絶滅危惧のイワナが1年に得るエネルギーの6割は、ハリガネムシに寄生されて川に入った虫だった

紀伊半島の川で、ハリガネムシに寄生された虫は川に入りやすく、イワナの仲間キリクチが1年に得るエネルギーの約6割になっていた。

No.077 9分で読めるえっ度 論文 2026年
秋の夜の山あいの細い川。岸の石の上から、茶色くて脚の長いカマドウマが1匹、水面へ飛びこもうとしている。水の中では、体に白い小さな斑点のあるイワナが口を開けている。

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  1. ハリガネムシに寄生された虫は、川に入りやすくなる
  2. 秋のイワナは、その虫をたくさん食べて大きく育っていた
  3. 寄生虫が、森から川への食べ物の流れを変えていた

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ハリガネムシって、寄生した虫を川に飛びこませるんだって。紀伊半島の川では、その虫がイワナの仲間の1年分のエネルギーの6割にもなってたらしいよ。

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紀伊半島の川のイワナは、1年のエネルギーの約6割を寄生された虫から得ていた

紀伊半島の山おくを流れる細い川。研究者が川に置いた水のわなには、1年間でカマドウマが12匹かかりました。カマドウマは、陸にすむ虫です。体を調べると、12匹のうち11匹の体の中に、ハリガネムシという寄生虫がいました。

奈良女子大学の佐藤拓哉さん(現在は京都大学)たちは、この川で1年間、魚が何を食べているかを調べました。すると、ハリガネムシに寄生された虫は、寄生されていない虫より約20倍も川に入りやすいことが分かりました。そして、その虫が、川にすむイワナの仲間「キリクチ」が1年に得るエネルギーの約60%をしめていたのです。

寄生虫が、とりついた生き物の行動を変えることは、前から知られていました。ただし、その行動の変化が、森や川全体の食べ物の流れをどれだけ動かしているのかを数字で示した研究はありませんでした。この研究は、それを初めて数字で示したものです。

01ハリガネムシは、虫の体の中で育ち、水の中で大人になる

ハリガネムシは、細長いひものような形の寄生虫です。体の中で育つ時期は、カマドウマやキリギリスの仲間など、陸の虫にとりついています。大人になると、虫の体から出て、水の中で暮らします。水の中でオスとメスが出会い、子孫を残します。

問題は、とりついた虫が陸にすんでいることです。ハリガネムシが水の中に出るには、虫ごと水辺まで行かなければなりません。寄生された虫が水を求めて動き、水に入るのは、ハリガネムシが虫の行動を変えているためだと考えられています。

川に入った虫は、魚に食べられやすくなります。魚が虫を食べてしまうと、中のハリガネムシも一緒に食べられそうです。ところが、ハリガネムシは、魚のえらや口などからはい出して逃げることが多いと報告されています。ハリガネムシは、魚には寄生しません。

02川と森にわなを置き、魚の胃の中身を1年間調べた

調査の舞台は、紀伊半島の十津川水系の源流の川です。研究チームは、長さ約700メートルの区間で、2007年4月から2008年3月まで調査を続けました。この川には、絶滅が心配されているキリクチがすんでいます。

研究チームは、まず川に落ちてくる虫を集めました。水を張った平たいわなを、川の6か所に置きました。同時に、川から5〜15メートル離れた森にも、6つのわなを置きました。森のわなには、えさとしてビールと乳酸菌飲料を半分ずつ混ぜたものを入れました。

次に、魚が実際に何を食べたかを調べました。電気でキリクチをしびれさせてつかまえ、麻酔をかけてから、胃の中身を水で押し流して取り出します。魚はそのあと、その場で川に戻しました。調査は毎月行い、秋は10日おきに行いました。

集めた虫は、1匹ずつ重さをはかり、体の中にハリガネムシがいるかを調べました。こうして、どの季節に、どんな虫が、どれだけのエネルギーとして魚の口に入ったかを計算したのです。

03寄生された虫は、約20倍も川に入りやすかった

森のわなでつかまったカマドウマは179匹でした。そのうち、ハリガネムシに寄生されていたのは64匹で、3分の1ほどです。一方、川のわなでは12匹のうち11匹が寄生されていました。

研究チームは、この2つの割合をくらべて計算しました。その結果、寄生された虫は、寄生されていない虫より約20倍も川に入りやすいと分かりました。

カマドウマは、川の魚にとってとても大きなごちそうです。カマドウマ1匹から魚が得るエネルギーは平均3.1キロジュールでした。川の底にすむ小さな虫は、1匹あたり0.04〜0.2キロジュールほどしかありません。

04秋のキリクチは、寄生された虫を食べて大きく育っていた

寄生された虫が川に入るのは、主に夏から秋でした。研究チームは、8月なかばから11月なかばまでを「ハリガネムシの季節」と呼びました。この時期、つかまえたキリクチの約65%の胃に、カマドウマなどが入っていました。

ハリガネムシの季節には、キリクチが得るエネルギーの約80%が、寄生された虫からのものでした。1匹のキリクチが1日に得るエネルギーは、ほかの季節の2.3〜102.1倍にもなりました。

1年分を足し合わせると、寄生された虫は、キリクチの群れが得るエネルギーの約60%をしめていました。キリクチの体が一番よく大きくなったのも、この秋の季節でした。研究チームは、栄養の少ない源流の川で、キリクチが生き残れるかどうかが、ハリガネムシにかかっているかもしれないと書いています。

川の中の石のかげで、イワナがカマドウマをくわえている。そのそばの水の中で、黒くて細長いひものようなハリガネムシが、くねくねと泳いでいる。

05川の底の虫や、落ち葉の分解まで変わっていた

カマドウマでおなかがいっぱいのキリクチは、ほかのえさをあまり食べなくなります。ハリガネムシの季節には、キリクチは川の底の虫を、その数に見合うほどには食べていませんでした。

研究チームの計算では、秋の約3か月にキリクチの群れが寄生された虫から得たエネルギーは、川の底の虫約40万8000匹分に当たりました。これは、キリクチが1年間に食べると見積もられた川の底の虫の、3倍以上の数です。

2012年、佐藤さんたちは、このつながりを野外の実験で確かめました。カマドウマが川に入れる場合、魚は川の底の虫を食べる量が減りました。すると、生き残った川の底の虫が石の表面の藻を食べ、藻の量が減りました。川に落ちた葉が分解される速さも、少し上がりました。

寄生虫が森の虫の行動を変え、それが魚、川の底の虫、藻、落ち葉にまで次々と影響していたのです。寄生虫による行動の変化が、生き物どうしのつながりや自然の働きを変えることを、実験で示したのは、これが初めてでした。

06カマキリでは、光と遺伝子の手がかりが見つかった

では、ハリガネムシは、どうやって虫を水に向かわせるのでしょうか。手がかりは、カマキリで見つかってきました。

2021年、神戸大学などのチームは、ハリガネムシに寄生されたハラビロカマキリが、「水平偏光」にひきつけられることを示しました。水平偏光とは、光の波がゆれる向きが横にそろった光です。水面に反射した光は、この光を多くふくみます。野外の実験では、寄生されたカマキリ14匹が、水面が水平偏光を強く反射する深い池に入りました。水面の反射はもっと明るいのに水平偏光が弱い浅い池に入ったのは、2匹だけでした。

2023年には、理化学研究所や京都大学などのチームが、ハリガネムシの遺伝子を調べました。チョウセンカマキリを操っているとき、ハリガネムシの体では、3168個の遺伝子の働きが強まっていました。一方で、カマキリの脳の遺伝子の働きは、ほとんど変わっていませんでした。

さらに、ハリガネムシの遺伝子の中に、カマキリの遺伝子とよく似たものが1342個見つかりました。研究チームは、ハリガネムシが長い進化の間に、カマキリから遺伝子を取りこんだ可能性を考えています。その中には、光への反応や体内時計にかかわる遺伝子もふくまれていました。ただし、これらの遺伝子が実際にカマキリを操っているかどうかは、まだ確かめられていません。

07まだ分からないこと:夜に動くカマドウマは、月の明るさに関係なく水に入っていた

カマキリは昼に動く虫です。一方、キリクチのごちそうになっていたカマドウマは、夜に動きます。夜の水面には、昼ほどの光はありません。

2026年、京都大学の朝倉日向子さんと佐藤さんは、満月の夜と新月の夜で、カマドウマが水に入る数を比べました。もし光で操られているなら、明るい満月の夜に多く水に入るはずです。

2人は、長野県の木曽川水系で調べました。まず、池に浮かんだカマドウマを、満月と新月の夜に集めました。カマドウマは、満月の夜にも新月の夜にも、ほとんどの日に水に入っていました。夜に池へ飛びこむ姿も、6匹で直接確かめられました。

次に、木曽川水系の川で、イワナの仲間の胃の中身を調べました。すると、カマドウマは昼より夜に多く食べられていました。ところが、食べられた数は、満月の夜と新月の夜ではっきりした差がありませんでした。夜に動く虫に対しては、ハリガネムシは光とは別の方法を使っているのかもしれません。その方法は、まだ分かっていません。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

なぜハリガネムシは、虫を水に飛びこませるのか

ハリガネムシにとって、水に入れなければ子孫を残せません。陸の虫の体の中で育ちきったあと、虫が水辺に行かなければ、そこで終わりです。虫を水に向かわせる性質を持ったハリガネムシほど、多くの子孫を残せたと考えられます。

虫が水に飛びこむと、虫自身は魚に食べられやすくなります。ただし、虫が魚に食べられても、中のハリガネムシは魚の体からはい出して逃げられることが多いと報告されています。

研究の歴史:魚の胃の中身から始まった

佐藤さんたちは、2008年の論文で、川のイワナの仲間が、川に入ったカマドウマをよく食べていることを報告していました。そのときに、ハリガネムシが魚の大事なえさを運んでいるのではないかと考えたのです。2011年の研究は、その考えを1年分の数字で確かめたものです。

その後、2012年の野外の実験で、川の底の虫や藻への影響が示されました。2021年にはカマキリと光の関係、2023年には遺伝子の手がかりが報告されました。2026年には、夜に動く虫では光以外の仕組みがあるかもしれないと報告されました。

研究方法の工夫と限界

魚が1日にどれだけ食べるかを知るため、研究チームは、同じ日に4時間おきに魚をつかまえ、24時間分の胃の中身を集めました。胃で食べ物が消化される速さは水温で変わるので、それも計算に入れています。

「約20倍」という数字は、魚が、寄生された虫を特に選んで食べてはいない、という前提で計算されています。研究チームは、これを控えめな前提だと説明しています。

調べたのは1本の川の、1年間です。毎年、どの川でも同じ割合になるとは限りません。キリクチの数や1日に食べる量も、季節ごとに一定だと仮定して計算されています。

2026年の研究でも、魚が食べたカマドウマが、すべてハリガネムシに操られた虫だったかどうかは確かめられていません。研究チームは、多くは操られた虫だった可能性が高いとしつつ、今後もっと注意深く確かめる必要があると書いています。

08まとめ

紀伊半島の川では、ハリガネムシに操られたカマドウマなどが川に入り、キリクチの1年分のエネルギーの約6割をしめていました。その影響は、川の底の虫や藻、落ち葉の分解にまで広がっていました。

ハリガネムシがどうやって虫を水に向かわせるのかは、カマキリでは光と遺伝子の手がかりが見えてきました。ところが、夜に動くカマドウマでは、月の明るさは関係なさそうだと分かってきています。秋の川でカマドウマが1匹水に落ちるとき、そこには森と川をまたぐ食べ物の流れが動いています。

RESEARCH FILE

研究カルテ

奈良県(紀伊半島・十津川水系)

研究チーム
奈良女子大学の佐藤拓哉さん(現在は京都大学)ら、日本とアメリカのチーム
調べた場所
紀伊半島の十津川水系の源流の川(長さ約700メートルの区間)
調べた動物
ハリガネムシ、カマドウマなど、キリクチ(イワナの仲間。学名 Salvelinus leucomaenis japonicus)
調べ方
2007〜2008年の1年間、川と森にわなを置いて虫を集め、イワナの胃の中身を調べた
分かったこと
寄生された虫は約20倍川に入りやすい。イワナの1年分のエネルギーの約60%をしめた
まだ分からないこと
夜に動くカマドウマを、ハリガネムシがどうやって水へ向かわせるのか
論文
Ecology(2011年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

A Parasite Worm Feeds the Fish in a River

Horsehair worms are long, thin parasites. They grow inside land insects like camel crickets. But the adult worms must live in water.

Scientists in Japan studied a small river in the Kii Peninsula for one year. In river traps, eleven of the twelve crickets had worms inside. They found that crickets with worms were about twenty times more likely to go into the river. In the river, fish called Kirikuchi charr ate many of them.

In the fall, these insects gave the fish about eighty percent of their energy. These insects gave the fish about sixty percent of their energy for the year. The fish grew fastest in the fall. The worms often escape from the fish.

Scientists still do not know how the worms control the crickets at night. A parasite worm can change the lives of many living things in a river.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. Where do adult horsehair worms live?大人のハリガネムシはどこで暮らしますか。

Q2. How much of the fish's energy came from these insects?魚のエネルギーのどれくらいが、これらの虫から来ていましたか。

Q3. When did the fish grow fastest?魚が一番よく育ったのはいつですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Sato, T. et al. (2011) Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem. Ecology 論文確認済みdoi:10.1890/09-1565.1
  2. 2Sato, T. et al. (2012) Nematomorph parasites indirectly alter the food web and ecosystem function of streams through behavioural manipulation of their cricket hosts. Ecology Letters 論文確認済みdoi:10.1111/j.1461-0248.2012.01798.x
  3. 3Mishina, T. et al. (2023) Massive horizontal gene transfer and the evolution of nematomorph-driven behavioral manipulation of mantids. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2023.09.052
  4. 4理化学研究所ほか(2023)プレスリリース「カマキリを操るハリガネムシ遺伝子の驚くべき由来」riken.jp/press/2023/20231020_1/index.html
  5. 5Obayashi, N. et al. (2021) Enhanced polarotaxis can explain water-entry behaviour of mantids infected with nematomorph parasites. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2021.05.001
  6. 6Asakura, H. & Sato, T. (2026) Nocturnal host manipulation by nematomorphs is not synchronized with the lunar cycle. Ecology 論文確認済みdoi:10.1002/ecy.70475

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい