犬は1.6m先の板のわずかな熱を感じ取れた。冷たくぬれた鼻先がそのセンサーらしい

訓練した3匹の犬は、見た目が同じ2枚の板から、温かいほうを1.6m先で当てた。脳でも体の感覚の場所が反応した。冷たい鼻先が熱を感じているらしい。

No.029 7分で読めるえっ度 論文 2020年
薄暗い部屋で、中型の犬が鼻先を少し前に出し、2枚並んだ黒い板の片方をじっと向いている。犬の鼻先は黒くつやがあり、ぬれている。

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  1. 3匹の犬が、1.6m先の温かい板を当てることができた
  2. 温かい板を見せると、脳の体の感覚の場所がより強く反応した
  3. 犬の鼻先がまわりより冷たいことが、熱を感じるのに役立つらしい

人に話すなら

犬って、1.6mも離れた板が温かいかどうかを感じ取れるんだって。人が手をかざしても分からないくらいのぬくもりなのに。あの冷たくてぬれた鼻先がセンサーかもしれないらしいよ。

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犬は、見た目が同じでも、温かい板と温かくない板を離れた所から見分けられる

犬の鼻先にさわると、たいてい冷たくてしっとりしています。毛の生えていないこの部分は、神経がとても多く集まっています。それなのに、この部分が何のためにあるのかは、よく分かっていませんでした。

2020年、スウェーデンとハンガリーの研究チームが、この鼻先について新しい説を確かめました。見た目がまったく同じ2枚の板を並べ、片方だけを動物の体の表面くらいの温度に温めます。訓練した3匹の犬は、1.6m以上離れた所から、温かいほうの板を当てました。その板の温かさは、人が手をかざしても分からないほど弱いものでした。

熱を離れた所から感じる力は、ガラガラヘビなどのヘビや、血を吸うチスイコウモリで知られています。どちらも、温かい体の獲物を探す動物です。犬に近いオオカミも、体の温かい大きな動物を狩ります。そんな動物にとって、熱を感じる力は役に立つはずです。研究チームはそう考えて実験を組み立てました。

01犬の鼻先は、まわりの空気よりも冷たい

この研究には出発点がありました。スウェーデンのルンド大学のロナルド・クレーガー(Ronald Kröger)さんたちが、2017年に行った研究です。起きていて落ち着いている犬の鼻先の温度を、熱を写すカメラで測ったのです。

すると、気温30度のとき、犬の鼻先は気温より約5度も冷たくなっていました。気温が15度くらいになると、鼻先と気温はほぼ同じになりました。気温0度のときでも、鼻先は約8度でした。牛や馬のような草食の動物では、鼻先はいつも温かいとされています。肉食の動物の鼻先は、それよりずっと冷たいのです。

暑い日の犬は、口を開けて舌を出し、ハアハアと息をします。熱を写すカメラで見ると、このとき舌は温かいのに、鼻先は冷たいままでした。鼻先は体の大きさに比べて小さすぎるので、体を冷やす役にはあまり立たないと考えられています。では、冷たい鼻先は何のためにあるのか。今回の研究チームが注目したのが、ヘビの「ピット器官」です。ガラガラヘビの仲間では、この器官が冷えているほど、獲物に正確にかみつけることが報告されています。

02見た目が同じ2枚の板から、温かいほうを当てさせた

論文の第一著者は、アンナ・バーリント(Anna Bálint)さんです。ルンド大学と、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の両方に所属しています。行動の実験は、ルンド大学の部屋で行われました。使ったのは、体重9kg、18kg、40kgの飼い犬3匹です。この実験のための訓練しか受けていない、ふつうの家庭の犬でした。

部屋の奥には、黒い板が左右に1枚ずつ置かれています。片方は、毛のある動物の体の表面くらいの約31度に温めた板で、部屋の気温より11〜13度高くしてありました。もう片方は、気温とほぼ同じ温度です。2枚とも同じ黒いシートでおおわれ、目で見ても区別はつきません。板の前には直径約10cmの丸い穴のあいたカバーがかけられ、熱はその穴からだけ出てきます。

仕切り板で左右に分かれた通路の先に、まったく同じ見た目の黒い板が2枚並んでいる。手前の入り口から、1匹の犬が鼻を上げて歩いてくる。

犬は、仕切り板の手前、板から1.6m以上離れた所で左右どちらに行くかを決めます。温かい板の下にはえさがあり、犬は板を押してえさを食べられます。温かくないほうの板の下にもえさは置いてありますが、こちらは動かないように止められていました。においでは当てられないようにするためです。

研究チームは、犬が熱以外の手がかりで当てられないように、工夫を重ねました。左右のどちらを温かくするかは、コンピューターで決めた順番に従いました。同じ側が4回以上続かないようにして、犬が「いつも右」のようなくせで選ばないようにしました。本番では、犬を呼ぶ人は部屋の外に出て、別の人が板を並べました。犬を呼ぶ人も、どちらが正解か知らなかったのです。

033匹とも温かい板を当て、脳では体の感覚の場所が反応した

結果は、3匹とも、でたらめに選んだときの50%を上回りました。ケビンは40回中32回、チャーリーは89回中68回、デルフィは65回中44回、温かい板を選びました。3匹とも、偶然ではまず起きない成績でした。

次に、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のチームが、犬の脳を調べました。MRIという、体の中を写す大きな装置を使います。参加したのは、ゴールデン・レトリバーやボーダー・コリーなど13匹の飼い犬です。犬たちは、ごほうびを使った訓練で、起きたまま装置の中でじっと横になる練習をしていました。

犬の鼻の24cm先で、小さな扉を開け閉めして、2種類の板を見せました。片方は気温より平均約11度温かく、もう片方は気温と同じです。見た目はどちらも同じ黒でした。温かい板のときに、より強く反応したのは、脳の左側の、体の感覚をまとめる場所でした。右側には、はっきり反応する場所は見つかりませんでした。においや音をあつかう場所とも、位置がちがっていました。

04でも、熱を感じているのが鼻先だとは、まだ確かめられていない

この研究には、はっきりした限界があります。

まず、熱を感じているのが鼻先だという直接の証拠はありません。研究チームは、目では無理だと説明しています。物の熱は目に見えない光(赤外線)として届きますが、そのエネルギーは弱すぎて、目で光を受け取るしくみを動かせないからです。顔のほかの部分は毛でおおわれています。そのため、毛のない鼻先が「いちばん有力な候補」だと考えているのです。この研究では、鼻先をおおって同じ実験をする、といった確かめ方はしていません。

次に、行動の実験の犬は3匹だけです。脳の実験で反応が見つかった場所も、ごく小さな範囲でした。鼻先がどんなしくみで熱を電気の信号に変えているのかも分かっていません。研究チームも、どれくらい弱い熱まで分かるのか、気温や鼻先の温度でどう変わるのかは、これからの研究が必要だと書いています。

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もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

熱を感じる力は、なぜ役に立つのか

犬にいちばん近い野生の動物はハイイロオオカミです。オオカミは、主に体の温かい大きな動物をえさにしています。研究チームは、離れた所から体温を感じる力が、こうした狩りに役立つと考えています。熱を感じる力で知られるヘビやチスイコウモリも、温かい獲物を探す動物です。ガラガラヘビの仲間は、獲物から出る熱だけを手がかりにかみつけます。チスイコウモリは、熱で動物の皮ふの血管が多い場所を探し、そこにかみつきます。ただし、犬やオオカミが本当に狩りで熱を使っているかは、まだ調べられていません。

ヘビ・コウモリ・犬のちがい

2011年のチスイコウモリの研究によると、熱を感じられる脊椎動物は、チスイコウモリと、ボア・ニシキヘビ・マムシの仲間だけと考えられていました。どれも、顔にある特別なくぼみ(ピット器官)で熱を感じます。ヘビのピット器官の膜は、0.001度ほどの温度の変化にも反応します。コウモリは、熱さを感じるたんぱく質のはたらき方を変えて、約30度で反応するようにしていました。この研究では、そのたんぱく質を作る遺伝子のつくりが、犬や牛やモグラにも共通していることも報告されています。ただし、犬の鼻先で同じしくみが働いているかどうかは、調べられていません。

脊椎動物ではない虫にも、熱を感じるものがいます。バーリントさんたちの論文では、黒い甲虫の一種(学名 Melanophila acuminata)の例が挙げられています。バーリントさんたちは、今回の結果を、肉食のけもので今まで知られていなかった感覚だとしています。犬の鼻先には、ヘビのような薄い膜はありません。皮ふの中身はつまっていて、すき間がなく、太い神経がたくさん入りこんでいます。研究チームは、この鼻先がどうやって熱を感じるのかは分からないと書いています。

冷たいほど感じやすい、という考え

ふつう、体の部分は冷えると働きがにぶくなります。ところが、ガラガラヘビの仲間は例外です。息で水分を蒸発させてピット器官を冷やしており、ピット器官が冷たいほど獲物にうまくかみつけることが報告されています。研究チームは、犬の鼻先が冷たいのも、熱を感じやすくするためではないかと考えました。実験では、犬の鼻先が21.5度以下のときだけテストをして、それより温かくなったらテストを止めていました。この温度は、気温約19度で起きている犬の鼻先の温度の上限です。犬が集中して参加しているかを確かめる目安でした。冷たい鼻先のほうが感じやすいのかどうかは、次に確かめるべき問いの一つです。

05まとめ

訓練した3匹の犬は、見た目が同じ2枚の板から、動物の体の表面くらいに温めた板を1.6m以上離れた所で当てました。起きたままの13匹の犬の脳では、温かい板を見せると、左側の体の感覚の場所が反応しました。研究チームは、まわりより冷たい鼻先が熱のセンサーだと考えていますが、まだ直接は確かめられていません。

この実験の温かい板は、人が手をかざしても温かさが分からず、さわって初めて分かるほどでした。そのわずかなぬくもりを、犬は離れた所から感じ取っていたのです。

RESEARCH FILE

研究カルテ

スウェーデン・ルンド

研究チーム
スウェーデンのルンド大学とハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学などのチーム(第一著者アンナ・バーリント)
調べた場所
スウェーデン・ルンド(行動の実験)とハンガリー・ブダペスト(脳の実験)
調べた動物
飼い犬(学名 Canis familiaris)。行動の実験に3匹、脳の実験に13匹
調べ方
見た目が同じ温かい板とふつうの板を並べて選ばせた。起きたままの犬の脳をMRIで調べた
分かったこと
3匹とも温かい板を当てた。温かい板を見せると、脳の左側の体の感覚の場所がより強く反応した
まだ分からないこと
鼻先のどんなしくみで熱を感じるのか。どれくらい弱い熱まで分かるのか
論文
Scientific Reports(2020年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Can a Dog's Cold Nose Feel Heat?

A dog's nose is often cold and wet. Scientists in Sweden and Hungary wanted to know why. They thought the cold nose might help dogs feel heat from far away.

They showed three dogs two black boards. The boards looked the same, but one was warm. People could not feel the heat by holding a hand near it. The dogs chose from at least 1.6 meters away. All three dogs found the warm board more often than by chance.

Next, the scientists looked at the brains of 13 awake dogs. With a warm board, one part of the brain became more active than with a normal board. This part is on the left side and deals with body senses.

The scientists think the nose is the heat sensor. But they have not proved it yet. They also do not know how the nose senses heat.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. How many dogs took part in the board test?板のテストに参加した犬は何匹ですか。

Q2. Could people feel the heat by holding a hand near the warm board?人は、温かい板に手を近づけて、その熱を感じることができましたか。

Q3. What do the scientists not know yet?科学者たちがまだ分かっていないことは何ですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Bálint, A. et al. (2020) Dogs can sense weak thermal radiation. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-020-60439-y
  2. 2Kröger, R. H. H. & Goiricelaya, A. B. (2017) Rhinarium temperature dynamics in domestic dogs. Journal of Thermal Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.jtherbio.2017.10.013
  3. 3Gracheva, E. O. et al. (2011) Ganglion-specific splicing of TRPV1 underlies infrared sensation in vampire bats. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/nature10245

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい