功したカラスだけが、本番に進みました。
03約束を守る人と、ずるをする人に、1回ずつ会わせた
本番では、1羽のカラスが、初めて会う2人の女性と、3時間をあけて1回ずつやりとりしました。1人は「約束を守る人」で、パンを受け取ると必ずチーズを渡します。もう1人は「ずるをする人」で、パンは受け取るのに、チーズは自分で食べてしまいます。1回のやりとりでは、交換は最大15回まででした。
どちらの人に先に会うかは、カラスごとに入れかえました。どの人がどちらの役をするかも、組ごとに入れかえました。こうすれば、人の見た目や順番の好みで結果が決まることを防げます。
ずるをされたカラスは、鳴き始めたり、動き回ったり、残りのパンを隠したり食べたりしました。論文はこれを「いら立ったような」反応と書き、ずるをされた経験がカラスに伝わっていた証拠だと見ています。
やりとりの回数にも差が出ました。カラスが交換に差し出したパンは、約束を守る人には平均11切れ、ずるをする人には平均7切れでした。
隣の部屋からは、仲のよい別のカラスが、金網ごしにやりとりを見ていました。見ているカラスは、口を出すことはできません。このカラスが、見ただけで「ずるい人」を覚えられるかも調べるためです。

042日後も約1か月後も、多くのカラスは約束を守った人を選んだ
テストは、2日後と、約1か月後(26〜40日後、平均31日後)に行いました。カラスはパンを1切れもらい、部屋の反対側に並んだ3人の誰かと交換できます。約束を守った人、ずるをした人、そして初めて会う人です。初めて会う人は、パンを受け取らずに返すので、カラスはもう一度選び直せます。
2日後、自分で交換を経験した7羽のうち、6羽が最初に約束を守った人を選びました。残りの1羽は初めて会う人を選び、パンを返されたあと、約束を守った人を選びました。約1か月後には、9羽のうち7羽が最初に約束を守った人を選びました。初めて会う人を選んだ1羽も、次は約束を守った人を選びました。ずるをした人を最初に選んだのは、1羽だけでした。
人間の短い記憶は、30秒から1分ほどしか続かないとされます。研究チームは、それより確実に長い記憶を調べるため、一番短い間隔を2日にしました。
05横で見ていただけのカラスは、見分けられなかった
一方で、隣の部屋から見ていたカラスの結果は、はっきりしませんでした。2日後のテストでは、見ていた8羽のうち、約束を守った人を選んだのが4羽、ずるをした人を選んだのが4羽でした。この数には、初めて会う人にパンを返されたあとで選び直した鳥も入っています。約1か月後は5羽と2羽でしたが、偶然と区別できる差ではありませんでした。2日後のテストでは、自分で交換を経験したカラスと、見ていただけのカラスとの間に、はっきりした違いが出ました。
見ていたカラスが見分けられなかった理由は、まだ分かりません。論文は、いくつかの可能性を挙げています。見たことを自分の行動に結びつけられなかったのかもしれません。見ることが大事だと分かっていなかったのかもしれません。人の場合も、自分でした行動は、見ただけの行動より思い出しやすいことが知られています。
ただし、前の回で自分が交換を経験していたカラスは、見る役のとき、経験のないカラスより成績がよくなりました。それでも、約束を守った人を選ぶ割合は、偶然と区別できるほど高くはありませんでした。
もう1つの限界は、カラスの数です。約1か月後のテストを15回くり返した成績では、約束を守った人を選ぶ回数は多めでしたが、はっきりした差にはなりませんでした。論文は、数が少ないせいかもしれないと書いています。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
「お返し」に、なぜ記憶が必要なのか
動物どうしがくり返し助け合うことを説明する考え方に、「お返し」があります。1971年にロバート・トリヴァース(Robert Trivers)が唱えた理論が出発点です。論文によると、お返しのしくみとして考えられているものの多くは、誰がどうふるまったかを覚えていることが前提になっています。
ワタリガラスの若い鳥の群れは、集まったり離れたりをくり返します。何週間も会わない相手と、また出会うこともあります。研究チームは、こうした暮らしをする鳥なら、相手の記憶も長く続くはずだと予想しました。そこで、2日後だけでなく1か月後もテストしました。
カラスどうしでも、ずるをされると協力をやめる
同じウィーン大学のチームは、2015年に、カラスどうしの協力も調べています。台の上のエサを引き寄せるには、2羽が1本のひもの両はしを同時に引かなければなりません。若いワタリガラス9羽は、練習なしでこの課題で協力しました。
ところが、協力のあとで片方がエサを2つとも取ってしまうことがありました。ずるをされたカラスは、次の回に協力しにくくなりました。ずるをしたカラスのほうは、そのあともずるをくり返しやすくなっていました。
反対の結果:カラスどうしの「交換」は見られなかった
2019年の別の研究は、カラスの仲間とワタリガラスに、交換の課題を出しました。それぞれの鳥の手元には、自分では換えられないが、相手なら人とエサに換えられる「券」もあります。相手に券を渡せば、お互いに得をする仕組みです。
ところが、鳥がくちばしで相手に券を手渡すことは、一度もありませんでした。鳥がしたのは、手の届く所にある相手の券を自分で取ることがほとんどでした。この研究チームは、鳥が「渡す側」と「もらう側」の役割を理解していなかった可能性が高いと考えています。人との取引は覚えていても、カラスどうしで品物をやりとりする「お返し」は、まだ確かめられていません。
研究方法の工夫と限界
テストに「初めて会う人」を加えたのは、知らない人を好むかどうかを確かめるためです。また、人はみなカラスにとって初めての女性で、役も入れかえました。一方で、9羽は数が少なく、結果の一部ははっきりした差になりませんでした。カラスが出来事そのものを覚えているのか、相手への「いやな感じ」だけが残っているのかも、この実験では区別できません。
06まとめ
ワタリガラスは、パンを受け取ってチーズを渡さない人と、1回会っただけでした。それでも約1か月後、9羽のうち8羽が、約束どおり交換してくれた人を選びました。ただし、そのやりとりを横で見ていただけのカラスは、2人を見分けられませんでした。
ずるをされても、カラスは平均7切れのパンを、その人に差し出し続けていました。それでも1か月後、その人を最初に選んだのは、9羽中1羽だけでした。
研究カルテ
オーストリア(ハイドルホーフ研究所)
- 研究チーム
- オーストリアのウィーン大学とスウェーデンのルンド大学のチーム(ヤン・ミュラー、ヨルグ・マッセンら)
- 調べた場所
- オーストリアのウィーン大学の研究施設(ハイドルホーフ研究所)
- 調べた動物
- 人の手で育てられたワタリガラス(学名 Corvus corax)9羽
- 調べ方
- パンをチーズと交換する人と、パンを受け取ってチーズを自分で食べる人に1回ずつ会わせ、2日後と約1か月後にどちらを選ぶか調べた
- 分かったこと
- 自分で交換したカラスは、約1か月後も9羽中8羽が、交換してくれた人を選んだ
- まだ分からないこと
- 出来事そのものを覚えているのか、「いやな感じ」だけが残っているのか
- 論文
- Animal Behaviour(2017年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Ravens like cheese more than bread. Scientists in Austria taught nine ravens to trade a piece of bread for a piece of cheese.
Then each raven met two new people. One person was fair and always gave cheese for the bread. The other person took the bread and ate the cheese herself. Each raven could trade up to 15 times with each person.
About one month later, the ravens could choose a partner for a trade. There were three people: the fair person, the unfair person, and a new person. Eight of the nine ravens chose the fair person. Only one raven went to the unfair person first.
Other ravens only watched the trades from the next room. They were good friends of the ravens in the trades. These ravens did not choose the fair person more often. So ravens remember their own bad trades, but watching was not enough.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What did the ravens give to the people?カラスは人に何を渡しましたか。
カラスはパンを渡し、その代わりにチーズをもらう交換をしました。
Q2. How many ravens chose the fair person after about one month?約1か月後、何羽のカラスが約束を守る人を選びましたか。
9羽のうち8羽が、約束を守る人を選びました。
Q3. What happened to the ravens that only watched?見ているだけだったカラスはどうなりましたか。
見ていただけのカラスは、約束を守る人とずるをする人を見分けられませんでした。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Müller, J. J. A., Massen, J. J. M., Bugnyar, T. & Osvath, M. (2017) Ravens remember the nature of a single reciprocal interaction sequence over 2 days and even after a month. Animal Behaviour 論文確認済みdoi:10.1016/j.anbehav.2017.04.004
- 2Massen, J. J. M., Ritter, C. & Bugnyar, T. (2015) Tolerance and reward equity predict cooperation in ravens (Corvus corax). Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/srep15021
- 3Boeckle, M. & Bugnyar, T. (2012) Long-term memory for affiliates in ravens. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2012.03.023
- 4Wascher, C. A. F. et al. (2019) Crows and common ravens do not reciprocally exchange tokens with a conspecific to gain food rewards. Ethology 論文確認済みdoi:10.1111/eth.12970
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